第19話 レッドバックビースト討伐


 鉄の着物を着た人や、胸だけに金属を当ててる人、青や紫のローブを着た人。

 全部で54人。やっぱりやめるって、ひとり抜けてしまったって。

「そりゃ、レッドバックビーストは怖いもんな。逃げたくなる気持ちもわかる」

 少し笑って、レイドのリーダーが言った。

 この人は使命感の人。

 大きな剣を持って、すごく強そう。

 左胸だけに金属を着けた人たちは弓を持ってる。

 ビーストは大きいから、剣で足下、弓で上半身を攻撃するって。

 みんな若くて、ステラみたいなお年寄りはいない。

 いくつかに分かれて、馬車に揺られて目的地に行く。

「ステラさん大丈夫かい? 横になっていてもいいよ?」

「お気遣いなく。あたしゃこの子がいれば問題ない」

 僕はステラの膝の上。

「祝福の黒猫か。すごいな、魔獣が祝福を授かるなんて」

「神聖魔法を使うんでしょう? 心強いわ」

「レッドバックは麻痺毒を持っているから、注意しないとね」

 僕は特例で一緒に来てる。

 マリスが詳しく説明しなくても大丈夫だった。

 どこも僕のステータスと魔力移動の意味がわかったら、ほぼ即決だった。

 日頃から魔獣を扱ってる人たちだから、逆に話が早い。

 ステラの魔力がそのまま神聖魔法と攻撃魔法に使える。

 誰も考えたことがなかったと思う。

 でも、ここからが大変なんだ。

 強い麻痺毒は放っておくと心臓が止まって死んでしまう。

 普通の回復魔法じゃ治せない。

 体も力も強くて、毒も持っている敵。

 みんな無事で帰れるのかな?

 レイドの依頼を出した村に着いて、休んだ。

 村長さんはいい人みたいだけど……実はお金が足りないんだって言った。

 ギルドに支払う期限が昨日切れて、頭金しか払ってないんだって。

 ブルーバックならパーティを頼んで出せた。

 でもレッドバックはレイドになるから、大金の工面がつかなかったって。

 先払いが決まりなのに。

 でも着いちゃったし。

 話が違うって、パーティがひとつ抜けた。

 一番人数が多いところ。

 まあ……一番借金まみれが多いパーティでもあったけど。

 会議になった。

「未払いシャレにならねえ。受けたくねえよ」

「現在進行形で村人死んでるぞ、未払いだからって帰るか?」

「だが38人では厳しいぞ」

「確かに隙を突かれたら一瞬で全滅する」

「やられたらすぐに回復しないと、一気に押し込まれるぞ」

「……報酬が確約できないレイドに命を賭けるのは……」

 ステラは黙ってる。じっと、みんなの意見を聞いてる。

「でもここで退いたらこの村は壊滅だわ」

「それはわかってるけどよ……慈善事業じゃないぞ」

「それは、そうだけど……」

「マリスはどう思う? やるか退くか」

「論理的には退くべきだろうね、コマが減りすぎたのと報酬面」

「だよな、俺も同じ意見だ」

「でも退くのは正解じゃないと思う」

「退くべきじゃないのか!?」

「報酬の交渉は依頼者と仲介がやること。現場が論ずることじゃない」

「そうは言ったって」

「逆に言えばさっさとやってしまおう。破談になったとしても俺たちはそれを知らされずに討伐してしまった。ギルドには報酬を支払う義務がある」

「そんな博打、勝算あるのかよ」

「気にすることはないさ。レッドバックに対する勝算と同じだから」

 みんな黙ってしまった。

 どうやら呆れたらしい。

「それに、やつはもう里に下りて来る。集落に対する警戒心がなくなった」

 表情は堅くないけど、いつものマリスとは雰囲気が違った。

 これが〝討伐〟っていうことなんだね。

 自分と仲間の命を賭けるんだね。

「放置すれば遠からずこの村はなくなる。そして狩り場が変わる」

 また別のところへ行くってこと?

 そこでまた人を食べるの?

「今はまだ若年、だが移動頃にはおそらく成体……身長約6メートル、3割増しの化け物だ」

 先送りにしたら討伐がもっと大変になるんだね。

 依頼を受ける人がいなくなるかもしれない。

「ステラさん、あんたの意見が聞きたい」

 リーダーに言われて、ステラは僕をなでながら話した。

「司祭様の祝福を賜りながら戦いもせず、金がどうとか言ってノコノコ逃げ帰るのかい」

 みんなの雰囲気が引き締まった。すごいな、司祭様の祝福って。

 僕にとってはとても優しいおじさんなんだけど。

「そうだ、みんな思い出せ!」

「我らみな祝福を賜りここに来た。戦わずに退くなどありえん!」

「御心に従い民を救え!」

「天主様に栄光あれ!!」

「天主様に祈りを捧げ讃えよ!」

 こんな盛り上がりは初めてだから、ちょっと驚いた。

 僕もステラも静かにお祈りするから。

「戦闘屋はみんな血の気が多いねえ」

 ステラは小さく言って、クスクス笑った。

 僕も小さい声で話した。

「ステラはレイドをさせたかったの?」

「2度仕掛けて逃げ帰ったなんて、赤っ恥なんてもんじゃない」

 そうだね、信用問題。仕事もらえなくなりそう。

 マリスの信用を落としたりできないよ。大事な家族だもん。

「お前とあたしがいれば必ず勝てるんだから、みすみす逃げ出すことはないさ」

 逃げた連中はバカだよ、って、人の悪い笑顔。大好き。

 そうだよ、ステラと僕で勝てるんだ。ふたりで雷の魔法を落とせば。

「ただねえ、面子が減っちまって不安なことはある」

「何が心配なの?」

「敵は手強い、必ずケガ人がたくさん出る。それを治さなきゃならない」

「毒も消せるから大丈夫だよ」

「問題は魔力を使うバランスさ」

 そうか、7000ってすごい数字だけど、無限じゃない。

「もちろん治療は大事だ。肝はひとつ、雷魔法にどれだけ回せるか」

「どれくらいいるの?」

「確実に仕留めるには3000は欲しい。ことによったら重力魔法もいるかもしれない。天井が低かったら雷の効果が十分に出ないからね」

 天井に穴、反重力。重力魔法より魔力が必要。

 大変だ、けが人がたくさん出たら雷魔法の威力が足りなくなってしまうかも。

 それに、もし瀕死なんて出たら、回復術士じゃ間に合わない。

 見殺しになんてできない……でも配分が……。

「他にも回復術士はいるけど、毒に対応できるのはお前だけだからね」

 毒を消せるのは、僕だけ。

「一応みんな毒消しは持ってるが、使えるとは限らない」

 麻痺の毒だ。利き手に針が刺さったら使えないかも。

「キースもその毒針にやられたんだよ。厄介な化け物さ」

「キースの仇だ」

 そのキースも来てるんだ。

 一度殺されかけたのにまた来るなんて、ものすごい勇気だと思う。

 だから僕も負けない、絶対。

 次の日の朝、みんなで怪物が出る洞窟の前に集まった。

 様子を見に行った人たちが戻って来た。

「そんなに深い洞窟じゃない。少し歩くとすぐいるぞ」

「天井はどれくらいだい?」

「10メートルはないな、でも外観の傾斜とほぼ同じだから、さほど厚くないと思う」

 やっぱりちょっと足りない。反重力使うことになりそう。

「高低差があるから、射手は上に上がってくれ。補助魔法は遭遇したらすぐに」

 作戦の指示が始まった。

「キースの攻撃補助は連続してかけてくれ。回復術士は陰で待機、順番は臨機応変に。ルイは……」

 ステラが僕をなでながら言った。

「ルイは毒消しと、敵が少しでも弱ったら攻撃だ。遠慮はいらない、ブチかましな」

 そしてみんな少しずつ、洞窟の奥に進んで行った。

 周りに反響して、ゴーって、すごい音がしてる。

 これはいびきだ。寝てるんだ。

 弓を持った人たちが高いところに上がった。

 その気配で魔物が起きた。

 僕はフレイヤ様から頂いた目のおかげで、昔に比べて視覚も色覚も格段に上がってるから、はっきり見える。

 背中の毛が真っ赤な、見るからに獰猛そうな……ゴリラっていうんだったかな、そういう生き物。

 僕の想像の倍以上大きかった。高さ足りない。

 ステラが言った一番好ましくない状況。

 反重力で天井を破らないと、雷魔法の威力が下がる。

 マリスは一歩退いたところにいて、すぐに補助魔法を続けてかけた。

 強い攻撃魔法も使えるんだけど相性が悪いんだって。

 それに補助魔法の使い手が減ってしまったから、配置が換わった。

 キースも攻撃の補助魔法を重ねがけしたから、みんなもっと強くなった。

 冒険者のみんなもバディ連れてるから、魔獣も人数分。

 だけど即席のレイドだからか、魔獣たちが連携できてない。

 僕、魔獣の世話まで手が回らないよ……。

 相手が大きすぎてパニックになったのかわからないけど、合図も出てないのに大型犬がものすごく吠えて飛びかかっていった。

 ビーストに殴られて、見えないくらいの速さで壁に叩きつけられた。

 バディの剣士さんが叫んだけど……ごめんね、たぶん僕は役に立てない……。

 戦闘が始まって、瞬く間に剣士がふたり、払いのけられて飛ばされた。

 毒か相当な重傷以外は他の人に任せる。

 できるだけ魔力は温存。神聖魔法と重力と雷に回す。

 遭遇してはっきりわかった。

 あの化け物にはステラの魔力で雷魔法を使う以外、とどめを刺せない。

 射手がひとり毒を受けてしまったから、すぐ治しに行った。

 治しきらないうちに、剣士がひとり毒を受けた。

 魔物の前に出なきゃいけない。大丈夫なのはわかってても怖いよね。

 すぐに駆けつけて治した。

 これじゃ僕の持ち分なんてあっという間に使い切ってしまう。

 相手は巨体で暴れるし、毒針を撃つし、もうきりがない。

 本当にこれ、弱るの?

 どうしよう、ステラの魔力持ち出し始めてる。

 毒針撃つのやめてよ、想定なんてとっくに超えた。

 ……それより天井だ。

 雷はできるだけ高いところから落としたい。

 ステラの声がした。

「ルイ、天井に穴を空けな! お前ならできる!」

 どれくらいの厚みがあるのかわからない。

 だけどこの状態で雷魔法を出しても効果が低い。

 偵察した人は、そんなに厚くないって言った。

 信じよう。信じるんだ。

 僕にしかできない。

 天井の一点、魔物がいるところの真上を狙って圧力をかけた。

 相手は岩だから厳しいな。

 でも、やるしかない。

 思いっきり圧をかけた。

 バキバキって音がしてきて、岩の欠片が落ち始めた。

 その時、淡い青色の光がビーストの足を包んだ。

 氷魔法だ! かなり強い。

「あんまり長持ちしないだろうから、速攻で頼む!」

 ビーストの両足が氷でガチガチに固まって地面に貼りついてる。

 動かないように足止めしてくれたんだ!

 ありがとう、これでやりやすくなったよ!

「みんな離れろ! 天井に穴が開く!」

 マリスの声で、みんなビーストから離れた。

 少しずつ、少しずつ天井がひび割れて、明かりが射した。

 そして天井に穴が空いた。

 ビーストの頭のてっぺんに光が当たってる。

 ここが急所だって、お日様が射してる。

 今、ステラの魔力がどれくらい残ってるのかわからない。

 ごめんねステラ。全部もらうよ。

 ステラの魔力をありったけ引っ張って、上空から雷を落とした。

 悲鳴も何も聞こえなくて、ただそのまま膝から崩れて、ビーストは倒れた。

 みんななんとか無事だったけど、ステラは倒れて意識がなかった。

 お願いステラ、無事でいて……。

 そして僕もそのまま倒れてしまった。

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