第35話 魔法結界と神聖魔法


「できたよ!!」

 って、今まで見たことがない大はしゃぎで、ロランは学校を飛び出して来た。

 そして僕を持ち上げて、ギューって抱き締めた。

 そのまま学校の友達を置いて、駆け足で小声。

「できたんだ、結界が作れた」

「ほんと!?」

「うん、1回きりで短時間だったし、範囲も狭かったけど、やっとできた!」

 飛び級を捨てて頑張ったんだもん、絶対できるって信じてた。

「先生たち驚いたでしょ」

「腰を抜かしそうなほどね」

「きっと来年には魔術師になれるよ」

「先生は推薦で魔術大学に行けるっていうけど」

「行かないでしょ」

「もちろん! 早くお父様みたいな魔術師になるんだ」

 家に帰ってクレアに報告すると、涙ぐんで大喜び。

 だってリスクがふたつ減るんだもん。

 討伐で敵の魔法攻撃を気にしなくていい。

 後方支援に回るから前線に出なくていい。

 クレアは最愛の人を喪った。

 だから絶対にロランは喪いたくない。

 僕もわかるよ。だから絶対に守るよ。

 勉強部屋にカバン置いて、椅子に座って、ロランはまだご機嫌だ。

「結界ってどんな感じになるの?」

「無になるでしょ、7秒くらいで高いところから銀の糸が何本も降りてくるんだ、意識しなくても」

「糸?」

「網みたいにそれが広がって球体になる——感じ」

「その網が結界なんだね。すごいよロラン」

「でもまだダメだよ」

「作れたのに?」

「結界を意識しちゃったら白い世界に入れなくなったりする」

「そうか、結界作れなくなっちゃうもんね」

「でも1度できた。次は2度できるようになる」

「うん。君なら必ずできるから」

「だけど思ってたよりずっと大変だ、魔法結界」

「どんなところ?」

「一度作れば外が見られるけど、しっかり気を配っていないと消えてしまう」

「強い魔法使う魔物だったら危ないよ!」

「人の命を預かるからね……プレッシャーはある」

 そうだよね……結界崩れたら死んじゃう。

「でも大丈夫、ちゃんと会得する。天主様から与えられた適性なんだから」

 本当はフレイヤ様だと思う。

「大丈夫、ロランは僕が守るから!」

「よし、安心して練習できるよ」

 そう言ったロランは本当に少しずつだけど前に進んで、有効率8割まで上がった。

 すごい! って思うけど、現場に出たら絶対に外せないから完璧にしないと、って。

 君ならできるって信じてるよ。

 大丈夫、君にはフレイヤ様の大いなる祝福があるんだから。

「ねえルイ、僕たち魔法結界と神聖魔法のバディだって」

「考えてみたらすごいね」

「君の攻撃魔法はすごく強いし」

「君の火魔法もきっとマリスみたいに強くなるよ」

「たぶん、最強のバディだ」

 すごいよロラン、君は。

 今の君を見たら、ステラは、マリスは、どんなに喜ぶだろう。

 見た目は小柄だしまだ少年だけど、ロランは子どもじゃない。

 試験さえ受ければ合格して魔術師になる。

 2学期が終われば卒業試験。

 合格したら、何日か後に聖堂で宣誓式があって、正式な魔術師だ。

 あと少し。

 そしてそんな情報がララに届かないはずはない。

『ついに魔法結界クリアしたって!?』

『まだ有効率8割だって。完璧じゃないと現場で使えないよ』

『卒業までには間に合うんじゃね?』

『うん、たぶん大丈夫』

『魔法結界使う魔術師とマックスグリズリー倒す魔獣のバディとか、ねえわ普通』

『まあ……普通はないねってロランも言ってた』

『チートだそれ。ポイント稼ぎまくりじゃん』

『ランクが上がりやすい、かな』

『お前、あっという間にAランクだぞ。俺様の予言は外れない』

『ところで君のバディはどうなの? その後』

『あー、昨日やっとEランになった。草摘み続けて』

『うーん……回復術士とかには転向できないの?』

『ねえの、回復魔法。風魔法はマジすげえんだけどさ……』

『他には?』

『土魔法と補助魔法がちょっぴり。適性としてはちょい弱い』

『補助魔法大事じゃないか』

『まあ、俺も持ってるからわかるけどさ」

『ロランが補助魔法使ってくれなかったら、みんなグリズリーに殺されてた』

『停学食ってりゃ世話ねえわー』

 ララは笑う。現場にいなかったら笑い話なんだなあ。

『にしてもだ、マジで俺のバディ、なんとかしてくれねえかなあ』

 ちょっとだけ声が沈んだ。

『討伐出ねえし、家にいるとなまるからって通わされてるけどよ……』

 あ……そうだった、ララは……。

『訓練課程なんかとっくに終わってんだぜ。サーグももうすぐデビューだし……』

 みんなに置いて行かれて、また新しい子たちと仲良くなって。

『俺もしかしてここでキャリア終わるんじゃねえかなあ……』

 明るさはララ式の逃避なのかもしれない。

 戦闘魔獣として鍛えてるのに、何もできない虚しさ。

『じゃあ僕が予言するよ。君は将来、討伐で大活躍する!』

『ないわー、あいつと一緒にいたら草摘みで大活躍すらないわー』

 そう言ってララは大笑いしてたけど。

 せっかく有能なのに、現場に出してもらえないんじゃ飼い殺しだよ。

 ララが可哀想だ。仕事したがってるのに。

 キャリアがないと繁殖の依頼もない。

 望んでるのに、仕事も子どもも……。

 そんな悩みを持ってるのに一緒に喜んでくれるララ。

 僕はずっと友達でいたい。

 それから何か月かして、ついにロランは魔法結界を会得した。

 わざわざ来てもらった魔法結界術士の人が立ち会って、試験で認定されたんだ。

 会得したてとは思えないほど強いって。

 やっぱりフレイヤ様がくださったんじゃないかなって、僕は思うんだ。

 ロランなら必ず使えるようになるって。

 フレイヤ様はロランを〝正しい子〟お呼びになった。

 きっと、誠実で真摯な本質が伝わったんだ。

 これでロランは世界でひとりの魔術師になった。

 魔法結界術士じゃない、魔法結界を使える魔術師に。

 あ、まだだけど、卒業試験。

 楽しみだな。

 僕も訓練所をやめた。もうすぐ現役に戻るから。

 みんなとは、特にララとは名残惜しかったけどしょうがない。

 僕の復帰と同時にデビューするサーグ、武者震い。

 ロランに「気が早いですよ」って言われながら、クレアはローブを作ってる。

 魔術師の正礼装なんだって。

 正式な式典や結婚式の時だけ着るんだって。

 僕が祝福受ける時、ステラがこういうの着てた。

 光沢がある真っ白な生地に、キラキラ光る青い糸で刺繡をしてる。

 深い青、ヴァルターシュタイン家の色。

 ロランの瞳と髪の色。

「ほら、あなたのローブもあるのよルイ。これを着て聖堂前に行きましょう」

 大好きなクレアの笑顔。

「あなたはロランの正式なバディになるのだもの」

 2度目だけどやっぱり可愛いね。着るのが楽しみだよ。

「結婚指輪をペンダントにするわ。マリスにも見せてあげたい」

 そうだね、マリスを連れて行ってあげなきゃ。

「お義母様の形見のリングもね」

 ステラも連れて行ってくれるの!? 嬉しい!

「仮契約を解除するのは宣誓式が終わって家に戻ってからね」

 そうか、宣誓式が終わらないと、まだ魔術師じゃないんだ。

「それに先に解除してしまったら、あなたはまた自由猫になっちゃうわ」

 自由猫。つまり野良猫……何て切ない言葉だ……。

 嫌だよ、雨水飲んでゴミ漁りなんて。

 クレアは穏やかな笑顔で針を進める。

 宣誓式が楽しみでしょうがないんだね。

 全然待ちきれない。

 仕上げてしまったら「何かあってはいけないから」って、もう1枚作り始めた。

 そこまでいくと気が早いとかいう問題じゃない。

 でもクレアは今ものすごく幸せだから。

 僕がソファで隣に座ってると、優しい声でロランのことを話すんだ。

 産まれた時とても小さくて、長生きできるかわからないって全員が心配した話。

 離乳食を初めてあげた時、吐き出されて、クレアが自信喪失した話。

 1才の時に大きな病気をして、ステラとクレアが交代で何日も徹夜して付き添った話。

 2才の時にマリスが高い高いしてて落っことして、ステラとクレアにこっぴどく叱られた話。

 頭と右肩を骨折して大変だったって。後遺症なくてよかった。

 ……なんか、意外と壮絶な乳幼児期。

 卒業試験が近づくと、ロランが机に向かう時間が増えた。

 万一にも不合格ってわけにはいかないからって。

「ロランなら3回受けても合格するよ」

 とはいっても、本人はのんきにしていられないんだろうな。

 でも試験の2日前になったら勉強をやめた。

「お父様に言われたんだ、緊張したまま試験を受けちゃダメだって」

「緊張してるとよくないの?」

「試験会場に入れば嫌でも緊張するよ。でも何日も前から緊張しちゃダメなんだ」

「……途中で挫けそうだね。疲れるし」

「そう。やるだけのことはやったよ、あとはゆっくりする」

 そう言って、本当に絵を描いたりハープシコードを弾いたり、読書したり。

 クレアはニコニコしてアップルパイやバターケーキを作ってる。

 大丈夫、ロランは合格するよ、間違いなく。

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