秘密封じのおまじない
大柳未来
本編
秘密封じってご存じですか?
これは秘密を封印することで二人の絆を強く結ぶ、契りの一種と言われています。
やり方は簡単です。
まずお互いの秘密を紙に書き、血による拇印を押します。
それを密閉容器に入れ、埋めるだけ。
これで秘密を封じた二人は強く結ばれます。運命共同体といってもいいかもしれません。二人で運命を切り拓けるので、難局を乗り越えることだってできるのです。
しかし、ひとつだけ注意点があります。
片方が亡くなったら、速やかに秘密封じを解除してください。
あまりにも強く二人を結び付けるので、片方が亡くなったらもう片方もあの世に連れてかれてしまうからです。
解除の方法も簡単です。
相手の秘密を知れば契りは解消されます。急いで掘り出して秘密を読んでください。
さもないと……連れてかれちゃいますよ?
※ ※ ※
怪談系動画投稿者の短編動画の再生が終わった。スマホから目を離すと親友が目をキラキラさせながらこっちを見ている。
「ねぇ、やろうよ! 秘密封じ!」
くだらない。そう一蹴するのは簡単だ。でもそれはできない相談だった。
ガキの頃からずっと遊んできた幼馴染でもある親友、ショーヤは病弱で、中学1年になってだいぶ経つというのに全然登校できていない。
今日は初めて登校できたのに、午後から調子を崩し保健室で休むハメになってしまっていた。放課後、保健室まで様子を見に来たオレに対し、先生がいない内にといきなり秘密封じの動画を見せてきたわけだ。
「しょうがねぇな。付き合ってやるよ」
「やったー! さんきゅータケル! さっすが心の友!」
「めちゃくちゃ元気で心配して損したわ」
「なんだよー、薬が効いてきてるから元気なだけでさっきまで辛かったんだぞ」
「悪い悪い」
ふくれっ面をしててもなお整った顔。病室に引きこもっていたせいで全く焼けていない透き通った白い肌。普通の学校生活を送ってたら女子にモテただろうなと思う。ショーヤも普通に過ごしてたら秘密封じは女の子と一緒にやってただろうなとも思う。でも持病がそれを許さなかった。
ベッドに座った親友をずっと見続けてきた。
そんなショーヤが望んだことは何でもしてあげたい。それがオレの本心だった。照れくさすぎてショーヤ本人には絶対に言えない。
「じゃあ、ノート適当に破ってちょっとした秘密でいいから書いてよ。ボクも書くからさ」
「おう」
秘密を知られちゃいけないからベッドから離れ、先生の机にノートを広げる。何を書こうか一瞬だけ迷った後、ペンを走らせた。
「ショーヤ、ボインって何だ?」
「指でハンコを押すんだよ。針持ってるけど使う?」
ガリッ、と親指を噛みそのまま紙に押し付けた。なかなか痛い。
「いや、もう押した。めんどいから噛んで血出したわ」
「タケルは男らしいね……痛て」
ノートを破りとって四つ折りにする。針が痛かったんだろうか。ショーヤも書き終わって拇印を押し終わったみたいだった。
先生の机の引き出しをあさると絆創膏があったから親指に巻き付ける。
「絆創膏あったけど貼るか?」
「うん」
そそくさと近寄り、左手を手に取ると人差し指に絆創膏を貼ってやる。自分自身に貼る時とは違いできるだけ、丁寧に。
「ねぇ」
「なんだ?」
「一緒に運命、切り拓いてよ」
ショーヤは顔を伏せていて、どんな表情をしているか分からない。
「あぁ」
オレの答えは決まっていた。
「もちろんだ」
※ ※ ※
例のおまじないから4年後。落ち葉が風に吹かれて舞う秋を感じる季節。
オレはショーヤの通夜に参列していた。
オレは知らされてなかったが、宣告された余命より長く生きられたとのことだった。高校生になれたのは奇跡だということをショーヤの母さんが話してくれた。おまじないの効果があったならいいな、と何となく思っていた。
「あの子の顔、見てあげて。まるで眠ってるみたいだから」
はい、と返事をしてその場を立ち去る。母親同士でまだ話をしていたようだが、オレは待てなかった。吸い寄せられるようにいつの間にか棺まで来てしまっていた。
ショーヤの顔を見るために両開きの窓を開ける。そこには確かにショーヤの顔があった。思わず息を飲む。
まるで本当に眠っているみたいだった。整った顔立ち、透き通るような白い肌。そのまんまのショーヤだ。
オレの目にはショーヤの寝顔しか映っていなかった。
ショーヤ、本当は寝たふりしてるだけなんだろ? じゃーん! とか言いながら飛び起きてドッキリ仕掛けるつもりだな。そうだ。本当に寝たふりしてるか確かめてやる。耳に息吹きかけて起こしてやろうっと――。
「タケル! なにやってんの!」
呼ばれると同時にグイっと力強く引っ張られる。どうやらオレは無意識にショーヤの棺に顔を突っ込もうとしたらしい。母さんが必死の形相でオレの首根っこを掴んでいた。
「この中ドライアイスが入ってて危ないからね」
ショーヤの母さんが冷や汗をかきながら説明してきた。
さもないと……連れてかれちゃいますよ?
秘密封じの説明動画のシメの言葉を思い出す。
ゾクッ、と足元から冷気を感じてきた。
※ ※ ※
明日の告別式に備えて早く寝ないといけないのに、オレは制服姿のまま家を抜け出し、秘密封じを埋めた中学校にやってきていた。
通夜から帰る道中や家の中でさえ、寒気が止まらなかった。まるで足元にだけ冷たい空気が送り込まれてるんじゃないかと錯覚するほどだ。
オレはショーヤの秘密を暴きにやってきたのだった。埋めた場所は今でも正確に思い出せる。
体育館の裏手にある木の根元に埋めた。ショーヤはタイムカプセル用の金属の密閉容器を準備するほど用意周到だったくせに、スコップを持ってこなかったせいでその辺の石や木の枝を使って汗をかきながら掘ったんだった。
小走りで体育館の裏手に小走りで向かう。ついた途端さらに一層冷え込んだ気がした。ちょっとしか走っていないのに息が上がり、苦しく感じる。
落ち葉を手でかき分けると固い湿った土が露わになった。前回の反省を活かし、スコップを木の根元に突き立てる。サクッ、サクッ。順調に掘り進めていく。
10分ほど掘り進めただろうか。地面に異変が起きた。
白い何かが埋まってるのを確認した。
指で触れてみると冷たい。でもそれはどう考えても金属ではなかった。スコップでは傷つけてしまうと思い、手で掘り進める。
絶対にそんなわけないのに、ある種の確信をもってオレは埋まってるそれを丁寧に、丁寧に、爪を立てないよう慎重に掘る。やがて露わになったそれは、ショーヤの寝顔だった。
「バカが……」
記憶通りならショーヤの埋まってる位置にタイムカプセルの容器があったはずだ。秘密封じはどこに行った? ショーヤの頭の中か……?
どうする? スコップを突き立てろって言うのか? ショーヤの顔に?
……できるわけがない。
逡巡してる間にオレはショーヤに近づいていたらしい。眼前にショーヤの顔があった。鼻先が触れるほどの距離だ。
視界が狭まる。苦しいはずなのに、なぜか心地よさがあった。
思わず唇が触れそうになる程の距離。
「分かった」
おぼろげな頭で考えなんかめぐるはずがない。だからこれは直感だった。いや、オレの願望だったのかもしれない。
「お前の秘密。分かったよ。オレも、お前のことが――」
突然穴から風が吹き荒れ、オレは思わず体を起こしのけ反った。
落ち葉が舞い上がる。
風が止み、目を開けると金属の容器が穴の中にあるだけだった。さっきまで感じていた異様な寒気も、息苦しさもない。
小さい容器を抱きしめるように持つ。涙が止まらない。
胸にぽっかりと空いた穴は、タイムカプセルでは埋まらなかった。
オレは一晩中泣き続けていた。
秘密封じのおまじない 大柳未来 @hello_w
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