第27話 キャンプは楽しいよ、生きて帰れたらね —前編—


「ルイ、ちょっと来て」

 学校から戻ったロランに呼ばれて、ソファに座った膝に飛び乗った。

 クレアはキッチンにいる。

「学校でキャンプをするんだ」

「キャンプって何?」

「外でみんなでご飯を作って食べて」

「うん」

「夜は焚き火をして踊ったり、テントを張ってグループで眠ったり」

「討伐に行くの?」

 ロランは笑って僕の頭をなでる。

「そうか、ルイにとっては当たり前だよね」

「踊らなかったけど焚き火はいつもしたよ」

「僕たちはまだ学生だから、魔物の討伐はできないんだ」

「そうだった、学校で勉強中なんだもんね」

「実技訓練と体術で毎日死にそうだよ」

「ロランはどんな魔法が使えるの?」

「火魔法、風魔法、補助魔法、お父様と同じだね」

「マリスの本気の火魔法はすごかったよ。森が丸ごと焼けるかと思ったくらい」

「それと、魔法結界の適性があるみたいだ」

「結界ってすごいんだよね? よくみんなに驚かれるから」

「そうだね、数えるほどしかいないよ。稀少スキルだ」

 結界だから魔法じゃないんだよね。万能結界は全然魔力使わないし。

「でも魔法反射の魔法もあるよね。違うの?」

「魔法反射は敵の魔法を防げるけど、パーティも魔法を弾かれるから、単純な物理攻撃しかできなくなるんだ。短期決戦でもない限り、ちょっとリスクが高いかな」

「仲間の治療も補助もできないの?」

「そう。でも魔法結界は結界の外からの攻撃系魔法にだけ反応するんだ」

 ああ、そういうこと。

「こちらからは魔法攻撃も治療もできるんだ。ルイもそうだろう?」

「うん、僕に攻撃魔法は通じないけど、僕からは魔法が使える」

「魔法結界は攻撃魔法を持った強い魔物と戦うのに不可欠なスキルなんだよ」

「物理攻撃だけ頭におけばいいなら、みんな戦闘が楽になるよ」

「だからどうしても欲しい。やれるだけ訓練しないと」

「なあに? 何を話していたの?」

 って、クレアが来て、笑顔で訊いた。

 危ない危ない、猫にならなくちゃ。

「学校の話ですよ。僕、魔法結界の適性があるようなんです」

「結界ですって? 本当なのロラン?」

「ええ、訓練次第で使える可能性が高いと」

 クレアがいきなりロランの肩をギュッと抱き締めた。

「お母様?」

「少しでも生き残ってくれる確率、ケガを避けられる確率があるのね……」

 泣きそうな声。

 マリスが死んで、バレルも行方不明になっちゃったからね……。

 ロランには死んでほしくないんだよね。

 クレアの希望はロランだけなんだ。

 肩を放したクレアが僕を見て少し笑った。

 目元が濡れてた。

「お願いルイ、ロランを守って。頼りはあなただけ」

 なでてくれるクレアの手のひらに頬ずりした。

 マリスを守れなかった僕を、あなたも信じてくれるんだね。

「ラズベリーのパイが残っているから、それで夕食までもたせてね」

 ふたり暮らしになったから、お菓子を作っても少し残る。

 でもバレルがいなくなって、ふたりとも気苦労がなくなったのは事実。

 襲われない保証はないけど、普段は平穏だ。

 お茶をして、勉強をして、夕食。

「ところでお母様、お願いがあるんですが」

「お願いなんて珍しいわね。なあに?」

「2週間後、キャンプがあるんです」

「あら、もうそんな季節なのね。どこに行くの?」

「山の麓の河原にテントを張るそうです」

「お天気が崩れないといいわね」

「ご心配なく、マリブ先生の予報では快晴ですよ」

「それなら安心だわ。外れる確率は0.5パーセントですもの」

「それで、お願いなんですが……ルイを貸してもらえませんか?」

「連れて行くの?」

「今回、試みで魔獣を連れて行けるんです」

「全員学生なのに、契約できていないでしょう?」

「契約予定の子たちですね」

「たくさんの魔獣たちと交流するのはいいことだわ。世界を広げなくちゃ」

 そういえば僕もそうだ。

 魔獣管理局に予定魔獣って登録されてる。

 クレアが楽しそうに言った。

「見せびらかすの?」

 ロランは普通に答えた。

「ええ、もちろんです。能力も姿も、非の打ち所がない婚約者ですから。この子ほど美しくて可愛くて頼りになる魔獣はいません」

「結婚はちゃんとして頂戴ね、人間の女の子と」

「お母様が選んでくれませんか? 僕は恋愛とか興味がなくて」

「ええ、そうね、私が探すわ、最高のお嫁さん!」

 クレア、本気。

 確かにロランから女の子の話を聞いたことはないな。

 そういえば僕もだ。

 僕は結婚なんて関係ないけど、君はダメだよ。

 ちゃんとステキなお嫁さんを迎えてね。

 ものすごく真剣にクレアがロランの婚約者を探してるうちに、キャンプの日になった。

 僕はロランに抱っこされて玄関を出た。

 馬車じゃなさそう。

「ねえロラン、歩——」

 ……あれ?

 陽に透けたロランの髪、黒じゃない。

 青だ。深い青。瞳と同じ。ずっと黒だと思ってた。

 そういえば一緒に外に出たこと、なかった。

 僕が不思議そうな顔をしてたんだろう、ロランが訊いてきた。

「どうしたの?」

「ロランの髪、綺麗な青だなって」

「ああ、これ。初代が青い髪と目だったって」

「ヴァルターシュタインブルーブルーっていうんだよね。キースに聞いたんだ」

「たまに男子に遺伝するって。だからうちのカラーは深い青なんだ」

「女の子は青くならないの?」

「ならない。たったひとり例外がいたそうだけどね」

「例外?」

「うん、200年前かな。その前にはいなかったし、その後も生まれてない」

 だから男しか家を継げないのかな。

「ところで今日は馬車に乗らないの?」

「馬車は途中まで」そしてキャンプ地まで歩く」

「討伐は馬車なのに……」

「君は小さくて大変だろうから、ときどき抱っこしてあげるよ」

 言葉通り途中で馬車を降りてキャンプの管理人さんに預けて、目指すはシティの中にある小山の麓まで。

 僕の他に魔獣は6頭、5頭とはすぐ仲良くなれた。

 1頭は『ドーベルマンだ』って名乗ったきり無言。

 こげ茶色の大型犬、脚が細くて体が引き締まって、いかにも強そう。

 でも強面でつき合いが悪すぎるから、誰もかまわない。

『いいバディになるには、性格や協調性も必要なのよ』

『そうですね。パーティは連携が大事だと教えられています』

『ルイは戦闘系Cランクだろ? 実戦ってどうなの?』

『怖い』

『え?』

『自分の20倍以上も大きい魔物が、斧振り上げて襲ってくるんだよ?』

『——怖いですね』

『森に潜んでて、いきなり火魔法使ってきて、周りも燃えて死にそうになったり』

『それヤバいやつ』

『やだ、ヒョウの丸焼きになんてなりたくないわ』

 そんな話をしてたら、ずっと黙ってたドーベルマンが言った。

『ヴァルターシュタイン家の黒猫だというから興味があったが、ただの臆病者じゃないか』

『君、そういう言い方はどうかと思われるのだが?』

 短毛種のボルゾイ。超大型犬。普通に歩いてても背中が人間の腰の高さ。

 たぶん、後ろ足で立ったら人間の身長くらいだ。すごい。

『実戦経験者からの貴重な意見、耳を傾けるべきではないかな?』

 言葉丁寧だけど、ドーベルマンに正論言い返せる気の強さ。

『戦闘魔獣たるもの、魔物を討伐することこそが使命。怖がっていて何ができる』

 自分より大きなボルゾイに言い返せるドーベルマンもかなり気が強い。

『あたしたちは遊びに来たのよドーベルマン。気分悪くなる茶々入れないで』

 ヒョウ、戦闘魔獣。彼女もやっぱり気が強かった。

 僕も少し強気な方がいいのかな。一応プロのCランクだし……。

『あたしは技術系だから討伐関係なーい』

『僕、回復術士のバディになるんだよね』

『俺も俺も。薬草探し超得意技なんだぜ』

『薬草探し楽しいよね。戦闘系の前はよく摘みに行ったよ』

『えっ? 薬草摘み?』

『最初の仮契約者が回復術士だったんだ』

『そういえば神聖魔法持ってたっけ……』

『コールサルトには不可能ってないの?』

『戦闘と薬草摘み以外は無能』

 学校のキャンプだから他の科の子らも一緒。

 戦闘魔獣って、他の仕事の子たちより少ない。

 一部ではエリートなんて言われるけど、別にそんなんじゃない。

 ただ戦闘の適性があっただけ。

 そして欠員が出やすい職種だから数が少ないだけ。

 みんな無事に帰れるわけじゃない。

 魔獣が殺されるのを何度も見てきた。

 冷静でないと死ぬ確率が上がる。正しく怖がるのが大事なんだ。

『気持ちのいい天気だ。みんなでキャンプ場まで走らないか』

『いいわね、こんな広々としたところは初めて。全力で行くわよ』

『いや、ヒョウの全力はチートだろ』

『えーっ、僕絶対ビリじゃないか!』

『祝福の猫に私が勝てるのは顎の力と脚だけなのでね。手加減はしませんよ』

 さっきロランが「超大型犬だけどものすごく速いよ」って言ってたよ!

『ドーベルマン、あんたも走りなさいよ。実力、見せてもらおうじゃない』

『……さすがにヒョウには太刀打ちできん……』

『グダグダ言ってねえで走れ! 男だろお前』

 うわあ、本当に走り出しちゃったよみんな。

「みんなで駆けっこか、楽しそうで何よりだ」

 先生、僕、超大型犬やヒョウと競争なんてしたくないよー。

 ロランは他人事だと思って笑ってる。

「勝ち目がないからってすぐに諦めるのはよくないな」

 君までそんなこと言わないでよー。

『勝ち目ゼロの戦いはしちゃいけないし。難しいところだね、ルイ」

 僕、やめる。ビリでいい。リタイアする。無駄な体力使わない。

 走ってもリタイアしてもビリなんだから、疲れない方がいいよ。

「本当に綺麗で可愛い猫ね。近くで見ると目がすごく綺麗。抱っこしても大丈夫?」

「大丈夫ですよ、人間が好きですから」

「すごい、真っ黒。ツヤツヤでステキ」

「ああ、爪を切っていないので注意してください」

 女の子は僕を両手で持ち上げながら訊いた。

「切らないの? 猫の爪」

「レザークローを使うので切れないんです。休業中だけど訓練はしているので」

「ほんとに実戦魔獣なのね……」

「人間が好きですから、大丈夫ですよ」

 いきなりだった。

 ずっと先の方からボルゾイたちの悲鳴がした。

 何があった?

「すみません、ちょっとルイを貸してください」

 ロランが僕を抱いて走り出した。

「君! ヴァルターシュタイン君、待ちなさい!」

 待つわけない、ロランだもん。

 危ない気配がする、でも僕が止めてもロランは行く。

 優しすぎる……ヴァルターシュタイン家全員そうだ。

 みんな魔獣に優しすぎるんだ。

 すぐヒョウが走ってきた。

『ものすごく大きな熊が出たわ! みんなが危ない!』

「待ってロラン、グリズリーかもしれないって!」

「グリズリー……ダメだ、みんな逃がさないと!」

 昔マリスが話してくれた魔物。立ち上がると人間の倍くらい。

 でもみんな危ない、まだ悲鳴が続いてるし——こっちに逃げてきてる。

 簡単にはいかないぞ、これは……。

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