第5話 できること、できないこと


 リザと話してたらステラがゆっくり立ち上がった。

「さて、そろそろ行くよ、お前たち。ついておいで」

 リザはステラと話せないみたいだけど、言葉の意味はわかってる。

 僕はステラに抱きかかえられて、リザはステラの脚に寄り添って、部屋を出た。

 気がついたら、リザはほんのちょっとだけ右の後ろ足を引きずってる。

 ほんの少しだけど引退なんて、戦闘魔獣は厳しいんだな。

 裏口から家を出ると森があった。

 小径を通って中に入ると拓けたところがあって、僕はそこで地面に下ろされた。

 横にした丸太を積んで大きな坂があったり。

 杭がまっすぐにたくさん建ててあったり。

 大きな木から何かぶら下がっていたり。

 そして何か大きな建物。平屋の。でも高さはある。

 1階しかない広い建物なんて初めて見たよ。

 僕が住んでた町はもっと高い建物でゴチャゴチャに混んでたもん。

「木登りやってみたい」

「猫は降りるのが苦手じゃないか」

「やったことがないから、わからないもん」

「登ってもいいけど、ちゃあんと自分で降りておいで」

「登ってみるよ」

「落っこちても、あたしは手を出さないよ」

 大きな木に飛びついた。

 挑戦だ。新しいことは何でも試してみよう。

 自分に何ができるかできないかを知らなくちゃ。

 頑張って登って下を見たら、思ったより高かった。

 降りられるかな……落ちたらどうしよう、ちゃんと着地できるかな?

 そのまま降りられるか試してみたけど無理。

 爪が木の皮に引っかかって、うまく降りられない。

 体勢を変えて下に向いてみたけど、さっきより怖い。

 今度は爪がちゃんと引っかからない。

 どうしよう、後のことを考えずに登ってしまった。

 少しずつ、少しずつ、ゆっくり降りるしかない。

 半歩前足をずらすだけでも、肉球に汗をかいてしまう。

 まずい、滑る。滑ったら落ちてしまう。

 怖くなって止まってしまった。

 そうしたらもう動けなくなって、足も疲れてきて——やっぱり落ちた。

 ちゃんと立ちきれなくて横向きに落ちてしまったけど、痛くはなかった。

「言わんこっちゃない、意外とやんちゃだね、お前は」

 反省する……。

「結界がなかったらケガをするところだよ」

『驚いたわルイ、あなた結界があるのね!』

『すごいこと?』

『人間だって結界術士はとっても少ないのよ』

『そうなんだ……僕は女神様からいただいたから、わからないんだけど』

『ご加護があるの!?』

『うん、フレイヤ様。すごく優しくて綺麗な女神様なんだ』

『やっぱりすごいわ。この目で見ても信じられないわよ』

「さてと、リザ、今日は宝探しだよ」

 ってステラが言ったら、リザの耳が動いた。

「あたしが森に隠したピリカ草の種を探しておくれ」

『ピリカ草? 大好き! ありがとうステラ!』

 リザはしっぽをブンブン振って喜んでる。

「さて、夕方までに見つかるかねえ」

『ピリカ草って何?』

『薬草よ。煎じて飲むと咳止めになるけど、そう簡単にはいかないのよ』

『難しい?』

『優れた犬がいなければ見つからないし、優れた回復術士でないと薬にできないの』

『そんなのを見つけるんだ。やっぱりリザはすごいね』

 歩き出したリザを追いかけたけど無理。

 そしたらステラが僕を両手で持ってリザの背中に乗せた。

「いいねえ、似合うよお前たち」

『やだ、爪を立てないでね、ルイ』

『リザも僕を落とさないでね』

 ひとりと1匹のバディと、仮契約の僕。

 僕はこの世界で幸せになれるのかなあ。

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