人たらしの才能
クロイツはゆっくりと船を港につける。
すでに辺りはすっかり真っ暗となっていた。
最小限の荷物だけを持ったクロイツは、アーシファ達の足取りをまず追おうと考えていた。
どうしてもちゃんと話がしたい。
その考えを捨てきれずにいた。
街をプラプラ夜中に歩くクロイツ。
クロイツはまだ15の少年だが、王家と共に過ごしてきた為、所作が美しく、とても15の少年には誰の目からも見えなかった。
高身長なこともあるだろう。
おかげで変に絡まれることはなかったが、怪しい女性からは声をかけられた。
あまり女性慣れしていないクロイツは逃げるようにその場を去った。
レンガ造りの街を進むと広場の方で、なにやら人だかりが出来ていることに気づく。
もしかしたらアーシファ達とか?と、淡い期待を込めて、クロイツはその広場に走って向かっていった。
しかし、そこで見たのはあまりにむごい惨状だった。
「この者は、先刻我が家式に忍込み盗みを働こうとした他民族の者である。本日、この者の国と和平の話をしていた。しかし、最初から狙いは我らの武器を盗むことにあったのだ!」
「ち…違う…違う…ぞ…。」
広場の真ん中で演説をする男の直ぐ側に、板に括りつけられ目隠しをされ、決して身動きできないようにした上で、腹に槍を刺された老婆の姿が見えた。
クロイツは一番前まで人混みをすり抜けた。
一体何ごとなのか?
「和平を結ぶと嘘をつき、盗みを働くなど人間のすることか!?そしてこの女はヤマトヲグナの者!魔法とかいう訳のわからない力を扱うまるで悪魔のような血筋の人間だ!」
「悪魔…。」
「え…怖い。」
「ここにいて大丈夫かしら。」
「でも、ゲタル様の命は絶対でしょ?最後までいなきゃ。」
様々な人達の声が聞こえる。
魔法を使う国があることをクロイツはアーシファと共に学んでいた為、その存在に驚くことはなかった。
むしろ、悪魔などとののしるこの男にひどい不快感を覚えた。
「この服装、姿をよく見ておけ!もしこのような格好をした者がいたらすぐにうちに報告にきてくれ。髪が真っ黒な者もだ。いいな!?」
はいっ!!
街人達は一斉に返事をする。
「後始末を。」
そう言って男はクルリと向き直り歩き始めた。
すると瞬間、板のそばにいたもの達が一斉に弓矢のようなもので老婆の心臓や腹部を貫いた。
キャーッ
と一気に人々はその場を逃げ出した。
クロイツは目の前で起きた情報を脳が処理するのに少し時間を有した。
「あとは適当にバラしといてくれ。」
今度は、弓矢らしきものを持った男の一人がいかにもガラの悪そうな男達に金貨を渡し、その場を去っていった。
金貨をもらった男達は金貨を数え、
仕事だ
と、モノのようにその板に括りつけられた老婆を蹴り飛ばし、どこかに運び出そうとしていた。
「ま、待って!」
クロイツは思わず叫んでいた。
なんだあ?と言わんばかりにクロイツを睨みつける男達。
「その…仕事?俺にやらせてほしい。」
子どもだと思われたら舐められる。
クロイツはわざと胸をはって体格の良さをみせつけるようにして言った。
男達は一瞬顔を見合わせたが、
ただ金とはありがてぇ、ちゃんと海に沈めとけよ?
と、そう言って、金貨を片手に口笛を吹きながら上機嫌に裏通りの方に消えていった。
「ひどい…。」
クロイツは丁寧に、目隠しやきつく体を縛り付けていた縄を外して行った。
そして、小さく細いその体を木の板からゆっくりと地面におろした。
「ありがとう…ねぇ…。」
「うわあっ!!」
すっかり心臓を貫かれていたので、もうすっかり亡くなっていたと思っていた老婆が、急に喋りだしたもんでクロイツはひどくビックリして変な声を上げてしまった。
「すまない、すまない…。もうほぼ死にかけのババアじゃよ…魔法使いの残留思念じゃ…。」
「残留思念?」
「最後の馬鹿力みたいなもんさ。お前さん…ありがとうね。それだけ伝えたかったんじゃ…。」
老婆の顔が笑みを浮かべ、体から何かキラキラしたものが放たれていった。
それはあまりに綺麗なもので、クロイツはしばらくその光に見とれていたが、ハッと我に帰り、老婆を埋葬してあげなくてはと思った。
レムリアン王国では、人が亡くなったら火葬をし、残った骨を海に沈めるのが常識である。
しかし、先程の男達の話だと海に沈めるのは同じ埋葬の仕方のようだが、あくまで証拠隠滅をはかるような印象だった。
悩んだクロイツは、板や縄などは海に投げ捨て、老婆は自分が乗ってきた小舟に乗せて流してあげることにした。
もしかしたら…すごい低い可能性かもしれないけど、生まれ故郷に帰れるかもしれない…そんな淡い期待を込めて。
「おいっ、君!」
!
旅立つ老婆を見送っていたら後ろからこえをかけられて、クロイツはまた変な声をあげそうになった。
「はやく、こっちに。もしもこんなことがゲタル様に知れたら大変だ。」
声をかけたのは、30代後半くらいの男性で、顔を見られないようにか深く帽子をかぶり、ランプを右手にかかげて、クロイツを照らしていた。
よくわからないまま、ただ良い人そうに感じたその人の後についていくと、広場から少し入り組んだ家の中に案内された。
「あなた、おかえりなさい。」
中には同じ年代だと思われる女性がいて、男性の顔を見て安堵の顔を浮かべていた。
ここは二人のお家らしい。
「君…いったいどこから来たの?この街ではゲタル様に歯向かう者は誰でも公開処刑されてしまう。君も見つかっていたら危なかったんだよ。わかってるのかい?」
男は、家に帰宅できたことにホッと一息つき、クロイツに向けてちょっとキツめに言葉をかけてしまった自分にハッとした。
「いや…すまない。君がしてくれたことは決して間違いじゃない…間違いじゃないんだ…。あの老婆も安らかに天国に帰れただろう…。…すまない、ありがとう。」
「??はい…。」
「私はミゲル、君の名前を教えてくれるかい?あといったいどうして一人でこの街にやってきたのかと。」
クロイツは目の間の男性からなんとなく優しさを感じていたので、全部正直に話をすることにした。
「というわけで、レムリアン王国の使者として参った訳ですか…僕くらいの年齢の少女と、3人組の男の四人を街で見かけませんでしたか?」
「あちっ!!」
ミゲルは安心したくて吸い出したタバコを自分の足に落として騒ぎ出した。
あまりにも突拍子な話に同様が隠せずにいた。
奥さんが慌ててタバコの火を消し、家の安全は守られた。
「なに、すると?するとだ。クロイツはレムリアンから使者としてやってきて、王の隠し子で、少女を探していて、老婆を埋葬して…。」
「あなた!しっかり!」
奥さんがペチペチとミゲルの頬を軽くはたいた。
「一回…落ち着こう。今日はここで休みなさい。」
グーッ
と、ナイスなタイミングでクロイツのお腹がなった。
そういえば朝から何もたべて無い。
「なにか食べるもの、用意するわ!ちょっと待っててね。」
奥さんが慌てて台所へ走っていった。
奥さんの家庭料理がまた美味しくて、久々に母の料理を恋しく思うクロイツ。
ありがたいことに、ベッドまで使わせていただきグッスリと朝まで安心して眠りにつくことができたのだった。
次の日、ミゲルが少し近所の方にアーシファ達の事を聞いて回ってくれたそうだが、見たことのない四人組など誰も見ていないとのことだった。
クロイツの昨夜の行動に感銘を受けたミゲル夫妻は、しばらくうちを宿にしてクロイツ自身も色々聞き込みをしてみると良いと提案し、
はやく再会できると良いね
と、奥さんがお弁当をクロイツに持たせてくれた。
クロイツはまず海へと向かい、昨夜の老婆に手を合わせた。
その後、まずは街を探索してみることにした。
もしかしたらまだどこかにアーシファがいるかもしれないという想いが強かったからだ。
昨夜の雰囲気だとアーシファ達ではなく、ヤマトヲグナという国と交渉を行っていたらしいから、まだ彼女達は動けていないはずというのがクロイツの読みだった。
やがて、昨夜の広場に出た。
広場には楽しそうにボールで遊ぶ子ども達の姿があった。
クロイツは小さな頃のアーシファを思い出し、懐かしい気持ちになった。
すると、遊んでいた子どもの一人がボールを大きく蹴り外し、勢いよく地面に頭を打ちつけてしまったのである。
慌てて駆け寄る、クロイツ。
心配そうに集まってくる他の子ども達。
呼びかけるが反応はなく、頭からゆっくりと血が流れだしていた。
「やばい、こいつん家の親、ちょっと金持ちだからってうるせえんだ。だから遊んでやってたんだけど…。」
「これじゃあまた何言われるかわかんない…。」
怪我の心配より自分達の身を案ずる子ども達。
どうやら、少し特別扱いが必要な家庭の子らしい。
が、クロイツにはそんなことどうでもよく、
「この辺りにある病院を教えてくれるかい?すぐに連れていきたい。」
と、子ども達に尋ねた。
子ども達は事を理解し、こっち、とクロイツを案内した。
クロイツはあまり頭が動かないように倒れた子を抱えあげ、子ども達の後をついて行った。
「すぐに連れてきてくれて良かった。あとは任せない。」
街医者はクロイツから話を聞き取り、子どもの事態を瞬時に把握し、すぐに処置に入ってくれた。
ホッとしたのも束の間、あの子の両親にこの事を伝えなければならない。
しかし、話を聞こうにも一緒に遊んでいた子ども達はひどく怯えていた。
それは自分達がなにか罰を受けるかもしれないという強い不安からのものだった。
聞くと、先程の子の親は街の中でもなかなか資産家の子で、それはそれは大事に大事に我が子を育てているらしい。
それだけであれば素晴らしいことであるが、何かあるとすぐに他人のせいにし、皆の前で激しく叱責したり、酷いときは手を挙げることもあるらしい。
この街は力が支配する街なのだ。
クロイツはしばらく考えると、
「よし、俺に任せろ。その子の家、教えてくれるかい?」
子ども達は内緒にしてとすがったが、一緒にボール遊びをしていた中でのただの事故なんだから怯える必要はない、と、俺を信じて任せてほしい、と子ども達に一生懸命に伝えると、仕方がない、と渋々案内してくれた。
「すみません。クロイツと申します。誰かいらっしゃいませんか?」
すぐに中から豪華なペンダントを身に着けた女性が現れた。
知らない顔に一瞬の戸惑いを見せる。
「すぐに病院に来てくれませんか?お子様がボール遊び中に強く転んでしまい、頭を負傷してしまいました。僕が一緒に居ながら申し訳ございません。」
「な…あの子が…またあんた達なのっ!!」
鬼のような形相になる女に子ども達は縮みあがる思いがした。
「いえ、子ども達と僕とで勝負をしていたのです。その中でお恥ずかしながら大人げない行為をしてしまい…怪我をさせてしまいました。本当に本当に申し訳ございません。」
内容はまったくの嘘なのだが、深く深く頭を下げるクロイツ。
「すぐにお医者さんが処置をしてくださっています。お子様が目を覚ました時に不安がっては可哀想ですから、はやく病院へ向かってください。僕もすぐに向かいますので。」
女はハッと我に返った。
たしかに可愛い我が子を不安がらせるなんて親としていけないこと、そう信じ、彼女は着の身着のまま病院の方角へ走り出した。
「お兄ちゃんは何も悪くないのにどうして?」
「あとでどんな仕返しをされるかわからないよ?」
「ごめんなさい。」
子ども達が様々違った反応を見せた。
クロイツが罪をかぶり、自分達を守ってくれたことはすぐにわかったからだ。
「大丈夫。大丈夫だから。」
一人ずつの頭をなで、クロイツはすぐに病院に引き返した。
「大丈夫ですから、今しばらくお待ちください奥様。」
病院の外で看護師と押し問答をしている例の母の姿があった。
「いったいどれだけの怪我なの!?事によってはあの男をうったえなくちゃ!ちゃんと診断書をお願いね!いつまで待てばいいの!?本当に任せていて大丈夫なのよね!?」
昔からよくある事らしく、看護師の女はハイハイと適当にあしらっているように感じさせる。
「大丈夫です。信じて外でお待ちください。」
声をかけたクロイツはその姿をみて、何か落ち着かせる材料が必要だと思い、リラックス効果のあるお茶を売っているお店を探し走った。
幸い港町である為、様々なものが手に入りやすい。
お茶を手に再び病院に戻ったが、二人のやり取りはまだ続けられていた。
「お母様、こちらで少し待ちましょう。お茶をお持ちしました。看護師の方にも治療の手伝いをお医者さんと一緒にしていただけたら、もっとはやくお子さんは回復されると思います。」
正論だった。
キッと子の母はクロイツを睨みつけ、クロイツの手にあるお茶を乱暴に取り上げ、病院の直ぐ目の前にあるベンチに腰かけグビグビと良い音をたてて一気に飲み干した。
ずっと叫びっぱなしで喉が乾いていたのだろう。
クロイツが看護師に目配せすると、看護師は軽く一礼し、病院の中へ戻っていった。
子の母は苛立ちが隠せないようで、今度はクロイツに噛みつき始めた。
「あんた、この辺りじゃ見かけない顔ね。いったい何者なの?もしあの子に何かあったら絶対ただじゃおかないから。」
少し抑え気味になったものの、まだまだ鋭い眼光でクロイツを睨みつける。
「僕は…」
と話ながら隣の席に腰かけるクロイツ。
「僕はレムリアン王国から来た使者です。クロイツと申します。同じく使者として使わされた者を探しながら街を散策しておりました所、広場で皆が仲良く楽しそうに遊ぶ姿に懐かしさを覚えてしまいつい…本当に申し訳ありません。」
「謝ってすむ問題だとは限らないわ。取り返しがつかないことだったらどうするの?大の大人が…。」
と、ふときちんと目を向けたクロイツの幼い顔つきにハッとなった。
背恰好は大の大人に見えるが、まだまだあどけない少年の顔に気づいてしまった。
「な…あなた本当に使者?まだ子どもじゃない。」
「はい、僕らの国では15歳はもう立派な成人ですから。」
「な…。うちでは18で成人よ?それでも早いくらいだと思うけど…。まあでも、そんな若さで使者にさせるなんて、あなたのお母様は子どもに対する愛というものがまるで薄っぺらいのね。」
その言葉にはさすがのクロイツも一瞬イラッとしたが、同じ土俵にあがってはならないと自分を言い聞かせゆっくりと口を開いた。
「母はすでに他界しております。」
「……そう…。」
まだあどけない少年。
失った母。
我が子がもし同じ状況になったら…と考えてしまった。
「先にお礼を言うべきではないのかね、キャロル殿。」
病院から処置を終えた医者が隣の母に声をかけた。
キャロルと呼ばれた母は慌てて立ち上がり医者に子どもは大丈夫なのか詰め寄ろうとした。
「お礼が先じゃ。」
…。
キャロルは渋々小さな声でクロイツに
ありがとう
と告げた。
「この者がすぐに運んできてくれなかったらどうなったことかわからないぞ。大丈夫。あの子は時期に目を覚ますよ。」
良かったぁと、その場に座り込むキャロル。
「なあ、キャロル殿。お前さん、旦那を亡くしてから女で一つで子どもを守らなきゃいけないって必死になって頑張っているのはわかる。だけどな、ちと周りにちゃんと目を向けられていないんじゃないか?今回もこの者が子どもを傷つけたんじゃない。この者は命を救ってくれたんじゃよ。周りの子ども達だってただ一緒に遊んでいただけ。あれは、確実に自分で招いた怪我じゃ。」
「自分で招いた…?」
「うむ。あの子は本当は運動が苦手じゃろ?しかし友達の輪にいたくて、楽しく遊びたくて本人には難しいボール遊びでも皆の中に入っていた。友達が欲しかったからじゃ。なのにお前さんは子どもが怪我をする度、病院に連れてきては診断書を出せ、被害届だといつも騒ぎ立てる。友達との心の通い合わせはさぞ難しかったであろうよ。」
「あの子の邪魔を…私が…?」
「そうじゃ、誰よりも我が子を大切にするお前さんは素晴らしい。じゃが、少し肩に力が入りすぎなのじゃ。子ども達は食事と睡眠さえあれば自分でちゃんと学び育っていく。キャロル殿、お前さんとアイツの子じゃ。何も心配なんかなかろう?」
キャロルはグーッと抑え込んでいた涙をついには抑えられなくなった。
「あの人に申し訳ないから…あの子を立派に育てあげなくちゃって…。」
グスグスと涙を流しながら話すキャロル。
「キャロル殿、人を頼りなさい。一人でなんでも頑張り過ぎなんだ。あとは外の世界と関わり合いなさい。皆がキャロル殿を助けてくれるだろう。」
そう、夫を亡くしてからキャロルは全部自分で背負い込んでしまっていたのだ。
資産家である為働く必要はなく、ただ家事や子育てだけに力を入れ、そして自らが閉ざした世界でたった一人で全部やろうとしていた。
他の街から嫁いできたキャロルには相談相手もいなかった。
夫の葬儀でも、夫の両親に叱責されていた。
お前がついていながら…と…。
だからといって周りに当たり散らして良い訳では決してないのだが、キャロルはずっと孤独だったのだ。
本来であればとても思いやりのある優しい女性なのである。
「キャロルさん!目を覚ましましたよ!」
病院の中から先程の看護師が飛び出してきた。
涙をグイッと拭き、すぐに病院に入っていくキャロル。
医者もクロイツに一礼し、病院に戻っていた。
「へぇ〜そんなことがね。」
仕事途中のミゲルに出食わし、お昼を一緒に食べながら先程までの一連の出来事を説明するクロイツ。
ミゲルもキャロルの横暴さはよく知っていたが、内情までは詳しく知らなかった。
ただ嬉しそうに時折笑い声をあげながら、クロイツの話をミゲルは聞いていた。
「君のその誰かを助ける為ならばすぐに行動にうつせるとこ。ほんと尊敬するわ。君みたいな人がこの街のトップにいてくれたら、全然違った世界になっていたんだろうな…。」
街の現トップはあのゲタルである。
ゲタルの話をする時は苦虫を潰したような顔をして、なんとも言えない感情がいつもクロイツには伝わってきた。
「とにかくあいつにだけは気をつけろ。」
それが昨夜からの1日で何度も聞かされた言葉だった。
それからしばらく街を散策していたが、アーシファ達らしき姿も、なにか変わったような様子も街中では見受けられなかった。
「そういえば困った時は酒場で話を聞くのが王道だって聞いたことがある気がする。」
突然のヒラメキに、クロイツは酒場を目指すことにした。
ちなみにレムリアンではお祝事では子どもも皆で酒を嗜む。
故に、まだ成人したばかりのクロイツにお酒への抵抗は全く無かった。
さすが港街。
珍しい食材を使った小料理屋や、国伝統料理の店、様々な店が集まった地域を見つけた。
たくさんの食堂街の中で一軒の酒場を見つける。
入口から地下へと続いていて、なんだか薄暗い感じのする店だが、一応店は開いているらしく、一人の客がカウンター席につき、ビールジョッキ片手にゆっくりとこちらに目をやったようだが、すぐに興味をなくしたようだ。
薄暗くて距離があると顔も認識しづらい。
しかし、これがこの店のうりなのかもしれない。
「いらっしゃいませ。しかし、こちらではお酒の取り扱いしかありませんが間違いはございませんか?」
近くまで寄ってきた店員は幼いクロイツの顔を見て、普通の料理屋と勘違いして店に入ってきてしまったのではないかと思ったようだ。
「大丈夫です。温燗をください。」
!?
店員はビックリしたが、好きな席に座るように誘導し、すぐに酒の準備にかかった。
温燗。
まさかまるで子どものような男がいきなり注文するとは思えない種類だった。
酒にも各国で色々な違いはあるのだが、あまり重要ではない為はしょらせていただく。
クロイツは、カウンターの男より二席分離れた場所に腰を下ろした。
客からの情報が欲しかったが、いきなり色々聞き取り始めるのはさすがに怪しまれると思った。
「はい、温燗一丁。お客さん新顔だね。観光客かい?」
「はい、そのようなものです。」
お銚子とお猪口を用意されていたが、お銚子まるごとグイッと一気に飲み干した。
この姿にもまた店員はひどく驚いた。
この客は酒の飲み方も知らないのかもしれない…。
「おかわりを。」
そのやりとりが5回ほど続いた頃、店員は答えを導き出すことができた。
この客は半端なくお酒に強い。
まさにその通りで、小さな頃からお酒に触れてきたクロイツだが、今までにどれだけ浴びるように飲んでも酔いすぎたなんて経験を一度もしたことがなかった。
次のおかわりを頼もうとした時、ずっと黙っていた客が口を開いた。
「あんちゃん、良い飲みっぷりだねぇ。一杯おごらせてくれ。」
客は男のようだ。
どこかで聞いたことのあるような声。
男が頼んだのは一杯などではなく、一升瓶であり、アルコール度数もそこそこに高そうなものであった。
「これも同じように飲めるかい?強要はしないぜ。酒は飲みすぎると体によくないからな。」
※これを読んでくださっている貴方には絶対にやっていただきたたくない内容ですが、クロイツに関しては特別に目をつぶってくださると幸いです。
それくらいクロイツは酒に耐性のある男なのです。
クロイツは、こくっと頷き一気に一升瓶のお酒を体に流し込んだ。
水分でお腹はパンパンとなってしまった。
…。
店員も男も、平然としているクロイツに目を丸くすることしか出来なかった。
しかし、しばらくすると男は急に笑い声を上げ始めた。
「ハッハッハ。大したもんだ。あんちゃん、今日は俺のおごりだ。好きなだけ飲め。さぁ、ここに座れ。」
機嫌を良くしたらしい男はクロイツを隣の席に座るように促した。
クロイツは一礼し、席について男の顔をみ上げる。
一瞬の驚きを隠せなかった。
そこにいた客はなんとゲタルだったのである。
顔が変わったのを見逃さなかったゲタルが口を開いた。
「ああ、俺のことは知っていたか。俺はゲタル。この街を治めさしてもらってるもんだ。まあ街民には嫌われちまってるがな。あんちゃん名前は?」
これは紛れもないチャンスである。
昨夜の一件は許せない出来事ではあったが、この男なら何か知っているはずだ。
クロイツはそう信じ、ここでも正直に話してしまうことにした。
「……レムリアン王国からの使者か…。レムリアンがこの地を狙っているというのは紛れもない事実なのだな…。」
それを聞いたゲタルはビールを口にしながらも真剣な顔つきになっていた。
「もしやすでにアーシファとお会いになりましたか!?」
…。
ゲタルは黙る。
「俺は確かに昨日、レムリアン王国から来たという自称姫さんと会った。まあ消えちまったがな。しかしクロイツ、いまあんちゃんはその女を名前で読んだ。あの娘は本当は王家の人間ではないのか?」
クロイツは先にアーシファについてを聞きたかったが、ここは絶対に選択を間違えてはいきけないと判断した。
とはいえ、嘘など自分の為につくことはできないクロイツは、王家の内情までも正直に話すことにした。
自分が王の隠し子であり、アーシファとずっと育ってきたこと。
どうせいつかはバレる話である。
「…大人ってのはつくづく勝手な生き物だよな…クロイツ。まあ、飲め。」
ゲタルの反応は意外なものであった。
再びお銚子に戻り、ゆっくりとゲタルと酒を飲むクロイツだったが、ここは必ず取引めいた話をされる気がしていたからだ。
「俺はな、親の顔も知らねえ孤児だった。戦争孤児とかじゃねぇ。捨てられたんだ。赤ん坊の時にな。それからずっと孤児院で暮らしてきた。毎日毎日空腹でよ…力の強さが全てな世界だった。だから絶対にのし上がってやるって決めていたんだ。」
ゲタルにそんな背景があるとは思いもしなかった。
昨晩の残虐なイメージしかなかったからだ。
だがここにいるゲタルは、昨晩から一転、街のトップとしてのゲタルではなく、一人の人間ゲタルとして存在しているようだった。
ペースはゆっくりになったとはいえ、お酒を飲み尽くすたびにそれに気づき、店員に注文をしてくれる。
自分の身の上話を聞かせてくれる。
もしかしたらこの男もまた、孤独の中でずっと生きてきたのかもしれない。
ふと、クロイツは思っていた。
「レムリアンの王は気に食わねえな。さっさと失脚したほうがいい。自分の娘と息子を戦地に送り込むような人間いなくなっちまえばいいんだ。」
「それでも母が愛した方ですから…。」
「…お前は大切にされてきたんだな。俺とは違う。でもな…俺はそれで良かったと思う。憎まれ役をかうのは俺でいい。俺より下に生まれてきた奴には普通に生きてほしいんだ。そして俺はそれを守りきらなければならない。だからこそ俺の街の平和を脅かすやつを絶対に許しちゃいけねぇんだ…。」
あの徹底っぷりの裏にはそんな事情があったのか。
見せしめの処刑は犯罪者は絶対に許さないというゲタルのアピールであり、ゲタルなりの平和の守り方なのだ。
たしかにだからこそ子ども達は安心して広場で自由に遊ぶことが出来る。
しかし…恐怖による抑制にはクロイツの中で引っかかるものがあった。
それからもゲタルは色々な身の上話を聞かせてくれた。
すっかりフラフラとなってしまい、店員と二人で家に帰すことにした。
会計はツケとされ、両方からゲタルを支え階段を登る。
「ありがとう、君が今日来てくれて良かった。久しぶりにゲタルの笑顔をみた気がするよ。俺もこいつと同じ孤児院で育ってさ、ずっと一緒だったから…。ゲタルは根はいい奴なんだよ。それを君だけはわかってあげていてほしい。すまないね、変な頼み事をして。」
はい
と、クロイツは返事をした。
その日、ミゲルの家に帰ると酒臭さにビックリされたが、ゲタルの話は一切せず、寝室に向かい色々頭を巡らせた。
結局アーシファは消えたとしか聞けなかったが、なにより皆がどこかで孤独を抱えていたほうが気になった。
愛する人には妻があり、その妻に使えなければならない場面でも母は顔色ひとつ変えなかったし、家ではいつも笑っていたが、心のどこがで母も孤独を抱えていたのだろうか…。
クロイツはなかなかに眠れない夜を過ごした。
次の日、朝一番にクロイツはゲタルの家を訪ねた。
少しまだ酒が残っているような顔をしていたが、クロイツの顔をみて少し頬が緩んだ気がした。
「ゲタルさん、一緒に飲みませんか?」
朝から買い出した酒をたくさん持ち込み、クロイツはゲタルにとびきりの笑顔を見せた。
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