血をわけた存在
3人はすぐにポッカの元へ走った。
族長のテントの中でポッカは永遠の眠りについていた。
どんな状態で発見されたかも聞いてはいたが、その最後の顔は不思議と穏やかなものだった。
「良い夢みて、寝てるみたいだよな。」
ポッカの横で着替えもせず、先ほどの戦いで血まみれの姿のまま、優しい顔をしたメッカは言った。
それはまるで愛おしい人を見ているような…。
「刺さった弓は3本。相手は一撃死。最初から本気で戦ってたら弓なんて3本も刺さってるわけがないんだ。兄貴は真っ直ぐだからさ、まず増援を呼ぶ事を優先させたんだろなって思う。それでさ、任務遂行して…敵を倒すまでは死ねなかったんだろなって思った。」
(じゃないと、俺の頭に血が登って、全部投げ出して敵を探し出そうとしちゃっただろうから。)
「ポッカらしいね。」
アーシファはポッカの頬に手を伸ばす。
冷たい…。
ポッカは本当に絶命していた。
アーシファはまた涙が込み上げてきた。
ちょっと前まで一緒にいて、話してて…笑ってて…。
もう二度とその時間は帰ってこないのだ。
グスッグスッとステーシアも涙を流しだした。
色々可愛いがってもらってきた。
たくさんのポッカの表情が頭を巡る。
アスカは黙って座っていた。
どうしたら良かったのか?
どうしたらポッカの死は防げたのか?
ずっと頭を巡らせた。
考えてないと…後悔で叫びだしてしまいそうだったから。
埋葬法はメッカの頼みで、レムリアン流でポッカの亡骸を火葬してもらうことになった。
コウシは快く了承してくれ、村の者達は火が燃えている間中、交代でハヤブサ族流の葬送の舞を舞い続けてくれた。
ハヤブサ族の死生観に、人は必ず死ぬ生き物である、故に死は悲しいものではなく、新しいステージアップと祝うべきものだという考え方があるからだ。
人は生まれ変わる生き物である。
だからそね人の魂は無くならない。
そう言い伝えられてきた。
何に生まれ変わるかは生前次第のようだ。
「ポッカさんは絶対に神になるよ!」
オハルの言葉だった。
メッカを慰めるためなどではなく、本気でそう信じていての言葉だった。
レムリアンには無い考え方だが、メッカは純粋に嬉しかった。
悲しい、悔しい気持ちが全く無い訳ではない。
魂を分けあったような存在が死んだのだ。
ただ…あまりにもポッカらしすぎて…少し尊敬してしまっている自分がいる。
自分だったら絶対に出来ない行動だったからだ。
同じ双子なのに不思議なものだった。
「神になって…見守っていてくれるか。与えられた任務は絶対最後までやり通すもんな、ポッカ。アーシファ様を守り続けてくれ。」
ユラッと大きく炎が揺れた。
ポッカからのYESだと受け取った。
次の日、ポッカの骨を、いただいた小さな箱に詰めさせてもらった。
メッカが、レムリアンの海に還したいと言ったからだ。
箱は布で包み首からさげて持ち歩くことになった。
ポッカの使っていた剣も連れて行くと、メッカは川で汚れを落とさせてもらった。
そうこうしていると、タカ族族長が現れた。
「話を受けることにした。」
とのこと。
族長は1日クロイツを見ていたが、ずっと民の手伝いをしていたらしい。
困っている人には手を差し伸べ、落ち込んだ人を笑顔にし…たった1日で皆がクロイツと仲が良くなっていたらしい。
そんな男が放った言葉。
族長は信じることにしたそうだ。
だから、クリスタル国との同盟を結ぶ。
ハヤブサ族との関わりはゼロにするつもりはないから、とお互い困った時は助け合おうとコウシと族長は約束しあった。
「あのさ、一度国に帰ろうと思うんだけど、付き合ってくんないかな?」
突然のアスカからの提案だった。
「もちろん…でも…大丈夫なの?」
老婆に勘当された話、結婚させられる話、アーシファはちゃんと覚えていた。
「大丈夫よ。ただ、おばば様に会いたくなっちゃってさ。まあ…あたいだって下げる頭は持ってんのよ。」
アスカは昨日のポッカとの突然の別れを経験して、おばば様にちゃんとお礼を伝えなきゃと思った。
後悔してからでは遅いのだと思った。
それに、ヤマトヲグナの皆にも今の世界情勢を伝えなきゃと考えていた。
アスカの提案に誰も反対するものはなかった。
昨日の今日だったことが大きいのだろう。
皆に別れを告げ、アスカはたどってきた道を皆を連れてテレポートして行く。
テレポートで移動できる距離はアスカでだいたい2キロくらい。
数十回のテレポートをすればヤマトヲグナには戻れる、が、アスカの魔力が心配だった。
魔力がゼロになってしまうとまったく動けない状態になってしまう故に、きちんと魔力を計算しながら進む必要がある。
休むようにアーシファは言うのだが、アスカはひっきりなしにテレポートを続けた。
クリスタル領域に入って休むことはできない。
またどんな目にあわされるか…
知った場所であり、2キロ範囲までしかテレポートはできない。
と、思われていた。
「あたいやら、やれると思う。」
と、突然口を開いたアスカは、海沿いの方角に移動しようと提案した。
アスカの魔力の温存の為か?と大した疑問も持たず、皆で海沿いを目指す。
一時間ほどは歩いたが、無事に海沿いにつくと、今度は全員が手を繋ぐように指示される。
「無理だったらゴメンねぇ。」
なにやら不穏な一言を放った後、一気に皆の視界が奪われた。
身体が引っ張られる感覚。
だが、一瞬ではない。
暗闇にいつまでもいる感覚がある。
アスカはひたすらヤマトヲグナをイメージし続けた。
自分はNO1魔法使い。
絶対に出来ると信じていた。
アスカは2キロの枠を超えて、しかも四人でのテレポートを成功させようとしていた。
時空が歪んでいるような…上下もわからない世界にただ体を預け、ヤマトヲグナをイメージし続ける。
たどり着きたいのはヤマトヲグナ、アスカの自宅。
ひたすら自分の自宅をイメージする。
ガタンッ
急に何か引き戻されるような感覚がして、皆地面に叩きつけられた。
繋がれた手も自然に離される。
「さ…すがあたいね…。いらっしゃいませ…あたいの…家へ…。」
アスカの大移動は成功したらしい。
アスカには見覚えしかない大好きな自分の部屋。
重い体で頭だけ動かす。
(アーシファ。メッカ。ステーシア。あれ?ポッカは?……ああ、そっか。ポッカはもう…。)
一気にアスカの意識は失われた。
バタンッ!!
アスカの部屋の襖が勢いよく明けられた。
家族の者が、急な物音に驚いて急いでやってきたらしい。
「アスカ姉さん!」
アスカの弟であるミナタは、知らない人間達の姿に一歩たじろいだが、アスカの意識がないことに気づき、慌てて他の家族の者を呼びに行った。
アスカ以外の3人も地面に投げ出された勢いで気絶してしまっていた。
「…。」
アーシファは目を覚ます。
見知らぬ天井に、横たわっている自分。
はっ!
となって、起き上がり周りを見渡す…と目眩を覚えた。
が、目に入ったその姿を見て安心した。
隣でアスカが眠っている。
呼吸と共に、膨らんだり縮んだりするアスカの腹部。
もう少しゆっくりさせてもらおう…、そう思い、もう一度目を瞑ると、なにやらボソボソと誰かが隣の部屋で話しているのが聞こえたが、内容まではわからなかった。
「アーシファ…。」
はっ!と目を覚ますアーシファ。
まだしんどそうなアスカが、こちらをみて、良かった、と笑っていた。
「結構な魔力を消費しちった。体が鉛みたい。」
アスカは無理に起き上がろうとする。
アーシファは慌てて、無理をしないように伝えたが、早く事情を説明しないとって一生懸命に立ち上がるアスカ。
閉鎖された村にいきなり知らない人間が数名現れた。
ちゃんと事情を説明しないとアーシファ達に何されるかわからない。
アスカはガクガクとする足を前に踏み出す。
限界値を超えてしまったらしい。
視界もフワフワしている。
「一緒にいく!」
頭を動かすのは少し辛かったが、それ以上に疲れているアスカが無理して体を動かしているのだ。
自分だけ寝ていられない、と、アーシファはアスカに肩を貸した。
襖をあけ、長い廊下を歩く。
先ほど話し声が聞こえた部屋はスルーし、アスカ家のリビングへと向かった。
「ただいま。」
リビングの扉を開くとともに挨拶をする、アスカ。
そこには、厳しい顔つきで姿勢正しく座る一人の男性と、不安そうに男と話ししていたらしい女の姿があった。
二人はアスカの両親である。
「アスカ…あれから何があったのか、きちんと説明をしなさい。」
アスカ父の厳しい顔つきがさらに険しくなったように感じた。
フラフラのアスカなどお構いなく、話すように促した。
アスカはアーシファに支えられながら、ゆっくりと腰を落ち着ける。
「おばば様は?おばば様からある程度話あったんじゃないの?あたいは、勘当されたけど用があって帰ってきたわけ。」
…。
「お義母様は…亡くなられて帰ってきました…。」
母が答えた。
あのとき、クロイツが流した船は奇跡的にヤマトヲグナの地に流れ着いたらしい。
しかし、あの後の事情などまったく知らないアスカとアーシファは、言葉を失った。
「一隻の船が港に流れ着いてね…そこには…物言わぬ姿になったお義母様が……貴方も、帰ってこないし、心配してたのよ…。いったい何があったの?」
…。
遅かった。
おばば様にお礼を伝える機会は永遠に失われた。
でも…なんで?
船に戻ったタイミングで見つかってしまった?
アスカの頭の中で色々な情報が錯綜した。
「答えなさい!アスカ!」
アスカ父は昔からアスカに厳しかった。
ヤマトヲグナで2番目に富豪なクニツ家は、一番の大富豪であるアマツ家に負けぬようにと、とくに躾が厳しく育てられたのだ。
何にも変わらないな…と、はぁとため息をつき、アスカは今までの出来事を話した。
クリスタルに支配されそうになっていること。
おばば様に勘当されたこと。
アーシファ達のこと。
世界がいまどんな状態にあるかということ。
「それはお前が母さんを殺したようなものだ!お前が大人しくさえしていれば…。」
「あいつらが気にくわなかったもの。あたい達から人をよこせ。自分達も行くから。なんて、こっちの話を聞く耳もないただの猿だったわ。」
「その言葉遣いもなんだ!お前は我が一族の恥だ!お前は余所者もこの地に連れてきてるじゃないか!」
「だから言ってるじゃない。アーシファはレムリアン王国の人間。今の世界でいつまでも孤立していてはうちが滅びるだけ。だから協力してもらうって言ってんの。」
「いくら他国が武器を発達させようと我々が負けるはずがない。」
ばっかじゃないの。
話にならない、と、アスカは先ほどより深いため息をはいた。
「やっぱりあんたじゃ話にならない。アマツ家に行くわ。」
誰に対して口を聞いてるんだ!
と、アスカ父は怒鳴り声をあげたが、アスカ母が必死になだめていた。
母は物静かで何を考えているのかわからない、とアスカは思っていた。
父は昔人間すぎて頭が固く大キライだった。
ヒュンとアスカはアーシファと共に家の外にテレポートした。
怒りが魔力に変わったようだ。
「あたい、家族の側にいたらいつでも限界突破できるわ…。」
先程まで確実に魔力空っぽ状態にあったはずだが、無理やりに才能をこじ開けたような状態だった。
このあたり、やはりアスカは魔法使いとして生まれてくるべく人間だったように感じさせる。
ただ、やっぱり足はガクガクで…アーシファを杖代わりに、アマツ家へと足を進める。
ヤマトヲグナのあちこちから湯気がでていて、独特の香りがする。
ここでは温泉があちこちに湧き上がっているようだ。
建造物も初めて見るものばかりで、アーシファは初めて異国感を強く感じる場所だった。
空は同じなのに不思議なものである。
あとなにやらパワーが溢れているというか…空気が違い、他の地とは違う何かを感じさせる場所だった。
先程の老婆が亡くなった話からアスカが心配だったが、アスカはただ行く道を真っ直ぐに見据えていた。
アスカの家より二周りは大きいのではないかと思われる大きさの屋敷。
庭にもあくせく働く人達がみえる。
アスカの家も他の家との違いを感じさせたが、ここはそれ以上だ。
さすが大富豪の家。
庭の掃除をしていた一人がアスカに気づき、家の者を呼びに走った。
「ヒコ様ー!!ヒコ様ー!!ア、アスカ様ですぞー!!」
ドタタタタタードンッ!
使用人の声に瞬時に反応した何者かが、2階の部屋から慌てて階段を転げ落ちてきたのが容易に想像できた。
アスカはまた小さくため息を吐いていた。
着物を乱れに乱した一人のイケメンが屋敷の外から素足で走ってくる。
品が良さそうな着物を着ているし、きっとこの大富豪の家の者なのだろうが、…なんというか…ちょっと真っすぐしかみえないタイプなのか、アスカしか目に入らないらしく、自分の身なりなど一切気にせずこちらに向かってくる残念イケメンのようだ。
「ヒコ様、お履物。」
付き人が下駄を持って後ろから続く。
「アスカ、あぁ、アスカ。無事だったんだね。君なら必ず僕のもとに帰ってきてくれると思っていたよ。」
そして相手の気持ちを読み取るということが、どうも苦手らしい。
「ヒコ、話があるの。入れて。この子も一緒に。」
アスカはヒコの言葉はスルーし、要件を述べる。
「!!聞いたか!!皆よ!!すぐにお茶菓子の用意を!!初めて素直になってくれたアスカを最大級にもてなすように!!」
背中に羽が生えたてどこかに飛んでいってしまうんじゃないかと思われるほど舞い上がるヒコ。
顔はニタニタで、アスカに手を伸ばす。
エスコートしようとのことらしい。
今までなら無視してきたアスカだが、今はヒコの立場が必要であるから手をとってもらった。
「して、話とは?」
アスカとアーシファを客間に通し、30分後、着物がさらに豪華になり、身なりをきちんと整え直した様子で現れたヒコが口を開く。
アーシファは知らない場所で落ち着かず、固まったように座っていたが、アスカは待たされすぎて寝っ転がってゴロゴロしていた。
二人の関係はずっとこんな感じである。
「ヒコ、あんたと結婚する。だけど条件がある。」
!?
アーシファは突然のことに驚きすぎて、口が空いて塞がらなかった。
「…つ…ついに…。」
ヒコはうつむいてフルフルと震え始めた。
「やっと僕への気持ちを認めてくれんだね。心配しないで。絶対に幸せにするよ…。」
ヒコは大号泣していた。
長らくの片想いだったらしい。
アスカは父からアマツ家に嫁ぐように育てられてきたが、アスカはヒコが嫌いではないが特別好きではなかったし、父からの命令なのが気に食わなくてずっと逃げ回っていた。
ヤマトヲグナの結婚適齢期は16歳である。
「聞いて、ヒコ。」
アスカはスッと起き上がり、ヒコの前に礼儀正しく正座をした。
「この国はこのままじゃいずれ世界に滅ぼされる。魔法の能力がほしい人間達にいいように使われる可能性もあるし…殺されてあちこち調べられたりする可能性もある。外の世界ではすでに私達を即殺できる武器も開発されてた。」
ヒコも顔つきが変わった。
「もう、あたいらを神だとか思ってくれるバカな人間は外にはいないの。むしろバカなのはこっちよ。いつまでも神の現し身だとか…。」
うん、とヒコは続けるように促す。
残念イケメンなヒコだが、彼は大富豪で国を操る立場の人間として育ってきたが、いつまでもこんな生き方で世界を生きていけるのか甚だ疑問に思っていた。
ヒコの両親が今の当主ではあるが、今回、クリスタルからの呼び出し状を受け、こちらから行ってみるべきだと進言したのはヒコだった。
ヒコの両親は自分らが馬鹿にされていると怒り、脅しも口だけだろうと無視する方針でいたのだ。
「この子、レムリアン王国のお姫様なの。世界を平和にする旅に出てる。あの日クリスタルで出会ってずっと一緒にきたけど…」
ん?
と、ヒコはアスカの横に目をやる。
!
知らぬ異国の少女の姿にビックリしてたじろぐヒコ。
本当にアスカしか目に見えていなかったらしい。
いつものことなので、アスカは今までどのような事があって何故国に帰ってきたのかを説明した。
「あたいは、この子なら信用できるし、レムリアンにつくべきなんじゃないかって思ってる。今の王はちょっと頭心配だけど。」
「つくとは具体的に?」
ヒコが真剣な顔つきでアーシファをみた。
今度はアーシファが自分の今までの経緯を話した。
「……王位継承争いですか…本当にバカバカしいったらありゃしないですね。」
ヒコは残念そうに首をふった。
「その王の話だと、世界統一をただ我が子に押し付けてるだけですね。そんな王のいうことなど聞く耳ももちたくないですが…貴方がたは我らのために戦ってくれる気持ちがあるという訳ですね。少数でも。」
「はい!……。」
勢いよく返事をしたものの、すぐに心がモヤモヤした。
そう、実際に戦うのは自分自身じゃない。
「いえ…ごめんなさい。私は無力です。皆にお願いすることしかできません。すみません…。」
ヒコの顔色が変わる。
いったいどうしたものか、簡単に答えをだせるものではないからだ。
ただ、このまま黙って滅ぼされるのを待つだけ…というわけにもいかない。
「ヒコ、あたいの一番の結婚条件はこっち。同じく孤立しているメカニクとの同盟を組みたい。」
「な…あの機械のことで頭いっぱいな人間達とか!?お互いどちらが優れているのかと争いになってから、ずっと絶縁状態だぞ?」
「わかってる。でもヒコならわかってるでしょ?魔法最強の時代の終わりが見えているの。科学が目覚ましい進歩を遂げてる。だから科学の力がほしい!」
ヒコはしばらく黙ったが、アスカの頭の良さをよく理解している人間だ。
「…たしかにな。わかった。話をしてみよう。向こうも頭が固いからすぐには納得してもらえないだろうが…。」
「それなんだけど、あたい達に行かしてほしいの。そのほうが話が早いから。」
それだけは許せない、もう自分から離さない、と、しばらく二人の押し問答が続く。
老婆の死もあった故、アスカにもしもなにかあったら…と、どうしても考えてしまうそうだ。
結婚の条件だ!とアスカは負けじと繰り返すが、ヒコは頑なだった。
「わかった。俺も行くならいい。」
最後の妥協案だった。
「旦那様には、ヤマトヲグナにいてもらい、何かあったらすぐに連絡をよこしてもらいたいわ。」
旦那様…。
旦那様…。
旦那様…。
その一言の勝利だった。
「…わ……わかった、妻よ。でも必ず無事に帰ってきておくれ…。無事、同盟が成功したならば祝言をあげよう。」
アスカWIN。
そして、ヒコのOKさえあれば大概のことが許される。
そういう国である。
帰り道、アーシファはどうしても結婚のことだけが気がかりでアスカに問い詰めた。
本当にそれでいいのか。
納得させる為の嘘なのか。
「ほんとに結婚するよ。全てをやりきった後にね。まあ…悪いヤツじゃないのよ。自分も結婚適齢期なんでずっと過ぎてるのに、あたいじゃないとヤダって親が持ってくる見合い話全部断ってんの。」
ただ、そう言ってアスカは笑った。
奥底の気持ちをアーシファは読み取ることは出来なかった。
「おかえりなさい!アーシファ殿!」
アスカの家に帰宅すると、客間がやけに騒がしく、二人でそこに向かってみると、そこでは盛大な宴が行われていた。
テンションの高いステーシアも心なしか酒くさい。
「アスカ…よくやった。お前はこの家の誇りだ。」
アスカの父も上機嫌で酒を煽っていた。
もうとっくに二人の結婚話がこの家にまで届いていたらしい。
ヒコの飛脚か。
「アーシファ、この国では女は道具なの。でもね、あいつはちゃんとあたいを見てくれてる。だからあたいはきっと幸せ者なんだよ。」
ポソリとアスカは呟いた。
ポッカを亡くしたばかりのメッカだが、杯を二つ頂いていて、まるで二人で飲んでるかのように見えた。
男達は夜更けまで騒いでいて、アスカ母とお手伝いの人達がいつまでもパタパタ走り回っていた。
ふと、アーシファの目が覚めた。
すっかり宴は終わったらしく静かになっていた。
うっ…
うっ…
隣から声を我慢し、すすり泣いていく音が聞こえた。
「おばば様…おばば様…。」
アスカが老婆を想い、泣いていた。
なんだかアーシファまで泣きたくなって、アスカの布団にもぐりこんで、その背中をギュッと抱きしめながら二人で泣いた。
外には聞こえないように、ただ静かに。
アスカは祖母が大好きだった。
この家で唯一、アスカを甘えさせてくれた人だった。
大好きな祖母はきっと殺された。
はやく皆を守れるだけの力を手に入れなくてはならない。
だからいくら体が辛くても動かなければ…、その想いがアスカを突き動かした。
祖母の死を聞いた瞬間から、
泣いてる場合じゃない。
そう、自分を奮い立たせた。
アーシファは、本当は泣きたかったアスカがそこにいたのに気付けなかったことを悔やんでいた。
アスカは人に弱みを見せない人だ。
むしろ、自分は強いんだって周りを圧倒するくらいの人だ。
でもアスカだって、辛かったり悲しかったりする、きっとずっと我慢している。
なのに、いつも自分は守られてばかりで…後悔ばかりだ。
そんな自分が嫌で余計に涙が出てきた。
強くなりたい。
自分だって力になりたい。
アーシファは、そう思うようになっていた。
アスカが振り向くことはなかった。
でも、涙を止めることもなかった。
アーシファはいつのまにか泣きつかれて眠った。
「狭いんだよ。……ありがとう。」
アスカは振り向き、アーシファの目に溜まった涙を拭って眠りについた。
次はメカニクの国へ。
アーシファ達はまた新しい世界を知ることになる。
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