第41話 クレアの憂うつ


 僕がクレアだったらたまらないよね。

 ギルドに登録してきます、って出かけた15才の息子がいきなり初陣に行ったって伝言が来て、しかもアイスリザードの群れが相手なんて……泣くよね普通。

「お母様、もう泣かないでください。この通り無事ですから」

「マリスが死んで、バレルが囚われて、あなたまでいなくなったら、私……」

「大丈夫です、心配しないで」

 なんて言っても、心配だよね。

「え……そうだ、ルイが僕を助けてくれたんですよ」

 ロラン、ものすごく焦ってる。

「バトルが終わったと思ったら生き残りの魔物が近づいて来て、ルイが倒してくれたんです。それはもう、一瞬で……」

「そ、そうだよ、クレア。僕も頑張ってるから大丈夫!」

「15才でそんな危ないことをするなんて……」

 あなたもやってたでしょ、15才で。

 ちょっと前のクレアだったら、褒めてなでてくれたんだけど……。

 バレルが売られるって決まったのがショックなんだね。

 あんなおかしい子でも、自分が産んだ子どもなんだから。

 すっかり弱ってしまったクレア。

 微笑みのクレアの面影なんてどこにもない。

 ロランはしばらく依頼を受けないことにした。

 んだけど——そんなのはギルドマスターのご指名が許さない。

 クレアについていてあげたいんだ。

 でも現在進行形で困ってたり、危険なことになってたりする依頼者がいる。

 板挟みになってしまった。

「結界なんてない方がよかった……」

 ロランまで後ろ向きなことを言いだした。

 でもそこはロラン、一晩で立ち直る。

 マリスの討伐記録を読んだって。やる気がすごい。

「お母様のことは本当に心配だけど、今、命を落としそうな人もいるかもしれない」

 困ってる人は確かにいるんだ。

 依頼の数だけ……その何倍、何十倍、何百倍の人が。

「だからここはキーパーさんたちにお願いして、僕らは行かないと」

 15才、なんだよね、君。

 一般の15才は普通学校に通ってて、まだ子ども扱いされてるよ。

 なのに君は強い魔物と戦いに行く。死ぬかもしれないのに。

 ステラとクレアの伴侶、二代続けて戦死してしまった。

 君が三代目にならない保証なんて——ううん、僕が絶対に守る。

 必ず無事で帰って来ますから、ってクレアに約束して行く。

 だから絶対に無事で帰す。

 それを何度も重ねていって、やっとクレアが元気になってきた。

 実はクレアが落ち込んでた時、ロランはひとつの問題を抱えてた。

 それは〝ご飯もおやつも美味しくない〟問題。

 ハウスキーパーさんたちはクレアが仕切っていた台所のことがまったくわからなくて、手を出していいのかもわからなくて。

 一応キッチンには入っていいってことになったけど……料理の質があまりにも違う。

 ロランだけじゃない、僕にとっても大問題だった。

 中でも最大の問題は〝クレア以外おやつを作れる人がいない〟という悲劇。

 ロランのおやつもお店で買ってきたものばかり。

 クレアが欠けたらキーパーさんふたり分の戦力が削がれた。

 だから、おやつまで手が回らなくて。

 回ったとしても、たぶんロランの口に合わない。

 しみじみと「僕はなんて恵まれた環境にいたんだろう……」って、15才の言葉じゃないからね、それ。

 でもクレアが元気になってきたからもう大丈夫!

 ご飯美味しい! おやつ美味しい!

 お茶が美味しくなってロランはすごく喜んでる。

「ほんと、クレアが元気になってきてよかったね」

「うん、一時はもうヴァルターシュタイン家は終わりかと思った」

「そこまで大問題?」

「君はあのおやつがなくなったままだったら平気かい?」

「つ、辛い……」

「僕だって同じだ、あのシナモンアップルパイがなくなったら……」

 ローストやシチューとかじゃないあたりが、ちょっとだけ子ども。

 部屋で読書をしていたら、ドアをノックしてクレアが来た。

「忙しい?」

「いいえ、ちょうど読み終わったところです」

 読みかけだけど。

「お茶にしましょう。今日はスイートポテトを敷いたシナモンアップルパイよ」

 ロランがものすごく嬉しそう。本当に嬉しそう。

 食べたことないけど、きっと美味しいんだろうな、クレアのパイ。

「ルイもおやつにしましょうね」

 踊り出しそう。

 みんなでリビングでゆっくり。

 ロランはお茶とパイを味わって。

 僕はさっさとおやつを舐めてしまって、クレアの膝の上。

 いつも、ちゃんと味わいたいって思うんだけど、鼻先に出てくるとダメ。

 舐め始めたらやめられない止まらない。

 クレアは僕をなでながら、ちょっと顔を伏せてる。

「明日から10日ほど家を空けます。前後数日で戻ります」

 ロランが言うと、クレアは小さくうなずく。

「あなたにはいつも大変な依頼ばかり来るから心配……」

 クレアももとは戦闘魔術師。ロランの仕事内容はわかる。

 ロランがどんな大物に立ち向かうのかもわかってる。

 普通は避けて通る魔物だって。

 でも行かなくちゃ。

 だって名前と歴史を背負った当主だもん。

「でも大丈夫よ、気にしないで行ってらっしゃい」

「僕の人生設計では、もう少しゆとりのあるスケジュールで、ゆとりがある規模のクエストをして暮らすはずだったんですが」

「簡単に解決できない問題だから、あなたのところへ来るのよ」

「はい」

「あなたはヴァルターシュタイン家の当主です。少しでも人々の役に立たなくては」

「はい、心構えは常にあります」

「あなたが出かける時、左腕にガードを着けながらこちらに来るでしょう?」

「? はい……」

「……マリスにそっくりなのよ、あの仕草が」

「そ、そう、ですか?」

「そうよ、本当にそっくりなの。笑ってしまうわ」

 小さく笑って、呟いた。

「……ずっと、笑っていたい」

「大丈夫ですよ、必ず無事に戻ります。僕とルイを信じてください」

「僕たちを信じて、クレア。ロランは僕が守るから」

「そうね、あなたたちは約束を破らないもの」

「それにお母様には重大なクエストがありますよ」

 クレアはちょっと考えて、ものすごく久しぶりに笑顔でいっぱいになった。

「そうだわ、私のクエスト! 難しいから少し待っていてね」

「いえ、急がなくていいです。僕はまだ15なので」

「ダメよ、ステキなお嬢さんほど早く縁談が決まってしまうんですから」

 よかった、お嫁さん探しクエストでクレアが元気になった。

 でもロラン、今君が使った切り札、必ずはね返ってくるよ。

 魔法反射みたいに。

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