5
「おかえりなさい」
母が玄関まで出迎えに来てくれたのだ。私は笑顔で頷くと、手を洗うために洗面所へ向かった。鏡に映った自分の顔には疲れが浮かんでいるように見えた。今日はいろいろなことがありすぎたので、無理もないと思った。ふと、鏡に映っている自分と目があった。彼女の目は暗く虚ろだった。まるで自分の心を映し出しているかのようで、見ているだけで悲しくなってしまうのだった。
「早くお風呂に入っちゃいなさいね」という母の声を聞きながら、私はバスルームへと向かっていった。そして服を脱いでいると、突然ドアが開いて母が入って来たのだ。
驚いて振り返ると、母は心配そうな顔で私を見ていた。その目は優しかったが、同時に厳しさもあった。そんな母の視線が痛くて私は思わず目を逸らした。すると彼女は私の肩に手を置いて言ったのだ。
「紬、一人で外出したら危ないでしょう?お母さんはあなたに何かあったら心配なのよ」
「ごめんなさい」
私は小さな声で謝った。そして、それ以上何も言えずに黙り込んでしまったのだ。
母は何も言わずに私を見つめていた。その目には深い愛情が溢れているように見えたけれど、同時に厳しさも感じられた。この母の表情はどう捉えればいいのだろう?怒っているのだろうか?それとも悲しんでいるのだろうか?私には分からなかった。でも、きっと何か事情があるはずだ。そう思った私は勇気を出して聞いてみることにしたのだ。「お母さん、何かあったの?」と聞くと彼女は静かに首を横に振った。そして笑顔を作って言ったのだ。「あなたは何も気にしなくていいのよ」と言って手を私の頭に伸ばす。その手は温かくて優しかったけれど、同時にすごく悲しかったのだ。まるで私を子供扱いしているような感じがしたからだ。私は何だか悔しくなって彼女に背を向けると、何も言わずにその場から逃げ出した。
浴室を出ると、すぐに自分の部屋へと向かった。そして天井で横になると、床を見つめたままぼんやりとしていた。
心配そうに私を覗き込んでいる。
「紬、さっきはごめんね。お母さん、ちょっとびっくりしちゃったの」
私は返事をしなかった。
不機嫌な私を気に留めず、母は衣装棚から私の着替えを取り出す。
それから私の頭上に歩み寄ると、目の前に下着と寝巻きを差し出してくれた。
「お母さん、どうして私が一人で出かけたらいけないの?」
母は少し驚いたような表情を浮かべた。そして私の頭を撫でて言うのだ。
「紬、あなたはとても大切な存在なの。あなたが居なくなったら私たちは悲しいのよ」
私は泣きそうになるのをこらえながら言った。
「でも、私は自由になりたいの!好きにさせてよ!」
母は少し考えてから口を開いた。「わかったわ、紬が望むことならお母さんは止めないわ。でも忘れないで、あなたは私たちの宝物なのよ」と言ってくれたが、その言葉は私の心の中に深い悲しみを残しただけだったのだ。きっと母には伝わらないのだと感じたからである。
私はその後も、母に不満をぶつけ続けてしまった。そのたびに母は真剣に話を聞いてくれた。
しかし、本当に言いたいことは伝わっていなかったと思う。だから、余計に悲しくなってしまい泣いてしまったのだ。
「お母さん、私も大人にならなきゃいけないんだよ!!どうして自由になれないの?」
私がそういうと、母は私を強く抱きしめてくれた。そして何度も謝った後、こう言ったのである。
「ごめんね。でも許してちょうだい」と彼女は泣きそうな声で言ったのだ。
それからしばらく沈黙が続いた。着替えを手伝えるよう母はずっと待ってくれた。
いつまでも私の機嫌が直らないことを察したのか、母は私にそっとキスをした。「続きは後でゆっくり話しましょう」と言って部屋を出て行ったのである。
その優しさに甘えてはいけないと思いつつも、私は母の温もりを感じることが出来たことに嬉しさを感じていたのだ。
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