第31話 誇りにかけて —後編—
3日後、お客が来た。
顔色が真っ青なおじさんだ。
クレアはお客さんにお茶とクッキーを勧めて、僕を膝に乗せた。
「こ、このたびは、愚息がとんでもないことを……あの、ロラ……ご当主様のお加減はいかがでしょうか」
クレア、ニッコリ。
「ご心配には及びませんわ、わたくしどものところには、神聖魔法を使う化け物がおりますから。骨折はもちろん半殺しにされてもすぐに治せますの」
おじさん、さらに血の気が引いて、汗がダラダラ流れてる。
もしかして、おじさんはお詫びする気がなかった?
ロランが重傷だったのを知らなかった?
「いえ、あの……子ども同士のことでもありますし、何と申しますか……」
あ。ほんとに謝る気なかったんだ。
状況も知らなかったのかな?
仕掛けたのはロランだから、そっちが謝れとか思ってたのかな?
たぶん、論点はそこじゃないと僕は思うよ。
クレアの声がちょっと硬くなった。
「あら、訴状をよくご覧になっていらっしゃらないのでは?」
そじょうって何だろ?
おじさんが困ること? だから急いで来たの?
優雅に、ひと口お茶を飲んで話を続けた。
「訴状にあります通り、訴訟理由は侮辱です。子どもの決闘ではありません」
「侮辱……?」
「ヴァルターシュタイン家は化け物を魔獣と偽って飼っている、ご令息が多数のご学友の面前でそう言ったと承っております」
あっ、っていう顔をした。
今さら気がついたんだな、論点違うことに。
「この子、ルイはわたくしの仮契約魔獣でしてよ」
おじさん、本当に真っ青になった。
「この子への侮辱は契約者であるわたくしに対する侮辱とみなします」
ロランの同級生、ロランをからかったつもりだったんだろうけど。
クレアに真っ向、喧嘩売ったんだ。
「みなさんロランのバディだとお思いのようですが、契約者はわたくしです」
空気が固まった。まるで凍ったみたい。
僕の氷魔法より全然早い。一瞬だ。
「侮辱に対しての対応は、訴訟、あるいは決闘です。……もちろん、この時代に決闘なんて恐ろしいこと、あってはならないと思いますの」
クレアと決闘したい人なんか世界中探しても絶対いないよ。
〝微笑みのクレア〟は本当に強い。
そして、怖い……凄まじい魔法を柔らかい笑みで放つんだ。
戦いたくない人のトップだ、クレアは。
「あ……え……ご存じの通り、わたくしは市長という立場にありまして……」
え? シティの一番偉い人? ほんとに?
サボってたんじゃないの? 全然立派じゃない。
「侮辱罪で訴訟などされては信用を失い、職を辞さねばなりません……」
「困りましたわ……わたくしは決闘など恐ろしくてお受けいたしかねます」
すごいプレッシャー。
冗談でよく言われるけど、この家は本当に人間より魔獣が大事なのかな?
ううん、戦闘魔獣のバディはきっと誰もがそうだ。
お互い命がけの存在なんだから。
「どう、したら、その……訴訟と決闘以外で……」
もう顔を上げていられなくて、おじさんはうつむいてしまった。
「何とか……その、慰謝料といったような……」
「そのようなものは不要です。謝罪文を頂ければ訴訟は取り下げます」
おじさんは最初、意味がわからなかったみたいだった。
それから気がついて、信じられないって顔になった。
「謝罪文? たったそれだけで?」
「はい。謝罪文を2枚。でも条件がございます」
「どういった……」
「お父様ではなく、侮辱した本人のものを」
その後すぐにおじさんは家を出て、それほど時間も経たないうちに戻って来た。
学生だろう子が一緒。
侮辱した本人、だね。
けっこう体格のいい子だ。よく勝てたなあロラン。
こんな子と喧嘩したら骨くらい折れるよ。勇敢っていうより無謀。
クレアが出してきた紙は、厚みがあって模様が入った立派なものだった。
一番上にあるのは、ヴァルターシュタインの家紋。
緊張と困惑をあらわに、息子はクレアが出したお手本通りに謝罪文を2枚書いた。
コンパクトに、事実と謝罪の言葉だけ。
そして文末に署名した。
「ありがとうございました。これは当家で保管させて頂きますわね」
クレアは柔らかな笑みを浮かべてそう言ったけど、その笑みがほんの少し、冷ややかに変わった。
「もう1枚は当家の門に半月ほど掲示させて頂きます」
親子が青ざめるのに時間はかからなかった。
本当に必死で謝り始めた。
これは本物の大ピンチ。
学生同士の喧嘩、なら漠然としたもの。
でも実は決闘で、どうしてそうなったのかが公になったらまずい。
シティには魔術師や討伐戦闘で生計を立てている人がたくさんいる。
10人並べたら3人くらいは関係者。
間接的な関係者も含めたら、もっと。
魔獣を口汚く侮辱したなんて知れたら、将来に関わりかねない。
心証悪すぎる。
お父さんにもダメージが出るよ。
クレアはなにも対応しなくて、謝罪を聞き流してる。
そして、小さく息をついて口を開いた。
「あなたを許すかどうか決めるのはわたくしではないのよ、坊や。この子なの」
しん……と静かになった。
「ルイはとても賢い子。口先だけの謝罪なんてすぐ見抜くわよ」
今度は僕に謝り始めたけど……彼が口にしてるのは反省じゃない。
あんなこと言わなきゃよかった、周りのみんなも思ってたはずだから——って。
反省なんか無縁の、後悔と責任転嫁。
そっぽ向くべきかなあ。
いっぱい怖い思いしただろうから、もういいかな。
本当に懲りてね? 君自身のために。
クレアの手に頬ずりして、小さく鳴いた。
彼女は微笑んで、門に貼るって言った謝罪文をロランと決闘した子に勧めた。
「これはあなたが持っているのよ。戦闘魔術師を望むなら、この後悔を決して忘れないで」
そしてクレアはロランを呼んで、ちゃんと仲直りさせた。
決闘は喧嘩じゃないから、勝敗が決したら引きずらないって。
反省はまだ知らないけど後悔は覚えた年長者を、ロランはあっさり許した。
「やり過ぎてしまってごめん。傷は大丈夫かい? ルイに治してもらう?」
たぶん君の方がずっと重傷だったはずだけど?
12才とは思えない人格者。
もう成人でいいんじゃないかな、君。
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