捻くれ者の俺がクラスの難攻不落の人見知りな美少女に「ありがとう」をことある事に言ってみた結果。

沖野なごむ

難攻不落の黙花、花澤優花。

『ありがとうっ言葉には本当に力があるんです。みんながとってもし』


 そんなんで幸せになれるなら、世界に戦争なんて起きないだろ。

 俺はそう捻くれた感想と共に動画を見ていたスマホを投げた。


 都市伝説とかホラー・オカルト、そういうのは好きだ。

 けどこういう上辺だけ取り繕った綺麗事は嫌いだ。


「……学校行かないとな……」


 学校を楽しいと思ったことはないし、勉強だって社会に出たらそんなに使わないのに、どうしてこんなに勉強なんざしなければいけないのか。


 無駄の多い人生を義務で埋め尽くされていると感じる。


 しかしそんな俺でもささやかな幸せはある。

 前の席に座っている美少女、花澤優花だ。


 成績優秀、顔もスタイルも抜群にいい。

 花澤優花はクラスのトップカーストどころか学年レベルであるにも関わらず、クラスの中では少し浮いている。

 極度の人見知りで陽キャ連中に絡まれて困ったぎこちない笑顔。

 あまりにも会話が盛り上がらない。


 さらに言うと陽キャの中でも上澄みの連中しか花澤優花に話しかけれない。

 俺にみたいなモブには雲の上の存在、という表現が実にぴったり過ぎるわけである。


 高校2年になり、未だに彼氏どころか友だちもいない彼女を生徒たちは「難攻不落の黙花もっか」と二つ名をつける始末。


 そんな美少女と話せないような俺でも近くで顔を拝めているだけで多少は良い気分にもなるものだ。

 席替え最高。


「花澤さんと付き合いてぇ」


 登校中にそんな独り言を言ってしまうくらいには美少女。

 どう控えめに言ったとしても美少女。

 せめて彼女の笑った顔を見られたら俺は死んでいい気がする。そのくらい馬鹿な事を考えても仕方がないくらいの美少女。

 この世にあんなに黒髪ロングが似合う女性は存在するのかというくらい美少女。いやもうくどいくらい美少女なわけだ。


 そういえばさっき見た動画、あれを実践してみたら上手くいったりするのだろうか。

 どう考えても胡散臭い。

「ありがとう」‪‪でそんなに何もかも上手くいくなんてことはないだろう。


 けど逆に言えば、こんな捻くれたモブな俺がもしも花澤優花と付き合えるようになったとしたら、この説が俺の中で実証されたことになる。


 なにより高額なプレゼントとか必要ないし、やるだけやってみてもいいのではないか?

 どうせ暇だし、彼女もいない童貞に今更損をするようなこともない。

 捻くれ者なりに開き直ってやってみて、それでもしかしたら花澤優花の笑顔が見れたら俺の勝ち。


「やってみるか」


 こうして俺の実証実験は始まった。



 とは言っても、そもそも人にありがとうと言う機会は簡単にはない。

 お礼を述べる基準とか命の恩人レベルなのか落し物拾ってくれたのかとか、色々もある。


 消しゴム拾ってくれて「ありがとうございますぅぅぅ!!」と感謝感激は流石におかしい。

 要はTPOを弁えつつ「ありがとう」をさらに言う必要がある。そしてそれを継続することである。


 実験にトライアンドエラーはどうしても必要である。

 とはいえどうするか……


「んじゃこのプリント回してって」


 数学の先生がプリントを1番前の席の人に渡して後ろへと満遍まんべんなく行き渡っていく。

 俺は「ここだっ!」と思った。

 が、平常心を意識してなるべる落ち着いたように意識する。……なんか全然落ち着けてないなうん。


「ありがとう」

「……あ、ぅん」


 花澤さんは不意にお礼を言われて少しびっくりしつつも短く返事をして会釈してくれた。

 目が合って死にそうだった。

 ぱっちりした花澤さんの瞳。尊い……


 なんだろう。

 俺が花澤さんにありがとうってお礼言っただけだが、俺の方が嬉しい気持ちになっている気がする。

 会話と呼ぶには難しいが、美少女にお礼を言えるだけでこんなにも嬉しいものなんだな。

 いや、単に俺が捻くれてるからか?


 だが嬉しいからと言って、ことある事に消しゴム落として拾ってもらうというのは罪悪感の方が強い。

 だから俺はわざとそういう落し物とかはしないようにしよう。

 あくまで自然に言えるシチュエーション、これを心掛ける。


 花澤さんに迷惑はなるべくかけたくない。

 あと俺は花澤さんに笑ってほしいのであって、構ってほしいわけじゃない。

 いやまあもちろん下心のひとつもあるわけなので、カッコつけた事は決して言えない。

 だけどこれはあくまで実験である。


 難攻不落の黙花が笑ったなら、それだけで実験は大成功なのだから。




 そうしてしばらく花澤さんを観察していて改めて思った事、花澤さんは周りをよく見ていて気配りができる女の子であるということ。あとよく会釈をする。


 なので、花澤さんの優しさに気付けたらその度にお礼を言うことができるわけだ。

 こんなに良い子なのに、友だちができないのは逆にすごいなと思う。


 そしてある意味、みんな花澤さんの事を顔とか上か下かとか、そういうものでしか見ていないのだなと思った。

 俺自身がそうだったのだから、そりゃそうか。

 でも花澤さんの本質はその気配りと優しさなのだと知った。

 捻くれ過ぎて穿うがった見方をしていたのが恥ずかしい。


 それから俺は、花澤さんに対して気軽に「ありがとう」と言えるようになった。

 気軽に、というのも語弊がある気もするな。

 素直にお礼を言えるようになった、というのが適切かもしれない。

 当たり前のようで、実はこれは難しい。

 日々の忙しさにかまけて普段それがどんだけおそろかにしていたのかを実感していく日々。


 そんなある日。


「……あ、弁当忘れた」


 普段は母さんが持たしてくれるお弁当を持ってくるのを忘れた。

 うちは3人家族で、両親共働き。


 母さんが朝に早起きして作ってくれるので「かかぁの作った弁当なんて恥ずかしくて広げられんねぇよ!!」なんて思春期真っ盛りの反抗期なバカ息子な発言は口が裂けても言えないし、「ありがとう実験」をするようになってからはいつも有難く頂戴していた。


 だが今日はうっかり受け取ったにも関わらず持ってくるの忘れてしまったのである。

 売店もあるにはあるが、争奪戦に参加するには初動で出遅れている。

 ので食料にありつくには絶望的と言える。

 ……仕方ない。今日は昼飯抜きで過ごすしかない。


「森北くん、お弁当……忘れたの?」

「ん? ……ああ。そうなんだよ。うん」


 珍しく花澤さんが話しかけてきた。

 まさか話しかけられるとは思ってなかったので内申ちょっとびっくりした。てかそれだけでときめきましたはい。


 がしかし花澤さんはさらに話し出した。


「よ、良かったら、半分あげる……」

「…………え、いやいや、それは流石に悪いよ」


 いやほんとはめっちゃ欲しいけど!! 欲しいけどさ!!


「そ、そうだよね……わたしの……他人の手作りとか、嫌だよね……」


 て、手作り……だと?

 いつも美味しそうだなぁとは思ってたけど花澤さんの手作り?

 内蔵売った金でなんとか足りるだろうか。

 等価交換という原則がある以上、俺の差し出せる対価なんて……


「ぐぅぅぅ」


 あまりにも考え過ぎてお腹が鳴った。

 恥ずかしくて死ねる。

 しかも花澤さんにガッツリ聞かれた。

 遺書にはなんて書くべきだろうか……


 けれど花澤さんはクスっと小さく笑った。

 まさか俺のお腹の音であの花澤さんが笑うところを見られるなんて思ってなくて。


「あの、少しだけ頂いてもよろしいでしょうか……」

「う、うん」


 そうして花澤さんはお弁当の蓋の裏におかずをいくつか乗せてくれた。

 だし巻き玉子にミートボール……いやこれ鳥つくねか。こっちはほうれん草のおひたし。


「ぷ、プチトマトは、お家のベランダで作ってるやつ、なの」

「んん!! 美味しい!!」


 ああ……そうか。俺はたぶん今日死ぬんだ。

 だから神様が最後の晩餐にくれた機会なんだろう。

 きっとトラックに轢かれて死ぬんだろう。

 即死だとしても、このお弁当の味を俺は脳裏に刻んで死のう。


「プチトマトも甘みがあって瑞々しいし美味しいよ。だし巻き玉子も丁寧に出汁取ってあってしっかりした味。このつくねも手作り?」

「う、うん。つくね、好きだから」

「つくね美味しいよな。コリコリしてて、食べててちょっと楽しい」


 こんだけ美少女なのに、料理までできるとかなんなの? 女神? そうか女神だったか。納得だ。

 女神じゃなきゃおかしいもんな。うん。辻褄合わないもん。

 都市伝説やらなんなら好きで見ている俺だが、俺は神様を信じることにしたよ。


「自分で作った料理、家族以外に食べてもらったの……初めてだから、美味しいって言って貰えて、よかった」


 バージン頂きました。

 やっぱこの後死ぬんだな。

 フラグがもうヤバいじゃんほら。


「美味しかった。ご馳走でした。ありがとう花澤さん」

「うん」


 そうして花澤さんは嬉しそうに笑った。

 なんかもう「ありがとう実験」とかどうでもよくなるくらいの笑顔だった。

 嬉しいのはこっちの方なのにな。

 そんなに嬉しそうな顔されたら簡単に好きになってしまう。




 その後数日しても死ななかったので、世の中案外アニメや創作みたいな死亡フラグなんてものはないんだなぁと思いつつ高校生活を過ごしていた。

 べつに花澤さんのお弁当を食べれたからと言って分かりやすく仲良くなったりはというのはないわけで。

 なので俺は今日も「ありがとう実験」を続けている。


「森北くん……次、移動授業だよ」

「…………んん…………ああ。ありがとう花澤さん」


 お昼休みに寝てたから、危うく寝過ごすことだった。

 花澤さんが起こしてくれなかったら移動授業に遅刻する羽目になっていただろう。


「助かったよ花澤さん」

「きょ、今日はなんか、眠そうだね」

「ん、ああうん」


 成り行きで一緒に教室を出たけど、なぜか花澤さんがまた話し掛けてくれた。

 それだけで簡単に眠気が吹っ飛ぶ自分に呆れた。


「花澤さんが起こしてくれなかったらやばかった。ほんとにありがとう」

「う、うん」


 花澤さんは口を少しすぼめつつもそう返事をした。

 その表情がまた可愛いくて、寝てても良い事はあるもんだなと思った。


 ……ん? だが待てよ……

 今このまま花澤さんとふたりで移動授業に行って教室に入ると勘違いされるんじゃないか?

 考え過ぎだとは思うが、花澤さんが隣にいるというのはそれだけで意味が生まれてしまう。

 それだけの存在であるのは確かなことだ。


 そしてそれが俺というのがこの場合の問題である。

 クラスのモブ如き俺が今その場面になったとしたら花澤さんに流石に迷惑になる可能性がある。

 クラスでの自分の立ち位置くらい俺も知っている。弁えている。


 花澤さんお手製弁当の時だってクラスの男子から殺意を向けられていたわけで。


「あ、忘れ物したから先行ってて花澤さん」

「あっ……うん」


 少し悲しそうな顔をしたように見えたが、実際はどうなんだろう。

 けれどまさか俺なんかに好意を実際に花澤さんが向けたりなんて事はないだろう。

「ありがとう実験」だって面白半分で始めたわけだが、正直そこまで期待しているわけではない。


 人生において、なにかに期待するなんてのは大抵ろくな事がない。

 だから俺は自分の人生に期待なんてしない。

 たなぼたで良いことがある方がお得だし。


 なんて思ってた数日後の登校時の朝、下駄箱に手紙が入っていた。

 どうやって折ったのかわからない女の子特有のその折り方と、可愛らしくも丁寧な字は花澤さんからだった。


『お話したいことがあります。今日の放課後、お茶とか、しましせんか?』


 スマホが普及している現代において、こんなに可愛い手紙をもらえるなんてことはまずない。


 あるとすれば成りすました第三者がからかっているパターン。

 とくに俺は弁当事件で男子からヘイトを買っている可能性もある。

 なので気に食わないと思っている男子たちがイタズラで別の女子に書かせてこのような事をしている可能性がある。


 花澤さんの性格上、素直に話せないのをイタズラに利用されている可能性は大いにあるということだ。


「……リスキーだな……」


 べつに普段からわりと孤立している俺としてはどうでもいいが、わかってて釣られるというのも嫌だな。


 だがしかし、これがほんとに花澤さんからの手紙であった場合のことを考えるとまた困った話でもある。

 花澤さんの性格からして、この手紙も頑張って書いた可能性があるわけで、告白とかじゃないにしても大事な話なんだろうし……


「どうしたもんかな」


 手紙を受け取り悩んでお昼休み。

 花澤さんから手紙についての言及などはない。

 俺をからかおとうしているかもしれない連中も放課後になるまではどうやってもしっぽを出すことはないだろう。


 まあ、深く考えたところで決断ひとつで死ぬわけでもない。

 あくまで「ありがとう実験」の副産物的なものなのだし、考え過ぎてもいいことはない。


 そうして保留にして放課後、ホームルームが終わった後に姉から連絡が来ていた。

 振動するスマホの通話ボタンを押した。


「もしもし? どうした姉貴」

『もっしー。あのさ帰りに期間限定スイーツ買ってきてほしいんだけど』

「自分で買ったらいいじゃん。てか姉貴は在宅なんだしたまには歩いた方がいいだろ」

『やだー。めんどくさい。でもスイーツ食べたい。なのであたしにパシられろ愚弟』

「酷い言いようだな」

『おねがーい。そこのお店17時までしかやってないんだよ〜』

「17時? 今から学校直ぐに出ないと間に合わないじゃん」

『そゆこと。んじゃ頼んだぞ下僕』


 そう言って通話を切った姉貴にため息をついた。

 姉貴は俺を奴隷か何かだと思ってるからな。

 世の中シスコンはいるが、妹だの姉貴だのに幻想を抱いているやつらに教えてやりたい。

 姉も妹もこんなもんだ。

 まあ、だからこそ期待しない人生を俺は早々に歩んでいるわけである。


「……そもそもその店どこだよ……」

「あ、あの……も、森北くん、わたし、そのお店知ってるよ……」

「そうなのか? どの辺り?」

「隠れた名店って言われてて、入り組んでて」

「マジか」


 姉貴、そんな上級ダンジョンみたいなとこに俺をパシってたのかよ鬼畜だな。

 たどり着く頃には店閉まってんじゃないのか?


「よ、よかったらわたし……案内するよ」

「ほんとに? 助かるよ花澤さん。ありがとう。うちの姉貴が人使い荒くてさ」

「ううん。大丈夫」


 姉貴との通話でうっかり忘れていたが、花澤さんからの手紙の件はどうしたものかと考える。

 結局は花澤さんと放課後を一時的に共にすることになったので釣られる心配はなくなったわけである。


 チラチラとこちらを見てくる花澤さん。

 ……この反応はあれか? やっぱり花澤さん本人が手紙を書いたのか?

 いやだがまだ釣られている可能性がある。

 ので気を抜く訳にはいかない。

 ぬか喜びとか辛いだけだしな。


「花澤さんはこの店にはよく行くの?」

「わたしの従姉妹が働いてて、それでたまに行くんです」

「なるほど」


 花澤さんと放課後にふたりで歩くのは違和感が凄かった。

 というか、1人で帰るのに慣れすぎているからだろうか。

 誰かと一緒に帰ることに不便さを感じる。

 捻くれているからなんだろうな。

 1人でいる方が楽だと感じることは多い。


 だがなによりもあの難攻不落の美少女が隣で歩いているというのがバグかってくらいに落ち着かない。


「あ、あの……」

「ん?」

「そ、その、お手紙、読んで頂けましたか?」

「うん。読んだよ」


 やっぱり花澤さんだったのか。

 釣りじゃなくて良かった。

 捻くれ者でも傷付くものは傷付くからな、一応。


「そっかぁ」


 それだけで花澤さんは安心したように微笑んだ。

 その顔がとても可愛かった。


 ああ……もう勘違いでもいいから好きになっていいだろうか。いいよね。うん。俺だって男の子なんだぜ。


「あ、あのね」

「は、はい」


 なんとなくかしこまったような雰囲気になってしまった。

 花澤さんの上目遣いな瞳から真剣さが伝わってきて、それだけで死ねる気がした。


「わ、わたし、お友だちとかいなくて……森北くんとお友だちに……なりたくて……」


 よしオッケーやっぱり告白とかじゃなったぁー。

 一瞬でも期待した俺がやっぱり馬鹿だったー。

 でも……悪くない気がした。

 刹那的な夢でも見れてよかった。

 これだけでも実験成功説あるしいやほんとに。


「俺でよければよろしく」

「う、うんっ」


 花澤さんの満面の笑み。

 これが見れただけでもよかった。


 けれど、この時もっと花澤さんについて考えおくべきだと思うのはもう少し先の事。

 自己肯定感の低い花澤さんと友だちになると言う意味は、彼女の人生に片脚を突っ込むということだった事を俺はまだ知らなかった。

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捻くれ者の俺がクラスの難攻不落の人見知りな美少女に「ありがとう」をことある事に言ってみた結果。 沖野なごむ @rx6

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