第36話 聖堂前の惨劇


 試験結果の発表があった。

 合格だって。主席。やっぱりロランはすごい。

 無事に卒業が決まった学生は、5日後グレーのローブで卒業式。

 そして2日後、宣誓式のために聖堂に行く。

 みんな白いローブ。家ごとの色の糸で刺繡がされてる。

 魔術師の証の紋章柄。

 とても華やかだ。

 主席のロランは先頭で、先生たちふたりに導かれて聖堂に。

 聖堂への沿道には人がたくさん。

 新しい魔術師を見に来たんだ。お祭りみたい。

 みんな、いろんな話をしながら、聖堂に向かう卒業生を見てる。

 あっ、サーグが市長のおじさんと一緒に向こう側にいる。

 君もいよいよ戦闘魔術師のバディとしてデビューだ。

 おめでとう。いつか一緒に仕事ができたらいいな。

 サーグも僕に気づいて、鳴かずにちょっとだけくちばしを開けてた。

 周りをよく見たら、見覚えがある顔。

 ボルゾイとヒョウとドーベルマン!

 みんな一緒に卒業だったんだ。

「ヴァルターシュタインさん!」

 男の人ふたりと女の人ひとり、クレアに声をかけてきた。

「改めてお礼を言いに来ました。ルイ君のおかげでみんな無事に契約ができます」

 みんなクレアのところに来た。

 白いローブに家のカラーの刺繡。

 みんな似合ってるよ。カッコいいね。

『君たちも一緒だったんだね』

『あの時は本当にありがとう。恐怖の体験ができて命を救ってもらって、素晴らしい魔法を見ることができて、戦闘魔獣として忘れられない日になりましたよ』

『みんなおめでとう! 名前はもう決まってる?』

『私はマーキュリー。マークです』

『あたしはスタシア。一緒に仕事ができるようになりたいわ』

『俺はゴーグだ。お前には正しく恐れることを教えられた。俺の宝だ』

『死にそうな目に遭ったのに、みんな戦闘魔獣になるんだね。すごい勇気だ。みんなを尊敬するよ。必ず一緒に仕事しよう』

「せっかくだ、みんなで出迎えましょう、この子たちの恩人を」

 クレアの腕に抱っこされて、ロランが宣誓して来るのを待ってる。

 クレアが作ってくれた、ロランとおそろいのローブを羽織って。

 聖堂の中に全員が入ってからどれくらいだろう。

 みんな首を長くしてる。

 いよいよ新人魔術師たちが出てきて、ものすごい歓声が上がった。

 これから学校に戻ってレセプション。

 みんなで一列になって行進。

 ロランがこっちを見てくれてクレアはもう夢中。

 真っ白なローブ、陽に透けた深く青い髪と目と、刺繍糸の青。

 すごくかっこよかった! 今日からバディになるんだ。

 嬉しくて走り回りたくなる。

 ——最初は気づかなかった。歓声がすごかったから。

 僕も舞い上がってた。

 それが次々に悲鳴に変わって、何かあったと思った。

 突然サーグが飛び上がって、何かあったらしい方に向かった。

『ルイ、走れ! ご当主が殺される!!』

 ロランが殺される——?

『ルイ、こちらへ!』

 マーキュリーが飛び出した。

 速い。

 ゴーグとスタシアも。

『すみません、ルイを通してください』

 人混みをマーキュリーが割ってくれて、僕もその後に続いた。

 列じゃなかった。完全に分解して、道の真ん中がぽっかり空いてた。

 サーグが低く羽ばたいて、誰かを威嚇して足止めしてる。

「どけ、クソ鳥! じゃまするな、お前も殺すぞ!」

 バレル……?

 そして——開けた道の真ん中にロランが倒れてた。

 真っ赤な血が白いローブにどんどん広がって、石畳に流れてきて……。

 神聖魔法!

 だけど、肩からお腹にかけて斜めにザックリ切れた傷口に、呪いがかかってた。

 神聖魔法は呪いにも効くけど、僕は解呪のレベルが低い。

 ごく稀にいる特殊スキルで呪いを持った魔物。

 そいつらの討伐の時、3回しかやったことがないんだ。

『サーグ逃げて! 呪いだ!!』

『いいから早くご当主を!』

『私たちも加勢する! みんなで囲んで逃がすな!』

『この痴れ者め、そこから動くな!』

『呪いが怖くて戦闘魔獣なんかやってられないわよ!』

『おお、助太刀感謝する!』

『私たちはルイとご当主に命を救われた。当然のこと』

 マーキュリー、ゴーグ、スタシア。

 みんな、無茶しないで、危ないからバレルから離れて。

 それでも誰も逃げない。

 僕もやるしかない、代わってくれる誰かはいない。

 だけど、いつもならすぐに治せる傷も、うまく塞がってくれない。

 魔力も減る……レベルが違う呪いに対抗しながら、傷を塞ぐ……。

 いつまで続けられるかわからない。

 クレア、早く来て! ロランが死んじゃう——僕に魔力を分けて!!

 直後、クレアの絶叫が響いた。

 血だまりの中に膝をついて泣き崩れた。

「ああ、天主様、どうしてこんなことが」

 クレアの悲痛な声なんて聞きたくなかった。

 今日は最高の日だったのに。

 バレル、君は本当におかしいよ——狂ってる。

「くそっ、くそ! けもののくせに、じゃまするな、俺ははあいつにとどめを刺すんだ!!」

 魔獣の威嚇の声だけが響く、静まりかえった現場に響くバレルの声。

「あいつが俺からうばったもの全部取り返すんだ!」

『ご当主には絶対に近づけん! 今こそご恩に報いる時!』

『それは私たちも同じ。決して退かない』

 お願いみんな、無理をしないで……。

 これからバディになる子たちに、喪う哀しみを味わわせないで。

 クレア、クレア、早く僕に魔力を分けて! 全部!

 それで足りる保証はないけど。

 だけど何もしなかったら後悔するから。

 あの時の僕みたいに後悔するから!

「クレア、僕に力を貸して!」

 思わず言葉を出してしまった。

 周りは誰も気づかなかったみたいだけど。

 クレアは少し驚いて、気を取り直してうなずいた。

「すべて持っておゆきなさい。あなたにしかできない」

 言われた通り、クレアの魔力を全部吸収した。

 その場に崩れかかったクレアに、近くにいた人が手を貸した。

 クレアをお願い、僕はロランに集中するから。

 またバレルの声がした。

「魔術師認定おめでとうよロラン、満足だろ。今すぐ死ね!」

 そんなひどい言葉、君は何も変わってない。

「もう助からないぜ、呪いをかけたカマだからな! さっさと死に——どけ、てめぇら! 殺す、てめぇらも全部じごくにおちろ!」

『どかん! お前こそ観念して膝を折れ!』

『警告します、武器を捨てなさい。次は手を噛みます』

『ひとりで俺たちに勝てるつもりか、愚か者が!』

『さっさと武器捨てなさいよ! レザークローで腕ごと落とすわよ!』

 周囲の人の騒ぎ方が変わった。

「呪いだ!!」

「危ない!」

「禁忌だ! こいつは禁忌を犯した!」

「いいぞお前たち、逃がすな、そこに足止めしろ!」

「警官を呼べ! あの草刈り鎌に触るな、呪われる!」

「正当防衛だ、そいつを止めろ!」

「鎌が落ちた、払え! よし、いい子だ、よくできた!」

「うわっ、鎌こっち来た!」

「大丈夫かお前、鎌を払った前足大丈夫か?」

「今だ、マーキュリー! バレルを押し倒して押さえるんだ! ロランとルイはお前の恩人、絶対に守れ!」

「退くなよゴーグ、お前はできる!」

「頑張ってスタシア! 警察が来るまで犯人を逃がしちゃダメ!」

 治療続けてるけど、呪いが邪魔して治療がなかなか進まない。

「サーグ、上から警戒するんだ! 不審者がいれば威嚇を!」

 僕の魔力はとっくに使い切ってしまった。

 残りはクレアの5300。

 解けろ、呪い! 解けろ!

 バレルはどうして、こんなひどいことをしたんだ。

 お兄さんなのに。血が繋がったお兄さんなのに。

 どうしよう、呪いが解けない、天主様、フレイヤ様、助けて!!

 どうしよう、魔力がどんどん減っていく。ロランが死んじゃう!

「いい気味だバカ猫……ロランが死ぬのを見てな……俺の物になってりゃ、こんなことに……ならなかったんだ……みんなお前のせい……うわあぁっ!!」

『確保します』

「よくやったボルゾイ! 確保だ、ここからは人間の仕事だ!」

「うわあああぁん! わあああぁん!! 痛いよ! 怖い! 助けて!!」

『確保完了。あとはお任せします』

 いつも冷静なマーキュリー。バレルが泣き叫ぶ声……。

 もう襲われる心配はない。

 けど……とても辛い。

 呪いが治療を邪魔する。解けない。

 どす黒い憎悪の塊。触れただけで、いろんな力を持っていかれる。

 魔力、気力、体力……たぶん体力が真っ先にやられる。

 助けられないかもしれない——。

『しっかりしろルイ!』

 サーグ、無事だった、よかった。

『必ず救え、お前はご当主のバディなのだぞ!』

 隣に降りたサーグの声にハッとした。

 弱気になってた……呪いにたじろいで。

 しっかりしろ!!

 折れるもんか、僕は——絶対にロランを守るって約束したんだ!

 どんなに辛くても負けないって誓ったじゃないか。

『ルイ、君ならできる。私たちを救ってくれた時のように』

『挫けるなコールサルト! お前以外にいないのだぞ!』

『体力の回復を手伝うわ。ないよりましってレベルだけど』

 みんなが支えてくれる、励ましてくれる。

 みんなが僕に勇気をくれた。

 失いかけた勇気を取り戻せた。

 僕は、戦う。

 ロランは絶対に死なせない!

 必死で戦った。僕にしかできない絶対負けられない戦い。

 僕の思い、クレアの思い、みんなの思い、絶対に無駄にしない。

 不意に僕の目の前に手が出て来た。

 ロランの傷に手のひらをかざして。

 優しい光がロランの体を包んだ。

「本当に立派な猫だね、お前は。そのまま治療を続けなさい」

 司祭様だ……。

 息が弾んでる。走っていらしたんだ。

 ありがとうございます……ありがとう——。

「今しがたご神託があった……聖堂前で呪術など、冒涜以外の何ものでもない」

 ご神託……ありがとうございます、天主様。お慈悲に感謝します。

「しかも、このような良き日に何ということだ……痛ましい」

 そう、みんなが今日を楽しみにしていたんです。

 みんな笑顔だったんです。

 僕はロランもみんなの笑顔も守りたい!

「お前たちも働いたんだね。立派だ。天主様の祝福があらんことを」

 話しながらだけど、確実に呪いが弱まってきた。

「解呪は聖職者の専門分野、これほどの呪いは専門家でなくては無理だ」

 僕が手こずっていた呪いは、司祭様のお力でどんどん解けていく。

「さあ、一緒に治してあげよう。まだ間に合う、大丈夫、頑張るんだよ。ルイ。お前なら大丈夫だ、この子は助かる」

 必死だった。ロランと過ごしてきた日々を思い続けた。

 みんなに励まされて、司祭様に励まされて、その声がだんだん遠くなって——。

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