第11話 超・猛特訓


 クレア、優しい笑顔。

 ……でも、やらせることは猛烈に厳しい。

 僕は死なないけど、でも死んじゃうんじゃないかなって思うほど厳しい。

 笑顔だからよけい怖い。

 そして、優しく微笑んで、火魔法で自分の腕を焼いちゃって。

「神聖魔法で治してね?」

 って、この人おかしいよ!

 もう必死で治すよ。

 神聖魔法って、対象が死んでない限り治せる、特別な魔法らしい。

 呪いとかも解けるみたいだけど、レベル高くないと無理だって。

 そもそも機会が少ないからレベル上がりにくいみたいだけど。

「まずは使いやすいものからレベルを上げていきましょうね」

 って、脚焼かないで!

 魔力と精神が削られて、僕もう泣きそう。

 なのにステラは笑ってるし。

「確かに使えるもんから伸ばすってのは理に適ってるね」

「だからって、笑顔で自分を焼かないでよ!」

「まあ、あの子らしいっちゃあ、らしいやり方だ」

「どういう人なの、クレアって」

「普通は8年かかる魔術学校を5年で卒業しちまった天才でね」

 なんだかすごいみたいだぞ。

「戦闘魔術師になって、もうあっという間に出世してさ」

 戦闘魔術師だったんだ……。

 マリスみたいに、ときどき傷だらけで帰ってきたり……ああいう仕事……。

「〝微笑みのクレア〟って二つ名がついた凄腕だったのさ」

 うん、わかるなあ、わかるよ、微笑みのクレア。

「さ、休憩は終わり。じゃんじゃん運動おし」

 ステラは定位置の切り株に座ってて、僕は訓練場を駆け回る。

 体力がいる魔法もあるから、体を鍛えなさいって。

 楽だよ、すっごく楽。

 走るのものすごく楽しい。以前より楽しい。

 ……魔法の訓練。怖い!

 でもクレアが来て、僕は抱っこされて魔法の訓練場に行くんだ……。

 イメージ、実践。

 イメージ、実践。

 イメージ、実践。

 イメージ、実践。

 イメージ、実践。

 イメージ、実せ——。

「ちゃんと見て、感じて、イメージを覚えて」

 火とか氷とか雷とか風とか、何かもうとにかく全部怖いんだけど!

 でも頑張らなくちゃ。しっかり覚えなくちゃ。

 フレイヤ様がくださった〝力〟なんだ。

 せっかく頂いたのに使えないなんて絶対言っちゃダメだ。

 ついでだからって、クレアはロランを連れてきて、僕の訓練を見せてる。

 まだ6才なのに動じてない!

 僕より圧倒的にメンタル強い!

「ロランにはときどきこうして見学させるの。戦闘魔術師になるにはどれくらいの魔法が必要か、実際に見た方がわかるでしょ?」

 ロラン、やっぱり戦闘魔術師になるの?

 ああ、そうだ、マリスの跡継ぎだった……なるんだ、クレアみたいに……。

「じゃあもう一度雷魔法」

 クレアが見せるお手本に合わせてやるんだけど、僕のは全然ヘナチョコ。

「慣れてないだけで筋はいいのよね。やっぱりコールサルトは違うわ」

 クレア、楽しそう。

 ひと休みの時間、僕はグッタリ横たわる。

 蹴らないでね、一応生きてるんだ。

 一応ね。

「おかあさま、ルイはまほうがつかえるんですね」

「もっと強くなるわ。こんなものじゃなくてよ。この子は世界一の魔獣」

「せかいいち、ですか? フレイヤさまのけんぞくだから?」

「そうかもしれないわね」黒いのは元々かもしれないけれど、授かった魔法はとってもすごいの。今はもうEランクの魔術師と同じくらい。すぐにでも現場で使えるほど」

「すごい……ルイはぼくのともだちのおにいさんと、おなじくらいなんだ」

 何か、実は僕、すごい?

 クレアの魔法しか見てないから、自信ゼロだったんだけど。

 少しはすごいのかな?

 何かちょっとやる気が出てきた。

 フレイヤ様、僕、必ずご期待に添いますから!

 もう、どんなにしごかれたって平気だ。

 倒れそうなくらい訓練して、家に帰るとクレアはいつものクレアになる。

 優しい笑顔で疲れた僕にミルクをくれる。

 この訓練後のミルクが美味しいったら!

「ずいぶん一生懸命舐めてるねえ。美味しいかい?」

 ものすごく美味しいよ、ステラ。

「クレア、この子のレベルはどれくらいなんだい?」

「そうですわね……平均するとEランク相当、少し上かもしれませんわ」

「一番得意なのは?」

「神聖魔法です」

 ニッコリと笑顔。

 ステラは肩をすくめて。

「雷魔法も案外得意な方かも。風魔法はまだ使いこなせませんけど、レザークローが強いですわ」

「ほう、魔法本体より属性物理攻撃の方が得意なのかい」

「猫ですから、引っかくのが得意なのかもしれませんね」

「それもそうだ」

 って、ふたりで笑ってる。

「火魔法はファイヤーブレスで、力はついてきましたけど、まだ体力が足りないと思います。衝撃魔法もショックブレスの方が得意です。これも体力を使いますわ」

「それはあたしに任せな。氷は?」

「アイスブレスは苦手ですね……寒がって縮こまってしまって」

 ステラは大笑い。

「言われてみりゃ、そうさねえ、猫は寒いのが嫌いだ」

「ブレスより、遠隔氷結の方がよさそうに思います」

「教えてやれそうかい?」

「何とか頑張ってみますわ」

「そうか、教えてやる方ができなきゃ教えられないね」

 ステラはまた大笑いで、クレアはちょっぴり苦笑。

「この年になってまた実習なんて、考えてもみませんでしたわ」

「なるほど、水と氷じゃ相性が近くて両方あっても使い勝手が悪いしね」

「私はやっぱり水と相性がいいです」

「マリスが震えてたよ。クレアが通った後には魔物の溺死体しか残らないって」

「まあ……私、そんなに凶悪ではありませんわ」

「アクアボールは本当にすごいね。力がいらないから女向きだしね」

 何だか、すごく怖い話をしてるみたい……。

 ミルクを飲み終わったら、ステラの後について行って部屋。

 他の人がいるところでは話さないことにしてるんだ。

 化け物だと思われるのも嫌だしさ。

「ね、ステラ、アクアボールって強いの?」

「お前は水魔法がないから使えないけどね、ありゃあ怖い」

「どんなふうに?」

「大きな水のボールで敵を包むのさ。敵は溺れて死んじまう。包むだけだ、楽なもんさ。ただし、水魔法のレベルが相当高くないと使えないよ。ま、天才の技だ」

 水魔法と氷魔法を取り替えられないだろうか……アイスブレス出すと一気に周囲が冷え切って辛い。

 いやいや、頂いたものに文句を言っちゃいけない。

 猫は水が苦手だから水魔法を避けてくださったんだ。

「今日はロランが見学に来たんだ。僕が魔法使うからビックリしてた」

「強い魔法をしっかり見て、感じて、イメージを覚える。大事なことだよ」

「バレルは来なかった」

「親の魔法は長男しか見られないよ。そういうしきたりさ」

「ロランだけ?」

「そうだよ、この家の決まりなのさ。長男だけが全部継ぐんだ——その代わり、背負うものも並外れて重い」

「どういうこと?」

「当主は平均寿命が短いんだ。何でかわかるかい?」

「……戦うから?」

「その通り。他の奴らが逃げ出すような魔物にこそ、当主は立ち向かっていかなきゃならない。だから戦死率が高いのさ。平均寿命は30才だ」

「さんじゅっさい!?」

 前の世界のお父さんは38才だったよ!

 若いのに死んじゃうかもしれないんだ……。

「あたしの亭主も名誉の戦死さ」

 目を伏せたステラ。

「マリスはあたしをお母さんって呼ぶけどね、本当は祖母、おばあちゃんなんだ」

「うん……リザに聞いたよ」

「息子はマリスが産まれて10日でさあ、やっと産まれた子どもの顔も見ないで召されちまった……マリスは肖像画でしか父親を知らないんだ。母親もせがれを追っかけるみたいに逝っちまった」

「大変なんだね、当主って……」

「ああ。ロランにとっちゃあハズレくじだろう」

 たった20分差で、次の当主はロランになった。

「お前にしか言えないけどね……」

 深く息をついて、ステラはほんのちょっと笑った。

 何だか少し悲しそう。

「あたしはねえ、ときどき思うんだよ——この家がなくなったら、マリスもロランもバレルも平穏に暮らせるのかな、とかね」

 ヴァルターシュタイン家をすごく大事にしてるステラ。

 そんなことも考えるの?

「亭主の死体が帰って来た時、絶対泣かなかった。だけど部屋に入ってひとりになって、目が潰れるほど泣いた。息子の時もね。あんな思い、クレアにはさせたくないよ……亭主、いくつだったと思う? 25だよ。あたしは24で未亡人さ」

 強いね、ステラは。

 とっても強い。

 僕もステラみたいに強くなれるかな。

「ロランも戦場に行かずに済むかもしれない、なんてね……あたしゃバカだねえ」

「普通だよ、ステラ」

「……そうかねえ」

「そうだよ。僕はみんな大好きだから、いなくなったり泣いたりしてほしくないよ」

「でも、亭主やせがれが守ったこの家と当主の誇り、これは絶対なくせない。ハズレくじでも引いてもらわなくちゃならない。この家の長男に生まれついた運命だ」

 うん、そういうステラの方がいい。

「さてと、リザ、おいで。散歩をしよう」

 リザは大喜びでステラと一緒に出かけていった。

 僕は……フレイヤ様が祝福を授けられたこの家を守りたいよ。

 僕に命を賭けてくれたロランを絶対守りたいよ。

 マリスもクレアも絶対守りたいよ。

 僕は、強い魔獣になる。

 ……クレアの訓練、怖いけど……。

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