第14話 初めてのお出かけ


「この子全然育たないなあ、心配だ」

 マリスはそう言って、僕のステータスを見ようとしたけど。

 残念、見せてあげないよ。

 契約した人しか見られないようにした。

 ステラがかけてくれたんだ、ステータスロック。

 たくさん魔法を持ち過ぎてるから、他の人に秘密にするんだって。

「あれ? ステータスにノイズが入……お母さんの仕業だね?」

「ルイなら今、DとCの間くらいだね」

 お茶を飲みながらステラが言って、マリスはちょっとうなった。

「見かけからはまったく信じられない、すごいな」

「すごいに決まってるじゃないか。さすがコールサルトだよ」

「でもこの体じゃ現場は危ないよなあ……」

 お茶を飲みかけてた手を止めて、ステラが少し強くマリスに言った。

「訓練課程をやってない子をどこに連れて行く気なんだい。魔獣保護法違反なんか、うちから出すわけにゃいかないね」

 気まずそうに黙っちゃったマリス。

「この子が最初に行くのは薬草採り」

 ステラは回復術士だもんね。

「リザと一緒に散歩がてらだ。ローロー草が少なくなってきた」

 マリスは僕をどこに連れて行きたいんだろ?

 現場は危ないって言ったから……討伐?

 誰かが殺されるところなんて見たくないな。

 僕は1度殺されてるから、その怖さも痛みも知ってる。

 体が凍りつくように恐ろしい。

 痛みと恐怖でどれだけ叫んだか覚えてない。

 あんな思いはしたくない。見たくない。

 結界があっても、目の前に刃物を出されたら体がすくむよ。

「そうだ、明日行こう。薬草を採って、ついでに買い物に行こう」

 買い物って何?

「そうと決まれば明日は早起きだ。日の出に出かけるからね」

 うわあ、日の出なんて寝直す合図だよ。

 出た先で昼寝なんてできないだろうし、体力使いそう。

 歩きながら寝ないようにしないと。

 ステラはさっさと決めてさっさと動く。

 まだ暗いうちに起こされた。

「ルイは外に出るのは初めてだ、はぐれないようにするんだよ」

 はぐれないようにって言われても、僕は子猫だよ!

「あたしもリザもゆっくり歩くから。置いていかないよ、大丈夫」

『リザー、背中に乗せてよー』

『ダーメ。自分の足で歩かない散歩なんて邪道だわ。久々の遠出、満喫するわよ』

『仕事じゃなくて?』

『犬にとって散歩は最高の楽しみ。たまに嫌いな子もいるみたいだけど」

 散歩は犬の仕事だと思ってたら、遊びだったんだ。

『みんな歩いてるもんね。僕の世界でもそうだった』

「薬草採りなんて宝探しもできるんだもの、大好きよ』

『宝探しはしてなかったみたいだけど、雨の日でもコートを着て歩いてたよ』

『犬がコートを着るの?』

『飼い主……バディが着せるんだ。たぶん、濡れないように』

『万一の時、動きにくくないのかしら』

『うん……僕がいたところの犬は、ほとんど戦わなかったと思うから』

『え? どうやって生活してるのよ』

『わからない。でも猫は仕事してなかったよ』

『何して生活してたのよ』

『えっと……バディにご飯もらって、遊んで寝て、夜は近所の仲間と会議』

『退屈で死にそうだわ……あたし魔獣でよかった』

 この世界では人間も動物もみんな働き者だ。

 魔力のない動物は、前の世界と同じような日々みたいだけど。

 そして外に出て初めて、この家はすごく大きいって気づいた。

 3階建てで横に長くて窓がたくさんあって……本当に大きい。

 中しか知らないから、大きさなんて考えなかったよ。

 歩いて家の裏の草原に行った。

 草の背丈が僕より長くて前が見えない。

 気配を消して隠密作戦できるかも。

「あらら、ルイはすっかり隠れちまったね」

 笑わないでよステラ。僕、前が見えないよ。

「あまり遠くに行くんじゃないよ」

 どこが遠くかわからないー。

「ローロー草があったら、ちょっと渋いけど茎を切って持っておいで」

 枯れ草っぽくて渋い感じの匂い、一応覚えてるつもりだけど。

『リザ、競争しよう』

『あたしの圧勝よ。年は取ったけど国内一の鼻なんだから』

 負けないぞって頑張ったけど、全然無理。

 やっぱりリザはすごいよ、僕が3本探す間に25本も採るんだ。

 あと2本をふたりで探して、30本。

 大きな木の下で待ってたステラが僕らを褒めてくれた。

「よくやったお前たち。ここにおすわり、チーズをあげるよ」

 チーズ大好き。リザもチーズが好き。一緒に食べると美味しい。

 同じチーズじゃないけどね。

 リザは体も牙も大きいし、僕は体も歯も小さいから、違うチーズ。

 おやつはいつも硬めのチーズとか干し肉とか。

 柔らかいものばかりじゃ顎が強くならないからだって。

 ご飯は、僕が育たないからかな、クレアはいつも柔らかいのをくれる。

 美味しいけど顎は強くならないな、ご飯。

 でもクレアは優しいし、可愛がってくれるから大好き。

 水魔法がすごすぎて怖いけど、でもすごく優しい。

 訓練の時以外は。

 バレルが相変わらずで。悩みの種。

 気に入らないとすぐ大声で泣く。

 主に兄弟の上下関係。

 いつもマリスにお説教されてる。

 ロランは僕をすごく可愛がってくれるよ。

 僕の命を賭けて、って言ったのをしっかり覚えてる。

 ひと休みしたら、ステラが歩き出して、僕たちはついていく。

 ステラは肩に斜めにかけてたカバンに草を入れた。

 そして家の前にいた馬車に乗って行く。

「昔は中心街の真ん中に家があったんだ」

「引越したんだね」

「あたしが回復術士になったからね」

「回復術士で引越なの?」

「薬草を採りやすいようにって、亭主がこっちに家を建ててくれたのさ」

「ステラのために引っ越ししたんだ」

「無骨だったけど優しい人だったよ」

 シティの中心からちょっと離れた市場に行った。

 建物が並んでる。みんな5階建てくらい。

 僕がいたのとは別世界。空に届きそうな建物とか全然ない。

 素朴? な建物ばかり。道は舗装されてない。石畳っていうんだっけ。

 でも建物が通り沿いにピッタリ並んでる光景、ちょっと懐かしい。

 昔。アパルトマンの隙間を通って会議に行ったな。

 行き交う女の人の髪型もシンプル。

 僕がいた世界とは全然違う。

 色鮮やかで華やかで個性的でなんて服は誰も着てない。

 髪も短いか、まとめてるか、頭の上に結っておくとか。

 フワフワもクルクルもない。

 あってもくせ毛。

 本当に違う世界なんだ。

「オーリ、いつものチーズをおくれ」

 露店を出してるおじさんにステラが声をかけた。

「久しぶりだね、おばさん。元気だったかい?」

「ああ、お陰様でね、嫌われ者ほど長生きさ」

「リザも元気そ……ん?」

 おじさんは身を乗り出してリザの足下を見た。

「お、噂の黒猫だね。おばさんが育ててるの?」

「噂? 誰だいそんなこと言」

「情報源は秘密」

「まったく……今日初めて敷地から出た箱入り息子だよ」

「ほんとに目が青いんだあ……変異種?」

「そうだと思うが、詳しいことはわからないねえ」

「ショップでステータス見て買ったんでしょ」

「野良猫だったんだ。どこにも履歴がなくてさ」

「野良猫ぉ!? 黒猫が野良とかありえねえって」

「それにしてもどうだい、姿形も美しいし、この毛艶も素晴らしいだろう?」

「うんうん、なかなかの美形じゃん」

「座った時両の前足にかかるしっぽが可愛くてさあ」

「ベタ惚れだね、おばさん。確かに綺麗な子だ。性格もよさそうだね」

「もちろんだ、この子は特別なのさ」

「ロランのバディになるのかな?」

「気の早いことをお言いでないよ。ありゃまだ6才の坊主だ」

「末はヴァルターシュタインの当主じゃないか」

「あんたのチーズ屋を継ぐかもしれないだろ」

「またそういう悪態つくんだから。娘は誰にもやらないよ」

「それに、バディはお互いに意思がなくちゃ組めないからね」

「ああ、決定権は魔獣が持ってるっていうね」

「もしあの子が欲しがってもルイがそっぽを向いたらそれまでさ」

「ルイっていうのか。ほら、こっちに来な。うまいチーズをやるよ」

「さっきあげたばかりだよ」

「いいじゃないか、育ち盛りの子猫だ」

 そう言って、おじさんは切ったチーズをお皿に載せてくれた。

「ほら、リザも食べな、たまには柔らかいのもうまいぞ」

 柔らかくてなめらかなチーズ。初めてリザと同じものを食べた。

『たまに食べると柔らかいチーズも美味しいわね。クリーミー』

『うん、美味しい。これは硬めのチーズとは違う味の濃さだね』

『ステラにおねだりしてみたら?』

 おねだりしたら買ってくれるかな。

 しっぽを揺らしてステラの脚に体をこすりつけてみた。

 頭をなでてくれて、言った。

「やれやれ、こりゃリザの入れ知恵だろう? 困った子たちだよ」

 でも笑ってる。

「しょうがない、このクリームチーズもおくれ」

「毎度あり」

 ステラが開けたバッグにおじさんがチーズを入れようとしてる。

 無理でしょって思ったけど、全部入った。

 ぽかんとしてる僕の頭をなでて、ステラが笑った。

「マジックバッグっていうんだ。魔術師はみんな持ってるよ。何だって入る」

 それから野菜や果物を売ってる露店にも。

 リザは果物をもらった。僕は肉食だから野菜や果物は食べない。

「ごめんよルイ、うちにはお前が食べられるものはなくてさ」

「気にしないでおくれ、さっきチーズをもらったばかりなんだ」

「青い目の黒猫なんて、特別な力がありそうじゃないか、ステラさん。どうなの?」

「まだまだ子猫だ、わからないことばかりでね」

 ステラ、嘘ついた。

 何か所かに寄って買い物をして、ステラは手ぶらのまま歩いてる。

 本当に買い物全部カバンに入ってしまったし、全然重くなさそう。

 不思議なカバン。

 みんな、すれ違う時に僕を見てる。

 見てるけど勝手に触ろうとはしない。

 子どもが何人か寄って来た。

「ステラ! ねえステラ、子猫に触ってもいい?」

「優しくね。強くすると嫌がるから、そっとだよ」

 子どもたちは順番に、優しく僕をなでてくれた。

「すごいね、本当に目が青いんだね」

「スベスベして可愛い!」

「ほんとに真っ黒だ。すごい」

「この子名前あるの?」

「もちろんさ。ルイっていうんだ、よろしくしてやっておくれ」

「誰のバディなの?」

「仮契約。まだ子猫だからねえ。そのうち誰かのバディになるかもね」

「黒猫は魔法が使えるんだよね?」

「まだわからないけど、たぶんね」

 あ。またごまかした。ステラの嘘つき。

 買い物が終わって待たせてた馬車に向かった。

 そしたら木陰に大きな蜂の群れがいて、こっちに向かってきた。

 危ない! みんな刺されちゃう!

 とっさにファイヤーブレスを出そうとした。

 でもステラが上着の内ポケットから杖を出して、蜂の群れを囲うように円を描いた。

 あっという間に蜂が全部落ちてしまった。

「殺したの?」

「眠らせただけだよ。生き物はむやみに殺しちゃいけない」

 ステラ、すごい。こんな魔法を使うところは滅多に見ないから。

『ステラはね、魔法と薬草でどんな生き物も診てあげる回復術士なの』

『どんな生き物も? 今の蜂も?」

『治せるわよ。遠くの町からも訪ねて来る患者がいるわ』

『すごい、虫も治すんだ。初めて聞いたよ』

『とっても尊敬されているのよ』

「じゃあステラのバディのリザもすごいんだね」

「何言ってるの、あなたのことが公になったら魔獣界隈は大騒ぎよ」

 そう言ってリザはクスクス笑ったけど。

 大騒ぎってどういうことだろう?

 僕は今のまま、ステラやリザやキースや……みんなとずっと暮らしていたいな。

 そんなこと、叶わないのはわかってるけど。

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