第34話 きっとまた会えますように
それからずいぶん経った。
練習は毎日続くけど、結界は張れない。
その日はロランが校門から出てくるなり、僕を抱き締めた。
「ルイ、やっとしっぽを捕まえたぞ、結界の!」
思わず話しそうになったけど、呑み込んだ。
「君のおかげだ。今日はおやつをたくさんご馳走するよ!」
家に駆けて帰って、ロランと僕はおやつ。
「授業中にいろいろ考えてたんだ。それで試したら、5秒までなら白くなれた」
「5秒もあるの!?」
「まあ……まだ問題は山積なんだけど」
「すごいよ、進歩だよ、5秒も無でいられるなんて」
おやつを舐めるのも忘れてしまう。
「その5秒の間に結界を張ればいいんだね」
「……そうはいかない。どうすればいいかがわからないから」
「うーん……」
「5秒単独では無になれるけど、結界のやり方を探ろうとすると無じゃなくなる」
「でもすごいよ! 5秒も無になれたんだから」
「心を穏やかにして、目を閉じて集中するんだ」
「——まさか、それを授業中にやってたの?」
「うん、ついうっかり。よけいな宿題が増えちゃった」
ああ……こういうところがあるんだよね、ロラン。
集中しすぎる。
祝福かもなんて言わなくてよかった。
そんなこと言ったら夜も寝ないで熟考しちゃうよ。
その後もロランは手探りで断崖を登り続けた。
ほんの少しずつ。進んでるのかどうかもわからないほど。
でも着実に。
校門の前までロランを送って、訓練所で動いて、学校に迎えに行って……夏は学校の人や学生が水をくれたり、日傘を差しかけてくれた。
冬は足下に板を置いてくれたり、手作りの暖かいコートを着けてくれたり。
板も暖かい。魔法がかかってる。
猫は寒いのが苦手だから、本当にありがたいな。
必ずおやつをくれる人もいて。
季節が流れて、ロランは飛び級なく、15才で卒業かなって話になった。
魔法結界に打ち込みすぎて、飛び級できるほどの成績が取れない。
それでも普通は20才以上で卒業なんだから、すごすぎる。
これはもう訓練じゃなくて研究だって、みんなが言ってる。
手がかりがないんだもん、自分で全部調べて考えて試すしかない。
『魔術大学に行けそうだな』
呆れた口調で、だらけて伏せたララが言った。
『上の学校があるの?』
『あるけど、学者になったって無駄じゃん』
『そう?』
『博士号なんか持ってても、それで魔物が降参するわけじゃねえ』
『確かに』
ロランの頭の中に魔術学者っていう選択肢があるようにはみえない。
『ララの方はどうなの、バディ。ランク上がった?』
『親父に首根っこつかまれて、やっと魔物狩りに行ったよ、めっちゃレベル低い奴』
『戦果出た?!』
『2匹殴ったが、想定外の小妖精に遭遇して全速力で逃げた』
『あー……討伐証明……』
『それ以前に数足りねえ。3匹獲らなきゃならなかったんだ』
ララ、しおれてる。
『俺、連れてってもらえなかったんだ。親父がバディ連れてくなんてまだ早いってさ』
『大丈夫、やってるうちに慣れるから。そうしたら君の出番も来るよ』
『もう討伐なんて嫌だって半泣きだぜ。父ちゃん激おこ』
戦闘に向かない人が戦闘に出たら死んじゃうな……。
どうして卒業できたんだろう、戦闘科。
よほどの努力家なんだろうね。もったいない。
その資質を活かしてあげればいいのに。
『めっちゃくちゃいい奴だったから契約したが……人格と能力は別なんだろうな』
『…………』
『あ、悪り。旦那は両方持ってた』
『そんなにいい人なら、必ず誰かのために強くなるよ』
『そうあって頂きたいね』
そんな話をしてたら。ひどくしおれたカッカが近づいて来た。
『なんだおい、朝から死にそうじゃねえか』
『イーヴル・アイ……』
『あの一つ目玉の魔物? どうしたの?』
真夜中、草むらの上に浮いて虫や小動物を食べるやつ。
『アビー……キャリーさんが……昨夜……』
その先は必要なかった。
アビーは最近バディ契約して、名前もついて、もうすぐ訓練を終わるはずだった。
『バ、バディはキャリーさんが勝手に……勝手についてきて、魔物に突っ込んだと言っているんです』
え–……そんなことする子じゃないよ。
『僕はウソだと思うんですっ!』
『——お前の主張はそれとして、キャリーが死んだ、今はそれだけが事実さ』
朝からみんな、ひどく沈み込んでしまった。
イーヴル・アイ。
夜行性だから夜目が利く同じ夜行性の魔獣を連れていきたい。
相性がいいのはキースみたいな夜行性猛禽。
確かにキャリーは夜目が利くけど、相性は?
彼女にはレザークローがあったから、相手が浮いてても攻撃できたかも。
でもレベルは大丈夫だったのかな?
僕がレッドバックに行った時は、特殊な条件があったから許可が出たけど。
どのみち事実は明らかになるけど……。
僕だってキャリーが勝手なことしたなんて絶対思わない。
彼女はちゃんとした魔獣だったんだ。
理由はレベルが合わなかった、相性が悪かった、どちらかだ。
もうすぐ訓練課程が終わるところだったのに。
レザークロー、強くなってきてたのに……!
校門の脇でロランを待ってた。
そしたらいつも通るおじさんが前にしゃがんで、頭をなでてくれた。
「なんだ坊主、元気がねえな。ハム食うか? ハム」
食べやすくちぎったハムが小皿に載って出てきたから、頑張って食べた。
優しい気持ちは大事にしなくちゃ。
「なんだいルイ、おやつをもらっていたのかい?」
ロラン、学校終わり。
そして、おじさんにご挨拶。
「ありがとうございます、いつも当家の魔獣を気にかけてくださって」
「ルイは可愛いからね、面倒みたくなるでしょ」
「本当にありがとうございます。この子を褒めて頂いて嬉しいです」
そう言うと、ロランはおじさんにお辞儀して、僕を抱き上げた。
そして頬ずりするように顔を近くに寄せて、友達たちから離れて歩き出した。
それからとても小さな声で言った。
「何かあったでしょ、気配が重い」
「……訓練所の友達が死んだんだ……イーヴル・アイを討伐に行って」
「訓練所通いでイーヴル・アイ?」
「うん……とってもステキなアビシニアンの女の子だったよ」
「訓練課程は終わってる子?」
「ううん……もうすぐ修了だったけど」
「修了前? ダメだよそれは」
「ダメなの?」
僕は訓練受ける前にデビューしちゃってたから、細かいルールがわからない。
「魔獣を討伐に出す時は必ずブリーダーギルドとショップ組合に申請が必要」
そういえばマリスがいつも申請に行ってた。
いろいろ書いてある紙にサインしてた。
私とお前の名前を書くんだって。
「訓練中でイーヴル・アイなんて当然却下される」
却下?
「訓練課程が終わってない子は、同行申請を出してもほとんど通らない。修了すればGランクになるけど、修了前ならランク外。万一連れて行けても敵はFランクまで。イーヴルアイはEランクだ」
バディがルールを破ってた……?
「無申請で連れて行ったなら組合は強制退会、保護法違反で警察沙汰」
「じゃあ、彼女のバディは違反だってわかってて連れて行ったの?」
「討伐がうまくいけばばれないって思ったのかもね」
「そんなの、無責任だよ……」
「修了間近だって甘えもあったのかな。ちょっと現場を経験させようとか」
もうすぐだったんだから、あと少し待ってくれたらよかったのに。
「これでまたショップの購入審査が厳しくなるかもね」
「キャリーが可哀想だよ……バディなのに、どうして……」
「キャリーっていうんだね。ベッドに入る前に一緒に祈りを捧げよう」
可哀想だ、あんなに綺麗でしなやかな猫だったのに。
夜目が利くからってだけで、資格がなかったのに。
レザークローがまだ弱かったのかな。
僕がもっとちゃんと教えてあげればよかったのかな。
ロランがベッドでうずくまる僕の頭をなでた。
「いろいろ思うだろうけど、世の中にはどうしようもないことがあるよ」
「……うん」
「僕らにできるのは、彼女の魂がフレイヤ様の御許に届くよう祈ることだけ」
ロランが言った通りだから、僕は懸命に祈った。
キャリーの魂が生まれ変わってこの世界に戻って来ますように。
そしてきっとまた会えますように。
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