第28話 キャンプは楽しいよ、生きて帰れたらね —後編—


 みんなの声が近づいて来てる。

 逃げてきてるってことは幸い。重傷じゃない。

 でも困ったことになった。こっちには先生や学友たちがいる。

 みんな訓練中だもん、いきなり熊なんかに遭遇したらパニックだ。

「みんながこっちに向かってる。このままじゃ鉢合わせだよ」

「どうしよう、先生や学友もいるのに、グリズリー……」

 本当は三手くらいに分かれて逃げてくれたら楽だったんだけど。

 仕方ない、まだ実戦を知らないんだから。

 こうなったらもう、やるしかない。

 走って無駄な体力使ってなくてよかった。

「逃げても間に合わない時はね——戦うんだよ、ロラン」

 ロランは驚いた顔をして僕を見た。

 そうだよね、君は実戦魔獣としての僕を知らない。

「逃げたら勝機はない、戦えばある。僕はマリスからそう教わった」

 腕から飛び降りようとしたら、ロランが僕を抱き締めた。

「君だけ行かせられない、僕も一緒に行く」

 そう言って、また走り出した。

「ダメだよロラン! 本当に危ないんだ!」

「僕たちはバディになるんじゃないのかい?」

「それは将来の話だよ」

「それに魔獣たちを見殺しにするなんて、ヴァルターシュタイン家の恥だ」

 クレアが言う通りだ、ロランは誇り高いから逃げないって。

 なら、守らなくちゃ。

 僕ならできる。僕はクレアの弟子なんだ。

 すぐに敵と遭遇した。

 グリズリー……じゃない、こいつ。

 上位種のマックスグリズリーだ。

 大きい。立ち上がったらたぶん5メートルくらい。

 何でこんな化け物がシティの中にいるんだ?

 ——今は理由なんてどうでもいい。

 とりあえず食べられた仲間はいない。

 みんなケガをしてる。でも走って逃げられる範囲。

 僕らと出会ったマックスグリズリーは、立ち止まって様子を窺ってる。

 今のうちにみんなを逃がそう。

 転移魔法でボルゾイのところに行って脚を押さえて、ロランのところに逃がした。

 ドーベルマンを逃がす時、グリズリーが前足を振り上げて引っ掻こうとした。

 間に合うわけないよ。瞬間転移だ。

 5頭みんなロランのもとに。

 ロランは着ていたシャツを脱いで裂いて、ケガをした魔獣たちの止血を始めた。

 そして、僕の役目はこいつを排除すること。

 さあ、このバカみたいに大きな魔物と、ひとりでどう戦うか。

 やっぱり、あれしかないよね。

 後ろから人が迫ってきてる。先生かな。

 ロランが来ちゃったからだろうけど……逃げてほしかったな。

 やり過ぎると周囲を巻き込むし、加減を間違えたら倒せない。

 やつはずっと唸ってこっちを見てる。

 全身の毛が逆立った。戦う時はいつもそうだ。

 思い浮かべる、イメージ。

 そして、落とす。

 バリバリ響く空気を切り裂く音。

 地面を走る衝撃。

 周囲に影響を出さないためには垂直攻撃一択。

 これ以上強くすると周りに被害が出るから、ギリギリの範囲。

 でも土埃で視界が悪い間は警戒を解かない。

 決めきれていなかったら手負いの魔物はまずい。

 今ここにいるのは学校の先生と学生。

 先生が戦えるかどうかわからない。

 だから戦力として計算に入れない。

 戦えるのは、僕だけ。

 決まっててほしい……。

 このレベルの雷魔法を2度落とせるほどの魔力は、もうないんだ。

 転移魔法を続けて5回使ってしまったから。

 もう一度、今より強い雷を使うにはわずかに足りない、お願い、倒れてて!

 でも、砂埃の中で起き上がる黒い影。

 ダメだ、決まりきってなかった……。

 あれで生きてるなんて信じられない、どういう体してるの?!

 ダメージは受けてる。足下が危うい。

 襲ってくるはず。その前にとどめを。

 どうする、もうみんなそこまで来てる。

 だけど中途半端な雷魔法を落としても意味がない。

 ファイヤーブレス? 燃えながら暴れられたらまずい。

 氷魔法? 無理だ、相手が大きすぎて即効性に欠ける。

 足止めはできても、とどめは刺せない。

 衝撃魔法? 当てるなら頭か胸。四つ足じゃ頭しか狙えない。

 当たれば頭蓋骨が砕ける。

 体力は足りてる、十分な効果を出すには魔力が少し足りない。

 どうする? 残りの魔力でもっとも高い効果を出せるのは?

 風で巻き上げて落とす? みんなを巻き込むかもしれない。

 少なくともロランとボルゾイたちは飛ぶね。風は却下。

 魔力対効果は? 何を選ぶ?

 重力魔法はたぶん無駄、ならいっそ飛びかかってレザークロー。

 反重力で跳ねて、首を斬る。

 さすがに少し手こずるだろうけど、他にない。

 手間はかかるけど一番確実。

 一撃食らったら逃げてくれるかもしれない。そうしたら日を改めて討伐パーティが出るはず。

 とどめを刺すにしろ逃げられるにしろ、僕らにデメリットはない。

 僕が返り血を浴びた黒猫になるだけさ。

 可愛い子猫ちゃんから、血生臭い戦闘魔獣になるだけ。

「ルイ!」

 ロランに呼ばれて振り返ったら、僕にまっすぐ向けた手のひらから、すごく温かいものが伝わってきて僕を包んだ。

 補助魔法だ……。

 いける、魔法をもう一撃! これで確実に仕留める!

 今、人間と魔獣にまったく影響を出さない魔法。

 拓けたところと最高に相性がいい。

 頭の骨砕くから、ちょっとスプラッタになるけど許してね!

 衝撃の波動を頭目がけて全力で吐いた。

 僕の記憶はそこで途切れてる。

 敵が倒れたかどうか確認もしないで倒れるなんて、戦闘魔獣の恥。

 目が覚めたらカゴの中にいた。体がものすごく重い。

「お母様、ルイが目を覚ましましたよ」

 クレアが「今ご飯をあげるわね、おやつもよ」って言ってキッチンに行った。

「グリズリー、倒せた……?」

「うん、ありがとうルイ。みんな無事だよ、魔獣たちも深手じゃなかった」

「よかった……補助魔法、ありがとう……」

「どういたしまして。でも1週間の停学」

「停学? マックスグリズリー倒したのに?」

「僕はまだ学生だから、学校の外で魔法を使っちゃいけないんだよ」

 ああ、そうだった……ごめんロラン。

 こんな調子で君のバディになんてなれるのかな……。

「マックスグリズリーに勝って停学なんて、笑い話として家の歴史に残るな」

 そう言って笑ったロランはちょっと誇らしそうだった。

 ちなみにマックスグリズリーは学校に引き取ってもらった。

 売上は、クレアは僕のご褒美代だけ受け取って学校に寄附したって。

 毛皮、かなりの金額だったみたい。

 頭が砕けただけで全身無傷だから。

 ロランがお世話になってる学校に貢献できて、僕も少し誇らしかった。

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