埋まっている。
白河夜船
埋まっている。
これは秘密なのだけど、僕の家の庭には兄の屍体が埋まっている。埋めたのは父さんだよ。僕にそう教えてくれたのは、兄である。
若い女中を孕ませちゃってね。でもあの
形になってなかったら良かったんだけどねぇ。小さくても胎児だった。人間だった。母さん……うん、俺の母さんだよ。母さんは繊細な人だったから流れた俺を見て気がおかしくなっちゃって。首を縊って死んじゃった。
可哀想だったなぁ。
母さん、身寄りはあってないようなものでさ。逃げ場なんてなかったんだ。主人から手籠にされて俺を孕んで、後妻に収まるほどの気の強さや器用さもないから、ただただやられるばっかりで。本当に可哀想だった。
そこまで話したところで兄は背後を振り返り、上を見た。満開の桜の枝に首吊り縄が掛けられており、月光に浸された蒼い世界の中で美しい女の屍体が揺れている。
母さんだよ。
兄は微笑み、女も笑った。なるほど確かに親子らしい。二人の笑顔はよく似ていた。
俺が寂しくないように、俺の傍で死んでくれたんだ。
嬉しそうに兄は言い、お前はどうする? と首を傾げた。物心ついた頃から庭の桜の下にいる彼は、僕よりもいくらか年上と思われる少年の姿をしている。生きていれば丁度こんな見た目なのかもしれない。少し迷ったものの僕は兄を手招いて、内緒話をする要領で彼の耳に唇を寄せた。
───……
小さい声だったが聞こえたようで、兄は愉快げにくすくす笑って、そりゃいいや、と呟いた。それからふと何かに気づいたように目を細め、口の前に人差し指をすっと立てた。しぃー……
坊ちゃん?
縁側を通り掛かった女中が僕を呼び、
何してらっしゃるんです。
怪訝そうに眉を顰めた。
もう寝て貰わないと困ります。
桜がきれいだから眺めてたんだ。適当な言い訳をして家に上がりつつ、後ろをちらと窺った。桜の下で兄が手を振っている。それに僕は目顔で応じた。兄も兄の母親も僕にしか見えない。僕にしか見えない彼等がいることを僕以外の誰も知らない。僕だけの秘密なのだ。
布団に潜り込みながら、兄と交わした内緒話を思い出す。
僕が父さんを──、そうしたら─────
面白くて、楽しくて、口の端が綻んだ。
埋まっている。 白河夜船 @sirakawayohune
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