6

待合室。ここともおさらばだ。

会計を終えた父が受付から戻ってくる。鼻歌交じりで機嫌が良さそう。

私も父のもとへ歩み、隣り合う。

「退屈だったろう、入院生活は」

「いつもと違ってて新鮮だったよ」

「俺は懲り懲りだよ。本当に無事でよかった」

「心配かけてごめん」

「早く帰ろう。母さんも待ってるからな」

父は腰縄を固く結び、手をとられる。

いつにも増して強く握られながら、出口へ向かった。

外に出ると、父が折り畳み傘を開き、私に差し出す。

足のつま先が入るように逆手で傘をさす。そして雨粒が父にかかっていないか見る。

まじまじ見ていたようで父と目が合ってしまった。そんな私を笑う父。

「父さんはいいから、自分が濡れないようになさい」

「でも……」

「大丈夫、車も近くにある」

心配をよそに車寄せから踏み出す父。

豪雨の渦中に入った瞬間、右左から激しい雨に曝される。

「ねぇ!危ないよ!飛んじゃう!」

思わず、叫んだ。

すぐ様、父が屋根下に戻る。

「ここまで車運んでくるか」

「それがいいよ」

私は手を離され、ゆっくり腰縄を伸ばされる。

父によって、車寄せの屋根まで私をあげられ、しっかり安全を確認できると結び目を解く。

依然、変わらない嵐だが父は走り出す。

「車持ってくるから、待ってろよ」

「ちょっと、傘!」

雨で濡らす人影はすぐに消えた。

まだ心の奥底では、瀬戸とのことが気がかりで仕方がなかった。

彼女の怒号が思い浮かぶたびに、足裏に汗が滲み出る。

しばらくして、嵐から現れる白いバン。

真っ直ぐ、こちらに向かってくる。そして車寄せに止まる。

運転席のドアが開き、出てくる父。

「大丈夫か?」 と心配そうに尋ねる父に微笑みながら頷いた。

父は早足で歩み寄ってきて、手をとり、浮かぶ私を車へ連れていく。

後部席のドアを開くと、見慣れない光景に思わず瞬きした。

父の手を頼りに車内へ入る。

「すごい!この車どうしたの?」

「雨が酷いから借りてきたんだよ」

力場障害者が座れるように設らえた逆さまのシートへ腰掛けた。

浮かれる私の様子をみて、父は満足げに微笑み後部席のドアを閉める。

運転席に戻ると、父はハンドルを握り、車を発進させる。

バックミラー越しに父は私をみると、また笑みが溢れていた。

「紬が楽になれるよう一つ一つ変えていくからな」

「ありがとう」

病院を後にする車は街を抜け、家に向かって進んでいく。

何故か身震いする。濡れた服と汗で冷えたのかもしれない。

窓の外の景色は依然として荒々しかった。この雨がいつまでも続くように感じると、一層震えた。

その様子の見兼ねて覗いてくる父。

「紬、大丈夫か?」

その優しさは私の心を静めてくれた。

しかし、心の中の不安はまだ晴れることはありませんでした。

「これからは家もバリアフリーにしようと思っている。快適に生活できるように、父さんと母さん、たくさん働いて家を建てるからな」

 父は気づいていたのか、何気ない会話の中で励ましてくれた。

その言葉に感動が込み上げ、嬉しさで胸がいっぱいになった。

両親の夢が私たちの新しい生活を彩ってくれるのだと感じ、未来への期待が高まる。

雨も少し和らいでいる。窓の外の景色も夏休みまでは続いていないようだ。


 長い道のりを経て、車はマンションの前に到着した。

父は車を停め、私の手を優しく取り、我が家に歩みを進めた。

新しい始まりに向かって私たちは歩を進めたのだ。

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