一人目 命の重み
命は皆平等に軽いと俺は思う。
でもそれは哲学だとかそういう意味であって、感情論などで言えば命はいくらでも重くなる。
「つまり、話をまとめると子供に寿命を渡したいと」
「はい」
そう言って自身のお腹を撫でる
来月には出産を控えている。
見た感じ、俺より年上。だけど二十歳を迎えたばかりのように見える。
「医師からはエドワーズ症候群だと......ほとんどの子は、一週間で亡くなってしまうと聞きました」
「エドワーズ症候群ですか。長生きどころか、大半は一年ともちませんね」
「はい。そう聞いています」
牧野さんは目に涙を浮かべながら、ここに来るまでのことを語る。
貧乏な母子家庭に生まれたこと。
母親は水商売をして自分を育ててくれたこと。
とても優しく強い女性だったこと。今でも自身の憧れであること。
そんな母親が性病で幼い頃に死んだこと。
母親に家族はいなかったこと。友達もいなかったこと。
今となってはもう自分しか、母親を覚えている人はいないこと。
施設の職員に性的虐待を受けたこと。それで妊娠したこと。
まだ幼かったため、自分に拒否権はなく子供は堕ろされたこと。
その際に妊娠することが難しい身体になったこと。
13歳の頃、施設から逃げ出したこと。
年齢を偽り、体を売ったこと。
子供の父親は誰か分からないこと。
「生きた証ってなんだろうって、ずっと考えてたんです。母は私のことを自身の生きた証だと言っていたんです」
・
だから自分も、子供を生きた証にしたい。
そのために自分は死んでもいい。
じゃあ、遺されたその生きた証とやらはどうなるんだろう?
「牧野さんの寿命は長くないんですよね?」
「あと10年くらいかな」
「ってことは.......」
「ご想像通り、自分の寿命全部あげたいんだってさ」
エドワーズ症候群。ネットで検索をかければ、60年生きれる場合もあるらしい。
それに牧野さんの寿命を加えたら、70年。
人生百年時代の昨今では、早死にの分類だけど......
「偲さんは生きた証って、何だと思います?」
「難しいこと聞くなぁ.......」
うーんと頭を悩ませる偲さん。少し意外だった。
偲さんは何でも簡単に答えてしまうイメージが心の底にいつもある。
それくらいすごい人だと尊敬もしている。
「生きた証ねぇ........強いて言うなら、寿命のドナー登録ってもの自体が私の生きた証になるんじゃないかな」
「こんな非道徳的なこと、思いついても誰もしようとは思いませんからね」
「手厳しいなぁ」
寿命のドナーなんて、そもそも偲さんにしかできないことだろう。
人の寿命を見ることができ、そしてそれを他者に移すことができる。
偲さん曰く、自分自身はその能力の対象にはならないらしい。
漫画や映画にでも出てきそうだな。
「あれは覚悟決めた顔だから」
「断れないと?」
「説得くらいはするつもり」
説得?
・
病院の中の一番奥の部屋。
そこでひっそりとドナーから寿命を取り、レシピエントに寿命を渡す。
今回の場合、ドナーは牧野さん。レシピエントは牧野さんの子供。
「まだ生まれてはいませんが、子供はお腹の中にいるので生きているという扱いになります。なので寿命提供は今すぐにでも可能です。それこそ、今ここで牧野さんの残りの寿命全てを子供に提供することもできます」
「はい。是非お願いs......」
牧野さんが言い切る前に偲さんが口をはさむ。
「ですが、私個人としてはそれをおすすめしません」
怒っているわけではないけれど、少し強めに。
でもいつものように穏やかに言い放つ。
「どうしてですか?」
「子供が物心着くまでは一緒にいてあげませんか?その子は何もしなければ、一年で死にます」
「だったら、少しでも長く........」
子供に少しでも長く生きてほしいのが親というものだと、偲さんに教わった。
同時にその例外がいることも。
「少しでも長く子供と同じ時間を過ごしたいとは思いませんか?」
『牧野さんは寿命提供をせずに子供が死んだ場合、子供がいない残り九年間をずっと泣いて過ごすよ。多分だけどね。だったら......』
牧野さんは偲さんの言葉に驚いて、何も言えずにいる。
ふと、昨日偲さんが言っていた言葉を牧野さんに伝えようと思った。
「牧野さんの五年を子供にあげて、一緒に五年間家族で過ごしたらいい」
あまり深く考えずに言ったから、敬語を忘れていた。
でも牧野さんは困った顔で笑いながら、私...生きててもいいのかなと泣いた。
・
「いやぁ、流石は私の助手!!」
そう言って偲さんに思いっきり背中を叩かれる。酒臭い。
「お酒、控えてください。あと、俺は助手として偲さんに何もできていません。もっとがんばります」
「真面目だなぁ。もっと肩の力抜きな?椿井は充分、助手として助けてくれてるよ」
そう言ってお酒を勧めてくる。
あと四年ほど待ってくださいと断る。
「謙遜も行き過ぎると厄介だから、ちょっと自意識過剰なくらいがちょうどいいと思うよ、私は。椿井はただでさえ自己主張弱めなんだから」
「そうですかね?」
「自覚なしか、こりゃ」
命はそれを量る人間にとって重さが変わる。
牧野さんにとって、自分の命はとても軽いのだろう。
でも牧野さんの母親にとっては、とてもとても重たいものだったんだろう。
きっと、牧野さんの子供にとっても牧野さんの命はとても重い。
「偲さんにとって自分の命はどれくらいの重さですか?」
「唐突だね........そうだなぁ。風で吹き飛んでそのまま無くなるくらい...かな」
「軽すぎませんか?」
「いいんだよ」
『風に吹かれて無くなっても、椿井が拾ってくれるからね』
寿命のドナー登録。 曲輪ヨウ @kuruwa_yo_u
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