第8話 世界の決まり
マリスとキースは討伐って仕事に行ってる。
大きな魔物と戦って、人の役に立つんだって。
「それがヴァルターシュタイン家の誇りなんだよ、ルイ」
よくわからないけど、すごく大変なことなんだなっていうのはわかる。
僕は訓練場で運動。
とにかくどんなに走り回っても楽しいんだ。
平屋の建物は魔法の訓練ができるところだって。
僕は1度も入ってない。
ステラが「お前のステータスは真っ白だし、ご加護があるようだから」って。
「ステータスっていうのが見えないとダメなの?」
「何が出てくるかわからないじゃないか、結界を持ってる子なんて」
だから走り回って遊ぶんだ。
ときどき休んで、毛繕いしたりして、また遊ぶ。
「そんなに楽しいかい、運動は」
「楽しいよ、ものすごく!」
「そのわりには、ちっとも大きくならないんだよねえ」
そうなんだ、僕は全然育ってない。
ステラが毎日僕を秤に乗せるんだけど、全然変わらない。
「子猫だと思ったけど、まさかこれで成獣なのかねえ」
「一緒に会議してた仲間はちゃんと大きくなってたよ」
「お前たち、猫同士で会議なんてしてたのかい」
「うん。情報交換とか雑談」
「へえ、楽しそうな世界だね」
「でもみんなのおかげで、この世界も楽しいよ。みんな優しいし」
「——バレル以外、ね」
「僕あいつ嫌い」
「あたしだって嫌だよ、ヴァルターシュタイン家の子が倒れてる魔獣を蹴飛ばすなんてさ。聞いた時はめまいがしたよ。心を入れ替えないとあの子にはいつか神罰が下る」
「バチが当たるの?」
「フレイヤ様のご加護があるだろう。それを蹴飛ばしたらお怒りになるさ」
ステラがよいしょって立ち上がって、家に帰る時間。
「もっと遊びたいよ、ステラ」
「また明日だ。お前は休んで、ちゃんとご飯をおあがり」
「ステラはご飯食べないの?」
「あたしはこれからひと仕事だ。病人を診なくちゃならない」
ステラはリザを連れて出かけていって、僕はクレアからミルクをもらってひと休み。
バレルが学校から帰ってきた。
もちろん無視。
「バレル、ちょっとこちらへいらっしゃい」
クレアに呼ばれてバレルは不思議そうな顔。
「あなたがお勉強しないで魔法ごっこしているって、先生からお手紙が来たのよ」
「……ごっこじゃなくて、まほうのべんきょうだよ」
「ちゃんとお勉強して頂戴」
「まほうのべんきょうしないと……ぼくはちょうな——」
「バレル」
クレアに遮られて、バレルは無言でうつむいた。
「魔法のお勉強は魔術学校に入らないとできないの」
「でも……」
「ちゃんとお勉強しないと魔術学校には進めないの」
勉強サボって遊んでるんだ。
本人は真剣なのかもしれないけど。
ステラに聞いたよ、魔術学校って11才から入学できるって。
魔法を勉強する学校で、2つ試験に受かると普通学校から編入もできるんだ。
自由に行けるわけじゃなくて、試験があるのにね。
順番ってあるよね、やっぱり。
前の世界でも子どもが勉強しないとお父さんに叱られてたよ。
「バレル、世界には決まりがあるの。守らないとあなたが辛い目に遭うのよ」
「……はい、おかあさま」
「着替えて手を洗っていらっしゃい」
絶対納得してない。
それはもちろんクレアもわかってる。
猫の僕でもね。
それからずいぶん経ってからロランが帰って来た。
「遅かったわね、何かあったの?」
「わからないところがあったから、せんせいにおしえていただいていました」
片方は遊び、片方は学び。
でもロランは無理とかしてないんだよね。
勉強が好きなんだ。楽しそうに本を読んでる。
何をしてたのかわからないけど、今ごろバレルが来た。
目元見たら、ひと泣きしてたみたい。
リビングにある大きなアーチ型のソファの左から2番目の場所に座った。
そこはいつもロランが……。
「立ちなさい、バレル!」
ビックリした。
だって、いつも優しいクレアが急に怒ったんだもん。
「そこは次期当主の席です。あなたの席ではありません」
「ぼくのばしょだよ、いつもロランがぬすんでるんだ」
「……もう一度だけ言うわ。自分の席に座りなさい」
口調は柔らかいけど……クレアかなり怒ってる。
バレルは泣きそうな顔で、アーチ型のソファの真ん中に座り直した。
ああ、なるほど……。
当主は真ん中に座らない。
会話の時に左右に首を振ることになるから。
マリスが端にいたら、お客さんと話すのに頭をほとんど動かさずに済む。
隣人以外はあまり首を動かさなくても見える……隣人はロラン。
ロランはお父さんの隣の席で社交術の訓練……だね。
前いた世界も社交術って大事だったんだ。
「ロラン、着替えて手を洗っていらっしゃい」
はい、って返事して、ロランは部屋に向かって行った。
学校から帰るとお茶の時間。
おやつを食べて、お茶を飲むんだけど。
ロランはお茶を飲んでるけどバレルはいつもジュース。
お茶は苦くて嫌だって。
ロランは美味しそうに飲んでるけど、味覚はそれぞれなのかな。
クレアもロランの向かい、右端の一番端に座って、美味しそうにお茶を飲んでるけど。
ステラが言ってたけど、本当に心を入れ替えないと大変だよバレル。
神罰はともかくほぼ孤立状態の6才。
嫌な予感しかしないよね、こんな環境。
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