人の心を壊すもの
ゲタルからの文が届いた。
増援と物資を送るから、絶対にそこを死守してくれとの内容だった。
クロイツ達は少しずつ街の瓦礫などを片付けながら、もしまた敵が現れたらどうするかを度々話し合ってきた。
幸い平地であるここは、敵の侵攻を発見しやすく、どう対応するかで何とか出来ると思っていた。
左腕もなんとか回復しつつある。
絶対守り切ると強く思っていた。
増援と物資が届き、滅ぼされた街は、たくさんのテントを用いた野戦陣地となっていた。
新しく来た人達も戦争を経験したことのない一般市民である。
徹底した行動規範、戦場での動きなどを皆に覚えてもらわなければならないと、クロイツは毎日歩き回っていた。
進め、撤退などのサインも考え、皆に徹底した。
誰一人殺されない為だった。
時折、偵察に鳥人が数名現れることがあった。
クロイツの素早い装填までにはいかなくとも、一度戦場を経験した者達のスキルは確実にあがっていた。
もう心構えが違うのだ。
何一つ情報を持ち帰らせたくないクロイツは、容赦なく敵を撃った。
向こうに攻撃の意志がないことがわかっていても撃ち落とした。
また人を殺した。
遺体を埋葬するたびに心が痛みながら手を合わせる。
出来ればこれが最後になるように。
和平が結ばれるように。
誰一人もう死ぬことがないように。
しかし、次にクロイツに届いた文の内容は、クロイツの願いとは程遠いものだった。
打って出るべし。
その言葉が一番に目に入った。
信じたくない思いで、最初から文に目を通す。
最後の3人の署名。
間違いなく本物の文だった。
内容はこう。
まず、ウィンダムとは交渉をはかった。
しかし、相手は交渉に従わず無視を通した。
なんの言葉もなければウィンダムに侵攻すると最後の通告。
期限内、なんの返答もなし。
最新鋭の武器を届けるから、これを持って近くの街に侵攻してほしいとのこと。
簡単に言うとこういうことだった。
そして、届けられた武器は大砲だった。
武器を作った技士が共にやってきて説明を受ける。
玉の扱いに注意だけすれば問題のない力作なんだと熱弁し、玉の補充に技士は帰っていく。
どうやら、遠く離れた場所から玉を発射し、攻撃をするもののようだが、練習には玉がもったいないと、いきなりの実戦登用となった。
見たこともない武器の力はあまり計算にいれず、とにかく乱戦になった場合の皆の動きを徹底的に叩き込んだ。
この時ばかりのクロイツは厳しかった。
ピースはそばで、ずっと規範通りに動き続けた。
短い期間だったが、一師団としては動けるようにクロイツは考えたつもりだった。
あとは実戦あるのみで、この実戦がクセモノである。
非常時にどれだけの一般市民が兵隊のように動くことができるのか…。
考えても仕方ない。
と、クロイツは皆を集め、文の内容を読み上げることにした。
治りかけの左腕が痛む。
皆の驚きはもっともだった。
防衛の為の戦いだと聞かされてきた者ばかりだったからだ。
彼らには一般市民が、他国を攻めに行くなど考えられないことだった。
「皆の混乱はもっともです!俺も正直、納得できません!」
クロイツは声を張り上げる。
ワーッワーッと、納得できない声が続く。
「だからこそ今聞いていてください!」
クロイツは、周りの声を掻き消すくらいの大声で伝える。
一同はあまりの大声に静まり返る。
「戦いの場では、なるべく陣形を守ってください!そうすることで、敵は攻撃をしづらくなります!でも、もしも、もしも生きるか死ぬかの選択を迫られた場面では、必ず生きる選択をしてください!!逃げ出しても構いません!!国民が生きてこその国です!!」
この言葉がクロイツの本心だった。
逃げ出してもいい。
だけど同時に、それは困るという考えも頭にあった。
頭と心は違う生き物なんだなと、クロイツは知った。
うぉーっ!!
声が湧き上がる。
クロイツの言葉に感動したもの達が、腕を掲げ声をあげていた。
クロイツは本当に誰一人死んでほしくなかった。
「クロイツ、一緒に生きような。」
すっかり普通にしゃべれるようになったピースが、クロイツの肩をたたく。
クロイツは、
ああ。
と、頷いた。
文と共に届けられた地図で、夜間に戦闘を行えるように街までの距離を計算、逆算し、民達の体をしっかりと休めさせた。
しかし、街までの距離はなかなかのものだった。
普段、街の外に出ない皆はへとへと状態でついてしまうことが予想される。
途中で休憩も必要となると急襲される可能性も出てきて危険度が増す。
なんといっても平地すぎる。
動きが丸見えすぎるのだ。
ああーもう。
ワシャワシャと頭をかいて決断するクロイツ。
一度休憩は挟む。
クタクタ状態の人間は判断力が著しく落ちると思ったからだ。
危険でも、しっかりと休む。
時間はあまりとれないが、ないよりは良い。
もし襲われても、固まってさえいればなんとかなる。
大丈夫。
やれる。
俺達はやれる。
呪文のように頭の中で何回もクロイツは呟き、ついに行軍は開始された。
大砲を運ぶのがなかなかに楽ちんだった。
さすが移動用に作られたものである。
大砲を引く者たちの疲労が一番心配されたが、少しずつの交代でなんとかなりそうだった。
列もあまり伸びることなく進めている。
これなら考えた作戦のままやっていけそうだった。
夜の行軍が功を奏したのか、難なく街の近くまでたどり着くことができた。
高い屏に囲まれた街の中は見えないが、明かりなどは見当たらない。
皆、寝静まってしまっているのだろうか?
「クロイツ、ボク様子をみてくるよ。中が空で無駄打ちするわけにはいかないだろ?」
口を開いたのはピースだった。
「な、危険すぎる!それなら俺が…。」
「クロイツはここで指揮とんなきゃいけないだろ。大丈夫、足には自信あるんだ。忍び足も駆け足もまかしといてよ。人の気配を感じだら合図を出す。そしたらそいつを一発頼むな!」
クロイツの返事も待たず、ピースは駆け出していった。
だかたしかに、足音何一つせず、走り去っていったのだ。
ピースは小さくなり、慎重に街の入り口を探す。
街の入り口には大概守り人が立っているからだ。
グルリと壁面を回る。
…。
ビンゴ!
居眠りをこきながら街を守る警備の姿を確認。
ピースは、忍び足でクロイツ達が見える場所まで移動し、OKサインをだし、クロイツ達のもとに走り出した。
サインを確認したクロイツは直ぐ様に大砲に玉を補填し武器職人の指示通りに着火した。
耳を抑えろと言われていたので、クロイツの動きに合わせて皆が耳を抑えてしゃがみ込む。
ドゴーンッ!!
地響きが伝わったと思うと、玉が大きく空に舞い上がり弧を描いて街に落ちていく。
ドッカーン!!!!
凄まじい爆発音と共に、街に一気に火の手があがった。
クロイツは我が目を疑った。
殺人のために編み出された悪魔の道具。
キャーキャーと逃げ惑う人々の声が響く気がした。
慌てて空に飛び出す者がいる。
「もう一発、撃とう。」
心と頭をまるで考えるていることが違った。
確実にここを落とさないと。
クロイツは、あの街の報復だから、と頭をよぎった考えで躊躇なく指示を出した。
再び凄まじい爆発音。
何やら連鎖反応で内部爆発も起きているようだ。
クロイツは先の戦闘を経験した数名だけを連れ、少し街に近づいた。
逃げ出す者を逃がすつもりはなかった。
ここを全滅させたら、戦意を喪失してくれるかもしれない。
クロイツはまるで別人のように相手を殺すことだけを考えていた。
大砲と共に残された者達は、ボーガンを握りしめたまま、真夜中に舞い上がる炎をただ見つめていた。
ほとんどの人達には、今あの炎の中を苦しみ逃げ惑う鳥人達がいることを理解できてはいなかった。
ただ、街が燃えている。
そのようにしか見えなかったからだ。
入り口付近に辿り着いたクロイツは、逃げ出す鳥人を躊躇なく撃った。
相手が誰かを判断することはなく、ただ羽根が見えたら撃った。
他のついてきた者達も撃とうとしたが、あまりの装填の速さに追いつけず、何もできずにいた。
「よーくーもー!!」
すぐそばの壁から羽根の生えた火の玉が飛び出してきた。
それは真っ直ぐにクロイツに襲いかかる。
それでもクロイツは入り口から目を離さない。
火だるまとなった女が、苦し紛れに体当たりでクロイツをも燃やそうとする。
それが鳥人だと気づくまでに数秒消費してしまったが、そばにいた一人がすぐにボーガンを放ち、女を蹴り飛ばした。
自分も火に襲われたが、ゴロゴロと転がり、火を消すことに成功した。
クロイツは燃える体も気にせずボーガンを撃ち続けている。
クロイツの狂気に恐れをいだいた他の男は全く動けないでいた。
「クロイツさん!クロイツさん!」
さつまきまで自分も燃えていた男が、上着を脱ぎ、クロイツの炎を叩き消そうとした。
それでようやく自分の事態に気づいたクロイツはグルグルと横に素早く転んで消火し、再び素早くボーガンを構えた。
悲鳴は辺りに響いているが、もう外に逃げてくる鳥人の姿はなかった。
外に出ても殺される、そう覚悟を決めた者が多くいた。
何時間ボーガンを構え続けたのだろう。
夜明け前の暗がりの中、ピースがポンッとクロイツの肩をたたく。
瞬間、クロイツの全身の力が抜け、倒れ込んでしまった。
「何も連絡ないから心配したよ。もう良いと思う。中に入ろう。」
人殺しマシーンと化していた自分にハッとし、周りの様子を伺った。
クロイツと目があうと、一人の男はビクッとした。
恐ろしいものを見ているような目をしていた。
クロイツは我に返り、とにかく任務の遂行を第一に進めた。
ピースの言う通り、中に入り制圧する。
そこまでが今回の任務だった。
まだあちこちに炎の柱は見えたが、ほとんどの建物はすでに焼け尽くされた後だった。
焦げた匂いが鼻につく。
もうどこにも生きた鳥人の姿は見えなかった。
たった2発の大砲の玉が、街を破壊し燃やし尽くした。
事態を把握していなかった、残っていた組の者達もこの現状を目にして、やっと自分達が何をしていたのかを把握した。
ウワーッと叫びだす者。
敵の死に大笑いする者。
ただ立ち尽くす者。
泣き出す者。
様々な行動をとっていた。
クロイツは瓦礫の上を歩いていると、奇跡的に焼かれなかった、一枚の子どもが書いたらしい絵を見つけた。
ふと手にすると、そこには家族の絵と拙い文字で、パパ、ママ、と家族の誰を書いたか表していた。
昔、アーシファと大きな画用紙に絵を書いて笑いあっていた頃を思い出し、一気に溜まっていた感情が溢れ出してきた。
「…アーシファ…。」
その名を呼ぶと泣けてきた。
アーシファ。
アーシファ。
アーシファ。
「会いたい…。」
涙が一気に溢れてきて止まらなくなった。
いくら種族が違うとはいえ、同じ命ある者で、家族がいて幸せに平穏に暮らしていたかもしれない者達。
ここには戦闘員など配備されていなかったのかもしれない。
報復?
いやいやいや、戦争そのものに何の意味があるというのか。
やられたからやりかえす。
そんな生き方で皆が生きればどうなる?
俺は…いったいナニヲヤッテイル…。
「クロイツ?」
泣いているクロイツを見つけ、ピースは慌てて駆け寄ってきた。
クロイツの手に握られた絵をゆっくりと自分の手に移す。
…。
「ボクは親の笑った顔も見たことない。こんな世界知らない。」
拗ねたように絵を手から落とす。
不遇に生きてきたピースには敵の心を理解する余裕などなかった。
敵は敵。
やらなければやられるからやる。
小さな時からそう生きてきたピースにとって、これも与えられたやることでしかなかった。
「アーシファに…会いたい…。」
ピースはクロイツから事情を聞いていた。
ただ背中をさすることは出来るが、共感することは出来なかった。
この世に会いたい誰かなどいない。
ただ、クロイツだけは心を許せる人。
自分のやるべきことを成し遂げると、クロイツには誓えた。
自分の街を破壊され、母親を亡くした男は、
ざまぁみろ。
と、思っていた。
母親の敵を取りたかった。
あの大砲2発でこれだけの敵を打てた。
玉さえあれば、もっと殺れる。
男は死体を踏みつけ笑っていた。
あんなことがなければ、この男は平穏に一生懸命働き続けていたのだろうか?
悪いのはいったい誰なんだろうか?
憎むべきはいったい何なのだろうか?
ピースの家族のように戦争のおかげで助かる命もある。
戦争のおかげで奪われる命がある。
何が正しくて、何が間違っているのか。
その判断力すら奪ってしまうのが戦争なのだろうと思う。
いや、正しい、正しくないがあるから、また揉めることもあるのかもしれない。
クロイツは涙が枯れるまで泣き続けたかと思うと、急に倒れ込んでしまった。
張り詰めていた糸が切れた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます