偶然の再会

朝。

コウシはスッキリした顔で村人、一人一人に声をかけてまわった。

一人一人の顔をしっかりと見つめ、時には触れて、温かい言葉をかけてまわっていた。

それを同じく暗殺者部隊精鋭の者たちにもするので、少し不思議がられていたが、コウシはオハルのように屈託のない笑顔を見せていた。


アーシファが準備を整えていると、グルグル巻にされていた衣装を脱ぎさり、いつもの格好をしたアスカが声をかけてきた。


「今日は意地でもオハルさんを撒いて、あたいもついて行くからね!ここにいたら色々心配されてうっと〜しいったらなんの。」


「そっか。嬉しかったんだね、アスカ。」


「うっと〜しいって言ったでしょ!!」


すっかり名前呼びとなった2人。

そうやって声を張り上げたわりには、満更でもない様子に見えた。

アスカだって急に1人になって寂しかった時があったかもしれない。

アーシファは年下だから必然と自分がしっかりしなくちゃいけないって思っただろうし…。

世話焼きお姉さんのオハルの存在はありがたいものだったのだろう。

ただ、やっぱりアーシファのことが心配なのである。

次また倒れたらすぐ簡単な処置をできるようにそばにいたい。

アスカはそう思っていた。



ステーシアは1人、朝から体操に勤しんでいた。

直ぐ側にポッカとメッカの姿。

二人並ぶと誰も見分けがつかないので、朝から、昨日色々手伝ってくれたポッカはどちらか?何人もの老人に尋ねられた。


「復讐か。なぁ、ポッカ。俺がもし戦で死んだらどうする?」


メッカがふと口にしてみた。

純粋な疑問だった。


「戦士が戦で命を散らすこと。それは俺にとって最高の死だと心得る。もちろん無駄に命を投げ出すようなことなど絶対に許しはしないがな。だから答えは、盛大に弔ってやる。お前の誇りを決して汚しはしない。」


「ポッカはそうだよなぁ…。」


メッカは続ける。


「でも俺はたぶん…ポッカが誰かに殺されたらその相手を一生許せないと思うんだ…たとえそれが戦場でも…。」


これはメッカの本心だった。


「いや、お前、そこは戦士の誉れとしてお前の自慢にしてくれよ。実力じゃ俺はお前に叶わない。だけど国のために戦う気持ちだけは誰にも負けるつもりはない。戦で功績をだし、俺はお前よりすごいんだぞっていつか言ってやるからな。」


「戦士の力量見誤んなよ。いざとなったら、ポッカのほうが俺の何倍も強いよ。心構えが違うから。」


「むっ、なら勝負するか?腕立て伏せ、どっちが長くやり続けられるか。」


「おっ、たまにはイイネ。」


二人の腕立て伏せ大会が突如として開催された。




「オハル。」


「はい。」


「行って来る。言葉の意味…わかるな?」


「もちろん承知しております。ご武運を。」


コウシは最後にオハルに旅立ちを告げ、アーシファ達と共に歩き出した。


「ちょっとバカ三人組!何やってんの、置いてくわよ?」


いつのまにかステーシアまで参加していた腕立て伏せ大会は結果ドローとして閉幕した。


族長の旅立ちを見送る人々。

仲間たちは皆、自分達はいいのかとどこか不安そうであった。

コウシは笑って皆に手をふっていた。






タカ族の集落。

今日も昨日と同じ門兵達が疲れた顔で立っていたが、コウシの姿を見るなり、二人は手に持っていた槍を構えた。


「久しぶりだな。話は聞いた。俺も出向かなきゃならねえなと思ったから来た。他の奴らはみんな村で留守番しているし、俺も武器になるものは一切手にしてない。この戦争を終わらせに来た。俺を信じて入れてくれ。」


その言葉に、門兵達はすぐに武器をおろした。

ずっと同じ集落で育ってきたこの者たちもまた、コウシが嘘を嫌うことをちゃんと知っていたからだ。


「わかった。一応、そこの男二人で……?」

 

昨日より多い人数の中、昨日みた顔が二つ並んでいることに門兵は言葉を失ったらしい。


「はやくもっと普及しないかね…双子。」


面倒くさいとばかりにメッカは、コウシの横についた。

ことを察し、ポッカが反対側につく。

コウシの動きを封じろとのことだと察した動きだ。


「今日は先客がいる。先に話を通してこよう。」


門兵の1人は族長のテントに走り出し、コウシが来たことを族長に伝えに向かった。

コウシはゆっくり歩きながら辺りを見渡す。

村と似たような光景にすっかり心が傷んだ。

あんなに賑やかで陽気な部族だったのに…。

懐かしさの欠片も感じることはなかった。

ゆっくりテントに向かっていると、先ほどの門兵がテントからこちらにやってきた。


「すぐにテントに入って良いとのことだ。ただし、武器などの持ち込みは禁止するとのこと。俺が預からせてもらう。」


ステーシア達は返してもらっていた武器を全部男に預ける。

コウシは手のひらを見せ、何も持ってないとアピールした。


「まあ、あたいが魔法でなんとでもしちゃうんですけど。」


「不穏なことを言うのは辞めてください、アスカさん。」


アスカもステーシアも緊張することなく今日も通常運転なようだ。


アーシファはテントが近づくたびに胸の鼓動が大きくなってくる気がした。

昨日の記憶がフラッシュバックされる感覚があった。

テントにつき最初の一歩が踏み出せないでいる。

コウシがアーシファの肩をたたいて、先に足を進めた。


「俺だ。」


そう声をかけ一番にテントに入るコウシ。

そこには懐かしい顔があった。

小さな頃…よくちょっかいかけてはタカ族族長を泣かせていたのは、ここだけの話である。


「昨日ぶりです。お邪魔します。」


変な緊張状態にしてはいけないと、メッカは気を利かせていつもの調子でコウシの後に続いた。


!!

そこに昨日はなかった姿を見た。

ただ、メッカが古くから知る顔。


「クロイツ殿…。」


その言葉をアーシファの耳は聞き逃さなかった。

慌ててテントに踏み出すアーシファ。


「アーシファ。」


そこには、アーシファが大好きで仕方ない男の姿があった。

もう何年も会ってなかったような…勝手にそんな感覚だった。

でも身なりをキチンとし、ここまで無事に生きていたクロイツをみて、三人衆は安堵感を覚えた。

何故、ここにいるのかなどどうでも良かった。


「知り合いなのか?」


タカ族族長がクロイツに尋ねる。


「はい、同郷の者です。」


「そうか…。」


族長の安心感は増した。

クロイツはまったくの別件でここを訪ねてきたのは間違いない。

そんな偶然あるか?ともなるが、アーシファの反応を見るに、本当に久しぶりの再会に思える。

その第三者達がここでドンパチ始めるとは思えない。

族長はフーッと息を吐き、皆に座るように合図した。

だいぶ距離を置いてだが、コウシと族長は向かい合う形で座っている。


「話は聞いた。俺の命もつければ終戦としてくれること。」


「ああ、それは譲れない。」


「理由も聞いた。人質の子ども達は売り払ってしまったから復讐が怖いと…。」


「…。」


クロイツが何か思い立ったようだが、二人の話し合いの邪魔をしてはならないと判断し、様子を見ることにした。


「今でも子どもの無事を信じ、毎日祈りを捧げている女がいる。」


「それはうちだって変わらない。お前らに殺されて未亡人となった者はたくさんいる。」


「そう…結局どこかで許し、すべてをゼロにしなければならないタイミングはある。」


「…。」


「すまん。俺はあの村を守っていかなきゃならないから、俺が死ぬことは出来ない。ただ…」


コウシは衣装で隠し持っていた折りたたみ式ナイフを取り出した。


グッと身構える族長。


いち早く反応するメッカ。


グサッ

コウシは自らの右目を折りたたみ式ナイフで傷つける。

辺りに血が飛び散った。


「俺の両目をくれてやる。それで納得してもらえないか?」


族長は妻を失って暴走したあの日から、傷をみるのがひどく怖かった。

ヒッと目をそらす族長。

皆の静止も聞かず、もう片方の目にもナイフをつきたてようとした。

その時


「族長!敵襲です。ウィンダム国の連中だと思われます!!」


慌てて門番がテントに走ってきた。


「ちっ…争いを知られたか。今なら我らの土地を手に入れられると思ったのだろう。くそっ。」


コウシの右目からの出血をとめるのに、アスカは簡単な治療魔法を使った。

自称NO1魔法使いであるアスカだが、回復魔法の知識だけは極端に少なかった。

基本、ぶっ放すのが好きだったから…。


「我らの部隊をここに派遣しても良いか?一緒に戦おう。」


「な…我々は今は敵同士だぞ?」


「バカが!俺等は同じ血を分けた同じ民族だ!仲間だ!黙ってやられてるのを大人しく見てられるか!」


「そういう奴だったよな…すまん、頼む。」


了解と戦闘モードになるコウシ。

アスカの治療をしりぞけた。


「ポッカ殿、すまないが村に戻って男共を引き連れてきてくれ!!」


「承知いたしました。すぐに増援を頼んでまいります!」


「メッカ、俺は右側が見えねえ。俺の右半分、頼めるか?」


「アーシファ様の命とあれば。」


「お願い!メッカ!コウシ様を助けて!」


「合点承知!」


「行くぞ!ウィンダムは羽根を生やした鳥人民族だ!空からの攻撃に気をつけろ!」


コウシが戦いの指揮を取り出した。


「アスカ!魔法の腕前とやら楽しみにしているぞ。」


「ふん。任せなさいっての。」


皆がテントの外に走っていく。


「ステーシアさん!」


そう、読んだのはクロイツだった。


「アーシファを頼みます。」

 

「ちょ…クロイツ!!」


テントを慌てて出ていこうとするクロイツをアーシファは止めようとした。


「俺は民を安全な場所に誘導する!」


必死に手を伸ばしたが、ステーシアに止められた。

せっかく再会できたのに、まだ話もできてないのに…クロイツにもしものことがあったら…

アーシファはまた息が上がってくるのを感じた。

ステーシアはこのテントの中じゃ外の様子がなにもわからないことを懸念した。


「我々もとにかく外に出ましょう。」


二人も外に出た。


空を飛ぶ人間達の姿。


「これが…鳥人達の姿…。」


ステーシアには不思議な生態だった。

ただどうやら、高くはあまり飛べないようだ。

それでも地上から剣を振るっていたのでは、攻撃が決して当たることはない。


「離れてください!」


族長もまた自らの故郷を守るために武器を手にしてきた。

一度見たことのある品物ボーガン。

たしかにこれなら空を飛ぶ者達を射抜くことができる。

ステーシアはアーシファを体で守りながら、二人の姿が見えにくい場所に走って移動した。


ウィンダムの者達は空から弓をいってきたり、投擲したりしてくる。

中間距離からの一斉攻撃。

訓練はされていないようで一人一人の動きがバラバラなのが幸いだった。

コウシはナイフを片手に、尋常ならぬ跳躍力で各個撃破していく。

その攻撃はどれも急所を狙われる。

たとえ片目が見えない状態でも。

皆が一撃で墜落していった。


アスカはクロイツが民達を逃がす道を必死に守っている。

防御魔法だろうか?

アスカの周りに魔力の盾ができ、何人たりとも進行を許さなかった。

矢を射っても盾に弾かれる。

おかげで民達はすぐに集落を脱出できた。

何が狙いかはまったくわからないが、逃げる民をも追っかけようとするので、門兵達が槍を振り回す。

アスカは集落で大魔法を使うわけにはいかず、集落を出た後、外にいる数名のウィンダム軍達に炎の刃をぶっ放しまくった。

メッカはまったく距離の掴めない相手にはがゆさを感じていた。


「族長!私にもボーガンを貸してください!」


族長は持っていたボーガンをメッカに投げ、自らの分の補給に走った。

ボーガンを打つのははじめてだが、天才型のメッカに何の問題もなし。

感覚でボーガンを打ちまくっている。


次々に倒れ込む人間達。

無力なアーシファはそれを見守ることしかできなかった。





ポッカは森へと走った。


「こんな所に獲物はっけーん。ってあんた関係者?」


背中に翼を生やし、体に鎧を身にまとった赤髪の女とポッカはエンカウントしてしまった。


「急いでいる故、失礼。」


奴らの仲間であることを瞬時に理解はしたが、今は援軍をはやく集落に送ることが第1優先事項であると判断したポッカは走る足を止めなかった。


シュバッ

後ろから腹部に矢を打たれた。

ぐわっと吐血するポッカ。

痛い…しかし、足を止める訳にはいかない。


「あら、すごい執念ね、これは何かありそうだから邪魔しちゃお。」


新しいおもちゃでも見つけたように、女はもう一本弓を打ってみた。

しかし、殺気を感じたポッカは瞬時に進行方向をかえ避けたのだった。


「むっ。」


なんだかむきになってしまった女は絶対弓で殺してやると、素敵な笑みを浮かべた。

羽根で飛び少し距離を詰め、次は足を狙う。


「ビンゴ。」


女が放った弓がポッカの右足に突き刺さる。

一気に倒れ込むポッカ。

ハヤブサ族探知能力地域まであと少しなのに…。

そう、これはポッカだけに与えられた任務なのである。

こんな所で…倒れ込んではいられない。


「なんて根性。それには敬意を評して心臓一発貫いてあげなくちゃね。」


必死に立ち上がり、痛みにこらえながらまた走り出すポッカ。


「ポッカのほうが俺の何倍も強いよ。心構えが違うから。」


我が魂を分けた弟の言葉。

信用を失う訳にはいかんのだ。


走る走る。


グサッ

矢はポッカの心臓付近にぶっ刺さる。

勢いで、ポッカは前受身を取り、その場にすべりこんだ。


「何奴っ!!」


1人の男が森から飛び出した。


「兄貴…ポッカの兄貴ですよね?これは…。」


「集落襲撃。すぐに皆で現場に向かわれたし。」


男は事を瞬時に理解した。


「捕まれ。村で手当てしてもらったほうがいい。」


男がポッカを肩から引っ張り上げようとした。

が、すぐにポッカはその手を払った。


「我が任務、まだ残りけり。はやく助っ人に行ってください…。」


吐血しながら話すポッカに男は戸惑ったが、戦場での迷いは命取りになることを知っている。

ポッカには迷いはない。

やるべきことはまかせるべし。

男はすぐに指示に村へ戻る。


「私に…負けはありません…お待たせいたしました…お相手願います。」


最後の力を振り絞り立ち上がる全身血まみれのポッカ。


女はその姿に笑顔を浮かべ、最高の敵との出会いを神に感謝した。


フーッと息を吐き切るポッカ。

辺り一面ポッカの血まみれとなっているが、ポッカの目は死んでなかった。

剣を構える。


女は馬鹿だと思っていた。

遠距離武器に近距離武器など通じない。

届く前にやられるが定石。

次こそは心臓一突き。

一瞬で決めてやると、狙いを定めた。

…。

いない!


「痛…。」


ポッカは最後の馬鹿力、一瞬で女に詰め寄り、下から体を切り上げていた。

心臓をつらぬいて。


女は大量の血液を吹き飛ばし、ほぼ一瞬にして即死していた。


はぁはぁと横向きに倒れ込むポッカ。

一気に力の抜けたポッカから血の海が広がっていく。


「あとは奇跡にまかせるべし…。良かった…あいつ復讐心に飲まれることはねえな…。」


ポッカはゆっくりと呼吸をしながら、静かに目を閉じた。




フッ

脳がグラつくような感覚がしたメッカ。

一瞬、ポッカの顔が浮かんだ。


うおぉぉぉぉーっ!!


男達の雄叫びが集落に響く。

ハヤブサ族の増援がついたのだ!


速い。


皆の身体能力が尋常ではなく、自分の名をあげなら鳥人族達を各個撃破していく。

一気に優勢となる。


「ちっ…戦争中だと聞いていたからチャンスだと思ったのに…。引くぞ!!」


鳥人族の一人が声をあげた。

それに伴い残った数名の鳥人族達が、風に流されるようなスピードで、慌てて集落から去って行った。


「やったな。」


コウシはタカ族族長に声をかける。


「…ありがとう、コウシ…。」


族長とコウシは互いの手を合わせた。


メッカは戻らないポッカに何かあった事をすぐに察した。





皆で亡くなった者達を弔い終えた後、再び会談は行われた。

コウシとタカ族族長。

それにアーシファ達。

クロイツ。


「さっきの条件は忘れてくれ…コウシ。」


「ああやって他国から侵略されることなど頭になかった。お前達の存在が、ずっとこの集落を守っていてくれたんだな。すまなかった。」


族長はコウシに陳謝する。


「俺達の存在が復讐の対象になる…。その考えは全然間違いじゃない。その可能性はあった。」


「あの…すみません。僕から一つ提案があります。」


二人の間に割って入ったのはクロイツだった。


「僕は、今日クリスタル国を代表してこちらに伺わせてもらいました。こちらがその証です。」


クリスタル!?

と、アーシファ一同は皆が驚く。

クロイツが証を差し出したのは、クリスタル国にある3つの街の代表者からの連判状だった。


「タカ族の皆様、武器の流通はすでにしているようですが、正式に僕たちと同盟を結びませんか?条件などありません。ただ今回のようなことがあった時にはすぐに援軍を出すことをお約束します。今までも武器の取引はしていたようですし、信用は充分なはずです。そうすればハヤブサ族のことで反感をかう心配は一切無くなります。ハヤブサ族の皆様は森で静かに安全に暮らすことができますし、お互いにとって悪い話ではないと思います。もちろん、お互いの交流の制限もいたしません。」


クロイツにはそんな権限もあるのか…。

それは世界平定に向かって、確実にクロイツの手が進んでいることを意味する。


「条件のない同盟。たしかにありがたいことだが狙いが見えねぇ。俺らと同盟を結んで何になる?」


「平和な世界を増やせます。」


…。

皆が絶句した。

クロイツは裏表のない真っ直ぐな瞳で即答したからだ。

先ほどの急襲だって、一人逃げ出しても何の問題もないのに、無力な民達を本気で守ってくれていた。

この男の目はコウシに似ている、族長はそう思った。


「俺が口を出していいことじゃねぇのはわかってるが言わせてくれ。」


コウシが声を上げると、族長は話せとばかりに頷いた。


「俺は賛成だ。俺達も貴様らが困っていたら助けには来たい。だが、お前の懸念はもっともだと思う。俺達は暗殺業からは足を洗う。だが、復讐の芽がどこに芽吹いているかはわからない。俺達とはスッパリ縁を切ったほうがいいと思う。」


クリスタル国が本当に言う通り、何の条件もなくの同盟であるのならタカ族にとっては願ったり叶ったりの話である。


「1日考えさせてほしい。だからクロイツはこの集落の空きテントで1日待っていてほしい。コウシ、貴様らははやく村に戻ってやれ。オハルも心配しているだろう。結果はきちんと俺自ら話に行く。」


族長は信用は出来る話だとは思ったが、1日クロイツの様子を見て判断しようと思った。

クロイツの人間性、そこをちゃんと自分で見極めて答えを出したかった。


解散となり、アーシファはすぐにクロイツに声をかけた。

色々話たかったからだ。

クロイツもまた同じ気持ちだった。

コウシはメッカと共に先に村へ戻るといい、ステーシアとアスカが、アーシファの話終わりを集落で待っていてくれることになった。

二人で話す時間をもらう。

ステーシアが何やら不満そうな顔をしていたが、

空気を読め、

と、アスカにズルズルと引きずられ去って行った。


「こんなに離れてたの。いつぶりだろうね?」


クロイツがちょっと照れて口を開いた。


「…うん。」


なんだかアーシファも照れてしまい言葉が続かない。


「アーシファが無事でいてくれて良かった…。でも、いつ今日みたいなことがあってアーシファの命が危険にさらされるかわからない。俺はアーシファにそんな目にあってほしくはない。」


クロイツはそう言うと、今日の自分の行動にハッとした。

クロイツはたしかに一番にアーシファのことが気にかかった。

だがその時にクロイツがとった行動は、ステーシアにアーシファを託し、自分は他の人間達を守ることに必死になっていた。

アーシファと再会できて嬉しかった。

今も照れてしまったくらい、アーシファを好きな気持ちに何も変わらない。

だけど…クロイツは自分のやりたいことは、もうハッキリしていた、それがわかった。


「俺は本当に世界を平和にしたい。」


アーシファと結婚出来ないからとかじゃ決してない。

心の底から平和な世界を望んでいる。

クリスタル国で今の世界を知り、タカ族の皆の姿をみて…戦争は憎しみの連鎖をうむこと、犠牲になるのは若い命、残された者達は生きる希望を失ってしまうこと…人の命を奪うのが当たり前の世界であること…。

そんな世界は間違っている。

皆、関わってみるとただの一人の人間なんだ。

クロイツは戦争に対して強い嫌悪感を抱いていた。


「アーシファ、君はもうレムリアンに帰っててほしい。俺が必ず、世界中を平和で明るい世界にして見せる。王位は君が継げばいい。世界中を平和にして、君が安心して暮らせる世界になるようにするから。絶対にして見せるから。」


アーシファの心は素直にその言葉を受け止めることが出来なかった。

心配してくれる気持ちは嬉しい…嬉しいけど…。


「じゃあ、一緒に一緒に世界を平和にしようよ。皆がいれば心強いし、それに…。」


「それは出来ない。アーシファ、君を危ない目に合わせる訳にはいかない。そこだけは譲れない。」


「危ない目ならもういっぱいなってる!でもこうやって生きてる!そりゃ、守られてばっかりだけど…私なら…。」


「話、終わろう。俺の意見は譲れない。アーシファ…たのむから、帰ってくれ…。」


「帰れるわけ…ないでしょ…?お母様…泣いてた。ずっと騙されてたんだって…泣いてたの…。」


アーシファは口にするだけであの時の感情を思い出し、涙が込み上げてきた。


「私はリザにいつも面倒みてもらってきたし、悪いのは全部お父様だってわかってるよ。…でも…お母様は怒りながらも…お父様を嫌えなくて泣いてたの…。心が痛かった。だからこそ私は、王位を継ぐの。今、中途半端に帰ってもお父様は絶対に私を認めてはくれない。お母様にもあきれられてしまう。私はやるの…。」


…。

沈黙。

お互いの気持ちを、お互いが深く理解してしまった。

だからそれ以上、自分の意見を相手に押し付けることは出来なかった。

…。


「アーシファ。」


長い沈黙を破ったのはクロイツだった。


「気持ちはわかった。お互い、同時進行で平和な世界を増やそう。二人でやれば2倍だ。」


クロイツはそう言って、アーシファの涙を拭い、微笑む。


「絶対、お互い生きてまた逢おう。色々何があったか、たくさん話をしよう。約束だ。」


クロイツはギュッとアーシファを抱きしめた。

自分が抱きしめる側なのに、心があたたかく落ち着いていくのを感じる。

ずっとこうしていたい。

そう思うくらいに。

アーシファもまた、ゆっくりと手を伸ばし、クロイツを抱きしめ返す。

ギュッとされているのに呼吸が整っていく気がした。

強い安心感。


野次馬をしていたステーシアとアスカ。

アスカは、

あらま!

と、嬉しそうだったが、ステーシアはそういうわけにはいかない。


「アーシファ様!!そろそろ戻るっすよ!!」


ちょっと!っと、アスカがステーシアの頭をはたく。

アーシファとクロイツは慌てて離れた。


束の間の幸せな時間。

二人はお互いを信じ合えている。

それがアーシファの心に勇気を与えた。


3人は帰路につく。

アスカは興味津々で、ステーシアはひどくご立腹。

それでもワイワイと楽しい帰り道だった。

アーシファは、久しぶりにこんな時間を過ごした気がした。


しかしその頃、村は深い悲しみに包まれていた。

村人総出でポッカの命を助けようとしたが、それはどうしても叶わなかったのだ…。









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