第10話 教育方針会議

「フレイヤ様のご降臨!?」

「ルイが、神聖魔法を使って……それがトリガーだったらしくて、ステータスロックが解けて……その直後ですわ」

 普段全然驚かないステラが。腰を抜かしそうになった。

「そ、それで、何かお言葉を賜ったのかい?」

「はい、ロランとこの家の者に祝福を。ロランを正しい子とお呼びになって」

「……何てもったいない……」

「ただ……」

 クレアの顔が、今にも泣きそう。

「眷族を足蹴にした者には罰を与えると」

「……なんてこった」

 ステラの予感、早々に的中してしまった。

「どうしましょう、お義母様……ロランはお許しを乞わなかったのですけど」

「当たり前だ。すべて御心にお任せする。神様に盾突くなんて許されないさ。ロランの判断は正しかったんだ」

「でも……神罰なんて……いったいどんなことに……」

「あたしにもわからないよ。ただ、罰が下された、それは消せないんだ」

 そして疲れちゃってソファに座ってるロランに声をかけた。

「ちゃんとフレイヤ様にご挨拶できたって?」

「いっしょうけんめいだったから……おぼえていません……」

「はっはっは、正直だね。いいことだ」

「でも、いのちにかけてっていったのは……おぼえています」

「ん、立派だ。それでこそヴァルターシュタイン家を継ぐにふさわしい」

 そして絨毯に座り込んで、ソファの陰に隠れたみたいにしてたバレルにも声をかけた。

「どんなことになるのか見当もつかないが、お前さんは神罰を受けちまったよ。動物を蹴ろうなんてバカなことをしたお前自身の罪だ。どんな罰でもちゃんと受けな」

「いやだよ……なんでぼくだけいじめられるんだよ」

「バカをお言いじゃないよ……まあ、これくらいの子どもじゃ仕方ないね。いずれ意味がわかるだろう」

 そして2日後、マリスとキースが仕事を終えて帰って来た。

「フレイヤ様のご降臨!?」

 ステラとおんなじ反応。

 親子だ。

 でも、マリスの方が本当に腰が抜けそう。

「そうか、ロランはしっかりご挨拶ができたんだな……失礼がなくてよかった。それにしても、ルイをお導きくださった上に祝福まで賜るとは光栄の極みだ」

 バレルのことは何も言わなかった。

 まあ、今さら言っても無駄だけど。

 フレイヤ様、お怒りだったもん。

 そしてリビングで、みんな集まって改めて僕のステータスを見てる。

 僕の上にテレビがあって家族で視てるみたい。

 変な感じ。

「土魔法と水魔法の代わりに重力と転移が入っているのかな」

「この子は力がないし小さくて移動距離が短いからかもだねえ」

「でも、どちらも使い勝手がいいですし、応用も利きますわ」

「それより神聖魔法だ。高位の聖職者とわずかな回復術士しか持っていない特殊魔法だぞ。こんなとんでもないものを魔獣が持ってるなんて、ありえん」

「あなた、フレイヤ様の眷族なのよ、何を持っていても不思議はないわ」

「実は、あんたたちには言ってなかったけどね」

「何です、お母さん」

「ルイはコールサルトなんだ。フレイヤ様がそう仰せだったらしい」

 リビングがしーんとした。

「——まあ、何にせよ、今までと何も変わるわけじゃないけどね」

 マリスはそう言って僕を小さく招いた。

「おいで、ルイ」

 飛んで行って膝に乗ったら、指先で鼻筋をなでてくれた。

「ロランが命を賭けてお誓いしたんだ、ヴァルターシュタイン家はお前を裏切らないよ。眷族でも、コールサルトでも、今まで通り家族だ」

「ルイには、ぼくたちのはなしがわかっているんですか?」

「実はわかっているのかもしれんぞ〜? お前もうかつなことを言うと、フレイヤ様に筒抜けだ」

「しません! ぼくは、おちかいしたから、やくそくをやぶりません」

 マリスは大きな手でロランの頭をくしゃくしゃになでてる。

「ん。これで私もいつ命を落としても後顧の憂いはない」

「やめんかいマリス、こんな小さな双子を残して死なれちゃクレアが大変だよ。そんな苦労をかけちゃ、ケミカリ家に申し訳が立たないじゃないか」

「すみません、お母さん。軽口でした」

「まあ、この子らが成人したら親の務めは終わりだけどね」

「あと12年、絶対に死ねないなこりゃ」

「もっと長く生きて頂戴。私、早々に未亡人なんてお断りですからね」

「ところでクレア」

 ステラは別に出したひとり用のソファに座ってお茶を飲んでる。

「あたしは学校で習った実習なんか忘れちまっててね、ルイの教育はできないよ。あんたが教えてやってくれないかね?」

「え、ええ……」

「魔法と魔力はあるが、神聖魔法以外の使い方はまったくわかるまい」

「そう、ですわね、たぶん」

「マリス、お前も時間があったら教えてやるんだよ。大事な預かりものなんだから」

「まあ、火魔法と風魔法と補助魔法くらいなら」

「このバカ息子、実習でひと通りやらされるじゃないか」

「苦手なものは上手に教えられないから」

 正直に言うなあ、マリスも。

 この家のみんなはとても正直だ。

 ——よくも悪くも。

「指導ならクレアが向いてるよ」

「それもそうだ。お前は火と風と補助をみてやりな」

「……火魔法はクレアの方が強いよ」

 うん、この家ではもしかすると、マリスよりステラとクレアの方が権力者なのかもしれない。

 大変だね、マリス。

 でも、前の世界でもお母さんの方が強かったな。

 どこの世界でも同じなのかも。

「そうだ、お供え物を考えなくちゃ。何がいいだろう?」

 みんなでいろいろ話してる。

 花がいいとかお酒にしようとか。

「いや、天主様なら葡萄酒だが、女神様だからねえ」

「女神様だってお酒くらい召し上がるんじゃないかなあ」

「クレア、フレイヤ様はどんなお姿だったんだい?」

「畏れ多くて顔を上げられませんでしたから……」

「だろうねえ……」

「でも確か、とても清楚なお姿でしたわ。飾りのないドレスでいらっしゃった気がします」

「……なら、庭に咲く花をお供えしてみようか。派手なものはお好みでないかもしれない」

 うん、フレイヤ様はどんなものでもお喜びになると思うよ。

 とってもお優しい方だもん。

 これで家族会議は終わり。

 ステラと一緒に部屋に帰る。

 リザがいて、呆れた顔で僕を見てる。

『どうなったの、魔法の訓練』

『ステラは昔のことなんて忘れちゃったー、って』

『50年以上回復術士一筋で、何の問題もなかったんだもの。忘れちゃうわ』

『50年以上? ステラってそんなに年を取ってるの?』

 だってマリスのお母さんでしょ?

 え……年、違いすぎない?

『本当はマリスのおばあちゃんなのよ』

 え?

『おばあちゃん!?』

『そう。マリスはお父さんの顔を知らないし、お母さんの顔も覚えてない。お父さんは戦死、お母さんは病気で亡くなったの。ステラはお母さん代わり』

『言われてみれば、年が離れすぎてる気はしてたけど』

『だから大昔の不得意な魔法なんか忘れちゃってるわ』

『それでクレアが教えてくれるんだ』

『……可哀想に……しっかり頑張るのよ?』

 ?

 優しいクレアが教えてくれるんだから大丈夫じゃないの?

 ——というのは、完全に僕の思い込みだった……。

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