第43話 ひと仕事終えて


 ナイトメアの尾、3房。子馬ひと房。

 これが討伐証明だけど。

 本体丸ごと持って行くらしい。

 ロランのバッグに入ってる。

 皮がすごい貴重品だけど、解体の専門家じゃないと無理だって。

「これは計算外でした……」

「いや、俺も考えてなかったわ、子馬」

「魔物が増えるのわかってんのに、何で今回失念したかね俺らは」

「猫に這いつくばって礼言わねえと」

「やめてください……僕も今へこんでいるので……」

「気にすんなよ、持ちつ持たれつのバディじゃねえか」

 みんな宿に着いてお酒——ロランはお茶——を飲んで寝てしまった。

 僕は魚を焼いてほぐしたのをもらった。

 これは食べたことがない味だ。脂が多くて美味しい。

 丸まって寝てたら夕方くらいにみんな起きて、飲んで、食べて、寝た。

 翌日宿を出てギルドに行って、討伐証明のしっぽを出した。

 大きな町や市にはだいたいギルドがある。

 情報が共有されてるから、どこを使っても基本は同じ。

 ホームを持ってる人も多い。

 そっちに戻って報酬をもらう人たちもいる。

 たとえば、特別報償の交渉したい時とか。

 今回は交渉なし。親馬3頭と子馬1頭。これだけ。

 を、ギルドに持っていった。

「4頭ですか!?」

「子馬がいたんだ。この小さくて細めの尾」

「ナイトメアの子馬……」

 しばらくしたら、ロランの両手のひらじゃ載らないほどの皮の袋が全員分。

「それと、こちらが子馬の分です」

 それぞれに出されたお皿に積まれた金貨、たくさん。

「本体の解体はどうしますか? 皮だけで?」

「さすがにナイトメアの肉を食うのはな……」

 みんな躊躇してるのに、ロランは平気。

「子馬が欲しいです、肉と皮」

「食うのかよ」

「魔術学校の教授が好き嫌いせずに食べるようにと言っていらしたので」

「そ、そうか……」

 初陣の時はうっかりしてたみたいだけど、ロランはいつもそう。

 お肉持って帰って、食べちゃう。

 クレアの手にかかってもおいしくないこともある。

 でもだいたいはおいしい。

 金縛りの魔法を使うコウモリのバインドバット、おいしかったなー。

「皮はなめして母の小物にでも」

「……まあ、それしか食うもんないつったら、食うしかねえしな……」

「じゃあ、親の半身と皮……」

「俺ももらってくわ。マジックバッグ修理中だから誰か入れてってくれ」

「いいですよ、預かります」

 ロランは魔術師だから標準でマジックバッグを持ってる。

 魔術学校の卒業制作だし。

 理屈はよくわからないけど、違う空間に物を出し入れできるんだ。

 容量は関係ないって。劣化もしないって。

 かさばらないし重くないし便利。ステラもマリスも持ってた。

 自分で異空間に穴を空けなきゃならないとかで、魔術師でないと作れないって。

 買うこともできるけど、技術魔術師ギルドで承認された魔術師しか製造販売できない。

 一般の人は買えない。

 冒険者はDランク以上で素行に問題がないとか、条件厳しい。

 悪事に使われたら大変なアイテムだから、国の管理が厳しいんだ。

 密売もあるらしいけど、バレたら魔術師資格剥奪だって。

 ロランのは少し大きめのウエストバッグ。いつも背中側にまわしてる。

 使う時だけ前に向けて、いろいろ出し入れしてる。

 捌いた肉と皮を持って、馬車に4日揺られて帰った。

「このトロトロしたのは何ですか?」

 ヴァルターシュタイン家の今晩の食卓、ナイトメアのコース。

「たてがみのお肉よ」

「たてがみに可食部なんてあったんですね」

 ナイトメアの骨から取ったスープ。

 スープを濾した時に出た細かい肉を集めて冷やして固めたテリーヌ。

 ブラウンソースのグラタン

 たてがみのホワイトシチュー。

「子馬だからかな、思ったより柔らかいですね」

 僕の晩ご飯は、ナイトメアの肉を煮てサイコロに切ったの。

 ロランのバディになってから、ほぐした肉はほとんど出てこない。

 食べ応えがあって美味しい。

 これは初めて食べる味だ。くせがなくて、でも味わいがあって。

「意外と美味しかったわね、ナイトメア。また獲って来て頂戴」

「あまり会いたくないです」

 同士討ちしかけた……というのは秘密。

 ロラン、地面にぶつけた後頭部にコブがある。

「ところでお母様、皮はどうします?」

「そうね……私、ポシェットが欲しいわ」

「では明日さっそく注文に行きましょう」

 クレアが元気になって嬉しい。

 ロランがお茶を飲んだり記録を書いたりしてる間に、僕はフレイヤ様にお祈り。

「あなたの祈りが届くととても嬉しいわ、わたくしの愛しい子」

「毎日お祈りを捧げます」

 ときどき、できないこともあるんだけど。

 今のお言葉を聞いたら、お祈りだけは欠かしちゃダメだ。

「僕にたくさんの力を授けてくださって、本当にありがとうございます」

「役に立っているかしら」

「この間は仲間たちを助けることができました。授かった力のおかげです」

「力をどう使うかは持ち主次第。あなたは賢い子、大丈夫よ」

 持ち主次第……フレイヤ様のおっしゃる通りだ。

 これからも力の使い道を間違わないように。

「あの……ひとつお尋ねしてもいいですか?」

「何かしら?」

「ロランの……魔法結界は、フレイヤ様が授けたんですか?」

 フレイヤ様はとても優しく笑んだ。

「幼子が命を賭けます、嘘だと思ったらお召し上げくださいと言ったのよ? わたくしは正しい子を祝福します。しっかり受け取ってくれて嬉しいわ」

 やっぱりフレイヤ様の祝福だったんだ。

 渋々洗われて、拭かれて、ロランがベッドに入ったら、すぐ飛び込み。

 暖かいベッドで一緒に眠れるのは久しぶり。

「今回はどれくらいの報酬が出たの?」

「そうだね……お母様と僕とルイで、2年くらいは暮らせるかな」

「そんなに?」

「強くて命がけの戦士と、魔法結界術者、回復魔法、これが絶対条件だから」

 そうだよね、だから棚上げだったんだもん。

「受けられる人はいないに等しい。討伐の難易度に相応の報酬が出るよ」

「ハウスキーパーさんたちは暮らせる?」

「何だ、君はうちの財政を気にしてくれてるの?」

「だって足りなかったらたくさん討伐しないと」

「討伐報酬だけじゃ、この生活を維持できないよ」

「クレアが内職してるの? 刺繡とか」

 あははってロランが笑って、僕の頭をなでる。

「ここは元々、初代ヴァルターシュタイン当主が拓いた土地なんだ」

 そんな話、初耳。

 ロランがちょっと笑って言った。

「そうか、君は知らないんだ。ここはヴァルターシティっていうんだよ」

「初耳だよ!」

「王都から馬車で1週間くらい。アーレンス王国の地方都市としては3番目に大きい」

「ビックリだよ。国の名前もシティの名前も全然意識してなかった」

「初代の一家と一族で拓いた土地の周囲にだんだん人が増えて村になって、町になって、市になったんだよ」

 信じられない、村から今のシティになったなんて。

 ヴァルターシュタインの人たち、たくさん好かれてたんだな。

 だからたくさん人が集まったんだ。

「昔は市内の真ん中に家があって、今は市庁舎と裁判所になってるんだ」

 そういえばステラが言ってた。

 ご主人がステラのために引っ越してくれたんだって。

「じゃあヴァルターシュタイン家の土地なの?」

「ほとんどね。だから借地代が入ってくるんだ」

 勝手にお金が入ってくるの?

「ご先祖様に感謝だよ。国に税金を納めても余裕だ」

「ヴァルターシュタイン家は貴族だったんだ……」

「貴族じゃないよ。初代が国の魔術師部隊で大きな武勲をいくつも立ててね」

「すごい魔術師だったんだね」

「それでこの地とミスラルの鎧と、姓を下賜されたんだ」

 ミスラルの鎧……あの光景が嫌でも甦る。

「その時爵位もって話を初代が固辞したんだ」

「もらわなかったんだ」

「貴族になんかなったら、戦争が起きたら子孫は否応なしに招集される」

「貴族って絶対に戦争に行かなきゃならないの?」

「そうだよ、だから初代はとても聡明な人だったと思う」

「すごいんだね、貴族になりたい人はたくさんいるのに」

「初代の先見の明あって、なんだかんだで500年だよ。すごいよね」

「その人が髪も目も青かった人?」

「そう。家の伝記にはそう書かれてる」

 そういえばマリスが家系図見せてくれるって言ってたっけ……。

 あの次の日だった、悲しい出来事は。

 歴史の話はやめよう。

 翌日、クレアとロランと僕でお出かけ。

 僕、クレアと出かけるの初めてかも。

 技術魔術師の皮革店に行った。

 特殊な皮だから、普通のお店には任せられなくて。

「これを加工してポシェットを作ってほしいんですが」

 ってナイトメアの皮を出したら、店主さん仰天。

「まさかこれ、ナイトメアでは」

「ええ、先日討伐したので」

「なめし代はタダにしますんで、半分譲ってもらえませんか?!」

「え、ええ、半分くらいなら、たぶん問題ないです」

「ありがとうございます! こんな貴重な品を譲って頂いて!」

 勝手に売り買いするとギルドがいい顔しない。

 ギルドは仲介業で仲卸。素材取引だって大事な収入源だもん。

 クレアはバッグのデザイン見本を見ながら真剣に悩んでて、ちょっと可愛い。

「ナイトメアはとても綺麗な皮だから……これがいいかしら? でも……」

 ……長い。もう30分以上悩んでる。

 普通に立って待ってたロランがささやいた。

「ご婦人の買い物におつき合いするのは男子の義務なんだ、ルイ」

 そんなこと言われたら僕だけ寝転がれない。

 ただ座って待つだけ。

 猫は買い物しなくてよかった。

「ところでご婦人といえば」

「?」

「ルイには彼女ほしいなって思わないの?」

「——考えたことがない……」

 全然考えもしなかった。

 子猫だから?

「僕と同じか」

 一緒にされちゃった。

「別に困ってないならいいけど、寂しいようなら探してみるよ?」

 う……いざ自分に向くとちょっと面倒。

「特に困ってないよ」

「うん、ならいいんだ」

 レッドバックビースト討伐の後、ちょっと大変で。

 僕にも繁殖依頼がたくさんきたんだけど、ダメだったんだよね。

 綺麗な猫たちだったけど、どうしたらいいかもわからなくて。

 結局「コールサルトだから繁殖周期が長いんだろ」って認識で落ち着いた。

 すぐ片付いてよかった。たまには二つ名も役に立つ。

 クレアの買い物には1時間近くかかった。

 息子が倒した強い魔物の珍しい皮、大事に使いたいよね。

 そして外で食事。

 飲食店はペット禁止だけど、介助犬と契約魔獣は別。

 僕らペットじゃないもん。

 シティには戦いの後遺症を持ってる元冒険者や戦闘魔術師がいる。

 介助犬もそこそこ見かけるんだ。

 クレアとロランは向かい合わせ。

 僕はロランの足下に魔獣用の台を置いてもらって。

 美味しいけど僕はクレアのご飯がいい。

 食事が終わってふたりでお茶を飲んでて、クレアが言った。

「ロラン、この間の件なのだけど」

「この間?」

「あなたの婚約者のことよ」

 早っ!

 難しいどころか早すぎるでしょ、それ!

「婚、や……」

 すごい、ロランが動揺した。

「お相手も魔術師だとお互いに忙しくて家を守れないかもしれないでしょう?」

「え? え、ええ……」

「だから一般のお嬢さんを探してみたの」

 それも一理あるとは思うけど、リスクもあるんじゃない?

「明るくてとてもステキな子なのよ」

 ロランは言葉が出てこない。不意打ち。

「ああでもいきなり婚約も腰が引けるかもしれないわね」

 置いてかれてるロラン。

「結婚を前提におつき合いというのはどうかしら?」

「……それは事実上の婚約だと思います」

「今は隣町の女子学校の生徒さんで」

 隣町の女子学校……レベル低いって聞いたことあるけど。

 魔術学校のレベルが高いから、相対的な話だったのかな。

「料理がとっても上手なのよ。頂いたチーズケーキ、とても美味しかったわ」

 それを彼女が作った保証はない……。

 この人、僕らが死にそうな目に遭ってる間に、ウキウキで息子のお嫁さん探しをしていたんだね……。

 でもそれくらい元気でいてくれた方が嬉しいよ、クレア。

 お嫁さんの件は……頑張ってとしか言えないよロラン。

 君が生涯を共にする相手なんだから、ちゃんと納得する人を選んでね。

 ちなみにロランはナイトメア討伐でBランクになった。

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