7

 夜の森を駆ける介助犬。

紬がしきりに背後を気にしているが、追いかけてくる影は見えない。

だが、木々の葉や枝を踏みしめる音でリブが時折立ち止まる度に恐怖を搔き立てるのだった。

 それでも、少女達は懸命に進むしかない。

枝木に紬が引っ掛かったり、凸凹な地面でリブが躓いたりしながらも、月明かりを頼りに翔け駆ける。

だが、程なくして限界が訪れた。「もう無理、少し休も?」と紬が音を上げる。

すると、リブも同調するようにワンと一声鳴いて同意の意を示した。

 すぐに彼女を木の幹まで連れて行くと、その根元でリブは身体を丸め伏せる。

紬も枝裏に腰を落とすとホッとした様子で息を吐いた。

 その背後で枝葉がガサゴソと揺れる音が聞こえてくる。

慌てて振り返ってみると、そこには大きな蛇がいた。

驚いた紬は思わず悲鳴を上げた。恐怖で体が硬直してしまう。

すぐにリブが牙をむき出しにして威嚇を始めると、森の奥から一筋の光が差す。

そして、その明かりを中心に続々と光源が振り向く。

どんどん近づいてくるライトに蛇は怯んだように引き下がっていき、やがてどこかに去った。

 しばらくすると、遠くの方から声も響いてきた。

そこから執事が木々の間を抜けてやってくる。咄嗟に紬達は身を顰める。

辺りが照らされてしまい彼女達は逃げ道も奪われて、大樹に身を預けるばかりだった。

 誰もが息を詰め、耳を澄ましているのだろう。緊迫した沈黙だけが広がる。

「どこにいるんだ!ガキ!!」という怒鳴り声が聞こえてくると、紬は目を瞑るしかなかった。

 見つかってはいけないと本能で察知したリブは地面を蹴る。紬も喰らい付くように手綱を握りしめる。

「いたぞ!あの茂みの奥だ!」

「みつかった!」紬は声を張り上げた。

 リブは茂みから飛び出すと彼女を引っ張って森の奥へと駆ける。

木々の間を抜けていく二人は闇に吸い込まれるように、すぐに執事達からは見えなくなった。道なき道をひた走る彼ら。

口数少なく無言で駆ける。ただ導かれるまま進み続けるしかなかった。



 不気味な静けさに包まれる森の中ですすり泣く紬。

リブはその声を聞きながらも足を止めることはなかった。

鬱蒼とした草木を掻き分けて歩みを進めていくと、不意に木々が開けた場所に出る。

 紬が夜空を見下げると、つられてリブも見上げる。

枝葉が縁取る大きな穴には、星が散りばめられていた。

自然の生み出す名画に見惚れていたところ、焦げた匂いが漂ってくる。

「人がいるのかな」と紬が辺りを見渡すが誰も見当たらない。

不審に思い、紬はリブの手綱を強く握りしめる。不安が押し寄せてきていた。

「もう少し見ていこうか」と提案して歩き出す。だが、リブはすぐに立ち止まった。

そして、鼻先を地面へと近づけると、くんくんと嗅ぎ始める。

「どうしたの?」と彼女が不思議そうに声をかけると、何か見つけたのか茂みの奥へと潜り込もうとする。

リードで引かれるままの紬は不安になりながらも、リブに着いていくことしかできなかった。

しばらく歩いてから茂みを抜けると、山坂の先に道路が伸びているのが見えた。

「道だ!」と紬は目を輝かせる。リブも嬉しそうに吠えた。

 すぐに駆け上り、舗装されたの一般道へと出た。

紬が辺りを見渡してる間に、リブが鼻を尖らせ、匂いを嗅ぎ始める。

「この先に誰かいるの?」と紬が尋ねると、リブは吠えて返事をする。

しばらく嗅いでいたかと思うと、突然駆け出してしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」と叫ぶが、止まる気配はなかった。

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