こんな夢を見た
富安
第1話 旅人
こんな夢を見た。
それほど広くない公園のベンチに座っていた。
明るく晴れた公園内の人影はまばらだ。
「いち、に、・・・」
隣に座っている子供が遊具の上の雀を数えている。
私の子供なのだろう。
優しく間違えを正すことにした。
「雀はね、いちわ、にわと最後に{羽}を付けて数えるのだよ。」
子供は私の顔を見ることも無くしばらく黙っていたが、また数え始めた。
「いちわ、にわ、さんわ・・・ななわ。」
雀が数羽、飛び立った。
ふと思いついて問いかけみる。
「雀がさんわ、とんでいったね。」
「うん。」
「のこりは、なんわ?」
子供は遊具にとまっている雀を数えだした。
まだ引き算をする年ではない。
笑みが浮かんだ。
言葉が途切れたので子供の視線を追うと、数歩先に男が立っていた。
遊具が見えなくなったために数えられなくなったのだ。
こんな近くに人がいたっけ?
男はこちらを見てはいなかった。
顔を見ても何故かどんな顔か分からなかった。
暗闇で凝視しようとしても暗すぎて焦点が合わない。
そんな感覚だった。
男は周りを見回している。
首から上だけがゆっくりと動いていた。
男は私に気が付いた。
口の端がゆっくりと吊り上がった。
笑みを浮かべている様だが、まるでマネキンだ。
感情を感じない。
「#ん&ち*$・・・」
よく分からないが挨拶をしていることは理解できた。
「・・・らにお住ま*ですか」
どうやらここらに住んでいるのかと問うているようだ。
「ええ、子供と散歩していたのです。」
「あなたはどちらから?」
男の口が開いて白い歯が見えた。
「・・・」
言いかけてから考え直し、言葉を変えたようだ。
「とおく」
納得したように続けた。
「とおくからです。」
以前として男の顔が見えないままに、突然こんな考えが浮かんだ。
ああ、これは夢だ。
なるほど。
夢ならばと、思いつくままに話した。
「ほかの星からいらしたのですか。」
微笑を貼り付けていた男の顔に笑いが現れた。
何もしゃべらない。
落ち着かなくなった私はしゃべり続けた。
「いや、そんなはずは無い。」
言いながらその男が他の星から来たという考えが、何故か確信に変わった。
「宇宙に生命は存在する。
文明もあるだろう。
それは間違いない。
ただ文明の続く時間は短く、同時に存在する者は限られる。
そして宇宙はあまりに広く、絶望的に遠い。
こんな所にわざわざ来るとは考えられない。」
一気にまくし立てる私を男はじっと見ていた。
しばしの沈黙が流れる。
「宇宙は広いのですか。」
「138億年前に始まって以来広がり続けている。」
男はきょとんとした顔をした。
いや,元々そのような顔だったのかもしれない。
「何故138億年前なのですか?」
「それ以上遠くの星が存在しないからだ。」
「どこを見ても?」
「そうらしい。」
「ということは・・・」
男は、笑った。
少なくとも私にはそう思えた。
「ここは宇宙の中心ですか?」
「いや・・・」
そんなことは無いだろう。
「でも技術が発達してもそれ以遠は観測できないみたいだ。」
「技術が足りないのでは?」
「格段に進歩しても結果は変わらないと言われている。」
「そもそも、まだ光が届いていないだけなのでは?」
「・・・」
それは考えたことが無かった。
「宇宙は広いんですよね。」
そのとおり。
もう男の顔に笑いは無い。
そういえば、
「どうやって来たんですか?」
「乗り物で普通に。」
今度は直ぐに答えた。
「ワープ・・・異次元を使った航法ですか?」
男は怪訝そうな表情を見せた。
「異次元とは何ですか?」
「えっ、違うのですか?」
予想した反応と違って私は混乱した。
「それではどれほどの時間をかけて来たのですか?」
「そうですね、ここでいう20日程度でしょうか。」
「どうやって?!」
「普通に。
乗り物で。」
分からない。
「どうやって光の壁を超えたのですか?」
「光の壁?」
「光は最も速くて速度が不変なので、それ以上の速度で進めないという事です。」
男は固まったように見えた。
衝撃を受けたようだ。
「面白い。」
男の顔に笑みが戻った。
「実に興味深い考え方だ。」
今度は私がビックリする方だった。
特殊相対性理論は誤りなのか?
笑みをたたえたまま男は続けた。
「正面から光の速度同士で接近したら光の2倍の速度が観測できるのでは?」
「光の速度に近づくと時の流れが遅くなるので問題ないみたいです。」
男はのけぞって笑った。
笑ってはいるが声は聞こえなかった。
「いや、本当に面白い。
聞いていたよりも、面白い。」
侮辱されたように感じた。
「それは実際に観測できたのですか?」
「まだそこまでの速度は出せないので、他の方法で検証しているようです。」
「齟齬は出ないのですか?」
「そのおかげで新しい理論が提唱されて修正されます。」
男の顔から表情が消えた。
まるで何かを検索しているように感じた。
「光をはるかに超える速度で遠ざかる銀河を発見したことがありますね。」
「観測か、計算を間違えたのでしょう。」
「宇宙の総重量を計算したら・・・」
ぷふっと吹き出した。
「全然足りなかったようですね。」
「ダークマターのことでしょうか?」
男は溜息をつく様に大きく息を吹きだした。
「あなた方は・・・根本を変えないで辻褄合わせをすることを好むようですね。」
「そんなことは無い。」
私は気色ばんだ。
「天動説から地動説に変わったし、ニュートン力学からもそうだ。」
男はまたも遠い所を見る様な表情になった。
「天動説もニュートン力学も限定条件では機能しますね。
ああ、そこでも現実に合わせるために辻褄合わせが行われているのですか。」
私は黙り込んだ。
男は私をじっと見た。
「何か変だと感じたら、感じた通りなのです。
上手く説明できないだけで、頭の中では理解できているのです。」
ああ、あれか。
考えるな、感じろ、というやつか。
「おとうさん。」
ハッと我に返った。
子供のことを忘れていた。
よく大人しくしていたものだ。
男の姿は・・・まだいた。
「すずめさん、いないよ。」
数を数えていたのだった。
遊具の上には・・・まだ雀が四羽いた。
「四羽、いるね。」
「ううん、いないよ。」
どうしたのだろう。
イラついて怒り出しそうだった。
「その子の言う通りです。」
男がしゃべった。
遊具は男の後ろにあり見えはしない。
「止まっていた雀は全て飛び去り、今いる雀は新たに飛んできたのです。」
雀に付いて子供と話していたことなど知らないはずだ。
夢なので私の考えが分るのだろうか。
「いないよ。」
子供は繰り返した。
男はにっこりと笑った。
「その子の方が、近い所にいるようです。」
私はうつむいた。
顔を上げられなかった。
子供は足をぶらぶらさせている。
男は黙って立っている。
公園は静かだった。
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