第26話 魔獣保護法の理由


 暗い気持ちは訓練所で晴らすしかない!

 猛烈に走り回って跳ねまくっていたら、ひと息ついた時ララが来た。

『バレル君、無期停学だって?』

 魔獣にまで広がってた。

『チラッと聞いたんだけど、捜索願出てるってマジ?』

 うかつなこと言えない。

 お兄ちゃんを殺そうとして失敗して家を飛び出したなんて、絶対に言えない。

 ロランは平静を装って学校に行ったけど。

 自分が休んだら変に思われるって。

 クレアはまた襲われたらどうするのって必死で止めたよ。

 でもロランは行っちゃった。

 だから僕も来たんだ。

 実際暴れたかったし。

『騒がれたくないって、親戚の家に行ってるんだ』

『ふぅん……ま、よその事情に口を出すのはやめとこう。野暮だもんな』

 手加減してもらえて助かった。

『それよりも俺たちはトレーニングだ』

『賛成!』

『どうせ魔獣やるならエリート街道爆走しようぜ!』

『そうだよ、みんなで頑張ろう!』

『お前はもうエリートだけどよ』

『僕はそんなんじゃないよ』

『なあに、俺だってエリートになってやるさ!』

 ララはとことん前向きだ。

 いきなり首の後ろをくわえられたからビックリした。

「結界あるんだろ? 負荷トレーニングにつき合いな」

 速い。僕をくわえてるのに、すごい。

 キャリーの姿が見えなくて、魔法の練習場を見てみた。

 丸太に向かって前足を振ってる。

『レザークロー使えるんだ』

『まだひっかき傷しかつかないわ。ルイは使えるんでしょう?』

『一応』

『見せてよ、参考にしたいわ』

 オークをズタズタにする技なんか、訓練所で出せない。

 ものすごく加減して、丸太に半分くらい切れ目が入るようにした。

『これ以上やっちゃうと訓練所を追い出されるかもしれないから、ダメ』

『ありがと、参考になったわ。あそこでここをビュってやるのね、ビュって』

 彼女なりに得るものがあったらしい。

 同じ技や魔法を使う魔獣同士が一緒になるって、あまりないから。

 そういう意味では訓練所っていいね。

 同じ魔法持ち同士で一緒に練習できて。

 最近ほんとに体が軽くなって動きがよくなった。

 やっぱりサボってちゃダメだね。毎日しっかり動かないと。

 僕が訓練所の運動場に入ると、ララがめざとく見つけて来る。

『最近キレッキレじゃないのさ。さすがヴァルターシュタインの子だねえ』

『まだまだダメだよ、これで現場に出たら死んじゃうよ』

『うっわ、現場ってそんなにヤバいとこなのかよ。俺死亡確定じゃん』

『君は大丈夫だよ、立ち回りがいいから』

『そうかなあ? そうかよぉ? 野望果たせるかなあ?』

『どんな野望なの?』

『子どもを100匹作るのが夢なんだ。麗しのシェッティ嬢との間に100匹』

『奥さんいるの?』

『シェッティってのはシェットランドシープドッグの愛称さ。長いからな』

『そうなんだ。それにしても賑やかだね、102匹家族なんて』

『いやー、牡なんか種付けだけ、子どもの顔なんか見られねえよ」

『えっ、会えないの?』

『ママだって産んで2か月くらいで子ども選別されるし』

『選別?』

『魔力がありそうな子はママんとこに戻されて、そのままブリーダーが育てるんだ』

 知らなかった。

『全滅ってこともあるからなー、その時は1匹も戻って来ねえよ」

『魔力なかったらどうなるの……?』

 まさか殺されたりしないよね!?

『ない奴は番犬とか牧羊犬とかペット』

 よかったー、安心した。

『俺の弟たち、羊追ってるらしいよ』

『その方が幸せだったりするかも』

『まあ、泥棒とは遭遇するかもしれねえが、魔物とは戦わずに済むし』

『君は魔獣でよかったと思う?』

 ララは迷いなく即座に言った。

『あったりまえじゃん!』

 うん、ララだ。

『俺のありあまる才能を世界が欲している! 応えてこその魔獣だろ!!』

 あー……僕はそこまで真剣な魔獣じゃなくて、ごめん。

 気がついたら魔獣になってたから……。

『そういえばララはどういう魔法があるの?』

『攻撃補助魔法と回復魔法。スキルはシールド』

『攻撃補助とシールド? ものすごく珍しい』

 シールドって物理も魔法も弾く盾。

 ドーム型でサイズや強度はレベルによる。

 効果は万能結界っぽいけど、かなりバイタルが減るって聞いてる。

 ある程度レベルが上がれば、自分とバディだけでも守れる。

 でも長くはもたないはず。1回15秒くらいだったかな。

 だけど緊急回避ができるって、すごい能力。

『あとはこの脚だ、キレッキレのな』

 確かに切れ味すごいよね。ターンなんか一瞬だし。

「魔法は少ないが魔力は高い、すべてこのララ様に任せりゃオールオッケーよ!』

 本当に前向きだ、ララは。見習おう。

 確かに僕を除いて一番魔力が高いのはララだ。

 桁はひとつ違うけど。

 そうかあ、キースの攻撃補助魔法は珍しいって聞いてたけど。

 そういえば僕が見聞きした範囲ではキースとララだけだ。

 ロランが帰ってきて、勉強やご飯やお風呂をすませてひと息。

 お祈りをしてベッドに入ると、僕は決まった場所に入る。

「訓練所はどう? 楽しいかい?」

 バレルに殺されかけたショックは簡単には消えない。

 それでも僕を気遣ってくれる。

「ものすごく楽しいよ。体力や動きが戻ってきたし、みんなと話すのも楽しい」

「仲間ができたんだね、どんな子?」

「一番仲がいいのはララ。シェッティって、毛が長くて……」

『ララフォールシュミレンス・エドアドシーダ・ログアンゼル・ドゥ・オルスタニア?」

 うわあ、一気に言った!

「誰が一番早く言えるか友達と競争したんだ」

「誰が勝ったの?」

「みんな舌を噛んだから引き分け』

「すごい、魔術学校でも有名なんだ」

「戦闘系は現場で呼びやすいように短い名前が多いから」

「確かにそうだね、名前が短いと戦闘系かなって自然に思うもん」

「意地悪をする魔獣はいない? あまりよくない噂を聞いたけど」

「虎のホセかな? 踏まれそうになったけど、訓練場の人が鞭で止めてくれた……痛くないのかな」

「優しいね、君は」

 そう言って、ロランは僕を優しくなでてくれる。

「魔獣だって手放しに甘やかされるわけじゃない」

 僕はメチャクチャ甘やかされている。

「人間や他の魔獣に危害を加えたら、魔力を封じられて檻に繋がれるよ。……最悪、殺されることもある』

「ごめん……僕バレルを噛んじゃった」

「あれは正当防衛、罪に問われないから」

 でも本当に大丈夫なのかな、ホセ。いつかうっかり何かしちゃいそう。

 自分がどれくらい強いか、ちゃんとわかってるのかな?

『気が短い虎なんて大丈夫かな。体が大きいし力が強いから」

「罰を受けるの?」

「万一の時すぐに催眠魔法か睡眠薬を使えればいいけど……」

「なかったら?」

「——危ない」

 そんな話をして数日後、訓練場にホセがいない。

 休憩時間に寝そべって、ララが言った。

『虎の丸焼きいっちょう上がり』

『……え?』

 詳細は不明なんだが、って、ララは前置きした。

『バディの手首を噛み砕いたって。結果、その場で火魔法食らってあの世行き』

『えっ?』

「協調性ないんで訓練課程打ち切り。こうなると魔獣廃業だが、動物園は定員、サーカスも協調性ないとダメなわけよ。それにあいつ、怠け者だったから」

 確かに訓練とかサボりまくって、寝そべってばかりだったけど。

「ショップが引き取ってくれるよね?」

「魔力封じたらただの虎だからな、パートナーショップは引き取らねえよ」

「そ、そうなんだ……」

「短気な虎なんかペットにするひょうきん者もいねえしな」

 誰も引き取ってくれない……寂しすぎる。

『虎死して皮も名も残さず、自爆とはいえ侘しいねえ』

 バディに暴力を振るって、バディに殺された……とても哀しい。

『バディの人は大丈夫なの?』

『噛み砕かれた手なんか切断するしかねえわな。雑菌入って死ぬぞ』

 ああ、その場に僕がいたら治せたのに……。

『労災組合の補償金出ねえ、右手は切断。今後の生活厳しそうだな』

『ろうさいくみあい?』

『仕事で大ケガしたり死んだりしたら金が出る仕組みさ』

『そんなのがあるんだ』

『みんなで掛け金積み立てるんだよ。いざって時助かるぞ』

 そうだね、再起不能とかになったら大変だ。

『職種とランクによって掛け金違うが、戦闘系は高い。危ねえからな』

『まあ、相手は病人でも革でもないから』

『そうやって家族に金を残すのさ。仕事外負傷じゃ掛け金払い損だ』

『……仲違いするバディもいるんだ』

『うちもたまに口喧嘩するぞ。ったって吠えるしかできねえけど』

 えー、僕、あの家で誰とも喧嘩になんてなったことないのに!

 ……バレルは別として。

『いつもあっちが謝りに来るよ。まだ探り合いさ』

 ララはいろんなこと知ってて教えてくれる。

 いきなり仕事を始めちゃったし、訓練も短かったから、僕は世間知らないんだ。

 ここに入ってすぐレッドバックビーストのことが広まっちゃって、みんな怖がって僕に近づかなくて。

 しかも3か月で終わっちゃったから、友達すらろくに作れなかった。

『ルイ、お前は恵まれてるんだぜ、天主様に感謝しな』

『急に何だい?』

『何で魔獣保護法なんてのがあると思う?』

『魔獣を大切にするから?』

『歯止めを作っておかねえと、無茶させる奴が際限なく出るからさ』

 びっくりした。どういうこと?

『たかがけもの、使い捨てにしたってどうってことない』

『え……だって、命じゃないか』

『たかだか金貨30枚程度で買えるくらいのな』

『ひどいよ、そんなの』

『それで大昔、戦闘魔獣が足りなくなった。魔物の討伐ができねえ』

 そんなにひどかったの!?

『足りないなら産ませろって雌に無茶させるし、金目当てで誰でも勝手に交配するから質も悪くなって、弱いやつばっか』

『危ないよ、弱い子なんか現場に出したら死んじゃうよ』

『そこらへんがブリーダー制度や保護法ができた所以よ』

 考えたこともなかったよ、だってステラもマリスも……。

『だが、そんな野暮なもんがなくたって、お前の家が魔獣に手厚いのは有名さ』

 ああ、リザが言ってた、引退後も出し惜しみしないって。

『お前は訓練所に入らなくても優れた魔術師からいい教育受けて、いい環境で練習できて、すげえ魔法が使えるんだ。感謝するんだぜ』

 ララをすごいと思った。僕よりまったく年下なのに、すごい物知りだ。

『どうしてそんないろいろな話を知ってるの?』

『俺のバディのお袋が話し好きでさー。犬相手にまで話して聞かせるんだぜ』

『優しい人なんだね』

『……息子が死んで寂しいのさ』

『討伐?』

『去年のレイドでな。長男が喉笛噛み切られたんだ』

 ちょっとだけ、ララは遠い目をした。

『即死の弱点知ってるのは魔物も魔獣も人間も同じ……ってな』

『——そう、だね』

 マリスの首の骨が砕ける音、僕は一生……永遠に忘れられないと思う。

『僕は絶対にバディを守るよ』

 もう呆然としたりしない。

 何があってもすぐに最善の道を選べるようにならないと。

『よっしゃ、士気が上がったとこで運動に戻るかあ』

 ララと走っても僕は小さいし追いつけない。

 でもそれはぼくの個性。追いつけないのは仕方がない。

 だけどたくさん走れば体力が増える。

 体力を使い魔法が今より強くなる。

 僕はロランを守るんだ、絶対に。

 どんなに苦しくて辛くても、絶対に。

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