第37話 囚われの黒猫
目が覚めたら、知らないところにいた。
起き上がって周りを見た。
わからない道具がいっぱいある。
あれ、ハーネスがついてる。鎖のハーネス。
こんなの着けられたことない……それに、ものすごく嫌な気を感じる。
何だろう、ものすごく不快。
こんなところにいないで、僕は家に帰らなきゃ。
ロランが心配だよ、大丈夫だったかな?
司教様が助けてくださったもの、大丈夫だよね?
すごく心配だ、早く帰らなくちゃ。
そうだ、サーグたちは大丈夫だったかな、すごく心配。
転移魔法でハーネスを外——飛べない……。
レザークローも使えない。重力魔法もダメだ。
どうなってるの? どうして魔法使えないの?
うろたえてたら知らない声がした。
「魔法は使えないよ、子猫ちゃん。それは魔法を打ち消す特殊な鉱石から作られた金属でできているんだ。魔獣を扱う者しか持てない魔道具だよ」
ふうん……。普通は猫にそんな長ったらしい説明しないよね。
変な人。
白衣羽織ってるけど汚くてヨレヨレだし。
髪は爆発したみたい、身だしなみができない人なんだな。
まあ特殊な鎖なのはわかったよ。
つまり魔法を封じるんだね。
仕事によっては魔法を無力化しないと危ないこともあると思うけど。
獣医さんとか。
でもどうして僕がこんなことされなくちゃいけないのさ?
何ものにも捕らえられない猫が、あっさり捕まってしまった。
ロランが心配なんだ、家に帰してよ。
「お前は魔獣の分際で万能結界を持っているらしい」
何か問題があるの?
「これは魔獣生態学が専門の私としては、精査しなければならない案件だ」
せいさって何?
「以前から実験したくてたまらなかったのだが、機会がなかった」
実験って何するの?
「目が覚めたから、さっそく実験をしよう」
と言って、僕は鎖で吊されて水槽に放り込まれて、分厚いふたをされた。
「大丈夫だ、溺れそうになったら助けるからね」
僕の結界は魔法じゃないから、魔法が使えなくても問題ないんだよね。
フレイヤ様のご加護は本当にありがたいなあ。
それよりお腹が減ったよ、何か頂戴。
金魚のエサ以外。
1日でお兄さんの方が実験を諦めた。
次は氷漬け。
氷なんて高級品なのに、すごいなあ。
これも1日でお兄さんが挫けた。財政的事情。
次は大きな水槽にたくさん詰めた土に埋められた。
何も起きないから1日で諦めた。
僕を無理やりくくりつけて、大きな金槌で殴った。
ひどいことするよね、僕は見かけ子猫なのに。
結界に弾き飛ばされたお兄さんが、金槌に頭をぶつけて1回で挫けた。
「これも危険だが……やらなくてはならない」
と言って、温まったオーブンに放り込まれた。
うーん……。
この世界では黒猫は虐められないって聞いたけど、虐められてますよ、フレイヤ様。
普通は猫をオーブンに入れたりしないよね。
水も氷も土もないと思うし。金槌で殴らないと思うし。
お腹減った。動けなくて退屈。オーブン狭い。
時間長いなー、また1日とか焼かれるのかな。
フレイヤ様、助けてくださらないな。結界で問題ないからかな。
のぞき窓? がちょっと開いて、お兄さんがのぞき込んできた。
「何ということだ、信じられん! さらに実——」
来客を報せるチャイムが鳴ったみたいだ。
鉄板の下で薪が燃えてるから、小さい音は拾いにくい。
「ああもうまったく! 誰だいったい、私は実験で忙しいんだ!」
のぞき窓、閉じられちゃった。
それから何秒かしたら、お兄さんが悲鳴をあげて駆け戻ってきた。
「動かないでください、家宅捜索を始めます」
「宣誓式事件の時、あなたが他人の契約魔獣を連れていくのを見たという証言が複数ありましてね。魔獣保護法違反容疑で捜索令状が出ています。ご確認を」
男の人の声、ふたり。
でももっと大勢いるみたい。
保護法違反って言った。
警察の人?
そして、
「当家の魔獣が先日来行方不明で、不躾ながら確認にまいりました。お話を聞かせていただきたいのですが」
ロランだ……ロランの声だ!
「しっ、知らんよ私は、猫のことなんか!」
「猫だとは言っていません」
一生懸命鳴いた。
ロラン、ロラン、元気になったんだ!
僕はここだよ、早く見つけて、僕はこの扉開けられないんだ。
「ルイ、この部屋にいますね……気配でわかります」
わかってくれてるんだ、僕がここにいること!
「今のうちに返してください。時間が経つごとにあなたの罪は重くなります」
ああもう、魔法が使えればすぐにロランのところに行けるのに!
「あの子がひとりで家を空けるなんて、ありえないんです」
魔獣なんとかの人、何も言わない。
「魔獣研究者ならお持ちですよね、マジックキャンセリングチェーン」
ロランの声が少し硬くなった。
「それに——ルイは研究材料として興味深い……ですよね?」
それからすぐ、魔獣なんとか学の人がものすごい声で叫んだ。
「やめろっ! 私の資料に触るな!! それは実験の経過——」
直後、怒鳴り声が響いた。
「くたばれこのクソ野郎! オーブンだ、オーブンを開けろ! 猫は中だ!!」
すぐに扉が開いて、外から手が入ってきた。
ダメだよ、熱いよ!
僕は平気だけど鎖は焼けてるんだから!
その少し小さな左手は僕を外に掻き出した。
「見つけた——!!」
ロラン……本当に生きてた、ロランだ!
あふれるほど血が出てたのに、本当に助かったんだ……!
魔術師の服を着て、左の肩から手首までバックスキンのガードをつけて。
マリスが使ってたアームガードと同じだ。
僕が飛びつきやすいようにって作ってくれたガード。
ああ、でも手のひらが焼けてる、ひどい火傷だ。
焼けた鎖をつかんだから。
お願い、誰かこの鎖を外して、ロランの火傷を治さなきゃ!
警察の人がロランの手に布を当てたけど、早く治さないと指を動かせなくなるよ!
警察の人の膝を一生懸命前足で叩いた。
不思議そうに僕を見たけど、すぐに気がついてくれた。
「そうか、祝福の猫だったな。今、鍵を探してやるからな」
少し待ってたら鍵を探してきてくれて、やっとハーネスが外れて。
僕はすぐにロランの手のひらに前足を置いた。
かなり深い火傷だったけど、僕にとってはひっかき傷だ。
あの呪われた傷に比べたら、今の僕には全部軽傷に見える。
たぶん、神聖魔法のレベルが上がったんだろうね……。
「現行犯逮捕だ、博士。罪状は魔獣保護法違反。研究に関するものはすべて押収する。……大変なことになるぞ、生きた魔獣をオーブンに入れたなんて前代未聞の大事件だ」
警察の人が魔獣なんとかを縛ろうとしたら、立ち上がったロランが魔獣なんとかに近づいた。
無表情で右手を握って構えて、黙ったまま魔獣なんとかを殴った。
小柄なのにすごい威力で、魔獣なんとかを縛ろうとしてた警察の人もよろけた。
「ヴァルターシュタインさん、お気持ちはわかりますが」
「あとの処罰は司法にお任せします」
そして振り向いて、左手を僕に差し伸べた。
「治してくれてありがとう。ほら、全然痛くないよ」
うん、よかった……すぐに治せてよかった。
「さあ、帰ろう、ルイ。お母様が心配してる」
僕はアームガードに飛びついて、ロランの胸に。
ものすごく長く離れてた気がするよ、いつも一緒だったから。
再会してから警察に向かう馬車の中でも、僕はずっとロランの腕に包まれてた。
夢じゃないよね? 本当に助かったんだよね?
「たびたびご面倒をおかけして申し訳ありません」
向かいに座ってた警察の人にロランが頭を下げた。
警察の人は目を伏せて帽子のつばを下げた。
「いえ……お気の毒です、ヴァルターシュタインさん」
……何かあったのかな?
「いいえ、当然のことですから」
何があったの?
会話は終わって、静かになって。
警察での話はすぐに済んで。
僕らは警察で待たせてた馬車に乗って家に向かった。
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