第32話 プライベート・ボディガード


 朝、ロランについて行く。

 馬車でのんびり20分くらい。

「どうしたんだい、毎日」

 僕は人前では普通の猫だから話さない。

 ロランが校門に入ると訓練所に走って行く。

 数日姿を見せないなと思ってたハヤブサのサーグが僕の前に降りて来た。

 そして翼をきちんとたたんで、頭を下げた。

『ど、どうしたのサーグ』

『会わせる顔がなく訓練を休んでいたが、逃げてばかりもいられない、腹を括ってやってきた』

『話が見えないよサーグ』

『お前を侮辱した奴、俺のバディ予定者なのだ……』

 え? あの子が君の?

 名前があるから代理人がいるんだな。

 僕もロランの予定魔獣で、クレアが代理で保証してくれてる。

『どうとでも罵ってくれ、その覚悟で来た』

『そんなことしないよ。何でサーグがバカにされなきゃいけないの?』

『いやしかし』

『もう仲直りしたし』

『だが、ご当主はたいそうな重傷だったと聞いたぞ』

『でも決闘に勝って虐めもなくなったし」

 同級生たちが認めてくれたんだ。

 いざという時戦える意思と勇気。

 もう誰もロランをバカにしない。

「だから悪いことばかりじゃなかったんだ』

『本当かそれは』

『ロランは嘘をつかないから、心配いらないよ』

『ご当主は寛大だ、心から感謝する。このご恩はいつか必ず』

 クレアがちょっと怖かったのは伏せておこう。

『おっはよールイ。サーグもやっと出てきたな』

『ああ、やっと気鬱が晴れた。ご当主からお許しをもらった』

『なんかしたのお前?』

『俺のバディになる予定の学生がルイを侮辱して、ご当主と決闘になったのだ』

『勝ったの?』

『負けた。しかもご当主の方が重傷だった。情けなし。バディなどやめたい』

 本気になればやめられるみたいだけど。

 ショップに戻ると保護される。

 バディや代理人なり予定者なりが事情を聞かれる。

 場合によっては魔獣を店に返してくれって話になって契約解除。

 サーグはまだバディじゃないから、買い戻されるけど。

 そこまでやらないでしょ。いい奴だもん。

『そこは旦那を侮辱するべきだったな。魔獣罵るより100倍マシだった』

 ……否定できない……。

『ところでルイ、毎日旦那の送り迎えしてるって?』

『校門の前まで一緒に馬車で行って、帰りは一緒に歩いてるだけだよ』

『それを送迎っていうんだが』

『……心配なんだ。決闘でひどいケガをしたから』

『学校の中の殴り合いは止められないだろ』

『そうだぞ、契約していないのに校門の中には行けない』

『でも学校の中でケガをしたら、外まで運んでもらえれば僕が治す』

『確かにまあ、神聖魔法なら骨折も一発っていうし』

『今まで通りここには通うよ』

『大丈夫なのか』

『ロランが魔術師になるまで遊んでたら、体が動かなくなっちゃう』

『そうかもだけどさあ、お前ちっちゃいから運動量すごくね?』

『できるだけロランといたいんだ。運動なんて訓練と一緒』

『新婚家庭さながらだな』

 なんてからかわれても、僕は訓練所からまっすぐ駆けて学校に行く。

 ララが言った通り、子猫だから長距離は大変だけどね。

 その分、体力増えるよ。

 僕の弱点だから、体力。

 そして今日も門の脇で待ってる。

 授業が終わるとロランが友達と出てくる。

「ほんとに待ってるんだ。すごく賢い」

「まるで恋人みたいね。もし私が奥さんだったら、ちょっと辛い」

 そう言って、女の子が笑った。

「ロランは将来安泰だ。ああ、僕はどんな子とバディになるんだろう」

「ショップに行かないの?」

「たまに行くけどさ、こう、ビビッとくるものがないんだなあ」

「そういうのってあるの? ロランはあった?」

「物心ついた時には家にいたから……」

「そうだった。二世代の魔獣かあ、カッコいいな」

「ステラおばあちゃんが生きてた頃からよ。三世代」

「なんかすごいぞ、代々って響きがすごい。ロランのとこは多いんだろ? 先祖代々」

「うーん……しいて言うならミスラルの鎧くらい。後は本とか肖像画」

「十分すげえわそれ。ミスラルなんか粒しか見たことない」

「戦闘座学な。あんな粒見ても実感ないって」

 ミスラルの鎧。

 マリスが戦死した時着てた鎧。

 ロランは持ち出し禁止にしてしまった。

 たぶん代々守られていく。実用されることはないけど。

 そして伝記で語り継がれていく。

 雑談をしながら歩いて、ひとり家路につき、また家路につき、ロランが残る。

 僕はロランについて歩く。

 何があってもすぐ治してあげるよ。

 家についてカバンを勉強室に置いて、着替えて、手を洗って。

「ルイ、そんなに心配?」

「心配だよ、ケガをしたロランなんて見たくないよ」

「門で待ってる間、退屈じゃない?」

「僕は元々夜行性、みんなが眠ってる間に起きたりするよ」

「猫だもんね」

「だから誰も遊んでくれなくても平気。退屈な時は丸くなって寝てるし」

「地面に寝てるの? お風呂に入れなくちゃ」

 ロランは魔獣を洗うのが楽しみなんだ。

「大嫌いだよお風呂! 猫は濡れるのが嫌いなんだ!」

「訓練所で走り回ってるし、地面に寝てるなんて埃まみれじゃないか」

「そうだけど……」

「はい、今夜はお風呂」

「猫は毛繕いするから汚れないよ……」

「それは勘違い。舌が届かない場所なんてたくさんある」

 そしてクレアが焼いたおやつを食べる。

「ロラン、ミジャールさんの家のカトリネさん、知ってる?」

「さっきまで一緒にいましたよ」

「あら、仲がいいの?」

「何だか最近一緒に帰るようになってて。かなり遠回りになるはずだけど……」

 鈍っ……猫でもわかるよ、そんなの。

 きっと、君のカッコよさに惹かれたんだ。

 年下で背も低いのに決闘に勝つ。勉強もすごい。死角なし。

「可愛いでしょ?」

「そうですね」

「成績もいいようだし」

「ええ、いつも10位以内に入っているそうですね」

 あれ? これはもしや。

「婚約しない?」

 キャンプの前、結婚相手を探してってロランが言った。

 そんなに急いでるふうはなかったし……ロランまだ12歳だよ。

「あなたが承諾してからと思って、まだ先様にはお話していないのだけど」

「彼女ですか? 申し訳ないですがお断りします」

「えっ……申し分ないお嬢さんだと思うのだけど」

「彼女、ルイに嫉妬するんです」

 えーっと……さっきそんな話してたなあ……。

「妻とバディは立場が違います」

「それは……そうだけど」

「彼女は技術系だからかもしれませんが、戦闘系バディへの認識が甘い」

「それは……そうだけど」

「考えを共有できる人がいいです。それと……」

 お茶を飲んで、ロランは言った。

「ルイを心から大切に思ってくれる人、です」

「……リクエストになりそうね……」

 晩ご飯をすませてひと息ついたら、お風呂場に連れて行かれて洗われてしまった。

 濡れるの大嫌い……。

 ロランは柔らかいタオルで丁寧に拭いてくれるけど。

「ねえ」

「泣き言なら聞かないよ」

「そうじゃなくて、僕のことは気にしなくていいよ」

「何の話?」

「結婚する相手の人だよ。僕のことは大丈夫だから」

「ダメだな、これは譲れないね」

「どうして?」

「夫婦がお互いのバディを大事にできないなんて、ひどい罰ゲームだ」

「それは……そうだけど」

「夫の命を預かるバディ、愛おしんでくれる人でないとね」

 ときどき、子どもの言葉じゃないなっていうのをロランは口にするけど。

 ステラの旦那さんもマリスも、その前からずっと、そういう環境なんだ。

 ロランには自然に、歴代当主の姿勢が沁みてる。

 フレイヤ様、僕をこの家に預けてくださって、本当にありがとうございます。

 僕はずっと、とても幸せです。

 みんなのことが大好きです。

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