クリスタルVSウィンダム

クロイツがクリスタル国代表者としての任についてから、小さな国や、どこの国にも所属しない集落など、様々な土地がクリスタル国…というより、クロイツについてくれた。

クロイツの人柄に皆が惹かれたのだ。

どこでも困っている人を見つけるとすぐ手を差し伸べる15歳の少年クロイツに、皆が逆に力になりたいと思わせた。

クリスタル国代表になったのもそうだ。

ゲタルと酒を酌み交わし凍った心を溶かし、他の街の代表者達とも関わる中で、クロイツの真っ直ぐさ、境遇に、クロイツの為に力になってもいいかもと思わせることができたのだ。

代表者となったのはクロイツの提案だった。

ゲタルはまだ話してわかってくれるが、街の代表者の一人はひどく好戦的なタイプな人間だった。

野心家である彼は力で他国を抑えつけたいとしていたので、クロイツは、自分ならもっとはやく他国と手を結ぶことができると、それなら自分達が痛手を追う必要もないと、少し挑発的に男に言うと、挑発に乗った男は、じゃあやってみろと、連判状にサインをした。

クロイツは武力による侵略はしたくなかった。


しかし、クリスタル国が大きくなると、それを気に食わないと絡んでくる国が現れた。

ウィンダム国、あのタカ族の集落を襲ってきた鳥人達の国である。


そのウィンダムに、国境ラインにあるクリスタルの端っこの小さな街が急襲された。

そして、そこを制圧し、ゲタルの元に宣戦布告文書が届けられた。

すぐさま代表者会議は開かれた。

すぐに武器を取るべきだと声があがる中、クロイツは何とか戦争だけは避けたかったのだが、自国の人間が急に襲われたのである、納得してもらえる理由が見つからなかった。

その街の人達がどんな目にあっているかがわからない。

何とか街を取り戻す為にも、戦わなければならないのだった。


「俺も行きます。」


クロイツは、奪還作戦に参加したいと告げる。

ゲタルだけは反対した。

が、もちろんクロイツは引かない。


「戦闘の経験などない街の人達が戦争に行くんです。俺はそれを黙って見てられない。ゲタル様達はここにいて、和平への道を考えていてください。」


ゲタルは何も言い返せなかった。

あとの二人に話し合わせていたら、戦火が広がるばかりになるのはすぐに想像がついたからだ。

自分はここにいて、国の為にどうすることが一番いいのか、を考え続けなければならない。

クロイツを危険な場所に行かせたくはなかったが、国民達の信頼の熱いクロイツだからこそ指揮がとれる事もある。

国民から不満を買っているゲタルにそれは不可能だ。


「すまん…。頼む…。」


ゲタルは小さく呟いた。






数日の移動後、辿り着いた鳥人達に占領された街からは、まだ煙があがっているのが見える。

ずっと平野なのでお互いの姿が丸見えである。

30名の寄せ集め部隊であるクリスタル国。

陣形や作戦も何も無い。

持たされたボーガンをいかに上手く使うか…。

クロイツがここまで先導してきたが、後ろにいる皆が震えているのは伝わってきていた。

さて、どうしたものか…。


「うわっ、飛んできた!!」


一人の男性が叫び声をあげた。

クロイツが行動に悩んでいる隙に、3名の鳥人が槍を手にこちらに向かってくる。

ヒーッと悲鳴があちこちであがる。

逃げ出す者はいなかったが、動ける者もいなかった。


俺がやるしかない!


クロイツがボーガンに手をかける。

その手が震えているのがわかる。

でも、やらなきゃ…やられる。

ここで死ぬ訳にはいかない。

標準を必死に合わせる。

これは大事な一撃だ。

外したら負ける。

直感で感じとっていた。


舐めてかかってきた一人が飛び出してきた。


パシュッ


ボーガンが見事、鳥人の脳天に突き刺さる。

ドサッ

と地面に落ちる鳥人。

残り二人の動きが一瞬止まる。

クロイツはその隙を逃さない。

止まってはいけない。


パシュッ


二撃目は一人の心臓真っすぐへ。

すぐさま装填。

三撃目を打とうとした。


パシュッ


3人目が地に落ちた。

打ったのはクロイツのすぐ後ろにいた男性だった。

はぁ…はぁ…

と、肩で呼吸をする男性。

クロイツだけに任せてはいけない

と、自分を奮い立たせたのだった。


しかし、休む間は無かった。

音に気づいた鳥人達が、状況を把握して次々と襲いかかってきた。


クロイツは前に出た。

自分が標的になるのが目的だった。

ボーガンが間に合わなかったら、ずっと修行してきた剣技でなんとかすればいい。


パシュッ、パシュッ、パシュッ


あちこちからボーガンが放たれる。

皆がやるしかないと動き始めた。

だが、半分ヤケになって放たれるボーガンの命中率はなかなかに低い。


クロイツも敵を自分より後ろに行かせまいとするが、根性がすわったクロイツよりも、後ろにいる怯えた人間達をやってしまったほうが早いと考えるものが高くクロイツを超えていく。

クロイツは近くの敵を打つのに必死だった。


近づいてくる脅威にボーガンを手から離し、泣き出す者もいた。

 

パシュッ


先程の男性が声を上げる。


「死にてぇーのか!!武器をとれ!!」


男性の声に皆が気づかされる。

この場に死にたい者などいない。


ボーガンさえ打てば何も怖いことはなかった。

相手は飛んでくるとはいえ、武器は槍。

距離さえあれば脅威ではなかった。

それに気づき始めた皆は、とにかく焦らず打ち始めた。

誰かが打っている間に装填すれば隙もない。

とにかく撃ち落とす。

それだけだった。


次々と落ちていく鳥人達。

クロイツのボーガン撃ちのスピードは皆の倍以上の速さだった。

後ろに行かせてはいけない、それしか頭に無かったからだ。

故に気づかなかった。

一本の槍が自分に向かって投げられたことを。


ぐっ

クロイツの左腕に槍がささった。

神経をやられたか、左腕が麻痺したように動かなくなる。

これじゃボーガンが打てない。

クロイツはボーガンと刺さった槍を投げ捨て、剣を右手に構えた。

アドレナリンがドバドバ出ている状態のクロイツには、痛みはが全く感じられていなかったため、血液が流れ出ている中、鳥人達に向かって飛び回った。


後ろにいた一人がその危険さに気づき、クロイツに向かって走り出した。

また周りもそれに気づき、その者とクロイツを援護する為に前に出ながら、ボーガンを撃ちまくった。

遠くから槍を投げてきそうなヤツらも見逃さなかった。


「クロイツさん!一旦止まってください!血が!血が!」


走ってきた男が、腰から慌てて包帯をとりだし、クロイツにその場で応急処置を始める。

そこを背で囲み、クロイツを守るように戦い始める一団。

深呼吸をし、自分を整えるクロイツ。

ギュッと強く包帯が巻かれる。


「なんだ…あの武器は…。一旦報告に戻るぞ。」


「え、街は…。」


「一旦放棄だ。報告が先だ!」


生き残った数名の鳥人達が慌てて街を飛び出していく。


「制空権は我らにある。戦い方さえなんとか考えられれば…。」


リーダーのような鳥人は呟いた。




「た…助かったのか…?」


皆の士気をあげた男はその場にへたりこんだ。

ずっと力んでいた男の体から一気に力が抜けた。


「クロイツさん!大丈夫ですか?」


「ありがとうございます。手当してもらえたおかげで、出血はなんとかなりそうです。」


クロイツは笑顔を作ってみせた。

クロイツもまた一気に脱力してしまっていた。

なんだか左腕が痛んできた気もする。

でも座り込んでいるわけにはいかない。


「すぐに街の様子をみてきます。皆様はゆっくりで大丈夫ですから。」


クロイツは立ち上がり、街に向かった。


街は悲惨なものだった。

あちこちに野放しにされた死体。

燃やされた家々。

自分達の拠点にした場所以外は破壊の限りが尽くされていた。

誰かいないか、あちこちを探ってみたが、そこで生きている人間を発見することは出来なかった。


「ひどすぎる…。」


子どもの遺体の頭をそっとなでる。

クロイツの中にズンッと重い何かが埋まったような感じがした。

これが戦争なのか。

無慈悲に殺された人々。

皆、武装などしていない一街人だった。

もて遊ばれたように、たくさん刺されたような遺体もある。

クロイツは右手が怒りに震えている自分に気がついた。






部隊の3名をゲタルの元に向かわせた。

敵の情報と、街の惨状、すべてを報告し、指示を仰ぐ為だった。

残った者達で、まず街人の供養を行うことにした。

あまりに悲惨な状態に泣き出す者、吐き出す者、何も言葉にできない者…様々な反応がそこにあった。

ただ皆の想いは一緒だった。

こんなことは許されてはいけない。

残酷すぎると皆が思っていた。

小さな街で武装もない。

ちょっと脅せばすんだかもしれないのに、皆殺しをすることを目的にしていたとしか思えなかった。

まったく知らない人間達。

でも同じ国の人間達。

それだけで、ウィンダムを恨むには充分だった。

激しい怒りから鳥人の遺体にボーガンを何発も放つ男がいた。

しかし、クロイツはその行動を慌てて止めた。


「許せないお気持ちは一緒です。ただもう亡くなった者に対して、そのような行動はおやめください。許せない、許せないけど…。」


ボーガンをギュッと握りしめ、男は静かに涙を流す。


「俺、ここで生まれ育ったんだよ…。で、外で稼いで母親に仕送りしてきたんだ…。」


…。

クロイツは黙って男の背中をさすった。


「いたよ…母ちゃん…。酷く怯えた顔だった…。街ちっさいじゃん。すごく苦労して俺を大事に育ててくれた…。そんな母ちゃんが…あんなに怯えた顔で…本当に…怖かったんだろなって思うと……うっ…俺、許せなくて……。」


男は一気に溢れ出す感情を吐き出した。

クロイツは、またズンッと重いなにかを自分の中に感じる。

リザを思い出していた。

リザは病気で亡くなったが、もし同じ立場だったら…リザが、何者かに殺されたら…。


「ごめんなさい…。許せないよね。でも、それは貴方のお母様が悲しむと思います。ただ、別には埋葬しましょう。」


男はしばらく泣き続けた。

クロイツはしばらく泣かせてあげて、他の皆と作業をした。

鳥人達の死体の埋葬は全部自分だけがすることにした。

片腕が不自由な為、丁寧な扱いが出来ないのは申し訳なかったが、鳥人達を自分達が殺した、という現実も今は見せたくなかった。

が、クロイツの姿がないことに気づいた手当をしてくれた男性が、街の外で死体をズリズリと引きずっているクロイツを見つけ、自分も手伝うと言ってくれた。


「皆、今は怒りでいっぱいのようです。」  

 

ありがとうございます

と、クロイツがそう告げた時にパッと目に写ったその顔はひどく幼かった。


「え、失礼ですが、おいくつですが?」


「今年、14になります。」


!?

自分より年下の少年がそこにいた。

ここまでずっと緊張状態で、皆の顔もちゃんと見ていなかったことに気づいた。


「ありがとうございます。手当も、本当に助かりました。でも、もうここにいては危ないです。自分の街にお帰りください。」


「クロイツ様、ご心配くださりありがとうございます。でもボクには帰る家はもうありません。家にお金をいただく代わりに部隊に入れてもらいました。ボクが戦争で死ねば遺族にもお金を払うと約束してもらいましたから。何も心配ありません。」


「何言ってるの!?」


クロイツは声を荒げてしまった。

いくら家が苦しいとはいえ…自分から志願して、戦争の中で死ぬ気ですらいる14歳の少年。

そんな現実がある事にひどく驚いた。

少年は心配そうにクロイツを見つめる。

クロイツはハッとなり口を開く。


「ごめんなさい。ちょっとビックリして…あの、お名前を教えていただいてもよろしいですか?歳も僕と変わりません。もし良かったら、僕の良き戦友となってください。貴方は僕の命の恩人です。」


まだ血は止まっておらず、あれから何回も処置をしてくれた少年。

本心なら帰って平和に暮らしていてほしかったクロイツだが、それを少年の周りが許さないのだろうと容易に想像がついた。

だからこそ、自分はこの少年を守りたいと思った。

生きて絶対街に帰す。

街の情勢も詳しく調べる。

二度とこんなことにならない国作りをゲタルにしてもらおうとそこまで考えた。


「ボクはピースと言います。クロイツ様にそんなこと言ってもらえるなんて…もう、胸張って死ねます。ありがとうございます。」


「ピース、戦友の約束、聞いてくれ。」


先程まで年下にも敬語だったクロイツが、強い口調で話し始め、ピースの背中がピシッと整った。


「もう二度と俺の前で死ぬって言わないでくれ。これから先、もしも生きるか死ぬかの場面になった時も、絶対に生きる選択をしてくれ。」


クロイツは絶対に約束だ、と、言わんばかりの目力でピースにうったえた。


「は、はい…わかりました。ご…ごめんなさい。」


そのあまりの力強さに、自分が悪いことを言ってしまったと自覚したピースが必死にクロイツに頭を下げた。


「わかってくれたらいいよ。俺はピースと一緒に生きたいと思っただけだから。な、戦友。もう、ピースも普通にしゃべって。呼び名もクロイツのままでいい。正直、ずっと敬語生活しんどかったんだよ。」


頭を下げているピースの頭を撫で、クロイツはグッと体を伸ばした。


「は…はい…、あ、いえ。うん、わかった、クロイツ。」


「うん、ありがとう、ピース。」


クロイツはピースに笑顔を見せた。

ちょうど夕日がクロイツを照らしていて、ピースはそこに神々しさを感じた。


「やっぱり無理です!」


「なんで!?」


「恐れ多いです!」


「なんでだよ。」


二人は笑い合いながら、作業を進めた。


今日一日あった現実はクロイツにとって、信じられないようなものばっかりだったが、これが今の世界なのだ、と、しっかりと自分に刻み込んだ。

またヤツらがすぐにやってくるかもしれない。

気を引き締め続けていなければ。

クロイツは自分の中にあるドス黒い感情に蓋をし、明るく皆にふるまった。

疲弊した皆一人一人に声をかける。

皆がその気遣いに心癒された。


ふと、アーシファの顔が浮かぶ。

アーシファは今日も平和な場所で笑っていますように。

クロイツは心から願った。

絶対にまた会おう。

そう約束した。

絶対に自分は死ねない。

負けられない。

クロイツはグッと右手の拳を握りしめた。


























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