第13話 魔力移動


「お前はやっぱりこれで成獣なのかもしれないねえ」

 秤に乗せられても体重はここに来た時と変わらない。

 ご飯はしっかり食べてるし、ミルクもたくさん飲むのになあ。

「魔力は順調に上がってるから、育たなくても問題ないけどね」

「ステラはいくつ魔力があるの?」

「あたしかい、5500だ」

 うん……頑張って練習するけどさ。

 その数字聞いたらさ……気が遠くなって。

 僕、まだそんなにたくさんないよ。

 もっと訓練しないと強くなれないな。

 そういえばあの、ホーンラビットっていうの。

 市内の人がこっそり飼ってたのが逃げ出したんだって。

 森が好きだから逃げ込んだみたい。

 硬い角と毒の牙を持ってるから飼育禁止で、狩りの獲物しか売り買いできないって。

 それが人づてにわかってステラはカンカン。

 犯人は逃げ切れないって諦めて、警察に行く前にお詫びに来た。

「うちの敷地だったからいいけど、一般市民が襲われたらどうするんだい!!」

 ほんと、怒るとものすごく怖いな、ステラ。

 犯人はリザと僕に討伐のご褒美だって、たくさんの干し肉をくれた。

『美味しいけど食べにくいね』

 寝転がって干し肉をかじっていたら、リザが言った。

『そこがいいのよ、干し肉は』

『味が濃くて美味しいのは確かだけど』

『こういうおやつは気長に楽しむのよ』

『たくさんあるから、いつ食べきれるかわからないね』

『あなた成長遅いんだから、たくさん食べなさいね』

『やっぱり体が小さいと魔力は増えにくいのかな?』

『あなたは特殊だから見当つかないわ』

『ステラはこれ以上大きくならないかもって言ってる』

『それで成獣だったら、ずっと子猫みたいで可愛いじゃない?』

 冷やかさないでよ。

 みんなが寝静まってから、フレイヤ様にお訊ねした。

「フレイヤ様、僕はどうして大きくならないんですか?」

「見かけの大きさは変わらないわ。時間という流れから降りた存在だから、肉体的な変異は起きないの」

「体力や魔力はもっと増やせますか? フレイヤ様からたくさんの魔法を頂いたけど、まだちゃんと使えないんです」

「心配いらないわ、ちゃんと増えるから安心なさい」

 増えるらしい。安心した。

 フレイヤ様がおっしゃった通り、僕の体力と魔力は増えていった。

「お前、こんなちっちゃい体のどこに魔力をためているんだろうねえ」

 そう言ってステラは僕の頭をなでた。

 猫だから身は軽いんだけど、子猫だから移動距離は稼げないし高く飛べない。

 体を使うことは苦手。

 これも訓練しかない。何もしないよりまし。

 おかげで毎日忙しい。

 運動するし魔法の訓練もあるし。

 忙しくて、すごく疲れる。

 魔力もだけど、体力つけなきゃ……。

 晩ご飯を食べてカゴの中にいたら、窓から嫌な音がした。

 雲がゴロゴロ鳴ってる。

 急に大雨が降り出して、ステラが窓を開けて外を見た。

「大変だ、聖堂の近くじゃないか」

 マリスもステラの後ろから身を乗り出してる。

「ほんとだ、けっこう大きい」

「聖堂に落ちたりしたら大変だ。うまくかわせないかねえ」

「雷魔法使いは討伐に便利だから、何人残ってるかな……」

「Aランクあたりが10人ほどもいればねえ」

「Eランクあたりが30人なら集まるかもね」

「一瞬で全滅だ」

 ……雷って『かわせる』の?

 それってどういう意味なんだろう?

 うーん……雷は必ず高いところに落ちるわけじゃない。

 杭を外れて地面に落ちることもある。

 ビリビリ痺れて動けなくなるってリザが言ってたけど。

 リビングに来たリザに訊いた。

『聖堂って何?』

『聖職者がいるところよ。天主様の代理人ね」

『天主様って?』

『一番偉い神様』

 一番偉い?

 フレイヤ様より偉いの?

 すごい。

「討伐に行くパーティは出かける前に聖堂で祝福を受けるのよ』

『雷で壊れたら祝福を授かれなくなるんだ』

『とはいっても、あたしたちにはどうにもできないわ』

 かわす……かわす……別の方向に向けるってこと?

『僕、できるかも!』

 開いた窓から外に飛び出した。

「あっ、ルイ、どこに行くんだい、お待ち!」

 僕は黒いからすぐに闇に紛れてしまう。

 夜目も利くからスピードは落ちない。

 雨が強くて道がぬかるんで走りにくいけど、頑張って訓練場に来た。

 ここに雷の柱を立てたら、つられて来ないかな。

 ——誘導すればいい?

 落ちそうな時に合わせて雷を出せばいいんじゃないかな。

 ずいぶん高くしないとダメかな。

 できるかな?

 だけど何もできないわけじゃないし、結界があるから大丈夫だ。

 それにクレアが僕の雷魔法はわりと強いって言ってた。

 杭に僕の雷を立てて、大きな雷をこっちに引っ張る。

 じっと雲の様子を見る。稲光が走って、大きな音がする。

 でもこれは聖堂に落ちそうな雷じゃない。

 きっと、もうすぐ来る……。

 バシャバシャ足音がして、ステラの声がした。

「おやめ、ルイ! うちの中にお入り!」

「ダメよルイ! 自然の雷は魔法の雷よりはるかに強いのよ!」

 来る!

 大きな雷の柱が欲しい。

 この杭の上に大きな雷を引き落として、聖堂を守るんだ。

 どこまでやれるかわからない。

 けど、できるだけ大きな雷の柱を作る。

 杭の上に大きな柱が立つのを頭の中に思い浮かべた。

 じっと杭の先を見つめて、魔力を全部集中させた。

 柱は出た。上に伸びてバチバチ爆ぜてる。

 でも高さが足りない……もっと大きな柱、もっと、もっと大きな柱!

 集中して念じたら柱がぐんと伸びた。

 はるか遠く、見上げるくらい大きな雷の柱。

 そして空から落雷が来た。

 ものすごい音と光と衝撃が走って、僕は飛ばされてしまった。

 守られてるから痛くないけど、地面を跳ねて転がって目が回った。

 追いかけてきたみんなも転がってしまった。

 ——大変だ、森に火がついた。

 雷って燃えるの!?

 どうしよう、僕、ほとんど魔力残ってない……。

「みんな動かないで!」

 クレアの声がして、まるで川を切り取ったみたいな大量の水が落ちてきた。

 降ってきたんじゃなくて、落ちてきた。

 あんまり勢いがすごくて、僕は流されかけて転がって、リザが捕まえてくれた。

 火が全部消えてる。

 何? このすごい水、どこから来たの?

「もう、やんちゃなんだから……困った子ね、ルイ」

 うん……本当にクレアの水魔法、怖い。

 どこからこんなものすごい量の水を出すんだろう……?

「お母さん、大丈夫!?」

 地面に手と膝をついて立ち上がれないステラにマリスが声をかけた。

「……大丈夫じゃ、ない……」

「火傷でも!?」

「いや……急に魔力が抜けた……立てない」

「え…………だってお母さんは何も……」

「ルイが、あたしの魔力を使ったんだ……そうとしか思えないよ」

「そんなバカな」

「いくら強くなってきたからって、あの子ひとりで自然の雷を引っ張れるわけないだろう」

「——メチャクチャだ、こいつ」

「やっとわかった……魔力移動ってのは、これだ……契約者の魔力を引っ張れるんだ」

「うちなんか一瞬で吹き飛ばされるな」

「みんな早く家に戻って、お風呂の準備の間に温かいスープを飲んでね」

「ああ、お母さんが風邪なんかひいたら大変だ」

 マリスがステラを抱き上げて家に向かった。

 同じく魔力切れの僕はリザの背中に乗せられて運ばれた。

『あなた、よくあんな柱作れたわね』

『詳しいことはわからないけど」

『そういえばステラが魔力切れみたいだけど、どうしたのかしら』

『僕が……ステラの魔力を勝手に使っちゃったみたいなんだ』

『えーっ! 魔力泥棒!?』

『ひどいなあ……僕だってそんなことになると思ってなかったのに……』

 他にマリスもクレアもいたのに、僕が使ったのはステラの魔力。

 うん、これはちょっと使いたくないね。ステラが可哀想だ。

 次の日、僕はまだフラフラしてた。

 温かいミルクを飲んだら少し元気になった。

 軟らかく煮てほぐしたご飯をもらって、カゴの中で休んでた。

「動かしても大丈夫かな、ルイ。お母さんが呼んでる」

 マリスに抱き上げられて、ステラの寝室に行った。

 ベッドにいて体を起こしていたステラが手招きした。

 マリスは僕をステラの膝に置いた。

 マリスが部屋を出て行くと、ステラはクスクス笑った。

「さてさて、どうしたらいいんだろうねえ、この子は」

「ごめんねステラ。こんなことになるなんて思わなかったんだ」

「聖堂は無事だった、そこはお前の手柄だ。でも」

「……うん」

「代わりにヴァルターシュタイン家を丸焼けにするところだったよ」

「ほんとにごめん……雷が燃えるの知らなかったんだ」

「そりゃ、普通の子猫は知らないさ。しょうがない」

「僕は勝手にステラの魔力使っちゃったの?」

「そうだよ。お前は契約者の魔力を引き出して使うことができる」

 やっぱりそうなんだ。

「だから自分の魔力を超えた強い魔法が使えるんだ」

「僕はステラの魔力を勝手に使ったりしたくないよ」

「必要な時は使っていいんだよ」

「でもステラが倒れちゃうよ」

「あたしが使えない魔法が必要なことがあったらどうするね?」

 それは…………。

「お前の魔法が優先だ。他人様のためになる」

「……うん」

「でも、加減は覚えなきゃダメだね。気を失いそうになるからね」

「ちゃんと覚えるよ。動けなくなったステラなんて見たくない」

「いい子だ、ルイ。体は大きくならなくても、お前はもう立派な魔獣だ」

「ほんと? ちゃんとできた?」

「ああ、お前は聖堂を守ったんだ、誰にもできないことだ」

「僕、もっと頑張る。みんなを守りたいんだ」

「お前はあたしの生きがいだ。ありがたい、フレイヤ様がくださった果報だ」

「うん、僕をこの家の前に置いてくださったんだ」

「フレイヤ様、わがヴァルターシュタイン家にこの子をお導きくださりましたこと、心から御礼申し上げます」

「僕はこの家の子になるの?」

「お前はいつだって自由だよと言ったじゃないか」

「うん……」

「誰かと契約したって嫌になったら強制解除すりゃいい」

 そういえばそんなスキルあった。

 使ったことがないから、意識から外れてる。

「フレイヤ様が自由を授けてくださったのだから、何にも縛られないよ」

 自由……それって、何なんだろう?

「お前は何も恐れず、ずっと生きていけるんだ」

「……ステラは?」

「あたしゃいつ死んでもおかしくないよ」

「いなくなるの!?」

「そうだよ、天に召されるか地獄に堕ちるか……お決めになるのは天主様だ」

 僕は何も言えなくなった。

 普通はそうなんだ。僕も以前はそうだった。

 実際に殺された。

 でも今の僕は違う。

 どれほど、誰と、仲良くなっても……みんなに置いて行かれる——。

「ルイ、きっと辛いことが何度もあるよ」

 うん……何となくわかってきた。

「だけど、絶望だけはしちゃダメだよ。必ず前を向くんだ」

「前……」

「例え不死でも過ぎ去ったところには戻れない。だから前だけを見るんだ」

「思い出は? 全部忘れないとダメなの?」

「楽しい思い出は大切におし。でも前を向く。これは絶対に忘れちゃいけないよ」

 ステラが言うなら、これは正しいことなんだ。

 前だけ見よう。

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