第44話 過去最強の敵?!


 クレアが選んできた女の子、ロランよりふたつ年上で。

 確かに可愛い。フワフワの金髪がけぶるよう。

 大きな瞳は綺麗なブルー。唇は小さくて、さくらんぼみたい。

 全身で、ロランが好き! っていうオーラを放ってる。

 ロランは忙しいから彼女が訪ねて来るのはまだいいよ。

 でも家の客間に泊まって帰りを待ってるんだよね。

「お義母様に刺繡を教わっていたの!」って、もう奥さん気取り。

 本当にこのまま居座られたらどうしよう。

 押しかけ奥さん?

 ロランまだ15才だよ!

 討伐で疲れてゆっくりしたいのに、翌日にはデート。

 翌日なんて、僕だって家で丸まって寝ていたい。

 これが毎回だと、ロランはちょっと辛い。

 現状でやっぱり魔法結界術専門みたいになってて、精神的な疲れがひどい。

 結界は魔法じゃないから、動力は精神なんだよね。

 だから普段から安定させてなくちゃいけないんだ。

 もちろん普通の魔術師としても討伐に行くけど。

 結界やって帰って来た次の日にデートは地獄だ。

 でも、ロランはいつもいろいろとはっきり言うのに、今回は違う。

 この子に「辛いからちょっと……」と言ったことはない。

 これもご婦人への義務なんだろうか。

 彼女的には18才で結婚したいらしい。成人と同時だ。

 絶対に成人の日がいいんだって。

 それが夢だったから、絶対なの! だって。

 ちょっと待ってよ、ロランは君の2才下だよ?

 これは、うーん……謀略の気配しか感じない。

 普通、そんなに大急ぎで結婚したいものなの?

 クレア、この人ちょっと、まずくない……?

「さすがに16で結婚はしたくない……」

「できるの? 16才」

「うん……素行に問題がなくて安定した収入があれば」

 あー、できるんだー。できちゃうんだ、結婚。

 だったらさっさと確保したいよね。

 のんびりしてると、ロランが別の人見つけるかもしれないし。

 ベッドに横たわって疲れ果ててるロラン。

「君、僕がさすらいの魔術師になったら、ついてきてくれる……?」

 重症。

 でも神聖魔法でも精神ダメージは治せない。

「放浪しないで済む方法を考えようよ」

「思いつかないよ……さんざん考えたけど無理だ」

「僕にアイディアがあるよ、ロラン」

「どんな案?」

「帰りを待ってるのをやめてもらうんだ」

「聞いてくれるかなあ……」

「帰って来たら手紙で報せるのはどう?」

 数秒して、ロランは飛び起きた。

「いいアイディアだ、ものすごくいいアイディアだ!」

「でしょ?」

「僕のバディは優秀すぎる!」

 翌日さっそくクレアに提案……っていうか、もはや懇願に近い。

 数日でいいのでゆっくり休ませてください、って、ほんとに切実なお願い。

「そもそも僕は女の子とおつき合いしたことがない」

「まあ、勉強三昧だった15才だしね……」

「なのにまったく知らない子、いまだにほぼ知らない子と帰宅直後にデートなんて無理だ」

 だよね。まるで知らない子に等しい。

 しかもグイグイ押してくる。怖いって。

「Sランク魔物の単身討伐みたいなものだよ」

 そこまで重荷だったんだ。

「しかも16才で結婚とか、いろいろ無理だ」

「でもクレアはお願い聞いてくれたし」

 ロランが戻ったら手紙を出す。

 まあ「無事に討伐を終え、先ほど帰宅しました」くらい。

 配達に3日くらいかかって、すぐに出発しても馬車で3日、6日休める計画。

 これなら大丈夫ってロランは言ってたんだけど……。

 帰宅後3日で来る。

 そしてロランを連れ回す。

「なぜだ、報せが3日で道中が3日、6日休めるはずなのに……」

 天才ロラン・ヴァルターシュタイン、思考停止。

 僕も考えた結果、ひとつの仮説にたどり着いた。

「つまり彼女は近くに潜んでる可能性があるんだ」

 そうなら家族も結託してる。ますます危ない。

 完全にクロと認定した。

 性格は温厚、魔法結界で収入が破格、そして……死んでも借地代で安泰。

 彼女はロランが好きなんじゃない」

 ヴァルターシュタイン家の名声と財産が好きなんだ。

 それを持ってるロランが好きなんだ。

「潜……でも手紙は配達人が……」

「もし向こうの家に転移なり念波なりの通信手段があったら?」

「……報せが着いたらすぐ来られる……」

「たぶん謎は解けた、っていうか、普段の君なら2秒で解いてるよ」

 という事情で、ロランは帰って来て3日休んで手紙を出す。

 これで討伐から戻って最低6日の休みは確保。

 近くにいればロランの帰投はすぐわかる。

 でも報せがないのに出てこられないもんね。

 この件に関して、僕は少し意地悪だ。

 ロランを困らせる奴は許さないから。

「もしかしてシーナちゃんのこと、苦手?」

 クレアは心配そうに訊くけど、うん……ロラン、心労でまいってる。

「それ以前に、僕は討伐から戻ったら1週間は休みたいです」

「そうね……まだ体が成長しきっていないし……」

 一般的な魔術師には、魔法結界の精神疲労の度合いは理解できない。

 体じゃないんだよ……むしろ体の回復はすごく早いよ。

 そのせっかく回復した体、精神疲労が激しいと思うように動けなくなる。

 寝転びたいとかじゃない、リラックスしたいんだよロランは。

「その通りだよ、ルイ……僕は寝転びたいわけじゃない」

 でも疲れてベッドに倒れてるけど。

「ゆっくりお茶を楽しんだり、ちょっと買い物や散策に行ったり」

 うんうん、そうだよね。

「お風呂にのんびり入ったり、君を洗ったり」

 …………。

「絵やハープシコード……とにかく気を楽にしたいんだ」

 一部不穏な発言があったけど、英気を養うって、そういうこと。

 やっと6日休めるようになって、ロランはひと息。

「つまり君は、僕が策略に巻き込まれてるというんだね……」

「普段のクレアなら気づかないはずはないと思うけど」

 本当は言いたくなかったけど、あんまりにも彼女の押しがひどいから。

「自慢のひとり息子に可愛い婚約者」

 僕は顔を洗いながら話す。

「クレアにとっては最高のドリームだから舞い上がってるのかも」

「うん……いろいろあったからね……」

「美味しいケーキだって信用できない」

「お母様は喜んでたけど」

「作ってるところは見ないよ。他人の家のキッチンには入らない」

「そう、だね……どうしよう、このままの勢いで押し込まれたら」

「向こうは容赦ないから。戦闘魔術師の仕事内容も知らないかも」

「無理だよ……仕事の特殊性に対する理解をこそ求めたい……」

「クレアがわからないこと、一般市民がわかると思う?」

「……無理」

「断らないの? それが一番早いよ」

「狙われてるって決まったわけじゃないし……」

「この期に及んで何言ってるの!」

「早々に断ったりしたら先様にも体面があると思うんだよね……」

「500パーセント決まりだよ!」

「でも証拠がないよ」

「密偵雇いなよっ! 半日で証拠出るから!」

 女の子のことになると、こんなに腰が引けるなんて。

 君は確かにマリスの血を引いてるよ。

 可哀想に、ロランの全身に暗雲がのしかかっている。

 そして近頃、彼女は道を歩いていると「これステキね!」とかと言って、お店の前に立ち止まる。

 ロランとしては知らんぷりもできないので、財布を開くことに。

 年下で未成年の男の子に、当たり前みたいに無心する。

 確かにロランは高給取りだよ。

 強い魔物としか当たらないからすごい速さでランクが上がる。

 相手は大物だから報酬すごい。嘘みたいに。

 でもね、恋人でもないのに金貨10枚の指輪はないんじゃない?

 15才の男の子に買わせる?

 確かにロランは魔術師としては子どもじゃない。

 けど、一般的にはまだ子どもなんだ。

「正直に言うけど、僕は自分をケチな男だなんて思ってない」

 ベッドに座って枕を抱えて言うロラン。

「むしろ討伐が済んだらパーティにお酒おごってるじゃない」

「だけど、何だろう……このモヤモヤする感じ」

「徐々に値段が上がってる。君は断らないってわかっててやってるよ」

「ルイ、僕は彼女と結婚なんて無理だ……安心して討伐に行けない」

「毎年借地代が入るから後顧の憂いなく散財できるね」

「やめてくれ、そんな恐ろしい話」

 でも彼女はクレアとは仲良しなんだよね。

 問題は当事者のロランが置き去りってことかな。

「結婚相手を探してなんて言うんじゃなかった……」

 反射に弾かれて返ってくると思ってはいたけど想定以上。

 そして今日もロランは彼女とデート。

 僕も足下を歩く。

 ガードがあれば腕に乗るけど、私服だからね。

 想定してたタイムリミットは過ぎた。

 あと4か月で彼女は18才。

 早く準備しないと誕生日に間に合わない、って焦ってる。

 もはや結婚が確定してる、彼女の中では。

 ロランは毎回「今度こそ断る」って言いつつ不発。

 ほんとに女の子との交際苦手。魔物相手の方が堂々としてる。

 女の子の方の事情とか、考えすぎなんだ。

「黒猫ちゃん、本当にいつも一緒なのね」

「ルイです」

 たった2文字なのにどうして名前で呼ばないんだって、お腹の中で怒ってるな。

「僕のバディなので常に一緒だと申し上げたと思います」

「あ、ごめんなさい。そうだった、ルイちゃんね」

「冒険者や魔術師にとって、バディは特別なので」

「特別? まさか眠る時も一緒とか?」

「一緒です。亡父から引き継いだ時から今も」

「え、本当にいつもどこでも一緒?」

「バディなので」

「うーん、ちょっと普通じゃない感じ」

「そうですか」

 あ、踏んだ、ロランの地雷。

 うちに限らない、バディがいる人には禁句。

 だって、それは——。

 そうだっ、勢いに乗ってもうひとつくらい踏んで!

 そうすれば面倒くさいゲームが終わるんだから。

「ね、ロラン、結婚したら」

 ほんとに思いっきり確定してる。

 厚かましさも、ここまでくるとむしろ感心するね。

「お庭にルイちゃん専用の可愛いお家を作らない?」

 ——全力で地雷踏んだ。踏み抜いた。

 そこまでは期待してなかったんだけど、破壊力最強。

 相手の仕事のこと、まったく調べてなかったんだ……。

 ひと財産ぼったくろうっていうなら、それなりの努力しなよ。

 事前に情報を集めて頭に入れておきなよ。

 最低限の戦術だよ、それは。

 立ち止まったロランが、振り返った彼女に、ほんのわずかの笑顔を作った。

「あなたとはご縁がありませんでした。おつき合いは今日限りです」

 彼女、まったくわかってない。意味も理由も。

「魔術師は杖をひと振りすれば魔物を倒せると思っていらっしゃいませんか?」

 ロランの声が急に凛として、彼女は戸惑ってる。

「とんでもない勘違いだ、決死です、血まみれです」

 戦闘魔獣はバディのためになら、いくらでも血まみれになる。

 僕だって戦闘後、返り血を滴らせながら歩くのは珍しくもない。

 みんなを守るためなら平気だ。

 人間も魔獣も、みんな。

「僕らはパートナーとして一緒に、壮絶な戦場に入ります」

「…………」

「ご存じではないようなのでご説明しますが」

 ここで小さく息をついて、ロランは話を続けた。

「一部の例外を除いて、戦闘魔獣を戸外で飼うのは法律で禁じられています」

 魔獣保護法の基本も知らないで、ロランと結婚するつもりだったなんて。

「ルイは一見子猫ですが、一瞬で何十人も殺せる——そんな凶器を庭に置けますか?」

 ……それはひどい。確かに裏を返せば凶器だけど。

 言って、ロランは来た道を戻り始めた。

「もし次に冒険者や魔術師とご縁があったら、魔獣保護法は必修科目ですよ」

 一発で破談。

 クレアは急な破談にびっくりしたけど、理由を聞いて肩を落とした。

「ルイの話をしたら〝絶対仲良くなれると思います!〟って言ってたんだけど……」

 そりゃ言うよー。莫大なお金と名声のためなら。

「一般家庭のお嬢さんにはバディは理解できないのね……」

 そしてひと息、うんって頷いた。

「やっぱり魔術師に関わりがある家のお嬢さんにしか理解は得られないのね。倍率は高い……でも負けられないわ、この争奪戦にだけは!」

 お嫁さん探しは戦争だったんだ……。

 ロラン・ヴァルターシュタイン、もうすぐ16才。

 ちょっと魂抜けかけてる。

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