第38話 今ここに縁を結びて生涯共にあらん
「僕がいない間に何があったの?」
ロランは小さくため息。
「無資格魔術師3人とバレルが逮捕された。呪いを使って殺人をしようとした罪だ」
よかった、ちゃんと捕まったんだ。
逃げたらまた襲ってくる、バレルは。
「呪術は魔術師の禁忌、準備だけで死刑になる重罪なんだ」
「きんき?」
「決してやってはいけないこと。絶対に犯してはいけない罪だよ」
準備だけで死刑……ものすごい重罪。
「その上に殺人未遂……酌量の余地がない」
「バレルは魔術が使えないよ?」
「凶器を作ったのは無資格魔術師。でも呪いの魔道具と知っていて使えば同罪だ」
うん……自分で呪いをかけたのと同じだ。
「……救いだったのは、彼に攻撃の知識と技術がなかったこと」
訓練受けてない素人だもんね。
「眉間か心臓に当たっていたら即死だった。斬るんじゃなく刺すべきだった。せっかくの草刈り鎌の長所を活かせなかった」
即死——マリスみたいに……。
「バレルは犯罪者が住み着いてる地区に行って、呪いをかけてくれる魔術師を探したんだ。3人はすぐに共犯になって、バレルを匿ってた」
「無資格魔術師って、宣誓式してない人たち?」
「昔は持ってた。3人とも違法行為をお父様に告発されて、指名手配されてたんだ。ヴァルターシュタイン家に恨みがあった」
そういうの逆恨みっていうんだ。
自分たちが悪かったくせに呪うなんて、死刑でいいよもう。
「僕が死ねば家は絶えるから、ずいぶん頑張って呪ってくれたみたいだ。さほど強い魔力がなくても3人分なら、かなりの威力になる」
あの、いろいろ奪われていく闇の感覚を思い出してゾッとした。
「強い呪いには時間がかかるから、ずっと凶器に怨念を込め続けていたんだと思う」
恐ろしいよ……なんて恐ろしいことなんだろう。
そんなに時間と魔力を注いで他人を呪うなんて。
「4人分の怨念、司教様と君がいなかったらすぐに死んだだろうな」
「どうしてそんな……」
「それほど僕が憎かったんだ」
そんな理由、僕にはわからない。悪いのはバレルじゃないか!
「僕に先を越されて、受験もできなくて、魔獣も懐かなくて、無期停学になって……」
全部自分のせいじゃないか!
「弟——と彼は言い張ってるけど、僕にすべて盗まれたと話してるって」
「彼は最初から何も持ってなかった……それどころかマイナスだったのに」
小さく息をついて、ロランは目を伏せた。
「僕は彼の体たらくを見ていられなくて、必死で普通学校を飛び級した」
うん……君は本当に頑張ってた。
「主席も譲らなかった……家名が地に落ちてしまう前にと焦ってた……」
君は誇り高い次期当主だったから。
「でも結局は子どもの浅知恵だった」
え……どうしてそんなふうに言うの?
君は家のみんなのために頑張ったのに。
「僕が走りすぎて、弟を追い詰めて重犯罪者にしてしまった」
君は自分が殺されそうだったのに、自分のせいだって言うの?
「君のせいじゃないよ、選んだのはバレルなんだ、本人の責任だよ!」
「ルイ……」
「憎んだって何ひとついいことなんか起きないのに、2度も君を殺そうとした!」
「お母様は仕方がないと仰ったけど……同じ日に生まれた兄弟だから、僕は……」
うん……そうだよね、他の誰にもわからない、君の割りきれない気持ち。
僕にもわからないけど、でも、やっぱり特別なんだ、ロランにとっては。
「ルイ……! 無事で本当によかった、どれだけ心配したことか」
出迎えてくれたクレアは泣きそうな笑顔。
僕に魔力を全部くれたからかな、普段より疲れてる感じだけど。
「心配かけてごめんね、魔力は戻ってきた? 全部持っていってごめん」
ちゃんと話したのは初めて。でもクレアは驚かなかった。
「帰って来てくれただけで、こんなに嬉しい……大事な家族ですもの」
「どうやら食事をもらえていなかったようなんです。胃に負担にならないよう、とりあえずおやつをあげてください」
「ご飯をあげない? 最低だわ、魔獣に触れる資格もない」
「ところが、犯人は魔獣生態学のモリー博士で」
「え?」
「キャンセリングチェーンで魔法を封じて、結界の耐久性を調べるとかでオーブンに放り込んでいました」
「……えっ?」
「一回だけ殴ってしまいました……。すみません、感情的になってしまって」
「殴っただけ? 全然足りないわ」
そんな当たり前みたいな顔で言わないでクレア。
一発だってすごかったんだから。
「うちの子をローストにするなんて許せない。骨まで焼き尽くしてくるわ」
真顔で言うクレア怖い!!
本当にできるから怖い!
「ダメですよお母様。警察署ごと吹き飛びますよ」
「心の中でだけ、ね」
それよりも、と言って、クレアは僕を持ち上げてソファに座って、膝に乗せた。
頭も背中も優しくなでてくれる。
とっても気持ちがいい。クレアの膝大好き。
「ルイ、あなたのおかげでロランは助かったのよ」
「みんながバレルを止めてくれて、司教様が手伝ってくださったんだ」
「そうね、神聖魔法でなければ呪いの傷は止められないから」
「それにクレアが僕に全部魔力をくれたからだよ」
「ごめんなさい、私、取り乱してしまって、気づくのが遅くて」
「合わせて8000以上あったのに使い切っちゃった……Sランクの魔物より強かったよ」
「頑張ったわね、呪いなんて辛かったでしょうに」
クレアは優しく微笑んで僕をなでてる。
「私、あなたと仮契約していて、本当によかった」
クレアの声が泣きそうになった。
泣かないでクレア。優しく笑っていて。
「あなたに魔力を渡せて本当によかった」
僕の鼻先に雫がひとつ落ちた。
「ありがとう……うちに来てくれてありがとう……」
そして気を取り直したように、普通の声にちょっと近づいた。
「さあ、仮契約を解きましょう」
……とっても神聖な儀式が始まる。
「あなたをロランのバディに迎えられるなんて、私は心から誇りに思うわ」
そう言ってクレアは仮契約を解いた。
「さあ、早く契約していらっしゃい。そしてお祝いをしましょう」
仮契約を解かれた僕は、ロランが向かう先についていった。
ロランの部屋。いつもはない小さくて高いテーブルがあって、そこに乗せられた。
椅子に座ったロランとは、あんまり上を見なくても目が合う。
「本当に僕でいいのかな、ルイ?」
「僕は君がいいんだ。必ず守るよ」
お互いの血をちょっぴり舐める儀式をした。
そしてロランは僕の前足を両手でそっと握った。
「天主様の御名のもと、ルイとロラン、我ら今ここに縁を結びて、生涯共にあらん」
バディの契約は、生涯って言葉が入るんだね。
どちらかが、あるいは両方が命を落とすまで。
生き残っても引退するまで、
僕は死なないし引退もしないから、君が魔術師を辞めるまでだね。
ふわっと温かくなる感じ。大切な人と繋がった縁のぬくもり。
君は絶対に僕が守るから、引退まで共に。
「これで正式なバディだ。これからよろしく」
ロランはそう言って笑顔になった。
助かってよかった。契約できてよかった。
僕らはずっとバディだ。ずっと。
でもね、でも……。
「ロラン、昔ステラが言ってたんだ、前だけを見なさいって」
「おばあ様が?」
「だから僕は前だけ見るんだ」
過去を振り返っても、何も変えられないってよくわかってる。
どんなに後悔してもマリスは帰って来なかった。
「君も前を向いてよ……そしてたくさんの人の役に立とうよ。君ならできるよ」
僕からロランにあげられる、精一杯の言葉だよ。
「——うん、未来を大事にしよう、おばあ様のご意志に従おう……僕らならできる」
クレアに挨拶をしにリビングに戻った。
彼女はロランと僕にお祝いを言ってくれて。
そして首輪をくれた。
深いブルーグレーの皮、キラキラ光る宝石がついてた。
「お祝いにこれをあげるわ」
魔石だ。
天然石と、技術魔術師さんが魔力を込めてる人工石がある。
万一自分の魔力を使い切ってもフォローしてくれる。
ものによるけど、1000以上魔力を蓄えてる石もある。
天然石は使っても自然回復するけど、人工石は補充しないと。
これは何だか気配が強そう。
「私が嫁いで来る時に祖母からもらった魔石なの」
「そんな大切なものをもらってしまっていいの?」
「私が持っていてもただのお守り。あなたが持てば本当のお守りになるわ」
「とても似合うよ、ルイ」
ロランがそう言ってなでてくれたから、受け取ってもいいみたい。
「ありがとうクレア。この石を使わなくて済むように、僕はもっと強くなるよ」
そしてお祝いの晩餐が始まった。
「ところでみんなあの後大丈夫だった? サーグたち」
「うん。みんなブリーダーギルドから勇敢魔獣章をもらったんだ」
「勲章? よかった、みんなが勇気を認めてもらえて」
「すごい栄誉なんだよ。みんな初陣にも出てないのに、ブリーダーたちから繁殖依頼が殺到してるらしい」
人気が出るって、そういうことだよね。
「デビュー前なのに、もう子どもの話なんだ」
「人間ってそんなものだよ。現金なんだ」
「でも本当にみんな勇敢だったよ」
サーグが教えてくれなかったら、僕はすぐに気づけなかった。
マーキュリーたちが手伝ってくれなかったら、バレルはまだ暴れたはず。
「みんなでバレルを止めてくれて……みんなのおかげなんだ」
「お母様と一緒にお礼に行ったけど、どんなに感謝しても足りない。もどかしいね」
「いつか一緒に仕事して、この恩を返そうよ」
「そうだね、みんな優秀だから必ず機会があるよ」
僕らのやりとりをクレアは嬉しそうに見てる。
もうあなたの悲鳴を2度聞いた。3度目は絶対にないから。
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