第24話 バレル、暴走
修羅場って、こういうのをいうのかな?
バレル大号泣。
手当たり次第物を投げまくって危ない。
発端はもちろん、ロランが当主になったこと。
もともと次期当主って承認されてたけど、マリスのお葬式の前、集まった一族が正式にロランを当主って承認した。
それで癇癪起こして大暴れ。
もう地獄絵図。
11才っていったって男児だし、平均より少し大きいからね、けっこうな被害。
マリスがいなくなったから、恐れるものは何もない。
お母様モードのクレアが止めたって全然無駄。
バレルはひたすら、僕にありったけ何でも投げてくる。
結界があってよかった。逃げ回らずに済む。
「おまえがころしたんだ! おばあちゃんもおとうさんもころしたんだ!」
涙の一筋も流さない子が何言ってんの。
暴れる口実が欲しいだけじゃないか。
当主になれなかった八つ当たり。
ロランが魔術師になるまで家出しようかなって、本気で考えてしまう。
数年間のことだもん、僕がいない方がこの家は平和かも。
違う、僕がいなくなったらロランに攻撃が集中するじゃないか。
「ころすぞ、ころしてやる、おまえなんか!」
僕は君に懐かないからね……君だけに。
「やく立たずなんか出て行けよ!」
君にそんな権限はないよ。フレイヤ様の御名において。
僕は自由。どこにいても、いなくても。
そして僕はここにいるって決めた。ロランを守るから。
「どうせぼくがきらいなんだろ! わかるさ、そんなことわかるんだ!」
理由はわかってるでしょ。
「おとうさんしんだんだから出て行けバカねこ!」
バカなのはたぶん本当。珍しく当たってる。
「いくら何でも口がすぎるわ、何て汚い言葉を使うの、マリスが知ったら——」
「あいつはぼくを、ぜんぜんみとめなかった! ロランのみ方ばかりして!」
認めてもらえるところがなかったからじゃないか。
お父さんをあいつ呼ばわりなんて、ひどい言い方だ。
「しんでよかった、いやなおせっきょうされなくてすむんだ」
あまりのことにクレアは愕然としてる。
僕も驚いてる……11才の子どもがそれ言うの?
ねえクレア、あなたの子どもだから言えないけど……この子は頭が壊れてる。
自分を少しでも認めない相手は心の底から憎むんだ。
あなたもロランも、もちろん僕も。
思い通りにならないものは全部否定するんだ。
自分を否定する相手は許さないんだ。
もう無理だ。こんな子治せない……歪みすぎてる。
「ぼくは世かい一のまじゅつしになるんだ。あいつなんか、すぐこえるんだ!」
後ろから「それは無理だと思うよ、バレル」とロランの声がした。
一拍あって、バレルの顔が悪魔みたいになった。
「よびすてにするな! ぼくは本当の当主なんだ!」
「一族が認めたのは僕だよ。大声でわめかないで、勉強の邪魔だ」
すごく淡々として、僕から見ると少し怖いくらい。
「それと散らかした物は自分で片付けて。子どもじゃないんだから」
容赦ないな……たぶんこれがバレルを逆撫でするんだろうけど。
「あ、そう。当主さま。おまえが。ふーん」
めっちゃバカにしてる。
「で、このクズねこをバディにするんだって?」
「するよ」
「あいつをしなせた人ごろしねこさ。呪われたねこだぞ」
そして歪んだ顔で笑った。
「お前もしぬぞ、こんなねこをバディにしたら」
平気でひどいことを言うようになったね。
フレイヤ様、さぞお怒りだろうな……呪いの猫呼ばわりなんて。
ロランの顔色は変わらなかった。
「すべては天主様のお導きだから、それでもかまわない」
そして言葉を続けた。
「ルイの意思も確認してある。この子は僕のバディになる」
「はぁ? けものとかくにん? 何だそれ。ここ、わらうとこだよな?」
ロランが手を差し伸べたから、僕はロランの胸に飛んだ。
ものすごく上手に抱きかかえてくれるから、爪をたてなくてすむ。
まだ子どもだけど、ロランの胸はとっても気持ちいい。
ステラみたい。マリスみたい。
僕はロランのバディになる。
バカにして笑ってたバレルの顔がこわばった。
「だからルイはこの家に住む。婚約者に等しい存在だから」
しばらく無音だった。
そして、バレルが叫び声をあげた。
恐ろしい声だった。
「おとうとのくせに……」
低い声から、いきなり甲高くなった。
「次なんのくせに、おまえはおれから全ぶ、ぬすむのか!?」
……意味がわからない。
バレル、盗まれるような何かを持ってたっけ?
「ふざけるな、おれがこのいえの当主なんだ!」
いや、違うし。
「おとうとのくせに、まだおれをバカにするのか!」
君はバカにされてるんじゃなくて、周りを呆れさせてるだけ。
「全ぶおれのものなんだ! おれがちょうなんなんだ! おれは当主で、とくべつなねこをバディにするんだ! 世かい一のまじゅつしになるんだ!!」
「君は魔術師になれないよ、冷静だったことなんて一度もない」
正論過ぎる。
「ルイも乱暴な人のバディになんてなりたくない」
なりたくない! 今こそご加護を全力で使う!
「一族筆頭の大叔父様にも言われたよね、君は当主じゃないって」
ロランを睨みつけてるバレルの顔が真っ赤になった。
「僕は君から何も盗んでなんていない。どうしてわからないの?」
11才の子どもの雰囲気じゃなかった。
「当主はおれだ! とくべつなねこは、おれのものだ! このいえもこのねこも、全ぶおれのものなんだ!」
いつも同じ言葉の繰り返し、ただただ同じことばかり。
「みんな、あたまがおかしいんだ、お母さんもしんせきも、みんなおかしいんだ! そのねこも、みんなおかしいんだ!!」
こんな暴言、フレイヤ様には絶対言わない。
たぶんお耳に届いてるんだろうけど……。
とても静かに激怒されている、ほぼ確実に。
「猫が君を嫌うのは、猫の守護神フレイヤ様の神罰だと先代から聞いたよ。ルイはフレイヤ様の眷族なのに、君のバディになるわけがない」
「守ごしんってなんだよ、かみさま? そんなのいるわけないだろ!」
ああ、終わった……君はたった今、自分で地獄への門を開いた。
「——これ以上騒ぐなら、本当に出て行ってもらうよ」
怒りで真っ赤だったバレルの顔が一瞬でこわばった。
「な、何でそんなこと言うんだよ、おれはこのいえの当……」
「君は当主じゃないんだ!」
驚いた……真剣なロランの視線。
突き放す言葉。
小柄だけど、すごい圧があるんだ。
産まれた時から次期当主として教育されるって、これだけの差があるんだ。
「ロラン、それはやめてあげて。あんまりよ」
さすがにクレアが間に入った。
「当主の言葉は絶対……いつも君が言っている言葉だよ」
震え始めたバレルを少しだけ見て、ロランは歩き始めた。
「もう終わりにしよう、こんな不毛なこと」
立ち去りかけて、バレルとクレアを肩越しに見た。
「散らかしたものは全部自分で片づけて、バレル。誰の手も借りずに」
涼しい声。
「でないと、自分が何をしたか理解できない。キーパー長に監視してもらってください、お母様。目を離すとすぐに逃げるから」
ロランの腕に乗ってるのは重いかなと思ったけど、僕を降ろさなかったからそのままでいた。
「ねえロラン、本当にバレルを追い出すの?」
脅しだよ、ってロランは優しい声で言った。
「ね、いつも不思議なんだけど」
「なんだい?」
「跡継ぎは長男に決めないと、揉め事になって人死にが出るかもだからって、ステラやキースから聞いたけど」
「そうなんだよね……いろんな事情があって揉めるんだ」
「どうして男の人しか当主になれないの?」
「理由があるんだ。ヴァルターシュタインの血統が途絶えるから」
「血統、魔獣とか」
ロランはあははって笑った。
「同じようなものかな。子どもに伝わる遺伝の元は2種類あって、女性は1種類、男性は2種類持ってるんだって」
なんか不思議な話。
「男性がふたつ持ってるうちの片方が、家の血統を繋いでいく。当主が女性だと代々の遺伝が途切れちゃうんだ」
「途切れると何かあるの?」
ロランは肩をすくめて小さく苦笑。
「実は誰も知らないかも」
「えーっ、誰も知らないの!?」
「どうなるかわからないから、途切れるのが怖いのかもね」
何となくわかったかも。
この家はずっと1本の血で繋がってきたらしい。
いろんな血が入っても、軸になる血は1本なんだ。
ロランもそれを繋ぐんだ。
マリスが死んでしまってからわずかなうちに、ロランはちょっと大人になった。
きっと背伸びをしてるんだと思う。
バディの約束をしてから、僕はロランのベッドで一緒に休んでる。
当主だけど、ロランはまだ子どもだから、万一何かあったら僕が守らなきゃならない。
そんなもの、ないに越したことはないけどね。
そう言い切れないのが現状。
今夜もちゃんとお祈りを済ませて、ロランはベッドに入った。
そうすると、横を空けてくれて抱きかかえてくれる。
「ルイ、聞いてくれるかい?」
「うん、何でも聞くよ」
当主って言ったってまだ11才だし、飛び級してるから周りはみんな年長者。
子どもだって気疲れするよ。
「友達たちと、ちょっと距離ができてるんだ、お父様が亡くなってから……僕が当主になってから。僕は今、嫌な人間なのかな? それじゃ困るんだ、いつかはちゃんと——」
「ロランは苦労性すぎるよ。きっと周りのみんなも、どうしたらいいか困ってる」
「苦労性?」
「大変なのは見ていてわかるよ。だから普段は当主なんて肩書きはマジックバッグに入れておけばいいんだ」
「マジックバッグは卒業制作だから、まだ持ってないよ」
ロランは生真面目だ。時々冗談が通じない。
「カバンの中に入れておいて、本当に必要な時に出せばいいんじゃない?」
「必要な時……」
「バレルの癇癪を止めるとか、本当に必要な時だけに」
「できるかな……」
「友達はどうすればいいのか困ってるだけだと思うよ。お父さんが亡くなって悲しいだろうからそっとしておこうとか、でも当主になったのを喜んであげるべきなのか、励ましていいのか、内輪の僕だってちょっと悩むくらいだから、友達なんてもっと悩んでる」
「そう言われても、僕もどうしたらいいか……」
「だから肩書きはカバンに入れておけばいいと思うよ」
やっぱりちょっと難しいかな。
「マリスが生きてた頃のロランになればいいと思う」
「……えーっと……」
「勉強を教え合ったり剣の練習をしたり、川で泳いだり、してたでしょ?」
「川で泳ぐとお母様に叱られるよ」
「子どもってお母さんに叱られるのも仕事じゃない?」
ロランはクスクス笑った。小さく笑う時、雰囲気がマリスそっくりだ。
そして僕をなでてくれる。
「ルイは物知りだ——ずっと子猫のまま成長しないの?」
「……僕は時の流れから外れてるんだ。ずっとこのままだよ」
死なないことは言わなかった。まだ早いかなと感じて。
翌日から、ロランは学校に行く前にルーチンを始めた。
じっと胸に手を当てて、その手をカバンに入れて、学校に行く。
当主っていう肩書きをノートみたいにカバンに入れてる。
ほんとに真面目だなあ。
でもいいと思うよ。
そういうルーチンを思いつくロランは頭がいいよ。
本当に川で泳いできてクレアに叱られたり。
でもクレアも「本当にしかたないんだから」って言いながら少し嬉しそう。
醒めた子どもだったロランが、人前でも少しずつ笑うようになった。
クレアが僕を膝に乗せてなでながら言った。
「ロランはね、ずっと、自分は次期当主だからって、家名を背負っていたの」
うん、僕も今になるとわかるよ。
マリスといっしょに戦ってて、当主って本当に大変だと思った。
実力と、周囲からの信頼。両方備えるのはとても困難なこと。
立派でなきゃいけないって、重圧だっただろうね、ロラン。
「でも不思議ね、当主になってからの方が楽みたい」
だってカバンに入れたもん。普段は背負ってないよ。
「ルイ、あの子を守って。ロランはとても誇り高い子」
少なくとも責任感はすごい。
「きっと家名を汚さないようにと無理をしてしまうわ……」
やりかねないね、彼は生真面目すぎるよ。誰に似たんだろ。
「家なんて途絶えてもいいの、一番大切なのは命」
うん。歴史は大事だけれど、命の方がもっと大事だ。
「あなたなら必ずロランを守れるわ。お願いね、ルイ」
僕はマリスを守れなかった。だからロランは絶対に守る。
どんな状況が起きても、絶対に自分を忘れたりしない。
冷静なバディになるんだ。
なでてもらってたら、バレルが帰ってきた。
お母さんに挨拶もしない。冷たい目でちらっと見るだけ。
そして自分の部屋に引きこもる。
もちろんお茶も食事も部屋には運んでもらえないから、リビングやダイニングには渋々出てくるけどね。
この間の大騒ぎ以来、孤立無援。
学校でも、あいつ本当に危ないって言われて、ずっと生徒に避けられてるらしい。
クレアも今は辛いし、あんまり余裕ないし。
どんなにしごいてもいいから、そのうち立ち直ってね、クレア。。
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