第20話 ステラからマリスへ
討伐証明はレッドバックビーストの背中の毛皮。
素材だから有料で引き取り。
ちょっと焦げてるところがあるから買い叩かれるって。
ごめん。そんなこと考えてなかった。
倒すだけで必死だったよ。
村長さんはギルドへの借用書を書いた。
交渉がうまくいったんだ。よかったね。
ステラは意識が戻ったけど、横になったまま。
僕もフラフラだ。立っていられなくて窓際で箱座りしてた。
あのラブラドール、即死だったと思うけど確認したわけじゃない。
もしかしたら助けられたのかな……?
ううん、やっぱり無理だ、どうみても即死だった。
だけどバディの悲鳴が耳に残ってて……。
グルグル考えてたら、マリスが来て床に座った。
「いやあ、まいった」
そう言って、うつむき加減で頭を掻いて。
「すぐに行けば助けられただろって、すごい剣幕でね」
うん、そうだと思うよ。
僕を恨んでもいいよ、気が晴れるなら。
「私たちは君は無罪だと証言をすることしかできないよってなだめてきたけど……簡単に諦めはつかないだろうね」
バディだもん。きっと忘れない。
たとえそれが自殺行為の戦死だったとしても。
「それにしてもすごかったな、ルイ。お前は英雄だよ」
僕が?
「誰も死なせずに、魔法でレッドバックビーストを倒したんだ」
そう言って指先で頭をなででくれた。
子猫の頭なんて狭いからね。
僕じゃなくてステラだよ。僕なんて何もできてないもん。
「ま、たぶん……みんな自分たちの手柄にしてしまうと思うけど」
手柄ってなあに? よくやれたってことかな。
「何人かは善人がいるが、そうじゃない奴が多くてね」
最初からそう言ってたでしょ、訳ありって。
「子猫に後れを取りましたなんてプライドが許さないとか……困った連中だ」
ああ、ビーストをやっつけるのが手柄。
みんなは僕が倒したことが嫌なんだね。
「許してやってくれないかな。報酬は均等に出るから、それでよしっていうことで」
僕はそんなの気にしないよ、マリス。
ステラやマリスの役に立てて嬉しい。
だから窓辺から降りて、マリスの膝にスリスリした。
「それにね、騙されるのは知らない人たちだ」
マリスは僕を見て話す。
戦闘中とは全然違う人、とても優しい目。
「本当は誰がビーストを倒したのか、わかる人にはわかるから」
普通に考えればわかるよね。
剣と弓と平均値の魔法で倒せる相手じゃないよ。
倒したのはステラ。僕は体を貸しただけ。
でも氷魔法の人のアシスト、すごく助かったよ。
「家に戻ったら、クレアの美味しいご飯を食べよう」
これで安心して美味しいご飯が食べられるね。
「お前が大好きなおやつももらえる」
あの、舐めるの?! あれがご飯でもいいくらいだよ!
そして僕たちは家に戻ったんだけど……。
ステラがときどき、床に着くようになった。
僕が無理させたからだって反省したけど、マリスは「もう年だから……」って。
神聖魔法を試しても全然効かないんだ。
マリスのおばあちゃんなんだよね……。
わかってたことだけど、すごく年を取ってたんだ。
天主様がお決めになったのなら、もうどうしようもない。
リザはほとんど付き添ってて、僕もなるべく部屋にいるようにしてる。
『ねえ、ルイ』
『なあに?』
『あたしね、レイドは……ステラの最後の仕事だったような気がするの』
『最後の仕事……』
『だってたくさんの人を救えたんでしょ?』
『うん……』
『たぶん、このまま引退だと思うわ」
『そうかもしれない、ね……』
「そしてあたしはバディを解かれて、施設で安楽に暮らすの』
なんて言えばいいんだろう、こんな時。
『——そんな日がいつか来るのはわかってたから』
『……リザはステラの最高のバディだよ」
リザの予想は当たってた。
ステラの希望で聖堂に行って、魔力を封じて帰って来た。
それから間もなく、ステラは床に着いたきり起き上がれなくなった。
そしてだんだん、家族のことがわからなくなった。
それでもリザと僕のことはちゃんとわかってた——と思う。
廃業でバディは解けてたけど、リザはステラのそばを離れなかった。
マリスもリザを施設に連れて行かなかった。
そしてある朝、ステラは静かに息を引き取った。
半日後、寄り添っていたリザも。
僕は悲しくて、悲しすぎてご飯も食べられなくなった。
ずっとカゴの中でうずくまってた。
置いて行かれてしまった。これが繰り返し続くんだ。
今僕のそばにいる人も、みんないなくなってしまうんだ。
何もしたくなくて動けずにいたら、マリスが僕を抱き上げて部屋に行った。
そして椅子に座って僕を膝に乗せた。
「お母さんから聞いているよ。お前は人と話せるって」
ステラ、マリスに話してたんだ。
「——うん、話せるよ」
「悲しいのはわかるけどね、そりゃあ私だって悲しいよ、お母さんだから」
うん……きっと僕よりマリスの方が何倍も何十倍も。
大切な大切なおばあちゃん。
「でも、ご飯はちゃんと食べなきゃいけないよ。これは生きている者の役目」
「わかってるんだけど……」
「おやつだけでも舐めてくれないかな、クレアがとても心配してるんだ」
あ……クレアだって悲しいのに、僕が心配かけてるんだ……。
ダメだ、そんなの。
「ロランもね。むろん私もだ」
そこにバレルの名前がないのがマリスの正直さ。
みんな、ごめんね。僕もちゃんとするように気をつけるから。
「ねえマリス……僕はどうなるの?」
「もちろんお前の自由だよ」
自由……。
「ここにいてもいい、よそに行ってもいい、お前が自分で決めるんだ」
「マリスは引き留めたりしないの?」
「ものすごく引き留めたい。喉から手が出るほど」
「ステラと同じこと言ってるよ」
「そうなのかい? まあ親子だからね」
「僕はマリスも好き。ここにいたい。いてもいい?」
「もちろんだ。今まで通りここにおいで」
「仕事は? マリスと仮契約するの?」
マリスはちょっと困った顔で笑った。
「いやあ、私はお母さんよりランクがひとつ下でね」
あ、そうだった。
魔獣って契約できる数しか飼えないんだ。
バディが死んだら半年くらいは一緒にいていいけど、それを過ぎたらパートナー協会に売らなきゃいけない。
ペットじゃないから自由には飼えないんだ。
「Sランクしか許可されないんだ。クレアの仮契約の枠があるけど、お前、ミルク出ないだろう?」
出ません。
「じゃあ僕は仕事がないの?」
「頑張ってSランクに昇格するから、仮契約はそれからだ」
「うん、待ってる。頑張ってねマリス」
「ん、待ってろルイ。私だって当主、お母さんやクレアには負けないぞ!」
——マリス、クレアに負けてるんだった。
じゃあよけい頑張らなくちゃ。
それから僕はヴァルターシュタイン家の居候。
昔は仕事なんて考えもしなかったけど、仕事に慣れると、何もないのは退屈だ!
ランク上げの間にって、魔獣の訓練所に入れられた。
戦闘魔獣は決まった訓練をクリアしないと現場に出られないらしい。
まあ、危ないしね、戦闘魔獣。
暴れたら人を殺すかもだし。
普通は2年くらいかかるみたいだけど、3か月で終わってしまった。
今さら身につけなくちゃならないことがほとんどなかった。
ヴァルターシュタイン家の魔獣として、家人に恥はかかせません。
それから間もなく、マリスが大喜びで帰って来た。
「やったぞルイ! 今日から私もSランクだ! お前と仮契約できる」
その日のうちにマリスと仮契約した。
マリスはどこのパーティにも入ってない。
フリーランス。
ヴァルターシュタイン家の当主は4代目からみんなそうみたい。
いろんなパーティに頼まれて、スポットで討伐に参加する。
〝はぐれ魔術師〟なんて自分で言って苦笑するの、好き。
クレアが言うには「マリスみたいな人がいると、若い子たちが自分たちだけでは自信がない仕事ができたりするから、その分成長できるのよ」って。
僕それ知ってるよ。
えっと……〝後進の育成〟だ!
仕事してさらに人も育てるマリスはすごい!
温厚な人だけど魔法は怖い。特に火魔法の火力はすごい。
赤や黄色じゃないんだ。
うっすら黄色がかってるけど白いんだ。
ものすごく温度が高いと、火は白や薄青になるんだって。
すごい勢いで炎を球にしてどんどん投げるし、噴射するし、背丈以上あるビッグボアなんかあっという間に丸焼きだ。
レッドバックビースト討伐の時、補助に回さないで前衛に出せばよかったのに。
あ、でも毛皮が丸焼けになって討伐証明が。
それに、火魔法は狭いところで使っちゃダメってクレアが言ってた。
さんそっていうのがなくなって、呼吸できなくなるって。
魔力は4900。ステラより少し低いけど、引っ張り甲斐があるね。
これからもレベルが上がって増えていくし。
僕が神聖魔法を持ってるから、たまに付き添いで治療に立ち会ってくれる。
残念ながらステラと違って診断ができないんだよね。これは僕が頑張らないと。
マリスは僕を膝に乗せて訊く。
「回復と戦闘、お前はどっちがいいのかな」
「回復は需要があるけど、僕の魔法は攻撃ばっかり」
案外凶暴な子猫なんだ。魔法けっこう強いし。
前足を振ると空気の刃で切り裂くし。
「このところ訓練は少し減ってたよな」
「ステラが床に着いてたから。でも自主練習はしてたよ」
「いいことだ。もう少し育つとグリズリーいけそうだな」
「グリズリーって何?」
「立ち上がると人間の倍くらいある熊」
戦闘魔術師は怖いことを楽しそうに言う。
「万能結界があるから平気だけど、怖いのは怖いよ」
「万能結界か、私も欲しいなあ。討伐し放題だ!」
人格変わってる、マリス。
「お前がいれば傷も治し放題だ! いくらでも戦えるぞ!」
限界あるってば。
「キースがいるから攻撃力も十分だ! ああ、久しぶりに大物を狩りに行きたいな!」
ほんと、キースと一緒。バディ同士は似るのかなあ……。
そして特例だけどレイドで戦った僕は〝戦闘系Dランク魔獣〟っていう階級になった。
そうかあ、プロデビューしたんだ、戦闘魔獣として。
いつの間にか。
というわけで、人間の治療と魔物の討伐、掛け持ちだ。
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