5

 枝葉が縁取る大きな穴には、星が広がっていた。

その下で煙草を蒸しながら満月を見つめている見取記者。

彼が腕時計を見ると深夜二時を過ぎていた。

糸重夫妻がいる仮設ベースからやや離れた場所でじっと待機していたが、待つだけでは時間だけが無為に過ぎていく。

 見取はため息をついた。

だが、その時だった。近くの茂みから物音が聞こえてくるではないか。

 ふと、目線を森の木陰へ転じると、光る眼差しと目が合った。

いやな予感がしたがそれは思い過ごしではなかった。

こちらを見つめている真っ黒な影が近づいてくる。

 見取は咄嗟にナイフを向けた。

だが、殺意の籠る切先を見てもソレが足を止めることはない。

彼は努めて冷静を保った。

すぐに重篤な接敵の覚悟を固めると茂みを睨むのだった。

近づいてくる跫音を感じる中で覚悟を決めるしかなかった見取だったが、それは杞憂に終わる。

現れたのは肉付きの良いシェパードと警官だったからである。

見取は思わず脱力して息を吐いた。

 懐中電灯の光を警察手帳に当てると、そこには「警察庁 広域技能指導官」と書かれていた。彼は手帳を仕舞うと、手を差し出すのだった。

見取はナイフを下ろすと軽く会釈を返した。

「こんばんは。私は警部の倉本肇です」

「私は記者の見取円治です」

お互い自己紹介を済ませたところで警部から手を差し出される。

見取は握り返すと、彼の手から温かみを感じ安堵していた。

それから一呼吸置いて警官は口を開く。

「ところで、貴方は一体ここで何をしていたのか教えてもらっても?」

 彼は不審そうな眼差しを向けていた。

当然の反応だろうと思いながら見取は答えた。

「実は、その」

 見取は一連の流れを説明する。すると、警部は納得したような表情を見せた。

「なるほど」

 その後、警部は森の奥を見つめたまま見取に言う。

「記者の見取円治さんですね?お噂は兼ねがね伺っております」と言ってにこりと微笑むのだった。

見取は戸惑いながら返した。「そんなに有名人だったんですね」と自嘲気味に笑うが警部は首を横に振る。

「いえ、初対面ですよ」と言って微笑むのだった。

そこへライトが差し込み、彼らの元に糸重夫妻がやってきた。

「あれ、ハジメくん?」と目を丸くする陸を見て、警部も驚いた顔を見せた。

「やぁハジメくんじゃないか」と手を上げる彼は嬉しそうだった。

 しかし、警部は鋭い目で返す。

その真剣な眼差しを三人は見て、自然と背筋が伸びた。

「三人とも帰りなさい。ここから先は警察の仕事だ」と告げる。

それは有無を言わせぬ口調であり、三人は反論できずに黙るしかなかった。

「これ以上あなた方にできることは何もありません」と彼はキッパリと言い放った。その言葉に見取も納得したのか、黙って俯いてしまうのだった。

それでも、夫妻まだ納得できなかったのか食い下がるように言う。

「それでも、このまま放っておくことなんてできません!」

警部は困った顔をしながら小さく息を吐くと、静かに口を開いた。

「あなた方の気持ちは分かりますがね」そう言って視線を森へ向ける彼だったが、すぐに三人へ向き直るとこう答えたのだ。

「しかしね、このままここにいる方が危険だ」

 忠告を受けて、三人は息を呑んだまま黙り込んでしまう。

見取は徐に顔を上げ、警部の表情を見た。それはとても険しいものだったが、同時に優しさも感じられた。

観念した記者が息を吐くと、小さな声で言うのだった。

「わかりました。ここは警察の皆様にお任せします」そう言って頭を下げる彼に、警部は無言で頷くと「ありがとう」と言って微笑んだ。

 そして踵を返した彼は森へと進んでいくのだった。

その後ろ姿を眺めながら見取はため息をついたが、顔の強張りが解けていた。

その後、彼らの姿が見えなくなるまで見送った後、三人は踵を返して帰路に着くことにした。

 重い足取りの三人は会話もないまま歩く。

沈黙が続き、虫の鳴き声だけが森に響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る