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タクシーを降りると、空はオレンジ色に染まっていた。
見取記者は私を送ることを申し出てくれた。私はそれに甘えることにし、二人で横並びで歩くのだった。
彼は歩きながら飛人会の考察を続けていた。だが私にはそんな余裕はなかった。
光のことばかり考えていたからだ。先ほどから頭に浮かぶのは彼女のことだけだった。それはまるで恋する少女のようで恥ずかしくも思うけれど、どこか心地よくもあったのだ。
そんな私を不審に思ったのか、見取が突然言い出した。
「何かありましたか?」と彼は言う。私は首を振る。
そして、少し考えてから彼に相談することにしたのだ。
「実は、友達ができたんです」
「それはいいことですね」と彼は言ったが、あまり興味はなさそうだ。私は構わずに続けた。
「でも、その子のことが頭から離れないんです」
見取記者はピタリと足を止めた。そして、私の顔を見つめると尋ねた。「どういうことですか?」と彼は不思議そうに首を傾げるのだ。
私はなんと答えたらいいのかわからなかったけれど、正直に自分の思っていることを伝えるのだった。すると彼は真面目な顔で言ったのだ。
「紬ちゃんの心はその方に奪われてしまったわけですね」
頷くしかなかった。
彼の言ったことは間違ってはいなかったからだ。その通りだったからこそ、こんなにも胸が高鳴っているのだと自覚していたのだから。
だけど、それがなぜなのかがわからない。ただ漠然とした不安感があるのだ。何か大切なものを見逃しているのではないかという焦燥感があるだけで具体的なことは何も分からないままだった。
そんな私を気遣うように見取は言ったのだった。「それはきっと恋です」と。
私は彼を見上げると首を傾げた。「恋?」と聞き返す私に、彼は頷いてみせるのだ。
「えぇそうです」と言ってから彼は続けた。
「今まで味わったことのない気持ちがしましたか?その人のことを考えると他のことが考えられなくなったのですか?」
私はまたまた頷くしかなかった。そして、自分の中で整理しようと試みるがなかなか上手くいかない。
この不思議な気持ちはなんなのか?それが知りたくてたまらなかったからだ。
そんな様子を見て見取は言うのだ。「それでいいんです」と。
そして付け加えるように言うのだった。「紬ちゃんはその方に恋しているのです」と言い切るのだ。
その瞬間ストンと胸の中で何かが落ちたような気がしたのだ。まるで欠けていたパズルのピースを見つけた時のような高揚感があった。
「だよね」と私は小さく呟いた。
そのつぶやきを聞いて見取はこう言ったのだ。「ゆっくりでいいんです。急ぐ必要なんてありませんから」と、彼は優しく微笑んだのだ。
しばらく無言の時間が続いたが、不思議と気まずさはなかった。むしろ心地よさすら感じていたように思う。きっと見取のおかげだろう。彼の言葉は私の心を落ち着かせてくれたようだったからだ。
その後、家の前まで見取記者は付き添ってくれた。彼は私に手を振りながら言ったのだ。「また明日も取材に来ていいですか?」と。
私は頷き返すと、踵を返したのだった。記者の姿が見えなくなるまで見送りながら、ふと空を見上げてみたのだ。そこには満天の星空が広がっていた。手を伸ばせば届きそうなほど近くに星々が煌めいていたけれど、やはり私には届かなかった。それでもいいのだ。私は空を見上げたまま大きく息を吸い込んだ。夜の香りがした。「ただいま」と玄関で靴を脱ぎながら言うのだった。
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