宗教戦争

「アスカさん…目の前がクラクラする…これはなんですか……?」


「んーー…気の所為…じゃないわよねぇ…激しく同意だもの…。」


五人の旅は平穏…とは決していかなかった。

クリスタル国を抜けることはできた。

しかし、そこで待っていたのは先の見えないだだっ広い砂漠地帯。

この砂漠があることにより、自然な国境となっているわけだ。

度々、水場はあったからなんとかなってきたが、やはり問題は灼熱地獄。

レムリアンでは経験できない暑さだ。

比較的気候が穏やかなヤマトヲグナでも経験できるものではない。

なにより食料の補給もろくにできずにここまできた五人にはとにかく辛い旅路であった。

最悪、水分はアスカの魔法でなんとかなる。

しかし、食料を出す魔法というものはまだこの世に存在していなかった。

魔力勝負、体力勝負。

五人はすでに限界だった。


「あぁ…美味しそうなお肉…。」


ステーシアにはすでに幻覚が見え始めていた。


「ステーシア…どこにあるの…??わかんないよ……。」


一人、また一人とその場で皆が倒れ込んでしまった。






「あ、まだ起き上がってはなりませんよ。」


ハッと目を冷ましたアーシファが起き上がろうとしたが、見知らぬ男性に静止された。


「オール様!倒れていた者の一人が目を覚ましました。」


その男は足早に誰かのもとに向かった。

アーシファの視界はまだグラグラとしている。

倒れていた者の一人…。

皆、そばにいるのか?


「お嬢さん、安心しなさい。ここは教会。倒れていた者は五名。皆そばにおりますからね。」


黒のローブに身を包んだ優しそうな男性がアーシファの肩をトントンと叩き声をかける。

まだあたりを見渡せるほど頭が回復していなかったが、五名と聞いて安心するアーシファ。


「ありがとう…ございます…。」


「神は貴方がたを決して見捨てませんでした。神への感謝を忘れないでください。」


「神?」


レムリアンでは聞いたことのない言葉だった。

この世界では、あちこちの地域によって世界創世の話は違う。

真実はもちろん誰にもわからないのだが。

アーシファはレムリアン王国で国の歴史も学んでいたが、レムリアンでの世界創世は自然の力によるものという話であった。

簡単に説明すると、勝手に世界は出来て勝手に生物は生まれた…みたいな事である。

それを生命誕生の奇跡と呼んでいる。

運、良いことも悪いことも自分次第という考えが根本である為、神の采配のような認識がまったくない。

自分の力が及ばない現象について、奇跡と呼んできた。


「また落ち着いたらお話しましょう。もう少し横になり、全身を休めてください。」


男はそう言い、アーシファの頭をポンポンと優しく叩いて去っていった。


二度目に目を覚ました時には騒がしい声が一番に耳に入ってきた。


「アーシファ様!アーシファ様!大丈夫ですか!?」


今にも泣き出しそうな声をあげるステーシアの姿が目の前にあった。


「アーシファ様っ!!」


「ちょっ…まだ、貴方も無理せず横になっていてください!他に患者様もいらっしゃいますから!って、重っ、てこでも動かねぇ。」


最初アーシファが目覚めた時に、一番に声をかけてくれた男が、目を覚ましたばかりのステーシアを一生懸命静止しているようだった。

ステーシアは問題なく元気なようだ。


「アーシファ様っ!!」


「…ステーシア…その方が困っています…。」


なんとか大人しくさせないといけないと察したアーシファが横になったままゆっくりと口を開く。


「そんなことよりアーシファ様のお体が心配っす!!」


純粋故に面倒で…でも憎めない奴である。


「私は大丈夫だから…。ありがとう。ちゃんと聞いて…。」


そのアーシファの言葉にハッ!と敬礼するステーシア。

瞬間、バタリとその場に倒れ込む。


「言わんこっちゃない…。」


男は呆れ顔でステーシアを抱え上げようとして、


「いや、身つまりすぎ、重っ。」


ぼやいていた。


「ほんと、うるっさい。も少し寝かせてよ…。」


アスカの声がする。


「肉…肉…。」


肉病がポッカにも移ったようだ。


「肉はどこにも見当たらないぞ、ポッカ〜。」


メッカの声も聞こえた。

どうやら五人は無事、どこかはわからぬが教会に運びこまれ手当を受けていたらしい。


アーシファの体の感覚が少しずつ戻ってきた。

ふと、薬のスッとした匂いが鼻につく。

木で作られた場所。

人が歩くたびにキシキシきしむ音がする。


「うん、もう少しずつ体を起こしていいかな。少しずつだよ?」


先程のオールと呼ばれていた男が、あちこちアーシファの触診をし、とりあえずは安心できる状態だと判断したようだ。


「ありがとうございました。」


アーシファは体を起こし、自分がベッドに寝かされていたことに気づく。

ベッドは部屋一面、20個ほど用意されている。

しかも、よく見ると満床近くであり、アーシファ達以外は怪我などの負傷されている方々がほとんどであるのがわかった。

病院みたいなものなのか?


ふとアーシファが横のベッドに目をやると、アスカがボリボリと切られたリンゴを食している姿が見えた。


「あら、アーシファももう大丈夫そうね。このリンゴ、先程いただいたのよ。アーシファもど〜ぞ。」


切られたリンゴが乗ったお皿をアーシファに伸ばす。

アーシファもゆっくりとボリボリとリンゴを食べ始めた。

少し乾いたような印象のリンゴだった。

そうしている間にやかましトリオも次々と目を覚ましていく。

一気に病室が賑やかになった。

怪我に響く患者には申し訳ない話だが、三バカトリオの何気ないやりとり、リンゴ戦争は患者達もクスクスと笑わせていた。

ずっと看病してくれた男がオールの次に立場がある存在なようで度々叱りにきていたが、そのやりとりまでがまるで喜劇のようになってしまっていた。


「もう、大丈夫でしょう。しかし、貴方がたは何故食料も持たずにあんな砂漠のど真ん中を歩いていたのですか?」


次の日、オールの再診を受け、皆はもう心配ないとお墨付きをもらった。

オールの話によると、商人くらいしかあの砂漠をわざわざ徒歩で横断して国を超えてくる者はいないらしい。

故に、オールには五人の意図がわからなかった。

少し警戒心もある。

五人は顔を見合わせたが、皆がアーシファの判断に委ねる、とのアイコンタクトだった為、アーシファはとりあえず正直に最初から全部説明することにした。

最初はアーシファの話に目を丸くしていたが、アーシファの身につける小さなアクセサリーには高貴さを感じさせており、明らかに兵士のような体の三人、明らかに違う民族の人間、話に嘘がないことをすぐに理解してくれた。


「なるほど…それは大変でしたね…。……。」


オールは何か言いたげな雰囲気を感じさせた。


「オール殿、いかがなさいましたか?急な話で驚かれたとは思うが…我らはすぐにでも次の土地に交渉をしに行かねばと思っております。もしよろしかったらこの辺りの事を教えてくださると助かるのですが…。」


日課であった体操で体を動かしながらポッカは言った。

そこは礼儀と使命を両立させるという効率を選んでの行動だったらしい。


「…こちらへ。」


オールが五人を部屋の外に案内した。

そこは信者が神への祈りをする礼拝堂であり、人々がギュウギュウに詰まって神への祈りを捧げていた。

正面には巨大なオブジェ。

これが神の依り代なのだろうか。

そこをなんとか通り抜け、まだ奥にあるオール個人の部屋に案内された。

オールはこの教会の神父であった。


「貴方がたは神を信じますか?」


部屋に入ってのオールの第一声がそれだった。


…。

レムリアン組は黙り込んでしまう。

そもそも神とは何なのかわからないからだ。

あえて言うなれば王家の人間が神のようなイメージだろう。


「あたいは信じてるよ?うちの国の神様とオール様の神様は違うみたいだけどね。」


「そうですか…。」


オールの話によると神がこの世、生きとし生けるものを誕生させ、何故、人間を作ったかというと、愛を学ぶためであるという。

神は完全体ではあるが、孤独で愛を知らない。

神は愛を知るために、生き物を誕生させたとの話だった。


「故に我々は愛するために生まれたのです。ですが…。」


「あの数の怪我人。今は戦争中ってことでしょうか?」


メッカが代弁した。


「はい…相手は…いえ、私達は同じ民族であり、同じ神を信仰しています。なのに…愛とは真逆の、人と人との殺し合いがなされている状況なのです…。…。貴方がたは運良く、休息週に発見された為、停戦中でありベッドを使わせてあげることができました。」


休息週とは神が定めたと言われる、ただ自分に休息を与える週(自分を愛する週)らしい。

同じ宗教民族同士の争いである為、当たり前にこれは適応され、お互いは一時休戦となっていた。


「その休息週だから皆が祈りに参ります。はやく戦争が終わりますようにと。」


「なんで戦争は始まったのですか?」


アーシファが尋ねる。


「神の聖櫃を巡る争いです。」


「聖櫃?神の?」


アスカが続く。


「神は、本当の愛を知った時に世界に舞い降りるとされております。その魂といいますか…神が降り立つ場所はその聖櫃のある所と言われております。ただ、代々私達はその聖櫃を神から預かりしモノとして受け継がれてきました。」


「ということは、その聖櫃とやらは今こちら側にあると…。」


ポッカは知らない世界にフムフムと納得している。


「いえ、どちらにもあるのです。」


??

皆の頭にハテナが浮かぶ。


「両方に聖櫃があり、どちらもが本物だと言い張っています。だから戦争になってしまったのです。この国…今は半分で分かれておりますが、あちこちに神に祈れる教会がありまして、こちら側の教会連盟のトップが聖櫃の話を持ち出したことが戦争の始まりです。そして今では敵となってしまったあちら側にも聖櫃は我が場所にあると宣言され、お互いの聖櫃を皆の前で見せあったのですが…両方まったく同じ作りだったのです。職人さんに見せた所作られた年代も同じだという見立てでした。」


「本物の聖櫃が二つあるっすか…?」


ステーシアも頑張って話についていく。


「おかしな話なのです。本来ならば一つであるはずの聖櫃が二つあること。しかもどちらもまったく同じモノであること…。神は私達を試しているように感じてならないのです。相手を信じられるのか?許せるのか?…その上で愛せるのか?」


「まあ、なんて意地悪な神様なのかしら。相手を試すって行動にまず愛を感じないわ。」


「ちょっと、アスカ殿!!」


なんでもズバッと発言してしまうアスカにステーシアは一瞬ヒヤリとした。


「……たしかに…おっしゃるとおりだと思います。神は幼い子どものようなイメージなのかもしれません。ああしたらどうなるのか、こうしたらどうなるのか…。手のひらの上で転がされているような気分です…。」


「ただ…なんで聖櫃が二つあるのかとか気になるとこはありますが、それで争うのは何のために神を信じて祈っているのか…矛盾しているように私は感じます。神は愛を知りたいのでしょう?愛を知るために私達が存在しているのでしょう?愛を知ったら現れるのでしょう?じゃあ争いをしている間は聖櫃なんてただのオモチャみたいなものではないですか?」


アーシファのことばに黙り込むオール。

まさにオールの考えと一国のお姫様は同じ意見にあった。


「私もこの戦争に意味などないと思っておりました…。」


そしてフーッと一度深呼吸をしてからオールは言葉を続けた。


「アーシファ様、この戦争を止めてくださいませんか?もう他国からの介入からしか戦争は止められないと認識しております。勝手で…勝手で申し訳ございませんが、レムリアン王国の王女様の言葉であれば一度皆が考え直してくれると信じています。」


…。

アーシファは黙り込む。

ポッカは何かを口にしようとしたが、先にアーシファの言葉を待つことにした。

メッカは上手く行けば協力関係を結べるので良い意見ではないかと頭を巡らせていた。

ステーシアは、ただただアーシファの身の安全の心配をした。

アスカもただ黙ってアーシファの言葉を待った。


「……私は今…好きな人との争いを強要されています…。」


アーシファは視線を落とし、ゆっくりと言葉を口から放とうとした。

放とうとするのだが…

先に涙が溢れていた。


「なんで…私達が争わなきゃいけないのかまったく理由がわからないんです…。世界を平和にする為にって父は言っていました。でも…でもそれでなんで…私達が争わなきゃいけないのか…。」


ボロボロと涙を零しながら懸命に言葉を繋げた。

ステーシアは複雑な思いでただそれを聞いていた。


オールは泣きながら話すアーシファをそっと優しく抱きしめた。


「クリスタルでは私が言葉の使い方を間違えて、皆に逆に火をつけてしまった…。」


うん、うん、とうなづくオール。


「オール様の話を聞いて…アスカさんの言葉を聞いて…本当にこれが試されているものなら…私は示したい。愛はちゃんとあるって…。聖櫃なんかよりも愛が大切なんだって…。争うのは絶対違うよ…。」


あの日から

王に真実を告げられたあの日から

アーシファは一度も涙を流すことがなかった。

皆、アーシファがまだ15の少女であることはわかっていた。

わかっていたが…王家の者として同じ人間という見方を兵士三人はしていなかったのである。

アーシファは強いお姫様である。

そう勘違いしていた。

15の少女。

その肩に乗せられたオモリの重さを、三人はまったく考えてこなかった。

アーシファ様をお守りすること。

そこにはアーシファの心もまた含まれていたのだと三人は今やっと認識したのだった。


アスカは相手が好きな人だという話は聞かされていなかった。

アスカの目にもまた真実のアーシファの心は見えていなかった。

あれだけ自分も苦しんできたのに…。

気持ちを汲み取ってあげれなかったことにギュッと拳を握った。


「私がこれを言ってしまうと…自分達が救われたいからだと思われるかもしれませんが、まずこの地を言葉で一緒に平和へと導いてくださいませんか?人は話し合える生き物です。それを成功させて…アーシファ様と愛する方も言葉で世界を平和に導けると…二人はまた一緒にいられると自信に変えましょう。」


アーシファはオールの腕の中で強く頷いた。

アーシファが決めたことに、残り四人は異論などない。

ただ、そんな簡単ではないことはクリスタル国の一件で身にしみていた。

すし詰め状態の礼拝堂。

自分達にはない神という存在への絶大なる信頼。

奇跡

を信じてきたレムリアンの民だが、まずは神という存在を信じる者達を理解する必要があるように感じられた。

神の冒涜は許されない。

言葉を選ばなければ…。


「とりあえず行ってみる。」


鼻水をズズッとすすり、アーシファは力強い目で仲間達をみた。


「会長への話には私も同行いたします。休息週である今が話し合える最大のチャンスです。」


皆はすぐにオール側の会長のもとへ向かった。

礼拝堂にいた者たちは、オールにお恵みを要求してくる、戦争により家などを失った者たちなどもいたようだ。

そのような者たちが行くべきとこは各教会。

急いでいた為、オールは他の者にパンを分け与えるように伝え、教会をでたが、アーシファにはオール自身が神のように見えた。


「オール…お前の気持ちはわかる…言っていることもわかる…。」


意外に会長は話がわかるタイプなように感じられた。

オールよりも豪華な生地で作られたローブを身にまとい、きらびやかな装飾品を身に纏う会長。

しかし、一番大きなその教会には、誰一人一般信教者の姿が見受けられない。


「では、今すぐに停戦の話をしてください。レムリアン王国の者達が立ち会ってくださいます。貴方の大好きなあの鉱石の国の者たちですよ。」


!?


「レムリアン鉱石か…今…あるのか?」


アーシファがオールに視線をやると、信じて、と静かに頷いたため、カバンの中にしまっておいた鉱石の欠片を一つ取り出してみせた。

すると会長は瞬く間にアーシファに詰め寄り、その手から鉱石を奪い取った。


「うっひょー!!加工されていない原石ではないか、なんと素晴らしい…。」


カスだな…

と言わんばかりにアスカはチッと舌打ちした。


「わかった。停戦の提案はしよう。だが、本物の聖櫃はこちらのものだと認めさせなければならない。これは絶対だ。」


キツイ眼差しで言葉を放ったかと思うと、手に入れた鉱石にうっとりし始める会長。


「それがこの戦争の種なのです!大事なのははやく戦争を終えて皆が平穏に暮らせること!我々には神に使える者としての使命があります!」


「神の還る場所をお守りする。それが我らの使命なるぞ。」


「神は愛を知らなければ姿をお見せしてくれないのてます!今のこの世の中のどこに愛はありますか!?」


ついに、オールは会長に掴みかからんとする勢いにいたった、慌ててメッカ達男性人が止めにかかろうとしたが…


「父上っ!」


その言葉に皆が静止した。

会長はオールの父親なのか?


「オール。皆の前ではそう呼ぶなと言っただろ。わたしは会長だ。それに、お前達、神父たちがしっかりしていてくれれば愛は充分であろう。わたしはお前が誇らしいぞ。つまらぬ人助けで、素晴らしいものをわたしに与えてくれたのだから。お〜神よ。わたしは息子の愛に感謝します。」


「カスだな。」


ついに声に出た。


と、共に、怒りが限度を越したオールは会長を殴り飛ばそうとした。


が、オールはメッカに腕を強く引っ張り戻された。


「あんたの拳は人を殴るためのものではない。人を愛でる為のものだろ?」


…。

メッカの言葉は真っ直ぐにオールの胸に刺さった。


「でも、あたいは許せないからやっちゃう。」


と、アスカは厚底の草履で会長の足を強く踏みつけた。

突然の出来事に手に持っていた鉱石を投げ飛ばしてしまい、その場にうずくまる会長。


「そっか。そんなのがあるから争いになるんだ。」


アーシファは飛んでいった鉱石を拾いあげ空中へ投げた。


「アスカさん、燃やして。」


「アイアイサー!」


小さな火球を見事鉱石に命中させ、フンッと満足げなアスカ。

鉱石はそう簡単に燃えるものではないのだが、このあたりアスカの魔力の凄さなんだろう。


「わ…わたしの鉱石を!!許さんぞ!!」


「父上…もう辞めてください。恥ずかしい。あなたはこの地で自分がなんて呼ばれているがご存知ですか?金の亡者。そう呼ばれているのですよ?神職につきながら…。」


「しらん!」


「ゲスが。」


アスカの言葉のキツさがあがった。


「オール様…聖櫃っていっそ壊しちゃいけないのですか?」


アーシファが鉱石を燃やしたのは、この案が浮かんだからだ。


!?

一瞬、オールは言葉に詰まった。

最初はそんなことできるわけがないと言おうとしたからだ。

だが、たしかに…聖櫃がこの戦争を招いている。

それにこれが神の試練だとしたら…。


「神が愛を知って還って来る聖櫃…か…。…。私は神に使える身です。」


皆はオールの次の言葉を待つ。


「だから人を愛する生き方を選びます。やりましょう、アーシファ様。きっとそれを見届け、背負うことが私の使命です!」


オールの顔はすっかり晴れていた。


オールはきちんと皆に伝えなければならないことだからと、地域の皆全員を集めて、声を枯らしながら必死に自分の考えを訴えていた。

会長は一人グズグズとゴネていたが、この地域の為に貢献してきたオールの決意に反対するものは一人もいなかった。

他の神父たちもだ。

争いの種など必要ないし、どちらが本物でも本来良いのだ。

大切なのは神の還りを待つことではなく、人として愛を学ぶこと、神に愛とは?を捧げる為のオール達の宗教なのだから。

ついでに、オールの父親である会長は会長から降ろされることも決まった。

アスカはそれを一番喜んでいたように思えた。


オールは代表者となり、今は敵となっているもう半分の国の地域の代表者へとすぐに手紙を出した。

戦えない今だからこそ…目の前で聖櫃の破壊を見届けてほしかった。

本来であれば休息週、そのようなやりとりも行ってはならないのだが、今回の内容に酷く驚き、敵側の代表者は

"皆で見届ける"

と、休息週最終日にお互いを分けている、ちょうど真ん中辺りの場所で国民全員が集合することになった。

メッカだけは不安そうであった。

もしそれが向こうの作戦で、一網打尽にされてしまう可能性を示唆していた。

しかしオールは、


「大丈夫。絶対大丈夫ですから。」


と、晴れた顔のままで答えた。


そしてその日はやってきた。

オールを代表者とし、他の神父たちが皆で聖櫃を集合場所まで運ぶ。

神の聖櫃を最後に目に焼き付けておく

と、皆は棺に静かに手を合わせ見つめていた。

アーシファ達はレムリアン王国代表者として見届人となっている。

集合場所まで向かうと、もうすでに相手側の姿はあった。

そして…相手側もまた同じように聖櫃を皆の目の前に一足先に寝かせていたのだ。

これにはオールが、えっ、と驚いていた。

提案は自分のところの聖櫃をぶっ壊すだったからだ。


「あなたがその決断をくだしたなら、私もそうするべきだと判断したからです、オールよ。」


代表者かと思われる女性は、白いローブに見を纏い、顔をベールで覆い隠している。

女性神職はそのようにするルールなようだ。

神に使えることを誓ったからには、人前には顔を出さない。

男性は素顔丸出しなのに不思議なものである、宗教というものは。


「ありがとうございます。母上。」


!?

母上!?

と、五人は一気に女性に顔を向けた。


「私の所でも何故、戦争をしているのかと度々議論はありました。同じ神を愛する者たちが何故争いあわなければならないのかと。この二年…たくさんの血が流れました。人を愛することを教えられたはずの私達はお互いを憎むようになっていた。なんとも悲しい歴史です。」


女性が口にする。


「はい、聖櫃は一つあれば充分。こちらのものはここで処分いたしますから、そちらのものを大切にお守りくださると助かります。」


「いいえ、オール。こちらのものも共に壊します。そして…新しく皆で作り直すのはいかがですか?」


「……さすが、母上様でございます。戦争を終わらせ、皆が安心して心穏やかに暮らせるようになったら…皆でまた聖櫃を作り上げましょう!!」


オールの声は震えていた。

嬉し涙が溢れてきそうになるのを堪えていた。


父と母は昔は仲睦まじい夫婦だった。

オールはたくさんの愛の仲で育てられてきたのだ。

母方の神職の者たちが本来ずっと聖櫃を守ってきていた。

はずだった。

しかし、父の父、つまりオールの祖父の遺言によりもう一つの聖櫃の存在が発覚してしまう。

父方も代々隠れて引き継いでいたのだという。

二人の結婚も問題なく、平和な世界だったのに、オールの祖父が何故それを最期に明かしたのかは誰にもわからない。

結果、それが二年間も戦争を起こし続けさせた。

神を崇拝してきた夫婦はどちらかは偽物ではないかと必死にアラを探したが、どんな目利きに見てもらっても、まったくの同物、双子のようなものだと言われ続けた。

母方はずっと代々皆が知る中で聖櫃を守ってきた。

突然の異物を認めるわけにはいかなかったのだ。

宗教の教え、歴史すら変わってしまう可能性があったから。

夫婦は泣く泣く別れるしかなかった。

母方の両親が健在で、父側を絶対に許さなかったからだ。

離縁してからオールの父は狂ったように金儲けに走り、正当性を訴え戦争をしかけた。

…本当は寂しかったのかもしれない。

オールの母は狂った元夫を説得すること叶わず、戦うしか道はないと悟った。

だが、子どものオールを父側へやった。

いずれ絶対に立ち上がってくれると信じていたからだ。

オールの母も自分がトップになるべく神に身を捧げることを誓い、人から信頼される道をひたすらに歩んできたのだ。


二年。

たくさんの命が奪われた…。


お互いの聖櫃をそれぞれ皆で歌を歌いながら破壊した。

それはこの国の神へと捧げる歌だった。

皆が涙を流していた。

神の還る場所を奪ってしまうことではなく、やっと訪れる平和に涙したのだ。


アーシファ達は静かに見守った。

国の歴史が変わる瞬間、まさにその瞬間に立ち会っている。

神のモノを破壊する。

その痛みをアーシファが理解することは難しい。

ただ、自分達王家に例えることはできる。

アーシファの中に、こんな簡単なことで世界は平和にできるかもしれないのだという小さな希望が芽吹いていた。




「あの時、父をぶん殴るのを止めてくださって本当にありがとうございました。神父失格になるところでしたよ。ポッカさん。」


「止めたのはお〜れ、メッカさんのほうね。ね、アーシファ様。」


ドッと笑い声が起きる。

この精鋭双子は存在だけで人を笑顔にすることができるのかもしれない。

なんせ、なにもしていないポッカが少し誇り高そうな顔をしているんだから。


「あの…もし良かったらなのですが、新しい聖櫃を作る際、この鉱石を使ってくださいませんか?」


アーシファは女王に持たされた鉱石をありったけオールに託そうと思った。


「良いんですか!?我が地は物資に乏しく、盛り上がって作ろう!なんて言ったものの、材料などどうしようかと思っていたところなんです。遠慮なく…ありがたくちょうだいいたします。これは我が国と、レムリアン国との信頼の証…とさせていただいてもよろしいでしょうか?もう戦争はこりごりですが、お役に立てることならばなんでもいたします。お約束いたします。」


「ありがとうございます。オール様は私達の命の恩人なのです。だから…そのお礼に…。」


「私達は人を愛するために助けあうために生まれてまいりましたから。ね。またぜひ遊びに来てください。いつでもお待ちしております。」


グスッグスッ

あぁ…メッカが泣いている気配がする。

喜びや寂しさ、ありがたさ、色々な感情が混じっているようだ。


「では、これから父と母と、国の立て直しの相談をしにいってまいります。アーシファ様達に神のご加護がありますように。」


パタパタと神のような男は教会へ戻っていった。


「任務達成!おめでとうございますっす!」


ステーシアがアーシファに敬礼する。

あれから少しステーシアの顔は曇っているような気がするが、やはり恋心が少し傷んでいるのかもしれない。


「家族かぁ…。」


ふと、アスカが呟いたのをアーシファは聞き逃さなかった。


「?」


「な〜んでもないっ。」


アスカがヒュンと少し後ろにテレポートした。

話をしたい内容ではなかったのかもしれない。

アーシファは少しだけ二人の間に線を引かれた気がした。


良かった良かった。

と歩き出す五人だが、次に行く地も決めておらず、また彷徨うことになってしまう…予感がする。




その頃

一方のクロイツは着実に各地と話をつけているようだった。


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