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 「唯ちゃん変!」

 その日、唯は久しぶりに幼少期の夢を見た。気が付いたら自分は公園に居て、周囲を他の女の子が囲んでいる。

 あぁまたこの夢か、と唯は思った。

 「変じゃないもん……」

 私の目の前にいるリーダー格の女の子は私が言い返した事に不満気だ。この様子じゃ一言二言では止まらないだろう。私はその事に気が付き、下を向いて耐えようとする。

 「変だよ!和人君に……近づいたり離れたり!男の子にそーゆう事しちゃいけないんだよ!」

 だって……と唯は小さく呟いた。

 この頃の唯は和人に対して仄かな恋心のようなものを見せ始めるようになっていた。小さな女の子がよく一緒にいる優しい幼馴染の事を好きになるのは何もおかしい事ではないだろう。

 しかしその振る舞いが反感を買った。

 唯は初めて抱いた恋心をどう扱って良いかわかっていなかった。和人を好きな気持ちが行動に現れ、積極的に近づいたと思ったら照れが出て離れる。そういった行動を咎められてしまったのだ。

 「今だって下ばっか向いて!思ってることがあるなら言わないとダメなんだよ!気持ち悪イ!」

 この女児の言っている事はなにも間違ったことではない。現代の価値観に当てはめると唯の行動ははしたないものだからだ。とにかくストレートで礼儀正しい事。それが現代のコミュニケーションに求められているものだった。

 「うぅ……」

 だがそれを幼い子供に求めるのは酷というものだろう。

 結局その日は和人が迎えに来るまで解決せず、唯は下を向いたままじっと耐える事しか出来なかった。楽しかった思い出は悲しみに変わり、今でも唯の心に小さな傷を残している。

 ふと気が付くと子供たちは消え、辺り一面に暗闇が広がっていた。怖い、恐ろしい。息苦しさを感じながら唯は目を覚ました。


――――――――――――――*


 「唯、晩御飯できたわよ」

 「はーい……」

 母親に呼ばれ目を覚ます。気が付いたら昼寝をしていたようだ。時刻は八時。和人と帰宅してから30分ほど経っている。体は妙に疲れているが然程寝てはいなかったようだ。

 トコトコと歩き慣れた階段を降りてリビングへと向かう。洗面所で手を洗いリビングに顔を出すと既に両親が席に座り待っていた。

 「唯も座って」

 「うん」

 高山家では晩御飯を一家皆で食べるのがルールになっていた。両親が共働きで一人っ子の家庭なりの仲良く過ごすルールだ。

 「いただきます」

 手を合わせてご飯を食べる。

 暖かくておいしいご飯に唯の頬がつい緩む。唯は食べることが好きだ。だがその中でも母親が作ってくれたご飯が一番好きだった。

 「唯、今日は帰りが遅かったけど何かあったの?」

 母が物憂げな顔でそう尋ねる。

 「特に何もないよ?いつも通り友達と話し込んでて遅れただけ」

 そう、と母は応えるが憂いは消えなかったらしく表情が少し暗い。唯が遅く帰ることは偶にあるが、いつもはこんな反応にはならない。何かあったのだろうか。

 「最近ね、この辺で変な事件が沢山起きてて。怪しいポスターも張り出されて不気味でしょう。なんだっけあの……」

 確かに今日も道中に見覚えのないポスターが張られていた気がする。なんだったか。

 「I am watching youな」

 父がそう付け足した。そう言われれば最近急に怪しいポスターが増えたような気がする。

 「だからね遅い時間は気を付けるように。わかった?」

 「わかった……」

 暗い話に唯はなんだか怖くなった。お前を見ている、余計なことをするな、なんて今までの自分の行動に対して言われているようだ。

 「そ、そういえば聞きたいことがあるんだけど」

 唯は暗い雰囲気を変えようと、なるべく明るい話題を考えた。

 「なぁに?」

 「お母さんとお父さんってどうやって出会ったの?」

 母はちらりと父の方を向いた。良かった。母の思考はそっちに向いたようだ。そう唯が考えている間、母と父は目線で何かやり取りをしていた。この人達は偶に娘の唯にもわからない意思疎通をする。

 「どうしたんだいきなり」

 「いや、その。なんとなく」

 本当になんとなく聞いただけだがそのきっかけが コイ の悩みというのはどうも話しにくい。

 明らかに怪しい言い訳だったが父は特に追求せず話し始めた。

 「そうだな。もうずいぶんと昔の話だから正確には覚えてないが、出会ったのは高校だ。1年からずっと同じクラスでな。会話するグループも近かったから一緒に色々やるうちにって感じだった」

 「告白はどっちからしたの?」

 父はぎょっとした表情の後に少し照れた様子で言った。

「あの頃も告白しなきゃいけないって風潮はあったが今より薄くてな。お互いに想い合っていたのがわかりきっていたから告白らしい告白はしてない」

 唯は驚いた。数十年前はそういった事もあったというのは知識として知ってはいたがまさか自分の両親がそうだとは思っていなかった。

 「 告白逋ス せずにどう付き合ったの?」

 今、世間ではきちんと手順を踏んで 蜻告白 するのが当然という考え方が主流だ。必ず複数回の交流を重ね、仲良くなった上で相手にとって都合の悪くない場所に呼び出し、告白する。唯はそれが当然の世界で育ってきたため告白しない、なんて道を考えたことがなかった。

 「どうって言われても難しいな……」

 「告白もしたっちゃしたのよ。付き合う前から 恋?人 みたいな距離感だったからお互い気恥ずかしくて。私達もう付き合っちゃう?って言って付き合い始めたの」

 やはり唯にとって二人の話は少し 不.純 に感じる。しかし同時に世の中にはこんな自由な恋愛があるんだ、とも思った。格式ばった世界で生きてきた唯にとって二人の過去は新鮮なものだった。

 「唯。今の世の中色んなものから守られて綺麗な事ばかり求められるけど、一番大事なのは貴方の幸せよ。世間から汚れていると思われたって唯にとって良いものが私たちにとっても良いものなんだから。貴方のしたい事をしなさい」

 唯は少し泣きそうになったが涙をしまい、うんと答えた。

 自分は良い両親を持ったな。唯は心からそう思った。

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