急展開

「ただいまぁ。」


アスカが、トルクの家に戻ってきた。


「あ、おかえり!見て、アスカ!ついに出来上がったんだよ!私の装備!」


ピカピカのピンクの鎧と小手を身に着けて(盾ではなかったのか?)、アーシファがご機嫌にやってきた。


「メッカメカね。でも色々な機能が搭載されてる割に身軽そうだし、可愛いじゃん!あたいがデザインに口出さなきゃ、ゴテゴテのマシンにされちゃうとこだったもんね。」


手に持っていたお土産を机に置き、四方からアーシファの姿を見、もう一度、可愛い、と言ってお土産をアーシファに手渡した。


「おー。これは何?」


渡されたのは手編みのミサンガだった。


「オハルさんが編んでくれたお守り。あたいとお揃いなんだよ。」


と、アスカは腕に結んだミサンガを見せる。


「オハルさんが!わー、オハルさん元気にしてた?」


アーシファも腕に結ぼうとしたが、小手が標準装備な為、右足に結ぶことにした。


「元気、元気、ちょー元気。久しぶりにむちゃくちゃからまれたわ…。今から赤ちゃんの服とかも縫うって言い出してさ。」


「オハルさん、アスカ大好きだったもんね。」


キツく結んだミサンガ。

足元もなんだか可愛くなって嬉しいアーシファ。」


「で、話はどうだったの?一人で大丈夫だった?」


トルクが無理やりにアスカを椅子に座らせて尋ねた。


「OKもOK。むしろ大歓迎だったわ。まぁビックリされたけどね。私が死んだあと、ちゃんと面倒みてくれるってさ。」

 

「死んだふり!ふりだからね!縁起でもない!」


トルクが本気で怒る。


「オール様のほうは?」


「そちらも問題なぁ〜し。」


「そう、それなら上手くいきそうね。私も一度ヤマトヲグナに帰っとこうかしら?」


その場にはシグレもいた。

ステーシアとメッカもいる。

皆でアスカの帰還を待っていたのだ。

 

「赤ちゃんもおかえり。長旅お疲れ様。君のお母さん、また無茶しなかった?」


ステーシアがしゃがみこみ、アスカのお腹に話しかける。

アスカのお腹は少し目立つくらいに大きくなっていた。


「ステーシアには反抗的よね。グルグル動き回ってるわ。」


一同が笑顔になる。

まぁ、メッカだけは納得させるのに時間がかかったが…。

やはり、すでに婚約をしていたアスカの裏切り、トルクが結果的に奪うことになってしまったことが、引っかかったようだ。

筋が通らない。

親のシグレが許していても、その心情を理解することは今でも正直出来ていない。

自分なら絶対に許せない行為だからだ。

ただ、二人の人間性をメッカはずっと見てきた。

二人が幸せになってほしい気持ちは強くあった。

だから…理解は出来ないけど受け入れようと思った。


「お腹…目立ってきたからね。そろそろ行動を開始しましょう。」


シグレが考えた案とは、さっきの通り、アスカは死んだものとすることで、物理的にヒコと父親に諦めてもらうというものだった。

しかし、これにはたくさんの協力者がいる。

まず、メカニクにいる皆にはアスカの死の嘘を本当のように振る舞ってもらわなければならない。

これは信頼の熱いトルクに、幸せになってもらいたいメカニクの一同の思いから実現は簡単だった。

役者になるみたい、と、ちょっとノリノリな者もいたくらいだ。

メカニクにいるヤマトヲグナの人間には、シグレ自らが頼み込んだ。

センドウが最初は否定的だったが、昔、シグレの義理母と結ばれなかった過去を思い出し、時代が違うからな、と最後には納得してくれた。

ただ死因をどうするかは、しばらく頭を悩ませた。

死体を国に帰すことが出来ない上に、突然死でなければならない。

メカニクが責められるようなことがあってもならない。

病気を言い訳にすると、回復魔法のエキスパートであるシグレがいるのに?という話になってしまう。

皆で相談した結果、ある作戦ができた。

アスカはフラッとテレポートして外の空気を吸いに行くことが度々あったのだが、ある日から帰ってこなくなった。

シグレと大喧嘩したからかもしれないということに理由はして、ヤマトヲグナにも知らせる。

ヒコが自分も探すとやってきたら困るので、この間、比較的に近いハヤブサ族の村でアスカは待機。

数日後、オールからヤマトヲグナへ手紙を書いてもらう。

内容は、以前うちにいた女性の死体を発見した。あまりにも哀れな姿だったため、こちらで埋葬させていただきました、というもの。

この辺でアスカは一度メカニクに戻る。

シグレは自分が全部悪いと伝えるため、たぶんヤマトヲグナでしばらく絞られるだろうし勘当されることになる。

シグレはメカニクでアスカと合流し、しばらくの交流が落ち着くまではハヤブサ族の村でお世話になる。

というのが一連の流れだ。

妊婦には大変だが、自分のことだから、とアスカは各地を一人でテレポートしてお願いをしてまわった。

皆、喜んで力になると約束してくれた。

本当に温かい人達と出会えて素晴らしい旅だった、とアスカは思った。


「あ、そうだ。アーシファには伝えておかなきゃ。あたい、あんたのダーリンに会ったの。」


「クロイツ!?」


「ボロボロで平野で倒れてた。一枚の書状を持って…。ちゃんとあのオッサンのとこまで連れていったから大丈夫だとは思うの。あのオッサン…意外と良いヤツそうだったから、安心していいと思う。」


「ボロボロで…。そっか。…アスカ、ただでさえ大変な時に本当にありがとう。余計にテレポートさせちゃったね。…ありがとう。」


アーシファは、感謝と心配が入り混じって涙が出てきた。

アスカは本当に最高の仲間だと強く思うと同時に、ボロボロになって意識を失っていたクロイツの体がとても心配になった。

たった一人でクロイツは頑張っている。

自分がヌクヌクと毎日を過ごしていて情けなくなった。


「どうしたって心配になるよね。泣いたらいいよ。……あ、そう、その書状も見たんだけどね、ウィンダムが降参したみたいなの。まだ、色々話し合いはこれからみたいだけど…いよいよ、ヤマトヲグナが危ないかもしれない。…んー…あのオッサンはなんとなくそんな事してこないような気もするけど…。ううん、あたいも最後、ヒコに会って話してくる。…それを最後にする。」


ヤマトヲグナの人間に、アスカの妊娠が疑われた時点でアウトである。

お腹の膨らみはいよいよ限界なのだ。


「そうね。次はヤマトヲグナが狙われる可能性が高い。そう考えて私達は準備してきたんだもん。」

 

「思ったより早いですね。ヤマトヲグナの改築、間に合えば良いですが…アーシファ様の防具は出来上がりましたし、今度は私もそちらに取り掛からせてもらいましょう。」


「でも、必然的に貴方とアスカがそばにいられる時間がもっと短くなるのよ?今のうちにラブラブしておきなさいな。」


シグレはすっかり二人の力強い味方だった。


「そうかもしれませんが、ことが落ち着いたらそれ以上の長い時間、アスカと我が子と共に暮らせるのです。それに比べて、お母様とアスカが生まれ育った国を守れるチャンスは今しかありません。そこに後悔はしたくありません。」


「…ありがとう。」


シグレは、本当にアスカは幸せ者だなと思った。

いや、自分もまた幸せ者なんだと認識しなおした。


アスカは泣き続けるアーシファを抱きしめ背中を撫でる。

ただ一つ心配なのがアーシファのことだった。

アーシファは優しすぎるし、まだ芯がしっかりと定まっていない。

15歳なのだ。

仕方がない。

ステーシアとメッカはそばにいるだろうが、二人は物理的にアーシファを守れても、アーシファの心を守れるのか心配だった。

過呼吸を起こすこともある。

…。

今を大切にしようと、アスカは強く思った。

お揃いのミサンガがある。

ずっと心はそばにいる。

大丈夫。

きっと皆、大丈夫。

そう、アスカは願った夜だった。






「そうか…。確かに、こちらにクリスタルの者達がやってくる…そう想定した準備は速めておくことに越したことはないな。ありがとう、アスカ。」


「うん、あたいも出来る限りのこと…やってみるから。」


アスカは、ヒコにウィンダムからの書状についての話をしに来ていた。

きっと会うのは最後になる。


「だけどよ、アスカ。ここよりは安全なメカニクにはいてほしいけど、他国にテレポートなんて危ない目やめなよ。今回は助かったけどさ…。約束してほしい。」


…。

約束は…出来ない、と、アスカは思ったが、もうヒコには嘘だらけなのだ、最後までつきとおし、嫌われたら楽だって、ちょっと思ってしまった。


「わかった。約束する。」


ヒコは安心して微笑んだ。


「本当は…魔法使いとして優秀なアスカがそばにいてくれたら心強いんだけどね…。俺ダメだな、アスカのが強いから、やっぱりちょっと不安だよ。」


珍しい、ヒコの弱音だった。

少し寂しさ混じりに感じる。


「ヒコには人望がある。あたいこうだからさ、敵ばっか作っちゃうのよね。あと、ヒコは強いよ。いつも手加減してくれてたの知ってるよ。まぁ、だからあたいはずっと悔しかったんだけどね…。…あと…ヒコなら絶対この国を守れる。あんたは絶対大丈夫。」


ヒコとの小さな頃からの思い出がめぐる。


「な…なに、君が素直に俺を褒めるなんて。やっぱり俺をずっと好きだった?……なんて、最近調子狂ってるな。いつもみたいな軽口が言えなくなった。……ありがとう。アスカがそう言ってくれるだけで安心する。………俺、この国を絶対に守ってみせるから…。」


ヒコは拳をギュッと握りしめ、覚悟を決めようとしていた。

でも、あっ、と何か思い出したようで、すぐそばにあった箱から一枚の手紙を取り出し、アスカに手渡した。


「危ない、忘れるとこだった。アーシファ様に手紙が届いてる。クリスタルからだったので、中は勝手に見せてもらった。きっと大切な手紙だから、ぜひ渡してあげてくれ。」


クリスタルから手紙…。

クロイツから?もしくはクロイツになんかあった?

アスカはすぐに立ち上がる。


「ありがとう。あたい、もう行くね。はやくアーシファに届けてあげたい。」


ヒコは寂しげな笑顔で頷いた。

バイバイ、と、心の中で手を振り、逃げるようにヤマトヲグナを出たアスカ。

ヒコの不安や寂しさを、もう自分が受け止めてあげてはいけない。

アスカにとってヒコは、鬱陶しくもあり、大切な幼馴染でもあった。

そこにやっぱり愛はないけど、情はある。

でも情は、愛に似ているような感じもした。

ヒコに生き抜いてほしい、絶対に死なないでほしい…幸せになってほしい…ヒコが大切な気持ち、それが嘘偽りなくアスカの中にはあったから。





メカニクに戻ったアスカは、鎧の使い方の練習中のアーシファにすぐに手紙を渡した。

アーシファは慌てて読む。


"アーシファ

君がヤマトヲグナにいると信じて手紙を書く。


やっと、ウィンダムとの戦争が終わった。

俺はその戦争の最前線で指揮をとってきたが、本当に戦争は酷い。

人をまるで悪魔に変えるようだ。

いや、変わらなければそこを生き延びることができない。

そうして、たくさんの人が死ぬ。

辛い毎日だったけど、俺は最前線でそれを知れて良かったと思う。

君は毎日笑えているかい?

君には毎日笑顔で平穏な心で生きていてほしいと切に願う。


クリスタルでは、ゲタルさんが認めない限り、ヤマトヲグナへの侵攻はないだろう。

ゲタルさんも今では反戦派だ。

それは信じてほしい。


ここまで来れば、そろそろレムリアンに帰ってもいいんじゃないか?と、俺は思う。

そのあたりのこと一度会って話が出来ればと思って、手紙を書かせてもらった。


なんて格好良く書いてきたけど、

ただ純粋に君に会いたい。

君の顔が見たい。

そしたら俺は、まだ頑張れると思うんだ。

レムリアンで王様を納得させるまでは、平和な世界になったとはいえない。

そこまで踏ん張る力がほしい。

クロイツ"


それは、確かにクロイツの文字だった。

良かった、クロイツは無事だ。

ただ、この内容…やっぱり何か色々と苦しい想いをしてきたのかもしれない…。


「クロイツが、そろそろレムリアンに戻ってもいいんじゃないかって。一度話したいって書いてた。これは絶対にクロイツの文字だから、信じていいと思う。」


アスカが、はぁっと息をはいた。


「良かった。彼無事だったのね。…レムリアンにか…クリスタルがヤマトヲグナを攻めてくるようなことがなかったら…確かに、世界のほとんどが落ち着いたって言えるかもしんないけど…。そうね、一回会って話したほうがいいかもね。送るわ。」


あ、待って、とテレポートしようとするアスカを静止する。


「アスカにこれ以上無理させられないよ。メッカとステーシアと、ちゃんと船で行こうと思う。ここの船凄いんだよ!」


頼ってもらえない寂しさ

を、アスカは少し感じてしまった。

アーシファ達との生活も残り少ない。

メカニクの技術なら日帰りで会って帰ってくることは出来そうだけど…。


「帰ってきたらまた色々話聞いてね、アスカ。」


「あ、あたりまえじゃない。ちゃんと一回帰ってくんのよ?クリスタルの動きも聞いてきて。」


何か悟られたかな。

アスカは、走り去るアーシファの背中を見つめていた。




「なんと!クロイツ殿から!?」


ステーシアもクロイツの心配をしていたので、良かったぁ、と安心して脱力した。


「で、さっそく船をお借りしにいくと。クリスタルの動向を伺うにもちょうど良いですね。レムリアンへの帰国…も、少し策が必要だと思いますし、一度クロイツ様としっかりお話いたしましょう。」


メッカはポッカの骨が入った箱をギュッと握りしめ、久しぶりの護衛任務に気合を入れた。




トルクはすでにヤマトヲグナ入りをしていたので、代理でメカニクを任されているドラに、船を借りたいとお願いすると、奥さんが操縦士としてついてきてくれた。

メカニクの船には様々な動力が積まれており、扱いがちょっとややこしいらしい。

その動力による最大スピードは凄まじいもので、ヤマトヲグナもあっという間に通り過ぎ、どれだけぶりか、三人は旅の始まりの地に足をおろした。

ドラ嫁は、船の整備をしていたいから、とそこに残ることになった。

久しぶりの街並み。

だが、少し人々の笑顔が増えている印象だった。

港町には客が多く、やっぱり特に警戒もされず懐かしいゲタルの家についた。

あのやり取りが最後だった為、さすがに緊張はしたが、きっとクロイツはここにいると思った。


コンコン


一行は、あれからノックをするを習得していた。

…。

返事がない。

が、中から話し声は聞こえてくるので、ノックの音が聞こえなかったのかも知れないと、ステーシアが扉を開け、中に顔を出した。


「こんにちは〜。アーシファ様とお連れの者です!」


…。

そこには、前にもいた代表者達の姿があり、一斉にこちらを見た。

なんかデジャヴ。

ステーシアは思った。


「あ!お前ら!」


声をあげたのは、あのボーガンぶっ放し男だった。

ヒーっと扉を閉めそうになるステーシア。


「ステーシアさん!」


中からクロイツの声がした。


勢いよく扉が開かれる。


「クロイツ殿!お久しぶりっす!」


と、元気に声をかけたステーシアだったが、少し憂いをおびたようなクロイツの顔つきに、なんだか心がキュッと掴まれたような感覚がした。


「ゲタルさん、皆にも話を聞いてもらってもいいですか?手紙を読んで来てくれたんだと思います。ヤマトヲグナ側の人間としての話、ぜひ聞きたいです。」


ちょうどヤマトヲグナ侵攻の話になっていた。

あれから降伏条件を飲むという書面がウィンダムから直接届けられ、届けた鳥人族の使者も交えて再び会談をしていたらしい。


「ああ、いいだろう。これは絶好のチャンスだ。」


クロイツが立ち上がり、三人を招き入れた。

久しぶりの再会。

そこにはアーシファの姿もある。

アーシファは笑顔で、レムリアン式の挨拶をする。

クロイツもまたレムリアン式で返した。


「お久しぶりです。アーシファです。皆様、以前は大変失礼いたしました。」


アーシファはまず深く頭をさげ、中に入れてもらった。


「ほぅ…レムリアン王家の者の謝罪ですか。お詫びの品が楽しみですな。」


相変わらず目ざとい男である。

オドオドしがちなくせに、金勘定のことだけは強気である。


皆が着席し、ここにレムリアン王国、クリスタル国、ウィンダム王国の3大国の人間達が勢揃いした。

間違いなく世界史に名が残る会談となるだろう。


「アーシファ、あ、いや、アーシファ様、まず今の現状をお話したい。」


これは正式な場だと認識したクロイツは、アーシファをレムリアン、そしてヤマトヲグナ代表としての立場ある呼び方に変えた。

クロイツが呼び捨てのままにしていたら、クリスタルのやっかいな二人に上下関係がハッキリしてるだのなんだのクリスタル優位に話を進められる可能性があった。

クロイツはこの旅の中で、大人の処世術をしっかりと学んでいた。


クリスタル国とウィンダム王国の戦争の終結。

クリスタルが侵攻した地はクリスタルのものとすること。

クリスタルの為に兵を出すこと。

この条件は飲まれたらしい。

その上、使者はありったけのウィンダムの名産品を届けた。

そうですね?とのクロイツの確認に、使者は不服そうではあるが、間違いなくその通りだと答える。

本当に2カ国間の戦争は終わった。


次にヤマトヲグナの話に移る。

ウィンダムと戦争が始まった時に、停戦状を送っているのだから、そのまま穏便に済ませばいいというゲタルとクロイツの考えに、二人が反対しているようだ。

ヤマトヲグナの時代は終わったのだと示したい。

ヤマトヲグナの能力が欲しい。

というのが理由らしい。

戦争のバカらしさを訴えるクロイツと揉めていた所にアーシファ達がやってきたらしい。


「アーシファ様、ヤマトヲグナの者達は今どのようにお考えですか?」


アーシファはごくっとツバを飲み込む。

大切な場だ。

しっかりと言葉を選ばなければならない。


「ヤマトヲグナの方達は、戦争を望んではいません。今、ヤマトヲグナの政権を握っているのはヒコという名の若者であり、依然よりあった優生思想の改革をしつつあります。」


今、防衛の為の国作りをしていることは、あえて伏せた。


「ヤマトヲグナの者達に戦う意志はないということですね?」


はい、と、アーシファは頷く。


「なぁ?戦争する意味なんかねーじゃねえか。」


ゲタルが後押しする。


「さっきの話からするとクロイツ殿がヤマトヲグナに手紙を出し、三人が来てくれたと言っていたが、なんでヤマトヲグナの人間が一人もいない?使者を出すなら国の人間が来るはずだろ?クロイツ殿には悪いが、そのやりとりが本当かすら信じられねぇ。二人はそういう関係なんだろ?だったらなおさら組んで俺達を騙すなんてこと、簡単にできるじゃねぇか。」


相変わらず好戦的である。

たしかに…。

ヤマトヲグナの代表のように扱ったが、使者として来た訳では無い。

アーシファがなんとか合わせてくれたが、確かに筋が通らない。

クロイツは、しまった。と思った。


「それに、以前はそんな装備品、身に着けていらっしゃいませんでしたよね?それは武装した…という事にはなりませんか?なかなかに見たことのない材質を使っていらっしゃるようですが…。」


確かにアーシファは、いただいた鎧を身にまとっていた。

でも、メカニクのことは話せない。


「こちらは、旅の途中で仕立てていただいたものです。あちこちで危険な目にあいました。我々がアーシファ様をお守りしなければならないのが筋ですが、アーシファ様の身を少しでも傷つけないようにお願いして作っていただいたものです。決して戦う為のものではありません。アーシファ様自身、武器など身に着けてないでしょう。」


メッカが答える。


「その技術!どこのもんだ!?俺等以外の人間にそんな技術があるとは思えん。」


「なら、貴方の街の方だったのかもしれませんね。」


サラっと返すメッカ。

に、グッと男が黙る。

まさか、自分の街に裏切り者が?

技術の独占をしていることが、この男の強みであった故、帰って炙り出しをしなきゃいけないなと考えた。


メカニクの存在をやはり知らないらしい。

メカニクの存在は隠していたほうがいいようだ。

船も危ない。

この家を出たらすぐに船を隠すか、帰らなきゃならないな、と、メッカは思った。


「あの材質…どこで手に入れたのですか?タオ殿。」


「うちじゃねぇ!うちに裏切り者なんかいねぇ!お前が知らねぇものを俺が知る訳がないだろ!」


「…もし、隠し事が判明すればどうなるか…。タオ殿ならおわかりですよね?貴方がたの研究の財源がどこから出ているのか。」


「なっ!…くそっ。俺は一度街に帰る。裏切り者をあぶり出す!!」


勝手に仲間割れを始めた。

これは好都合か?

タオと呼ばれた好戦的男は、ドシドシと地面を踏みつけながらゲタルの家を出た。

やっぱり世界史の隅くらいに残る会談となってしまった。


「私もここにいる場合ではないかもしれないですね。会計を見直さねば…。では、失礼します。」


もう一人の男も立ち上がり、アーシファの防具をまじまじと見つめて、ゆったりと部屋を出ていった。


「なんだありゃ。しょうもない連中だな。」


鳥人族が立ち上がりながら口にする。

アーシファ達は、背中に羽根が生えた人間を見るのは初めてだったが、まじまじと見つめては失礼になる、とあまり目を向けないでいた。

まぁ、ステーシアは不思議そうにガン見しているが。


「ここまで長い道のり、わざわざありがとうございました。何か困ったことがあったらいつでも頼ってください。」


クロイツが鳥人に頭を下げる。


「王が引いたから俺達も引いたまでだ。仲間らを殺しまくったお前への恨み。俺は一生忘れねーから。俺に隙を見せるんじゃねー。殺したくなる。」


鳥人は、ろくにクロイツの顔を見ずに出ていった。

クロイツは頭を下げたまま、グッとドス黒い感情が渦巻くのを必死に抑えていた。


「クロイツ…。」


その感覚がアーシファに伝播した。

なんとも言えない不快感がアーシファを襲う。

だがその奥に、深い悲しみの感情があるように、アーシファには感じられた。


「クロイツ。もう皆帰った。さぁ、座れ。今こそ、これからについて話そう。」


ゲタルも立ち上がり、クロイツの背中を叩いて励まし、落ち着いて座るように促した。

クロイツはギュッと唇をかんだまま、その場に座り込む。

意識がどこか遠くに行ってしまっているようだった。


「しっかし、姫さんしっかりしたな。最初はあんなにガキだったのに…。姫さんらも色々苦労したんだな…。」


ゲタルは始め、明るく話しだしたが、アーシファの顔もまた急に大人びていたので、色々なことを察してしまい無駄に明るくするのは辞めた。


クロイツがハッとした。


「そうだ、アーシファ。元気だったか?怪我とかしてないか?」


アーシファがここにいることを思い出し、ドス黒い感情の海からクロイツは抜け出すことができた。

すっかり元の少年に戻ったクロイツは、あちこちアーシファの体を見て回る。

さすがに恥ずかしい、と、照れるアーシファ。

怪我はあったが、ヤマトヲグナには回復魔法が使える人がいて、その人が治してくれたと説明した。

クロイツとゲタルは、ほぅ、と驚いた。 


「たしかに、そういう人助けの力があちこちにあったら、助かる命も増えるんだろうな。そういう意味では、国から出て助けてほしいもんだ。」


ゲタルが口にすると、意外にクロイツが反論した。


「それは本当に人次第だと思います。どこまでの治療が可能かわかりませんが、人によってはその力を使い、ずっと奴隷を働かせたり、兵隊に戦わせ続けたりするでしょう。皆が皆、ゲタルさんのような人だったらいいんですけどね。」


最後はニコッと笑ってみせた。

ゲタルは無理に笑ってるような気がして、何言ってんだ、としか返せなかった。


「アーシファ、ヤマトヲグナは本当に戦争をする気はないんだね?」


うん、と、強く頷くアーシファ。


「ヤマトヲグナにも確かに色々な考え方の人がいたけど、戦争をしたいという人だけはいなかった。ヒコさんもそう。さっきも言ったように、大切にするものは大切にしながら、もう時代に合わない考え方は捨ててる人。魔法が神の力だなんて思ってない。私達、他国の人間も受け入れてくれて…結果仲良くやってるんだよ。」


クロイツとゲタルになら…とは思ったが、やっぱりメカニクのことは黙ってることにした。

メカニクを世界のゴタゴタに巻き込まないですむのならそうしたかった。


「そうか。良かった…。安心したよ。…。ゲタルさん、やっぱりもうこのまま波風たてないでいいと僕は思います。」


「ああ、そうだな…。むしろ、あの二人がいがみ合っている間に仲良くなりたいくらいだ。まぁでも、ヤマトヲグナにはヤマトヲグナの守りたいものもあるんだろう。」


パアッとアーシファの顔が明るくなるのがわかる。

良かった。

ヤマトヲグナはもう大丈夫なんだ。

誰も戦わなくてすむ。

そう思えた。


「ただ、あの二人のいがみ合いが変な火種にならなきゃいいがな…。それは俺の舵次第か。」


ゲタルは少し気がかりだった。

あの二人が喧嘩になることは今までに一度もなかった。

金の亡者と強欲な猛獣。

あの二人ならとことん炙り出しを行うだろう。

二人が喧嘩してるだけならいいが、国が割れるようなことにでもなったら、そこをウィンダムは狙ってくるかもしれない…。

他の小国が動き出すかもしれない。

だが、クロイツをこれ以上戦争に巻き込みたくないゲタルは、自分が何とかすればいい問題だと思い、二人はこれからどうするのかという話し合いに進めた。


「これだけ世界が落ち着いた今、一緒に王様を説得しにいこう、アーシファ。」


クロイツが切り出した。


「確かに、お父様には考え方を改めてもらう必要があるね。今なら、私達が各国と話し合える。鉱石なんか無くたって、絶対に皆仲良くやれるよ。私が出会った人達皆…素敵な人達ばっかりだったもん!」


アーシファは今まで出会った人達の笑顔を思い出していた。

クロイツはその言葉が嬉しかったと共に、自分が見てきた闇と比較してしまった。

クロイツが出会ってきた人達の中には、敵と認識しなければならなかった人達や、悲しいルーツをもった人、戦争で狂ってしまった人…様々な闇を抱えた人達がいた。

明るく光があたる場所には必ず影が出来る。

クロイツが出会った多くは、その影の中を必死に生きている人達だった。


「そうですね。私もそう思います。ただあの王が…簡単に納得してくれるとは考えにくいんですよね…。王家の跡継ぎの件もあります。そちらをどうするか、あらかじめお二人でご相談なさってたほうがいいのではないでしょうか?」


そう、メッカが言うように跡継ぎ問題がまだある。

王はどちらかに死んでもらわなければならないとまで言っていた。

先にどうするか二人で決めておき、そこもゴリ押ししなければならない。


「…。」


クロイツは考えていた。

さっきのアーシファの言葉で、自分の中に引っかかるものがあった。

もちろん、今こそ王を納得させられるチャンスであるのは間違いない。

確かに見かけ上今は、世界は落ち着いている。

だが、ゲタルが色々動いてくれてはいるが、今だに一緒にいた仲間達はあの街に残され働かされている。

ピースのように貧困から売りに出されるような子ども達がこの国にいるのも事実。

そんなこと馬鹿げている、とクロイツは思っていた。

本当の意味での平和な世界にする為に、自分は今どう答えるべきなのか。

王位。

優しいアーシファなら、きっと穏やかな政治をしてくれる。

世界が争わないために必至になってくれるだろう。

俺がクリスタルに残り、一緒に考えていければ内乱が起こる以外に、戦争なんて起こらないようにできるんじゃないか。

そして、クリスタル内部の改革を俺が行っていけばいい。

ここまでやってこれたのだ。

きっとやれる。


ルールなんてね、ぶっ壊して作り直せばいいんだからね。 


ふと、母の言葉が浮かんだ。

そうだ、これでいい。


「アーシファに継いでほしい。俺はクリスタルに残ります。」


理由も一緒に説明した。


「…わかった。私が王位を継ぐ。」


アーシファは、クロイツの考えが最もだと思った。

クリスタルで起こったことを何も知らないアーシファに、クリスタルを変えることなど不可能だと自分で思った。


「そこまで考えてくれてたのか…。……まあ、でもな、クロイツ。全部自分だけで背負いこむなや。ずっとこの国で暮らして来た俺もいる。お前に協力させてくれ。」


ゲタルは、クロイツという少年には驚かされてばかりだった。

そしてまた、力になりたいと思わせる才能があるのだと思っていたが、才能などではなくクロイツの人間性からくるものなんだなと理解できた。


「と、なると、失礼な言い方になるかもしれませんが、ある意味でレムリアンが世界を牛耳ることになるわけじゃないですか。王様もそれなら二人とも生きていた方が都合がいいんじゃないですか?」


たしかに言い方に問題はあったが、ステーシアの言葉は的を得ているように思われた。

皆、なるほどな、と納得してしまった。


決まりだな、とクロイツが呟いた。


「あ、でもクロイツ、3日。3日間だけ待ってほしいの。アスカと…もう少しだけ一緒にいたい。ごめんなさい、ワガママだってわかってるけど…。」


「アスカ…ああ、そうだ!その女性にしっかりとお礼を伝えててほしい。俺の命の恩人だよ。わかったよ、アーシファ。なら、4日後、一緒にレムリアンに帰ろう。」


数日間、さっきの二人の動向にだけ注意していようと、クロイツは思った。


「ありがとう、クロイツ。」 

 

初めて、アーシファからクロイツにハグをした。

クロイツはビックリしたが、鎧で抱き心地がちょっと硬いアーシファを抱きしめ返す。

アーシファもギュッと抱きしめる。

大好きなクロイツ。

辛い日々を生き抜いてきたクロイツ。

伝わってきた苦しい感情を、アーシファは抱きしめてあげたくなったのだ。

苦しいよ、と言いながら、クロイツもアーシファを抱きしめ返す。

アーシファとくっつけばくっつくほど、心が癒やされるのがわかった。 

1日中こうしていたら、自分の中にあるグチャグチャな感情も綺麗にしてもらえるのかもしれないな、と、クロイツは叶わない願いを思ってしまった。


「はいはい、船がお待ちっすよー。お二人さん。」


やっぱりわかっちゃいるけど、邪魔せずにはいられないステーシア。

  

「今回は納得かな。」


と、メッカが笑う。


「うちはイチャイチャ禁止だ。」


ゲタルも一応流れに乗ってみた。


皆が笑いだす。


クロイツが港まで来ようとしたが、メッカが一応それは静止した。

メカニクの船が待っている。


「またねー、クロイツ!」


アーシファは大きく手を振って別れた。




ドラ嫁はオイルまみれになっていた。

旦那が待ってる!と、船をメカニクへ走らせる。


「明日、もう一度船をお借りしてヒコ殿に我々のこれからの話をに行きましょう。」


うん、と、アーシファが頷いた。


夕日が水平線に沈んでいく。

海が真っ赤に染まっていて、空は青から赤へのグラデーションで彩られている。

なんて美しいのだろう。

世界はこんなに素晴らしい。

その景色を一生忘れないだろうな、と、アーシファは思った。
























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