7

 リブとの生活が始まって数日ほど経つと、夏休みも中盤に差し掛かる。

その日は雲一つない青空で、太陽がこれでもかというくらい自己主張をしていた。じりじりと肌を焼くような暑さは、否応なしに私の体力を奪っていたように思う。それでも私はリブと共に外に出かけていたのだ。リブは尻尾を振りながら首輪から伸びる縄で私と繋がり、牽引してくれる。「暑くないの?」と私が尋ねると、彼はワン!と元気に返事をした。

彼は私にとってなくてはならない存在になっていた。私の意思を読み取ってくれるし、いつもそばにいてくれるから安心できるのだ。そんな頼もしい相棒を従えて東小学校へと足を運ぶ。水泳教室に参加するためだ。

まぁ、自由に出歩ける身になったとはいえ授業は見学だ。プールサイドのテントで見学することになるのだが、私はそれが少し不満だった。

「見学なんてつまんないよね」と文句を言う私に、リブはワン!と鳴いた。まるで同意するかのように。私は思わず笑ってしまった。彼のおかげで少し気分が晴れた。とはいえ退屈なのには変わりないのだが。



プールにたどり着くと、すでに見学者がいる。瀬戸さんだ。隣に小鹿もいる。リブにテント下を指差してあげて、「あそこに行くよ」と指示すると大人しく言う通りにしてくれる。賢い子なのだ。

彼女に近づくほどに冷たい汗が吹き出してくる。病院で一悶着があったのを最後に言葉を交わしていないから気まずいったらありゃしない。

沈黙の時間が流れる。気まずい、どうしようと内心焦っていた私を救ったのはリブだった。

リブは瀬戸さんに擦り寄り、元気よく鳴いたのだ。私は思わず驚いてしまうが、私以上に意地悪女は驚いていた。目を丸くしている彼女に向かって、リブはさらに吠えたのだった。すると彼女は小さく笑うと「あなたお利口さんなのね」と言ったのだ。

小鹿も瀬戸さんが返事をしたことで安心したのか話し始める。私もすぐに相槌を打って話を聞いていた。瀬戸さんは以前ほど苛烈ではなくなっているような気がしたが、それはおそらく気のせいだろうと思う。きっとただ怒りを抑えているだけなのだ。

彼女の話に区切りがついたところで、小鹿が話題を変えるように言ったのだ。「そういえば最近変わったことはない?」と質問を投げかけたのだった。その問いかけに瀬戸さんが答えたのである。「もちろんあるわよ」と自信ありげな顔で笑うのだ。

私は思わず息を飲んだのだが、次の言葉は意外なものだったのである。

「えた非人がこのクラスにもいるのよ」と彼女は言う。

それを聞いた途端、小鹿は驚いたような顔をして言ったのだ。

「え、どういう意味?」と。瀬戸さんはその反応を予想していたのか、 私を忌々しげに見つめると、侮蔑の言葉を口にする。

「飛人だって」

「あのさ、」と私は切り出した。「私、今日は帰ろうか?」

小鹿は首を横に振る。

「そんなことないよ、紬がいてくれた方が楽しいし」

私は少し安心しながらも、どこか複雑な気持ちだった。そんな中、瀬戸がこちらを睨み付けていることに気がついた。

「あんた、なんなの?なんでここにいるわけ?」

彼女は私を睨みつける。そして続けて言った。「部外者は引っ込んでいて」と。私は答えに窮していると、小鹿が口を開いた。

「紬は私たちと同じだよ」と小鹿は言った。すると彼女は口を閉ざすしかなかったようだった。

「行こう」と小鹿に手を引かれ、プールサイドを走った。ふと気になって振り返ると、瀬戸がこちらを睨んでいるのが見えた。

なんだか嫌な感じがする。

そんな私の心中を察したのか、瀬戸さんは私の反応を楽しむように言葉を続けたのだ。

「あんたみたいな化け物が私たちと同じなわけないでしょ」

  私は黙って受け止めた。

反論するつもりはなかったし、彼女に何を言っても無駄だろうと思ったからだ。それよりも早くこの場から離れたかった。

そんな心中を察したのかリブが私を引っ張る。

リブは私の体をリードするようにして、テントの下から引きずり出した。

私はされるがままに引きずられていく。その様子を瀬戸さんはつまらなさそうに眺めていた。

その後、私たちは無事に帰宅したのだが、やはり気分は晴れなかった。せっかく学校に行ったのに全然楽しくなかったのだ。

それどころか、それどころか、クラスメイトからいじめられるという最悪の結果になってしまった。

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