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天井から垂れた何本もの配線やチューブが、私の身体に繫がっているのが見えた。
ここからの景色は味気ないリノリウムの床だけ。
窓際のベッドに横たわりたくても、天井に設えた力場障害者用のベッドしか居場所はない。
エアコンの風が冷たい時、家では寝袋に包まるけれど、病院は掛け布団も寝袋もなし。これは過ごしにくいと言わざる得ない。
もう両親も帰ったので話し相手もおらず暇だ。
病室には静寂が漂い、窓から差し込む夕陽がリノリウムの床に淡い陰を投げかけている。
医者の診断では、骨にひび一つなく、ただの打撲だという。
両親も緊張が解けてホッとしていたが、経過観察入院が必要となり、退屈している。
人恋しいと思った矢先にノックが鳴る。
扉から顔を覗かせたのは若い看護師。ガラガラと様々な医療器具の乗ったカートを運んでくる。
「失礼します。巡回に参りました」
「ありがとうございます」
「お腹空いたでしょ? 終わったら夕食だからね」
こちらへきて、体温計を差し出される。
しかし、看護師の身長が小さく私まで届かない。一生懸命背伸びする姿を見て笑ってしまった。
「頑張ってるんですから!笑わないでください」
「だって、可愛くて」
「大人の女性を揶揄わないの!」
「はーい、すいません」
看護師は辺りを見渡して、落胆する。
「ちょっと、梯子探してくるね」
駆け足で病室を退き、静まり返る。
夕食と聞いているので、それが今は楽しみだ。
再び扉が開き、また誰かが入る。
頭上からやってきたのは、医者でも看護師でも星守先生でもなかった。
「ヨォ!元気そうだな」
顔を覗かせてきたのは見取だった。
心が休まらない奴が来やがった。
「どうして、ここが?」
「敏腕記者の情報網を舐めてもらっちゃ困るよ」
「ちゃんと入室許可もらってます?」
「……あ、あたぼうよ」
言葉に詰まってるし、嘘だろう。
けれど、搬送中の必死な様子から突き放そうとは思えなかった。
今、真下に立つ彼の眼も真剣さが伝わってくる。
あの時、言葉に詰まりながらも、搬送中の必死な様子が印象的だった。
「態々いらっしゃって、何の用ですか?」と問いかける。
見取は胸に手を当てて深く息を吸い、吐き出す。
「よくぞ、聞いてくれた!密着取材をお願いしたく馳せ参じた」
「他にも同じ境遇の方いらっしゃるじゃないですか」
「貴方がいいんです」
「どうして?」
「イレギュラーな力場を経験した、ごく僅かな人間だからです」
「今日の出来事?」
「はい。地球の重力を無視する力場障害が認知されて十年あまり。短い歴史ですが、こういったケースは稀なんです。まさか自分が立ち会えるとは」
「そこに価値があると?」
「そう、そうなんです! 是非とも私どもにご協力願えませんか?」
思わず考え込む。彼の眼差しは真剣で、興味深さが伝わってくる。
「…………」
子供のように目を輝かせる彼。考え込んでいると食い入るように背を伸ばしてくる。
近くなる顔。反して興味は遠のいていった。
「プライベートを侵害されるのはいやです」
「さようですか……」
病室に看護師が戻ってきているようだ。足音が近づくにつれ、彼は慌ててポッケを弄る。
少し残念そうな表情を見せながらも、名刺を手渡さられる。
「後があるんでな。もう帰らにゃあかん。渡しとくき気が変わったら連絡しいや」
「はい」
「手伝ってくれた暁には報酬もあるんでな」
「え?」
「ほな」
猛スピードで病室を駆け出ていった。
報酬の話を聞いて、私は少し興味を持った。入れ替わりで看護師が戻ってくる。
「あら、誰かいらしゃってたの?」
「いいえ、人違いだったみたいです」
「そういうこともあるわよね」
看護師が戻ってきて、バイタルサインチェックを再開する。
名刺をポケットにしまいながら、未知の出来事への興奮と疑問が胸に広がった。
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