12

 連れられてやってきたのは、お城のような豪邸だった。

表札には『白鳥』と書かれていたので、ここが彼の自宅なのだろう。

広い庭には池や花壇があり、鯉が泳いでいる。

見取記者は私たちを置いてどこかへ行ってしまう。

私はどうすればいいか分からず、その場に立ち尽くしたまま途方に暮れてしまった。すると、門の方から声をかけられた。

「おや、これは可愛いお客様だ」と言って一人の男性が近づいてきた。

 歳の頃は五十代くらいだろうか?身なりの良い男性だった。彼は笑顔で手を差し出してきたが、私は警戒してその手を握らなかった。

 代わりにリブが身を乗り出し、男性の手を舐めた。

「おやおや、これは可愛いね」と言って男性はリブの頭を優しく撫でた。

「君は誰だい?」と男性が問いかけてきたので私は答えた。「私は糸重紬です」

男性は顎に手を当てて考える素振りをみせたが、やがて納得したかのように頷いた。

「君があの噂の子だね」と言いつつもどこか含みを持たせた言い方だった。きっと私のことを知っているのだろうと思い至った。何と答えるべきか分からなかったため曖昧に微笑んでおいたのだが、彼は気にも止めずに続けたのだ。

「さぁ中に入りなさい」と言って手招きするのだった。



 男性は私を応接間に案内するとお茶を出してくれた。そして、自己紹介を始める。「はじめまして糸重さん。私は白鳥家の執事をしている者です。

お気軽に執事とお呼びください」と言って深々とお辞儀をするのだった。

 執事はお茶をすすりながら、私をまじまじと見つめた。その視線に居心地の悪さを感じると同時に、少し不安にも感じていた。この人は一体何者なのだろうか?どうして私を呼んだのだろうか?疑問ばかりが浮かんでくる。執事はそんな私の気持ちを察したのか、柔和な笑みを浮かべて言った。「そんなに警戒しないでおくれ」と優しい声で言うと、またじっと見てくる。

彼の瞳は優しげだったけれど、どこか底知れぬ恐ろしさを感じさせるのだった。

まるで心の中を見透かされているような気持ちになり、思わず目を逸らした。

彼はくすりと笑って続けた。

「まぁ、ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます。あの、ここの家主は?」と聞くと、執事はにこやかな笑顔で答えた。

「今は不在でね。私が応対しているわけだ」

「そうですか」私は納得した。

「ところで、糸重さん。これからどうするつもりかな?何かお困りごとがあれば力になるよ」

 そう尋ねられて私は言葉に詰まる。正直なところ、どうすれば良いのかわからなかったからだ。

だから、素直に自分の気持ちを伝えることにした。

「代表に会いたいです」

 すると、彼はなぜか嬉しそうに笑ったのだ。まるで、私の答えを予想していたかのようだった。そして「そうか、じゃあ会いに行こう」と言って立ち上がるのだった。

 そして、掌を差し伸べてきて「お手をどうぞ」と言った。

その手を取ると、私を連れて歩き始める。

一体どこへ行くつもりなのか聞こうとすると、それを察したように彼は言った。

「すぐそこだよ」

 玄関を出ると、そこには黒塗りのリムジンが停まっていた。

彼はそれに近づくと、ドアを開けて中に入るよう促してきた。

戸惑いながらも乗り込むと、中はかなり広々としていた。

座席にはクッションが敷かれており、ゆったりとくつろげるようになっていた。正面には大きなモニターが設置されていて、そこに映画が映し出されているのが見えた。

 執事はドアを閉めると運転席へと座った。そしてエンジンをかけると車を発進させる。その振動を感じながら窓の外を眺めていた。やがて景色は街中から郊外へと移り変わっていく。どうやら山の方へ向かっているようだ。



 しばらく進むと大きな門が見えてきた。その前で停車すると、執事はこちらを向いて言った。「ここが目的地だ」

 私は彼に掴まって車から降りると、目の前にそびえ立つ巨大な建物を見上げた。それはまるで首里城のような造りをしていた。

 入り口に向かって歩いていく途中で、ふと頭上に目を落とすと、そこには見事な彫刻が施されていた。よく見ると、この建物全体が芸術品のように美しい作りになっていることがわかる。リブは見向きもせずに進むが、私はすっかり心を奪われてしまった。

 建物の中に入っても、その美しさは変わらないままだった。壁や柱には精巧な装飾が施されているし、天井には赤い絨毯が敷かれている。床には豪華なシャンデリアが吊るされており、キラキラと輝いているのが見えた。また、至る所に観葉植物が置かれていて、色鮮やかな花が咲いている様子はまるで楽園のようだった。

 エントランスホールを抜け、さらに奥へ進んでいくと大広間があった。

しかし、人の気配は全く感じられない。静寂だけが支配する空間だった。

私達はしばらくその場に立ち尽くしていた。

「さぁ、行きましょうか」

執事は私の手を取ると歩き始めた。

そして、広間の中央扉までやってくると、そこで立ち止まる。

ポケットから鍵を取り出し、目の前の扉を開く。

「こっちだ」と言って、私に入るように促された。

 そこは広い部屋で、奥には祭壇のようなものが見えた。

そして、その前には多くの人達が跪いていた。彼らは一様に黒いローブを身にまとっており、フードを深く被っていたため顔はよく見えなかった。

しかし、彼らが発する異様な雰囲気に圧倒されてしまい、思わず後ずさりしてしまった。

 その時、後ろから肩を叩かれて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。彼女は白装束に身を包んでおり、頭にはベールを被っていた。目元はよく見えないが、口元には笑みを浮かべているのが分かった。

 彼女を見た瞬間、私はすぐにそれが誰なのかわかった。

「もしかして、光ちゃん?」私は彼女に尋ねた。

すると、彼女は小さく頷いて答えた。

「そうだよ、久しぶりだね」そう言って微笑む彼女の姿を見て私は安心したのだった。だが、それと同時に不安にもなった。

なぜなら、彼女が以前と変わっていたからだ。

 まず目についたのは肌の色だった。以前は透き通るような白い肌をしていたのだが、今は青白く不健康そうに見えるのだ。それに表情もどこか暗い感じがした。

 何かあったのだろうか?心配になった私は尋ねようとしたが、彼女はそれを遮るように言った。「ほら、早く行こうよ」

その言葉に従って歩き出そうとすると、不意に後ろから声をかけられた。

振り向くと、白鳥代表が立っていた。彼は不敵な笑みを浮かべ近づいてくる。

「やあ、よく来てくれたね」と彼は言った。

彼の表情からは何を考えているのか読み取れない不気味さがあった。

私は不安な気持ちを抱えながらも彼と向かい合う。

「ちょっと話しておきたいことがあるんだがいいかな?」

彼はそう言って私の隣に立った。そして、私の肩を抱き寄せて言う。

「実は、君に頼みがあるんだ」と耳元で囁いた。

私は思わず身震いした。なんだか嫌な感じがすると思ったからだ。

戸惑っているうちにも話は進んでいく。彼はさらに続けた。

「君の力が必要なんだよ」と言って私を見つめる彼の目は真剣だった。

でも、私には何が言いたいのか全く理解できなかった。

 そんな私の心を読んだかのように彼は言った。

「君は選ばれた存在なんだよ」その言葉の意味が分からず困惑していると、代表は優しく私の手を取りながら言ったのだ。

「さあ、行こう」その言葉に導かれるようにして私は歩き出したのだった。

「どこへ行くの?」私が尋ねると、白鳥代表は楽しそうに言った。

「もうすぐ分かるよ」

彼はそう言うと私の手をさらに強く握った。

私は少し怖くなって逃げ出したい気持ちになったけれど、それをぐっと堪えて歩いた。やがて私たちは建物の外に出た。



 目の前は大きな機械の柱のようなものが広がっており、周囲には多くの人々がいることに気づいた。彼らは私達の姿を認識すると、一斉に頭を下げ始めたのだ。その光景を見た私はただ呆然と立ち尽くしていたのだった。

「どうだい?圧巻だろう?」

そう言ってニヤリと笑った白鳥代表の表情は恍惚としていた。

私は背筋がぞくりとする感覚に襲われながらも、必死の思いで堪えて彼の手を握っていた。

「これは一体どういうことなの?」

動揺を隠しきれないままに私が尋ねると彼は答えた。

「ここはロケット発射場」

そう言って彼は建物の中に戻りながら言った。

「君にも天引現象のホライゾンを経験してもらおうと思ってね」

そこで初めて、私は自分がとんでもない場所に来たのだと理解できた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る