第21話 ヴァルターシュタイン家の問題児


  僕はときどき、昔ステラが使ってた部屋の前で鳴き続ける。

 ステラもリザもいないんだって思い出すと、胸が苦しくて寂しくて。

 そして屋敷じゅう夢中で走り回る。

 辛さに耐えきれなくなって。

 でもそれをやってると、思わぬところからお小言が来る。

「むやみにないてあばれるのは、ろんり的に正しくないと思うよ?」

 ま、あ……そうだよね。

「ルイは訓れんとか、もっとまえ向きになるといいと思うんだ」

 い、一応、前向きなつもり……。

「そしてちゃんとごはんをたべること」

 うん、食べてるよ……大丈夫。

「おやつをもっともらえるように、お母さまにおねがいしてあげるよ」

 7才のロランお坊ちゃん、相変わらず、大人も舌を巻く聡明さ。

 猫にそんな話をしてどうするの……わかるからいいけど。

 いつも厚い魔術書を細い腕に抱えてる。

 マリスが言うには「意味はわかってないよ、専門書なんだから」らしい。

 でも幼いうちから慣れ親しむのはいいことだって。

 魔術師の資質があるから、マリスは将来にすごく期待してる。

「おばあさまもリザもいなくなって、さびしいよね。ぼくもだよ」

 うん、大好きなおばあ様だったんだもんね。

「だから、いぎがあることに打ち込むんだ」

 正論過ぎて言い返せない。

「おばあさまもリザもきっとうれしいはず」

 7才の子どもに敗北した。

 と思ったら、足下にぬいぐるみのボールを叩きつけられた。

「おまえがおばあさまをころしたんだ!」

 うわ、まただ。

「おばあさまはかわいそうだ!」

 バレル、最近は癇癪を起こすと止まらない。

「おばあさまがしんだから、だれもほめてくれない!」

 君はどうしてそんなに怒るの?

 何も知らないでしょ、ほんとのことなんて。

 意気揚々と帰ってきた〝英雄〟たち、陰で笑われてる。

 手柄挙げたのはステラさんとコールサルトだろ、って。

 みんな表だっては言わないけどね。

 わかる人はわかるって、マリスが言った通りだった。

「がんばったのは、おばあさまだ! おまえじゃない!」

 そもそもさ、今そんな話を蒸し返して誰か喜ぶの?

 ステラが亡くなって半年近く経ってるんだけど。

「おれがおまえをバディにしてやる」

 辞退します。

「つよくして、おれのためにはたらかせるんだ!」

 と言って、ボール型のぬいぐるみをカゴの中に投げつけられた。

 いや……僕、本当に君のバディにだけはなりたくないよ……。

「何をするんだバレル! 魔獣を虐めるような子は魔術師になれないんだ!」

 ちょうどリビングに来たマリスの一喝。

 バレル、お説教無視して逃げて行った。

 最近、マリスが叱っても効果がないんだよね。

 昔から怒られてて慣れちゃったのかな?

 きっとイライラする病気なんだ。

 でも病気なら治そうっていう話になるんだから、病気じゃないのか。

「ちゅういした方がいいよ、ルイ」

 なあに、ロラン?

「バレルは、思いどおりにならないと、すごくおこるから」

 う、うん……本当に大変だよね、君の弟。

「どんどんせいかくがわるくなってきて、ぼくはこのさきが不あんだよ」

 淡々と言うロラン。本当に7才なの、君?

 対するバレル、育つごとに厄介になってきた。

 この間、初めて来たお客さんと大人同士で談笑してたんだけど。

 いきなり来て、お客さんに「ちょうなんのバレルです」って暴言。

 マリスが「少々席を外します」って、バレルを部屋に連れてった。

 ものすごく叱られて、結局わあわあ泣いて。

 用もないのにリビングに連れて来られたロラン、クレアが笑顔で「長男で次期当主のロランです。ちゃんとご挨拶してね」って訂正。

 実際、成長するごとに性格がきつくなってる、あの子。

 ヴァルターシュタイン家に垂れ込めた暗雲。

「安心おし、ルイ」

 マリスは僕を膝に乗せて、部屋で葡萄酒を飲んでる。

 天主様のお下がり。

 キースは年季が入った止まり木。美味しそうに干し肉つついてる。

「マリスの子どもだから、言いたくないけど……あの子ダメだよ」

「うん……私もクレアも困ってるんだ」

「クッションなんてしょっちゅうで、スプーンが飛んで来たこともあるんだ」

「そんな乱暴をするのか。魔獣を持つ資格はないな……」

「あんなに怒ってたら魔獣が懐かないよ。どうするのかな」

 マリスは小さくため息。

「魔術師になれないんだ」

「この家の子どもなのに魔術師になれないの?」

「戦闘魔術師には資質が必要なんだ。もちろん魔術師としての才能もだけど」

「才能はわかるよ。資質ってなあに?」

「資質は常に冷静であること」

「落ち着いてるってこと? 確かにみんな落ち着いてるね」

「戦闘魔術師が感情的になったら、人や物に被害が出るかもしれないからね」

「マリスが怒ってリビングで火魔法使ったら家が丸焼けだね」

 苦笑してる。

 バレル、資質が皆無だよ君……。

「ここだけの話だよ?」

 マリスは葡萄酒を飲んでため息をついた、

「ロランには高い素質がある」

「魔力はわからないけど、性格は向いてるね」

「気配は十分にあるよ。おそらく魔術学校に進める」

「第一段階クリアだ」

「ちょっと頭が硬いけどデビューする頃にはほぐれていると思う」

「うん、確かに頭固いよ。可愛いけど」

「バレルには——才能も資質もない。魔力の気配すらないんだ」

 マリスが言うんなら、そうなんだろうなって思う。

「それに、もう魔獣に暴力を振るってる」

 クッションならいいけど、そのうちナイフが飛んで来そう。

 刃物にはトラウマあるから、嫌だなー……。

「表沙汰になったらブリーダーもショップも協力してくれない」

 マリスはとても苦しんでる。

 自分の子どもだけど、見えてしまう。

 魔術師になれないっていう現実。

 僕は伸び上がって、マリスの胸に寄り添った。

「何か方法はないの?」

「ないんだよ……あの子は魔術師を諦めて、他の仕事を探すしかないんだ」

 何だか可哀想になった。

 正直なところ性格はものすごく悪い。

 だけどもう、自分が望む方向には進めない。ひっくり返せない。

 魔力が使えないって致命傷だ。いずれ自分でもわかってしまうよね。

 その時、気持ちを切り替えられるかな、絶望してしまうかな……。

 僕をぎゅっと抱いて、マリスが呟いた。

「天主様、どうかお願いです、バレルに魔術学校に入れる最低限の魔力をお授けください……」

「それでいいの?」

「せめて自分から魔術師を諦められるように……ちゃんと現実が見えるように」

 そうだね。

 自分で限界を知って辞める。

 試すことさえできない。

 諦めがつかないのは後の方だよね。

 フレイヤ様にお話ししてみた。でもやっぱりダメだって。

 バレルには感謝や信仰心が全然なくて、真面目にお祈りを捧げたことさえない。

 だから天主様は何も授けてくださらないだろうって。

 そうだよね、フレイヤ様ご降臨の時も、ぼーっと立ってただけだった。

「冷たくされているようね、心配だわ、わたくしの愛しい眷族」

「ちょっとだけです、フレイヤ様。クッションを投げられるくらいですよ」

 フレイヤ様は薄く微笑まれて仰った。

「大丈夫よ、彼にはわたくしの罰が下っています」

 ご降臨のあと、バレルが外を歩いても、猫が近づかなかったんだけど……さらに威嚇するようになった。

 普通、魔獣猫はそんなことしないんだ。ちゃんと訓練されてる。

 でもバレルには容赦ない。

 極端な威嚇はないけど、みんなちょっと毛を逆立てて、シャー! って。

 愛玩猫も同じらしい。

 これにはマリスもクレアも頭抱えちゃって。

「神罰よ、マリス。フレイヤ様は猫の守護神様ですもの」

「そうかもしれんな、もう噂になってるよ」

「ルイに物を投げたりするのをやめさせましょう」

「それで治まるとは限らんが……やるだけやろう」

 ということで、改めて、僕がどういう猫かを話すことになった。

 正直に言うと頭よくないからご降臨忘れてるかも、ってこと。

 僕は話さないけど、マリスが。

 さすがにこの年なら多少はわかるでしょ。

 学校から戻ったバレルをマリスが部屋に呼んで、ゆっくり話した。

「フレイヤ様、女神様のご降臨は覚えているかい?」

 案の定忘却の彼方だった……。

 家族が驚いてた理由がわからない。

 ただ普通の猫じゃないみたいだと。

 そのくせ僕に弾き飛ばされたことは覚えてて、残念な奴。

 改めて説明。

 僕がたくさんの魔法を持っていて、神様の大いなるご加護がある猫だって。

 だから人間の思い通りにはできない。

 猫がまったく懐かないのは守護神様の神罰だって。

 バレルの食いつきがすごかった。

「でもおとうさまとけいやくしてるよ。ぼくのものになるんだよね?」

 え?

「ぼくがまじゅつしになったら、ぼくのものだよね?」

 やめて! お願いだからやめて!

 そんな約束しないでマリス!

 もうヒゲにじゃれたりしないから!

「ぼくのものになればさ、ぼうりょくされないよね、ぼくがしゅじんだもん」

 想定外の急展開に、マリス絶句。

「つよいまじゅうなら、ぼくだってあんぜんだし、すぐにランクがあがって、みんなにほめられるよね」

「なっ……何を言っているんだお前は……話を聞いていなかったのか!!」

 椅子から立ち上がって、マリスは拳を握ってガタガタ震えてる。

 大変だ、マリスが怒った!

 確かに怒る内容だけど。

 自分のことしか考えてないじゃないか!

 ほんとにこの子ロランと双子の弟なの?

「この子には神様のご加護があって、人間の勝手にはできないんだと言っただろう」

「おばあさまと、おとうさまと、つぎはぼくだ。ルイはぼくのもの。ちょうなんだから」

 これはもうダメだ、頭に刷り込まれちゃっただろうな。

 ルイは僕の物。

 物。

 人格——猫格全否定。

「ダメだ」

「どうしてダメなの!」

「バディは召使いじゃないんだ。ましてお前は戦闘科志望なんだから」

「ルイがつよいなら、まものやっつけるのがらくだよ」

「お前とバディになるかどうかはルイが決めること。お前じゃない」

「いやだ! ぼくのなんだ!!」

 バレルが急に大声を出した。

「ぼくはルイがほしいんだ! つよいねこはぼくのものだ!!」

 あはは……完全に刷り込まれた。

「みんながロランロランって、ぼくがちょうなんなのに、おとうとだっていじめる……そのねこはぼくのものだ! つぎのとうしゅのぼくのものなんだ!」

 なんか……ここまで拗らせてると思ってなかった。

 マリスも呆然としてる。

 バディの意味さえわかってない。

 君、この家で生まれて育ったんだよね?

「ぼくはせかいいちのまじゅつしになるんだ! とうしゅだから!」

 ——君ににとって、魔術師ってなんなの?

 まったく意味がわかってないじゃないか。

 わかってないどころか思い込み激しすぎて、何を言っても無理だよ。

 マリスの怒りが急に鎮まった——僕にはわかった……諦めたんだって。

「——部屋に戻りなさい、バレル」

「やった! おとうさまだいすきだ、やっとぼくのおねがいをきいてくれた!」

「あげないよ、ルイは」

 一瞬ぬか喜びしたバレル、何を言われたのかちゃんと理解できてない。

「ルイはあげないよ、お前には」

「どうして?」

「暴力を振るう子のバディになりたい魔獣はいないよ」

「おとうさまのまじゅうなんだから、めいれいしてよ!」

 話が噛み合わなすぎて、猫の僕でも頭痛がする。

「あげない。魔獣は簡単にやりとりするものじゃないんだ。うちの子がその年になって、まだそんなことも理解できていなかったなんて、歴代のご先祖に合わせる顔がない……」

 そして、お約束のプルプルから、しゃくり上げて、雷みたいな大泣き。

 リビングより狭いから、反響して音量すごい。

 マリスなんか耳塞いじゃってるよ。親なんだから何とかしてよ。

 僕だって耳塞ぎたい。おかしくなりそう。

 クレアが聞きつけて部屋に来た。

「どうなさったのマリス」

「いや……この子が猫の神様に祟られたと噂が立っても、もう否定はできそうにないな、と思って」

 ああやっぱり、って顔のクレア。

『お前、難儀するのう』

 キースに同情されちゃったよ。

 本人以外みんな諦めてるのが痛い……。

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