力
1
翌日、両親が出勤した後に記者を自宅に招くことになった。
初めてのインタビューに緊張が走る中、ドアチャイムがなり出迎える。
ドアを開けると、そこには相変わらずのパーカー姿の見取記者が立っていた。
またもや不審な格好であったが、快く家に入れると、心の中でほっと息をついた。
不安と期待が入り混じる中、彼は住まいを点検員のように見回り、写真を撮りながら進んでいく。
「何をしているの?」と訊くと、見取はパーカーのフードを外し、優しい笑みを浮かべ答えた。
「力場障害者の生活ぶりを記録するためにだよ」
その聞き慣れない言葉は心地よい響があった。
なぜなら、私の生活が普通でないことを理解してくれているのだと感じたからだ。
「それに何の意味が?」と尋ねると、記者は真剣な眼になる
「仕事のためさ。弱き者を追うと金になる」
失礼にも口を歪めてしまったが、見取も私の反応にまんざらではないようだった。
そんな表情を見取は写真に収める。どこでも撮影を始め、私の生活の一部を切り取っていく。
その所作はまるで、狩人。
「さぁ、仕事をしよう」と撮影を切り上げ、ボイスレコーダーをポケットから出す。
私は案内するように机へと歩み寄った。彼の前に座り、記者と向き合った。
まず初めに話されたのは報酬についてだった。
記者もまた、特集が売れることを望んでおり、その事情を聞かされる。
内容を深めるために複数回の取材を行い、目を惹く情報を発信したいそうだ。
頷ける話に私も快くいた。しかし、突如、彼の視線が尖る。
「でもね、君はつまらなすぎる」
「はい?」
「弱者が日頃抱える不安を切り取るだけじゃ記事は売れない」
「じゃあ、どうしたら?」
「簡単さ、どんなに不利でも困難に立ち向かう姿を見せればいい。同情を募って、弱い奴が背伸びする姿で関心を惹く」
記者の考えは普通になりたい私を否定するものだった。でも、間違っているとは思わなかった。
弱き者が足掻く姿こそ、人間の本質に思える。
「全面協力してくれれば、報酬も弾ませよう」
その言葉に心が揺れ動くのを感じた。お金は喉から手が出るほど欲しい。
「私、何をすればいいの?」
彼は待っていましたと言わんばかりに立ち上がり、鞄を漁り始めた。
そして、一枚のチラシを取り出し私に言ったのだ。
「それじゃあ、この飛人会に行ってくれ。力場障害者の支援を目的としたコミュニティだ」
「力場障害者の?」
「そうさ、そこでは君と同じ障害を持つ人間が社会に適応する方法を模索している」
「そんな場所があるの?」
「ああ、君みたいな子が大勢いる」
そのチラシを受け取り、私はまじまじと見つめた。そこには飛人会という文字と地図が載っていた。
そして、見取記者はこう続けたのだ。
「そこで君は助けを求めればいい」
彼は私の障害を治す方法を知っているのだろうか?
そんな疑問が浮かんだけれど、口にはしなかった。彼の情報を有効活用しようと考えたからだ。
「わかった……行ってみるよ」
「とりあえず君とは交渉成立だ。あとは親御さんの許可を頂けたら」
「君の親御さんの許可だ。飛人会に行くのは君だけじゃない、親も一緒じゃなきゃな」
「わかった……」
私は渋々と承諾した。しかし、すぐに疑問が浮かび上がる。
両親は取材を許可するだろうか? そんな不安をよそに見取記者は話を進める。
「今、君の親御さんに話を通そう」
私は言われるがまま、父に電話をかけた。見取記者はボイスレコーダーの録音ボタンを押して電話口に耳を当てた。
数回の呼び出しの後、父が電話に出る。
「もしもし……紬か」
「お父さん? 私、糸重紬だけど……」
受話器の向こうで父は黙り込むと、しばらくしてこう切り出したのだ。
「ああ、どうした」
「あのね、私、飛人会っていうコミュニティに参加したいの……いい?」
「そうか……わかった。気を付けて行ってこい」
「いいの?」
「ああ、紬も一人で行動したい時もあるだろう……」
意外なことにあっさりと許可が下りた。私は呆気にとられる。
そんな父の言葉には寂しさが滲んでいる気がしたけれど、それは私の思い過ごしかもしれない。
通話が終わると見取記者はボイスレコーダーの録音を止めた。そして、私に言った。
「これで取材はできるな」
私は少し罪悪感を覚えていたけれど、彼の言葉に頷いた。
「でも、お父さんが取材を許可するなんて思わなかった」
「まぁ、親は子供を心配するものさ。それに君は一人じゃないだろう?」
彼は満足気に微笑むと、次の仕事があるからと帰ってしまった。
手に握ったチラシを広げて目を通すと、飛人会は全国に点在しているらしいことがわかった。
そして、そのどれもが力場障害者の支援を目的としていることもわかった。
これは大きな前進だ! そんな興奮を感じながらも、私の頭には不安もあった。
「でも、飛人会には力場障害者がたくさんいるんだよね」
そう呟いた時、私の脳裏にある考えがよぎった。
「もしかして……恋の相手見つかるかな?」
そんな淡い期待を抱きながら、最寄り会場である千葉みなとに目星をつける。
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