10

「会いたいな」と呟いた瞬間、何故だか急に怖くなってしまったのである。

本当はとても会いたいけど、会ったら自分はどうなってしまうのかわからないという不安もあった。でも、会いたいという気持ちには抗えないのだ。

今日は朝から雨が降り続いている。窓から見える空は灰色の雲で覆われており、まるで私の心を映し出しているかのようだった。何もやる気が起きずただぼーっとしているだけで時間だけが過ぎていく。

このまま永遠に続くのではないかという恐怖に苛まれ始めたその時、ふと光ちゃんのことも思い出した。

「どうしよう」とリブに声をかけるが、彼は首を傾げて見せるだけである。

そんな時、不意にドアのノック音が響いた。私は驚きのあまり声を上げてしまうが、すぐに落ち着きを取り戻すことができたのである。心臓の鼓動は治らなかったが何とか平静を装って返事をすることができたのである。しかし次の瞬間、聞こえてきた声に私は胸を締め付けられるような痛みを覚えたのだった。

誰かが訪ねてきたのだろうか、と思った瞬間、リブが勢いよく起き上がり玄関へと駆け出す。

慌てて立ち上がり、急いで後を追った。 

「どうぞ」と言ってドアを開けるとそこには見取記者がいたのだ。

私は驚きながらも、とりあえず彼を家に入れる。記者はリビングまで入ると、そこで立ち止まった。

「飛人会の子どもが一人、行方不明になった」

「え?」

彼は一枚の写真を手渡した。そこには女の子が写っている。見覚えのない子だった。

「誰ですか?」と問うと、彼は首を横に振って言ったのだ。

「いや、知っているはずだよ」

私は首を傾げるしかなかった。そんな私をよそに、彼は続けて言った。

「その子は君と取材した時もいた」

私は思わず息を飲む。確かにいたのだ、その女の子の顔が思い浮かんだ。でも、名前までは思い出せない。必死に思い出そうとしているうちに、彼は話を続けるのだった。

その言葉を聞いた瞬間、私は嫌な予感に襲われた。まるで冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような悪寒が走る。全身が震え出し、息苦しくなった。

 彼は淡々とした口調で続ける。

「これで三度目だ。飛人会で行方不明者が出るのは……」

 視界がぐるぐると回転しているような感覚に襲われる。今にも吐きそうだった。

「これまでは代表が揉み消してきたが、もう限界だ」

「殺人、ですか」と私は尋ねる。

彼は首を振った。「今のところ、証拠はない」

「そんなはずは──」と私は言うが、彼は再度首を横に振った。

「だが、警察が動くほどの大問題になっているのは事実なんだ。警察は彼女の行方を捜している」

私の背中を一筋の汗が伝う。震える声で尋ねた。

「その女の子はどこに?」

彼は力なく首を振っただけだった。「わからない。たぶん、もう死んでる」

目眩がした。頭の中が真っ白になる。

「犯行の痕跡もみつからない状況でなんとも言えないが──おそらく、天に召された」と彼は続けた。

天に落ちた。つまり、天引現象で宇宙に投げ出されたのだ。

それは恐ろしい想像だった。人間が重力に従って地面に落ちるように、自分も落ちていく姿を想像するだけで身震いがするのだった。だが同時に、その女の子がどうなったのかを理解できてしまったからでもあった。

思わず口元を覆ったが吐き気を抑えることができなかった。

胃の中のものを全て吐き出してしまいそうな感覚が襲ってくる。酸っぱい匂いが鼻を突く。必死に我慢しようと試みるがどうしても耐えられないのだ。「うっ」と嗚咽を漏らしてしまうと堰を切ったように涙が溢れ出したのである。

「あ、ああ」と私は言葉にならない声を発することしかできないままその場に座り込んでしまったのであった。視界が歪み頭がガンガンとする感覚に襲われる中、彼は優しく私の背中を撫でてくれていたのだがそれすら気に留まらないほどに絶望していたのだ。



それからしばらく経った後のことだったと思う。

私が落ち着くのを待ってから彼は言った。

「その子、本当に死んでしまったんですかね?」と尋ねてきたのである。私は黙って頷くしかなかった。

 すると彼はこう言ったのだ。

「仮に生きているとしたら、どうするおつもりですか?会いたいですか?」と聞いてきた。その言葉に反応して顔を上げると、そこには真剣な眼差しがあった。

 確かに彼の言う通りだった。もしまだ生きていて、会えるものなら会ってみたいと思ったからだ。だから正直に答えた。

 だが、そう簡単に見つかるはずもないだろう。

しかし、それでも希望を捨てたくはなかったし、何より彼女を探したいという気持ちが抑えられなかった。

そんな私の様子に気が付いたのだろう。彼は微笑んでくれたのである。それだけで心が満たされていくような気がした。

「わかりました。謎を追ってみましょう」と言ってから彼は続けて言った。「私も興味があるのです」

思わず笑みを漏らしてしまった。自分でもわかるくらいに顔が緩んでしまったから、きっとだらしない顔をしていたに違いない。けれど、今更取り繕っても仕方がないと思い直すことにしたのだった。

その後、私たちは具体的な計画を立てることにしたのである。

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