【創作フェス】たべっ娘が~るず【秘密】
あんどこいぢ
【創作フェス】たべっ娘が~るず【秘密】
その級の宇宙船としてはオーソドックスなフォルムなのだが、ジッとモニターを見詰める女二人の瞳には、それが何か、意識化するのが憚られるようなあるモノに見えてしょうがなかった。棒状で、流線形といえば流線形なのだが、船首へ向けての径の絞りがまさに男のある器官を思わせるのだ。
一級うえの宇宙船なら、もう少し丸い外観をしている。さらにうえの級になら、それ自体大気圏に入ることがないので、シンメトリックでないもの、城の形をしたもの、あるいは重力圏の水上の船を模ったものなど、実に様々だ。
と、ジワジワと接近するその物体の鈴口のうえ二ヶ所が、チカッチカッと二度光った。続いてまたチカッと光る。もっとも今度は左右非対称で、向かって右のほうが強く長く光った。光の位置関係はほぼ正方形か?
女二人のうちモニター前の席に着かず、そこに着いた女の横に立ち背を屈めている女のほうが、呟くようにいった。
「坂本君の船、とまっちゃった……」
暫しのあいだ、とはいえ二人の女にとっては妙に長く、天秤計りが静止しているような数秒間が流れた。
立っているほうの女がゴクッと唾を飲む音を、座っているほうの女は聴いた。そして、後者のほうがこちらは明瞭に、いや、ちょっと甲高くさえ聴こえる声でいった。
「坂本君? どうしたの?」
応えはまたもや数秒あとになる。船同士は接舷せんばかりの距離にあるのに、というより、女たちはモニターに映る船が接舷してくるものと思っていたのに、電波が遅れているような距離感の会話だ。
『コンテナを放出します』
「コンテナ?」
『はい……。補給物資のコンテナです。水、化学燃料、食料──。ザッと半月分ですね』
「はっ、半月って……」
立っているほうの女が割って入った。
「坂本君ッ、ドッキングしないのッ? アレの始末はしてくれないのッ?」
やはり天文単位大に感じられる応答──。
『アレの始末? 勘弁してくださいよ。アレは人間の欲望を読んで、シェイプチェンジするんでしょう? そしたら俺、二人の前で、一体何をだしてしまうことになるのやら……。バッカスⅧ世が接近中です。奴なら元々、羞恥心ゼロのキモヲタ野郎だ。逆に喜んでるんじゃないっすか?』
会話を引き取った立っているほうの女の声が、金切り声に変わった。
「冗談じゃないわよッ! 私たちにアイツの頭んなかのエロ・アニメを強制鑑賞させるつもりなのッ? 環境セクハラどころか環境レイプじゃないッ? そしたらねッ、坂本君ッ、アンタだって共犯なんだからねッ!」
『……でもその場合主犯じゃない。そもそもなんだってアレの封印、解かれちゃったんですか? あまり考えたかないんですが、お二人のうちどっちかが、ちょっと試してみようなんて──』
「もういいッ! とっとと失せろッ!」
のっぴきならない状況に立たされているが、女二人は教育者である。眼下の惑星、ニューチバd第五十三区第一中学校に奉職している。二人とも似たような歳に見えるが、立っているほうは座っているほうの教え子である。加えていま決別することになった〝坂本君〟も前者どうよう……。さらにもう一人の主人公、現在接近中だというバッカスⅧ世船長・室井一臣も……。とはいえいろいろ秘密の多い腐れ縁なのだ。
ニューチバdは日系の人々の手で開拓された惑星である。ゆえに学制も地球圏時代中世期後期日本の六三三四制を導入している。ただ学級編成と教員の担任期間はモデルになった制度より長く、中学三年間、彼女たち彼たちは教師であり同級生同士だった。そんな学級に巧く馴染むことができればいいのだが……。当然、長いあいだ地獄を見る生徒だっている。坂本の科白からも明らかなように、それは室井だった。
一ぽう坂本は不良だった。主観的にはいろいろ傷ついていたようだが、遅刻だとか掃除当番をサボったなどといった程度のことならほぼお咎めなし、三年時には成績表にしっかり座布団を強いてもらい、まさかと思われた宇宙飛行士訓練学校にも推薦入学した。
ところで当該モデル下での学業成績は学級毎の相対評価なので、座布団を敷いてもらう者がいれば、当然、その座布団を取られる者もいるわけである。それが誰だったのかということは……。みなまでいう必要はないだろう。これは小さな、しかし先生経由で〝成績までカツアゲ〟された室井にとっては非常に大きな秘密である。
さらにつけ加えるなら不良はモテる。
まずは立っているほうの女──。彼女は高野春菜というのだが、中学時代は坂本どうよう、とはいえこちらはレディースのほうの番を張っていた。番長と女番長──。無論デキていた。
続いて先生のほう──。沖永千鳥──。不良と新任教師のカップルなんてべつに珍しいものではない。たとえば対幻想などという概念を介せば哲学的にも思想的にも、むしろ推奨されるべきものだろう。そして教師などというのはそういった概念を弄ぶのに最適な職業なのだ。さらに不良を更生させるというストーリーは教師にとっては大金星である。加えてにヤリチンで〝同世代のズベ公ども〟には飽き飽きしている対象者とは肉体的にもウィンウィンな関係になる。これで関係が成立しないとしたらその場合こそどちらかに問題があると判断すべきだろう。
以上のような経緯もあり、また彼女たち彼たち三人は薄々気づいていたとしても互いのラヴ・アフェアな関係を取り敢えず秘密にしていたので、〝欲望を読んでシェイプチェンジする〟BEMが飛び入り参加する同窓会は、絶対NGなのだ。
しかし、バブル状コンテナを放出し今度はカッと小さな爆発のような光を放ちバックしていく〝張り型〟型宇宙船を見送る女二人の瞳は、失望感と戻ってきて欲しいという哀願に満ち、捨て犬のようにウルウルしている。女性用にバリトンに設定された船のマザー・コンピューターの通知が、かえって無常だった。
『生活物資搬入コンテナの回収シークエンスに入ります。船体が揺れますので登場者全員必ず着席してください。なお生活区画封鎖のため通常の搬入口が使用できません。操縦室ディスポーザーを洗浄のうえ、そこから搬入してください』
生活区画封鎖中──。当然そこにはアレがいるというわけである。元担任兼先輩教師の千鳥が、マザー・コンピューターに問うた。
「ステーションの隔離室に直行だっていい。本当に下船の許可はおりないの? なんとかここからでられないの?」
坂本と違いマザー・コンピューターは即答だ。バリトンのゆったりした口振りだが……。
『生物汚染の原因になっているチグリス座ゼータbの固有種サイキは、管理上の扱いが危険生物になっています。当該生物が排除されていない状況下の宇宙船は、他の宇宙船及び宇宙施設に接舷できません。また自然天体への接触もできません。例外は当該生物駆除の有資格者搭乗の宇宙船による接舷で、現在、当該資格を有する室井一臣船長のバッカスⅧ世がこちらへ向かっています。しばらくのあいだお待ちください』
「しばらくのあいだって、今日でもう十日目よ。坂本君は呼び戻せないの?」
『呼びかけはしてみますが……。しかし、私は警告します。できるだけ早く着席してください。コンテナの回収に入りたいと思います』
女たちにとって絶望的状況が続いていた。
春菜がモニター前を離れパイロット席に着いた。千鳥もモニター前の席を立ってコ・パイロット席に着く。前面窓から見えるほぼ球形の水平線が眩しい。その照り返しを受け、横顔で春菜が呟く。
「先生、私、あんな奴に貸し作んの、ヤだ……」
「そうね……」
この二人の救助に向かっているのに、室井も嫌われたものである。とはいえ飽くまでこの二人から観れば、それもまたしょうがないといった秘密の事情もあるのである。無論室井にとっては飛んだとばっちりなのだが……。
チグリス座ゼータ星系──。幾つかの生物汚染事件が起こった星系だが、現在テラ文明圏屈指のリゾート地として賑わっている。二人の聖職者がそこへ向かったのは、教鞭を執る学校の夏季キャンプ地の選定を兼ねた研修旅行という名目だった。
だがリゾート地というのは女を大胆にさせる。文明圏の香気をまとったハイソな女二人組として、現地の男たちを、いや女たちをも大いに喰いまくった。
そして土産が問題のBEMだ。
もっともBEMという呼び方は些か正確ではない。昆虫の眼をしたモンスター──。しかしその生物は複眼をしているわけではなく、人間など知的生物の欲望を読んでシェイプチェンジするのである。従がって場合によってはまさにBEMともなり得るわけだが、そうした外見を持つものが個体なのではなく、事実上サンゴなどの、群体を形成する生物に近いのだという。
また彼らが知的生物の欲望を読むのは捕食、または一時的寄生による種の伝播が目的なので、女たちの船のマザー・コンピューターがいっていたように危険生物に指定されているのだった。そして当然、基本的に星間移動も禁止されていた。
だが彼女たちの同僚たちのなかには理科の教師もいるわけで、その教師が研究目的で取り寄せ、保管するといった組み立てで難なく話がついてしまった。とはいえその同僚は、コンテナが彼女の手元につくまで勝手に封印を解かないよう口を酸っぱくして繰り返していたのだが……。
二度目のワープを終えたニューチバ星系への帰路三分の二ほどの行程で、若菜が千鳥に提案した。
『ねえ先生、アレ、試してみようよ』
残念なことに千鳥のほうもノリノリだった。
『イヤね、若菜先生──。坂本君なんかだしたりしないでよ』
『そっちこそイヤね、千鳥センセ──。いつまでもあんな餓鬼相手じゃないわ。でもチグリスの男たちにもさすがに食傷気味だし、一体誰がでてきちゃうのかなっ?』
コンテナの開封はバスルームで行なわれた。バブル状コンテナの最終層は蝋状物質で固められていて、開封ボタンを押すとそれが融け、なか身を取りだすことが可能になる。融けた蝋状物質はすぐ気化してしまう造りなのだが、一時的とはいえカーペットなどを汚してしまうのは嫌なので、バスルームで開封することにしたのだ。
簡易モールス信号で球体極部のボタンにコードを打ち込むと、意外にもコンテナはすべて融けてしまった。
『『アレレレッ?』』
だが気化せず残ったゲル状物質がやがてモコモコ隆起していき……。
最初に悲鳴をあげたのは若菜のほうだった。
『何コイツッ? 室井じゃんッ! なんだってあんたがここにッ?』
『嫌あああッ! 若菜ちゃんッ! 早く消してよッ!』
『エッ? 私じゃないよッ! 先生でしょッ? こんなキモヲタ野郎なんかだしてッ!』
とはいえそれは実に危険な状況だった。この生物がそういった諸形態を取るのは、最終的には捕食が目的なのである。彼女たちがもっとも忌み嫌うものが、彼女たちに襲いかかってきた。
『『嫌あああああッ!』』
なんとか操縦室に逃げ込んだのだが、母星近傍まで還ってきてもそこへ降りることは許されず、さらに完全な船内待機の状態で一週間が過ぎ、十日が過ぎ……。
何しろ居住区画をBEMに乗っ取られているので、この間彼女たちは生理現象の処理さえままならなかった。非常食のパックなどを捨てるディスポーザーの開口部にお尻のそこを密着させ、先生、見ないでください、などといい合いながら……。
二人はもう、パンツのクロッチ部分の気色悪さに爆発寸前だった。さらに互いの体臭が互いを妙に苛立たせる。まさに究極のお互い様だというのに……。
だが表面上はパイロット席、コ・パイロット席で大人しくしている彼女たち二人に、マザー・コンピューターのバリトン・ヴォイスが告げた。
『バッカスⅧ世が当船を補足、接近開始しました』
千鳥が前面窓を見詰めていた眼をスッと細め、言葉とは裏腹な一人ごちるような調子でいった。
「若菜先生、私、考えがある……」
若菜も気のないようすで応じた。
「考え……」
「アレが私たちに襲いかかってきたときの監視カメラ映像、当然、残っているよね? 室井君の姿をしたアレが……。それを利用するのよ……。ま、正当防衛ってとこね……」
「エッ?」
さすがに若菜はガバッと身を起こし、千鳥に向かい怒鳴りつけるようにいった。
「室井ッ、殺っちゃうつもりなのッ?」
対する千鳥のほうも悲鳴混じりの怒鳴り声になった。
「しょうがないでしょうッ! 若菜ちゃんだってあんな奴に借り作りたくないっていってたじゃないのッ! アイツをこの船に入れることになったら、私たちがこの船でしようとしてたこと全部、アイツに全部、知られてしまうのよッ! あんな奴にッ! あんな奴にッ! あんな奴にッ! 嫌ああああああッ!」
──実は室井はこの星系では無免許業者なのだ。担任教師にここまで毛嫌いされては推薦枠など使ってもらえないし、内申点なども最低で、非普通科、各種学校扱いである宇宙飛行士訓練学校にも入れなかったのだ。それどころか彼は自身の出身星系では実質中卒だった。インターコム越しに彼はいった。
『それでこの星系にバッカスⅧ世で入ってくるってだけでも、いろいろ手間、かかっちゃって……。でも緊急事態だってんで特別に入れてもらえたんだけど、すぐ退去しないと不法侵入ってことで、まあ、逮捕されちゃうんで、僕はこれで失礼させてもらって──』
パイロット席、コ・パイロット席の女二人が顔を見合わせる。すでに若菜のほうもしめた! といったような微笑を浮かべている。
対応は彼の恩師である千鳥のほうが当たった。
「それじゃ室井君、いまこの船のなかにいるのね? どの部屋? バスルーム?」
『いえリビングというかなんというか、たぶん乗組員たちの共有部分ですね』
「じゃあいまから私たち、そっちに降りていくから……。会ってお礼がいいたいのよ。アレはもう排除できたんでしょ?」
『ええもう、活動休止状態でした。というわけで再封印も簡単でしたよ。だからべつにお礼なんて……』
室井は無免許だといいながら、こちらへの接近も接舷も実に鮮やかだった。そして船内に入ってから僅か五分弱での、危険生物無力化完了の報告だった。
「ちょっと待っててね。すぐいくから──」
とはいえ若菜の横顔には微かな緊張も走っている。中学高校時代、彼女はスケ番だった。となれば昔取った杵柄である。この手際よさは油断できない。そんな風な思いがあるのだ。
リビングルームで室井は、左右の二人がけの席にもかけず、奥の一人がけの席にもかけず、立って待っていた。それはいい。なかなか用心深い。しかし椅子の手前に立っていた点はどうだろうか?
満面の作り笑いを浮かべる千鳥の横を擦り抜け、若菜は彼の鼻面にいきなりパンチを食わせた。さらに仰向けに吹っ飛んだその腹に蹴り──。
そして芋虫のようにのた打ちまわっている彼の手を取り結束バンドをかけようとしたのだが──。
「エッ?」
彼女の手のなかの彼の手が突然質量をなくし、形をなくし、そのうえそれに触れていた彼女の掌がシューシュー煙をあげ始めた。
「むっ、室井じゃないっ? BEMだッ! ウギャアアアアアッ!」
のた打ちまわっていた室井の身体もいつのまにか形をなくしている。だがそれは意外に素早く、彼女の足に絡みついてきた。
彼が変化したそれに触れ煙をあげ始めた部分は、灼けるような激痛である。そうなると今度は、芋虫のようにのた打ちまわるのは彼女のほうだった。
「ウギャアアアアアッ!」
部屋の入口辺りで千鳥が腰を抜かし、ベチャッと尻餅をついた。ベチャッ?
「そんなっ……。私、聴いてない……。危険生物だって聴いてはいたけど、こんな、こんな攻撃的生物だなんて、私、聴いてない……」
彼女は自身の下半身の不名誉状態を自覚しているのだろうか?
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