第45話 再会はパートナーショップ


 仕事が終わって家で2日間くつろいで、ちょっと散歩に出ようかって。

 天気がよくて風が爽やかで散歩日和だ。

 家からゆっくり歩いて市内を散策して。

 ロランがふと足を止めた。

「パートナーショップ……僕は入ったことがないんだよね」

 物心ついた時にはキースやリザや僕がいたもんね。

 ちょっと興味を持ったみたいで、入り口をくぐった。

 金網で囲った広い運動場がある。

 魔獣がたくさんいて遊んでる。

 その中に見覚えがある姿があった。

『ララ! 君、なんでショップにいるの?!』

 ララはすぐに気づいて金網まで一直線に飛んで来た。

『久しぶりだなルイ! あれからどうなのよ、絶好調!?』

「シェッティ、吠えちゃダメだぞ。いい子にしてな」

『……君、今ララじゃないの?』

『バディ解消したんで名無しのシェットランドシープさ』

『どうして? 仲よさそうだったのに』

『臆病だって言ったろ? 親父がブチ切れちゃってよ、魔術師廃業』

『えー、回復ないのは知ってたけど、技術も?』

『不器用』

 無理だ、魔術師。

『で、俺はあっとゆー間に売り払われた』

『何で!? 君は優秀な魔獣なのに』

『家にSランクがいねえ。みんなバディいるし』

 ララは全然こたえてないみたいだけど、僕は初めて目の当たりにした現実。

 バディがいなくなったら、その家にはいられないんだ。

 引き継いでくれる誰かが家にいない限り。

「あれ? この子、訓練所……ああ、思い出した」

 そしてロラン、ララの名前をスラスラと。

「ララフォールシュミレンス・エドアドシーダ・ログアンゼル・ドゥ・オルスタニア——今は名前がないんだね」

『すげえ、一度しか会ってねえのに俺のフルネーム全部言えたの、旦那だけだぞ』

 ララはビックリしてる。

 友達と比べっこでずいぶん練習してたみたいだから、忘れないと思う。

 ああ、ロランがララを引き取ってくれないかなあ……。

 僕とララはきっといいコンビになれると思うんだ。

 でもロランがSランクにならないと、仮契約はできない。

 あとワンランク上がらないと。

「そうか、今はうちにいる魔獣って、お母様のクロナだけだ」

 僕もいます。

「昔はリザやキースもいて賑やかだったからね」

「懐かしいね」

「この子は何が使えるんだい?」

「物理補助魔法と回復魔法。あとスキルがシールド」

「アシスト系だね。シールドもあるんだ、すごい」

「それで脚が速くて。すごい切れ味。瞬発力もターンも」

「物理攻撃に特化した補助魔法はキースが持ってたな」

「あれ、すごかったよ。みんなが頼りにしてた」

「お父様がレアなんだって仰ってた。僕もめったに聞かない」

「うん、ララはすごいんだ」

「……寂しい?」

 しゃがんで、ロランは僕をよく見て訊いた。

「寂しくないって言ったら嘘だと思う……」

「うん。実は今、僕もこの子はいいなと思ったんだ」

「そうなの!?」

 ロラン、ニコニコしてる。嘘じゃない。

「物理補助魔法、本当に欲しい。攻撃力が上がると戦闘が早く終わる」

 そうだよ、ロランが楽になる。

「それに動きがよくて回復魔法があるのも魅力だ」

「ララは魔法が少ないって自分で言ってたけど」

「この子の魔法とスキルは今僕が必要としているもの。数は関係ないよ」

 攻撃補助で仲間の攻撃力を上げる。

 回復魔法を持ってて機動性が高い。

 何よりシールドが使える——いざという時ロランを守れる。

「ララをうちに呼べるの!?」

「何より明るくて屈託のないところがいいよ。よその子たちともうまくやれそうだ」

 あ、でも……。

「ただ、残念ながら僕はAランク。Sランクに上がるのはまだ先だ」

 そこが問題だー。魔獣って一定の条件満たさないと買えないんだ。

 ロランにはバディがいる。だから買うとすれば仮契約。

 でもランクが足りないから仮契約ができない。

 だからショップは売らない。組合のルールだ。

 ルール破るとブリーダーがショップに幼獣を売ってくれなくなる。

 商売ができなくなっちゃうんだ。

「それまでこの子がここにいてくれるかどうか」

「売れちゃうかな?」

「それに僕には君がいるから、この子は仮契約のままになってしまう」

 やっぱりそこだよね、問題は。

 ランクが足りないのと、仮契約しかできないこと。

 ララは誰かのバディになって、十分にやっていける力があるんだ。

 ショップの人がやって来た。ロランがララの前でしゃがんでるからかな。

「ヴァルターシュタインさん、お気に入りの子でも?」

「いえ、確かに魅力的なんですが、僕はまだAランクなので」

 16才が〝まだAランク〟という、異常な光景。

 引退まで頑張ってもたどり着けない人がほとんどだよ?

「Sランクになったらお求めになりますか?」

「この子が僕を気に入ってくれれば、今すぐにでも連れて帰りたいくらいです」

 ショップのおじさんは少し考えてうなずいた。

「いいでしょう、ヴァルターシュタイン家なら安心だ」

 日頃の行い、大事。

「購入予約という形にして内金をいただければお預けしますよ」

「本当ですか?! 是非!!」

 ロランがすごい前のめり。

「いくらですか? 全額お支払いします」

「金貨15枚でお願いします」

 安っ! 何で!?

「えっ、どうしてそんなに安いんですか!?」

「攻撃の魔法もスキルもないもので」

 ロラン、ぽかんとしてる。

 そんな理由で? って思ってるな、あの顔。

「それに5才で実戦未経験のGランクです。そんな子は普通いません」

「確かに……みんな3才までにはデビューしますね」

「シェットランドの平均寿命を考えると、本格的な討伐ができるのは数年間かと」

 ララはすぐに強くなるよ!

 どんどん討伐できるよ!

「俊敏で、魔法もスキルもデビュー前とは思えない高さなんですが」

「やっぱりみんな攻撃魔法がある方がいいんでしょうか」

「正直、アシスト特化の魔獣をバディにするのは怖いですよ」

 まあ、普通は攻撃魔法がある方がいいって考えるよね。

 補助特化ならSランクの仮契約に最適。

 だからロランが買ってくれる、今まで売れなかったのがラッキーだったんだ!

「魔術師自身の戦闘力が高くないと難しいということですね」

「そういうことになり——しまった、もっと高値にしてもよかった」

 そう言っておじさんが笑ったから、ロランも笑って金貨を20枚出した。

「どうしてこんな販売リスクの高い子を?」

「つき合いの長いお得意さんが連れていらっしゃって、タダでいいから引き取ってくれと。あんまり懐っこい子だったもんで、ペットだと思えばいいかと思いまして」

「……買ってしまっていいんですか?」

「ご当主のお眼鏡にかなった子をうちに置いたって可哀想ですよ」

 おじさんは口元に手を当てて、ささやいた。

「契約はできなくても訓練は問題ないです。デビュー前に鍛えてやってください」

 ロラン、苦笑してうなずいた。

「ありがとうございます、楽しみが増えました」

 やりとりを聞いてるララ、何かボーッとしてる。

「素直なのですぐに懐くと思いますが、一応リードを」

 タグがついた首輪とリードを着けられて、ララは金網の外に。

 そしてリードはおじさんからロランにバトンタッチ。

『え? 俺これからどうなんの?』

『ロランの家に行くんだ。Sランクになるまでうちで預かるんだ」

「…………」

「ランクが上がったら仮契約したいって。今Aランクだから、そんなに先じゃないよ』

『…………』

『……君はロランが苦手?』

『い……いや……好きだっ! 超好きだ! ハイパー大好きだ!』

「吠えちゃダメだよ、ララ。……名前つけられないんだった。シェッティか」

『夢か、これは夢か? 俺がヴァルターシュタイン家に入るだって?』

『そうだよ、僕の同僚』

『信じられねえ、マジなのかこりゃ』

『ロランは君が明るいところが気に入って、能力がニーズに合ってたんだ』

「毛がふさふさで、とても華やかだね。これは洗いがいがありそうだ」

『——洗うって言った? 今洗うって言ったよな?』

『ヴァルターシュタイン家に住むにあたって、最大にして唯一の試練だよ。耐えて』

『……頑張るわ』

 てくてく歩いて帰宅。

「まあ、ステキなわんちゃん! どうしたのこの子?」

 って言いながら、クレアはもう膝をついてララをなでてる。

「ショップさんがSランクになるまで預けてもいいと」

「そうだったの。信用って大切ね」

「他の人に買われてからでは遅いので、全額支払って連れ帰りました」

「人懐っこいのね。今までの子たちもだけど、我が家に来る子はみんな懐っこいわ」

「シェッティと呼んでください。明るい子なのですぐに慣れますよ」

「とりあえずミルクをあげましょうね。ルイにもよ」

 ララ——シェッティは呆然とリビングを見回してる。

『こんなとこに住んでんの? この部屋、元の俺ん家の部屋3つ分くらいだぞ』

『うん。気がついたら、あのカゴの中にいたんだ』

『…………』

『どうしたの?』

『いや、何だ……冗談が現実になって思考が止まってんだ』

 僕と友達になって損をしなくてよかったね、ララ。

 あ、今はシェッティなんだ。注意しよう。

 僕とシェッティにミルクを持って来てくれて、クレアは嬉しそう。

「ロランはもう立派な魔術師だから、私は手を出さないわ。自分でランクを上げて仮契約してね」

「ただ、シェッティとしてはどうなんでしょうね、ずっと仮契約ですけど。もったいないような気もするんですが」

「あら? あなたなら知っていると思っていたのだけど」

「え?」

「もう100年以上出ていないけど、SSランクまでいくと重婚できるわよ」

 え?

「そこまで強いとバディ1頭じゃ足りない。だからSランクには仮契約制度があるの」

 そんなルールあったんだ!

「バディにできる相性と実力を備えた魔獣、すぐになんて見つからないもの」

「そう、でした……」

「親の欲目を抜いて、あなたならなれると思うの」

 クレア、サラッと言った。

「あなたは現状でハイランク専門。本気で目指せば可能よ」

 シェッティもバディになれるの?

「戦闘魔術師の近代名鑑を見てごらんなさい。前の人も結界術者。確か物理だわ」

 クレア、博識。

「せっかくのステキな子、ずっと仮契約のままでいいの?」

「——目指そうかな」

 3才からロランを見てるけど、戦場以外で目が鋭くなったのを初めて見た。

 本気だ。Sランクになるのもそう先じゃなさそうだね。


 ちなみに僕らが討伐から戻ったら、シェッティが一直線に僕に駆け寄って伏せた。

「かあちゃん怖え! とんでもなく怖え! 殺される、俺焼き殺される、犬の丸焼き! いいや火葬だ! 骨も残らねえ! ヤバい怖ええええぇ!! 火が青いって何だよ、ねえわ普通!」

 あー……シールドの訓練ね。

『当てられたの?』

『見せられたんだよ! 離れてても毛が焼けるかってほど熱かったぞ!』

『君のレベルで当てられたら蒸発しちゃうからね』

『蒸は——」

『最高レベルの魔法を見てイメージを鍛えなさいって意味だよ』

『確かにイメージしろって言われたけど!』

『大丈夫、期待されてるんだよ。君なら防げるようになるって』

『魔獣保護法違反で訴えてやるううぅ……』

 嬉しいな、あの恐ろしさを共有できる同僚に恵まれて。

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