4

 教会宿舎の窓辺に座り込む紬。

眠気を堪えながら、窓の外に目を凝せば、頭下に星空が広がっていた。

宙に手を下げ、星に向かって手を伸ばす。

そこへ光がやってきて、紬に囁く。

「私達もあんな風になるのかな?」

 紬は振り返って微笑むと、静かに頷く。

「きっと大丈夫だよ」彼女は自分に言い聞かせるように言うのだ。

「だって、リブもいるし、光ちゃんも一緒だもん」そう言うと、今度は力強く空を見上げたのだった。

 リブはそんな紬の側に寄り添っている。その姿が愛おしくて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた。紬は床へ向かって手を伸ばすと、リブは嬉しそうに尻尾を振りながらその手を舐める。

くすぐったいよと言いながらも笑っていた。

その触れ合いを離れたところから光が見守っていて、その目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。

 その様子を一瞥する紬の目頭には涙が溜まっていた。

「怖いよ」と呟く彼女を見て、リブは寄り添い慰めるように頭をこすりつけた。

 その優しさに触れ、紬は涙を堪えることが出来なかった。

「お父さん……お母さん……」そういうと泣き崩れる彼女に向かって、光は優しく声をかけるのだ。

「私もいるからね」その言葉を発した瞬間、彼女の目から涙が流れた。

それは止まることはなく、しばらくの間流れ続けていたのだった。

 沈黙が続く中、部屋の外からノックの音が響いた。

ドアが開かれ現れたのは、執事だった。

「失礼致します」と男は恭しく礼をした。そして、室内の状況を確認するようにぐるりと見渡す。

「お二人方。ご就寝のお時間ですよ」男は穏やかな笑みを浮かべつつ、部屋に入ってきた。

「はい」と素直に頷いた紬は、促されるままに天井ベッドへ潜り込む。それを見て満足げに微笑む執事だったが、突然表情を険しくすると口を開くのだ。

「ところで。最近、何か変わったことはありませんか?」唐突な質問に戸惑う紬だったが、すぐに心当たりを見つけることができた。だが素直に答えることもせず誤魔化すようにこう言ったのだ。

「いえ?特には何もありませんよ?」その言葉を聞いて訝しげに目を細める執事を見て紬は思わず唾を飲み込んだ。

だが、幸いなことに追求されることはなかったのでホッと胸を撫で下ろすとゆっくりと目を閉じるのだった。

執事は軽くお辞儀をすると部屋から出ていった。背姿を無言で見送った後、紬は小声で囁いた。

「光ちゃん、起きてる?」

 その声に反応してベッドの上から顔を出す。

「どうしたの?」と尋ねると、紬は少しだけ考えてから口を開くのだ。

「このままだと私達ロケットで飛ばされちゃうよ?」その言葉を聞いて、光は思わず眉をひそめる。

「そうね。やっと神様の御許に旅立てる。嫌だったことも終わらせられる」

 その問いに紬は申し訳なさそうに答えるのだ。

「はぁ……代表のこと信じてるの?」その言葉の意味を理解すると同時に背筋に冷たいものが走ったような感覚に襲われた。

光は思わず体を硬くしたのだが、それを見て紬は慌てて言葉を続ける。

「ご、ごめんね」

 頭を下げる彼女には複雑な感情が込められているように見えた。

「あの人を信用するのは、一族の長だからよ」

 光の発する言葉に何も返せない紬。

彼女の表情の奥には深い闇があったからだろうと感じていたけれど、それを追及するような事はしたくなかった。

 やがて、寝室に静けさが広がっていく。外からは鈴虫の鳴き音が聴こえてきて、まるで子守歌のようだった。沈黙に耐えきれずに口を開く紬。

すると、今度は光の方から話しかけてきたのだ。

「ねぇ、紬ちゃんはどうするの?」その唐突な質問を不思議に思いつつも、紬は答える。

「私は光ちゃんと、それからリブを守りたい」その言葉で、光の目が微かに潤んだように見えた。

だが、それを確かめる間もなく彼女は言葉を続けるのだ。「でも、逃げ出すにも二人分の重さはリブじゃ支えられないよ」

 紬は困惑しながらも返す言葉を探してはいたが見つからないでいた。そんな様子を察したのか光は困ったように笑みを浮かべた後で、諭すように静かに口を開いたのだ。

「逃げるのは紬ちゃん一人だけ。私は行かない」

「そんなのダメだって!」

 彼女は泣きじゃくりながら光に抱き着こうとしたのだが、手を離せば落ちる天井に光が身を屈めているので触れられない。だから、そんな奇妙なポーズで彼女にしがみついていると、光は穏やかな笑みを浮かべてこう言うのだった。

「分かって?このまま一緒にいても何も変えられないんだから」その言葉を聞いた紬は唇を強く噛んだ後、観念したように頷くと静かに言ったのだ。

「絶対、迎えに来るから。助けを連れてくるから待っててね」

 その声は震えていたけれど涙に濡れている訳ではなかった。

「待ってる」そう答えた光の顔は歪んでいるように見えたが、一瞬の事だったので見間違いだろうかと思いつつ紬は頷くことしかできなかった。

小さく息を吸い込むと紬は起き上がり、窓辺へ歩み寄る。

戸を開き、窓枠に足をかけると、光へ振り返り、微笑みながら手を振る。

「リブ?来て」と合図を送ると、駆け寄ってくる。

 そして、身を投げる様子を窓の端から見た光は、「絶対帰って来て」と声にならない声で囁いた。

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