第2話 世捨て人

こんな夢を見た。


公園のベンチに座っていた。

周囲は明るかったが人影はまばらで動く影は少ない。

もうお昼か。

そう思っていると動く影の一つが近づいてきた。

いやだな。

私は人と話すのが好きな方ではない。

ぼやっとした影がだんだんはっきりしてくると、その気持ちは余計に強くなった。

ホームレスか。

薄汚れてよれよれのTシャツと破れたズボンをはいた男は浅黒い色の肌だった。

外にいるので日焼けしているのかと思ったが、そうではない。

アジア系とは思うがホリが深いので中近東やインド系ではなかろうか。

そばまで来ると、男は私に話しかけた。

「食べ物を分けてくれませんか?」

流暢な日本語だ。

男の視線を追って自分の手を見ると、私は両手にパンを持っていた。

1つ分けても・・・

いや。

世の中は物騒なのだ。

隙を見せると親切心に付け込まれるかもしれない。

かかわりたくない。

うつ向いているのだが、何故だか男の顔が見えた。

汚い服とは違って、顔は清潔で穏やかだ。

目は半眼に開かれてどこにも険は無い。

危険な感じはしない。

そういえば、

なんで分かるのだろう。

ああ、そうか。

これは夢だ。

私は顔を上げて男の目を見た。

このひとは・・・

そういうことか。


私は持っているパンを両方とも差し出した。

「ありがとう。」

男は片方を受け取った。

「もう一つもどうぞ。」

私の申し出に、男は微笑んだ。

「一つで十分です。」

「夜の分にとっておては?」

「お腹が減ったらその時に考えます。」

穏やかな表情は変わらない。

「先のことを考えると、限りがありませんから。」

男は私の隣に腰を下ろした。

受け取ったパンの包みを開いている。

カツサンドだった。

私は手に残っているパンを見た。

あんぱんだった。

「取り替えましょうか?」

男は私に顔を向けた。

「いえ、結構です。」

何の険も無い穏やかな表情だった。

「肉食を禁じているのではないのですか?」

「いえ。」

「そのように聞きましたが。」

「食は命を頂くものです。

 分け隔てはしません。」

確かに植物も生きている。

「輪廻転生で動物に生まれ変わるからとも言いますが。」

「生き物は死んだら終わりです。」

男はゆっくりと食べ始めた。

随分長く咀嚼している。

ごくりと飲み込むと、男は私を見ずに言った。

「生来腹が弱いのでよく噛むようにしているのです。」

そうしてまた一口かじった。

「貴方の名を冠した所へ行かれたらどうでしょう。

 良いもてなしを受けられると思います。」

男は噛むのを止めて飲み込んだ。

「私は弱い人間です。」

相変わらずこちらを向かず、遠い所を見るような眼をしている。

「物を持ち、住む所を得ると、余計な欲に支配されてしまいます。」

「欲は捨てなければいけないのですね。」

「いえ、欲は必要です。

 食べる欲、眠る欲、それらが無ければ生き物は死にます。

 お腹が減ったら食べる。

 眠くなったら寝る。

 体が欲する事だけをすればよいのです。

 それ以上を望むことが余分なのです。」

何かで読んだ覚えがある。

徒然草だったか。

男はまた食べ始めた。

「余分な欲を持つと地獄に落ちるのでしょうか。」

「そのようなものはありません。

 死んだら終わりです。」

「ではなぜ余分な欲を持つといけないのでしょう。」

「心がつらいからです。

 楽に生きたいではありませんか。」

「物が無いのは辛くないですか?

 人に頼るのは哀しくないですか?」

男は食べ終えるとベンチから数歩離れた草の上に座った。

「人によるのでしょう。

 私は全てを捨てることによって楽になりました。」

そういいながら体を伸ばし始めた。

ヨガを始めたようだ。

「修行ですか?」

「体を整えて楽になるためにやっています。

 つらいことはしません。」

なんだか心が軽くなってきた。

口も軽くなった。

「悩みがあるのですが、聞いてもらえますか?」

「私に教えられることなどないでしょう。

 でも、」

男は私を見つめた。

「つらいことからは逃げることを勧めます。」

私はニヤッと笑った。

「貴方は逃げましたね。」

男も笑った。

「そのせいで一国を滅ぼしてしまいました。」

男は相変わらずひょうひょうとした顔をしている。

ああ、私もこんなに気楽に生きられたらなあ。

「あの、あなたの考えを世に広めたらどうでしょう。

 助かる人が多いと思うのです。

 残念ながら貴方の名を冠した人たちは、貴方とはずいぶん遠い所にいるようです。」

男はまた遠い所を見ている。

「昔、同じ様に勧められたことがあります。

 その行き着いた姿が、今あなたの見ている光景です。」

そうか。

そうなるのか。

「悲観しないでください。」

男はこちらを向いた。

「私の考えは別に特別ではありません。

 形は違えども同じ結論になる方はいます。」

なるほど。

断捨離とか終活なんかもそうだよな。

気付く人は気付くのか。

男は頷いて笑った。

「残念ですが、特に市井の方に多いようですね。」

私も笑った。


いつの間にか私は草の上に座っていた。

ベンチには誰もいない。

私は立ち上がり、あてどなく歩き始めた。


 

 

 






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こんな夢を見た 富安 @moketo

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